2016-07-24

ああ、山の流れのように このエントリーを含むはてなブックマーク 

疑惑のチャンピオン
2016年7月11日鑑賞

美しい山岳コース
下り勾配のS字コーナー。
「シュンッー」と、空気を切り裂くようにすり抜けてゆく、自転車ロードレーサー達の群れ。
それを背後から捉えるキャメラがいいなぁ~。
劇場の大きなスクリーンで、この景色を見るといいですよぉ~。
見事なコーナリング・テクニックを見せてゆくロードレーサーたち。
本当にこちらまで「ピレネー」や「アルプス」の雄大な山脈群を体験しているみたい。
ああ~、深呼吸したくなる!
爽やか! 
気分スッキリ!!
爽快気分はMAXハイテンション!!
やっぱりスポーツって「健全」でいいなぁ~。
えっ、そうじゃないの?
あれ、なに、その注射針。
なに、その飲み薬。
おいおい、自分の血液を「パック」に入れて冷蔵庫に保存?!
マジっ? 変態か? こいつら。
そこまでして彼らが栄冠を掴み取りたいもの。
それこそが、自転車レースの最高峰、と言われる「ツール・ド・フランス」である。
彼らの栄光への情熱と「執念」「情念」は、この作品を見ればわかる。
それはもう、並大抵の努力じゃない。
このレースに出られるレーサーたちは、すでに自国のレースで、数々の優勝を経験してきたツワモノばかり。
地元ではレースに出る前から
「あいつが出るんじゃ、優勝はもう決まり!」
と、マスコミでさえ、かえって注目しなくなるぐらいの、まさに「超一流」レーサーたちなのだ。
「TOP」中の「トップ」
「エリート」中の「エリート」
そんな彼らにとって「レースでの2番」は「負けた」ということ。
「レースは勝たなきゃ意味がない」
これはオートバイレースの世界を描いた、新谷かおる氏の漫画「ふたり鷹」のなかのセリフだ。

「負ける」ということは、かれらにとって「自分の全存在を否定」されることなのだ。
それほどの屈辱感、悔しさを味わい、それでも「次のレースでは勝つ」と再び立ち上がる。
ロードレーサーにとって必要なのは、そういう「ガッツ」「体力」と「気力」だけなのだ……、
と永らく思われてきた。
しかし、近年、それだけでは「レースに勝てない」ということが常識になっている。
そこで必要なのが「勝つ」ための「戦術」であり「戦略」なのである。
本作の主人公、ランス・アームストロングは、25歳で癌を宣告される。
しかし、それを克服し、みごとにロードレーサーとして返り咲いた。
そして彼は、ある「戦術」と「戦略」を駆使して「ツール・ド・フランス」前人未到、7年連続総合優勝に輝いた。
だが、しかし、かれの「戦術」と「戦略」は、一人のイギリス人記者、デイヴィッド・ウォルシュによって、その「秘密」と「実態」が暴かれてしまう。
本作は、癌に侵されながらも見事にレースに返り咲き、がん患者の希望の星として、多くの人に勇気と希望を与え続けた英雄の、まさに「栄光」と「転落」を描く。
監督はアカデミー賞に輝いた「クィーン」のスティーブン・フリアーズ氏。
その映画作家としての腕の確かさは、本作でも随所にうかがえる。
特にレースシーンでの美しい風景。
対照的に、各レーサーの火花が散るような勝負の駆け引き。
手持ちキャメラではなく、ステディカムを使った、ブレのない映像シーンは、本当に映画館で観る価値がある。
そういえば最近、ようやくハリウッド系などの映画も、一時、馬鹿の一つ覚えみたいに”ブレブレ”の手持ちカメラを使っていたが、今はもう、流行らなくなったみたいだ。
しょせん、一時の流行である。
映像手法は、そんな流行に左右されることなく、本当の人間ドラマをじっくり捉えてほしい。
そのためのキャメラなのだから、これからの若い映画監督は、よく理解した上で、じっくり撮影方法を選択してほしいものである。
それにしても、本作で描かれる「ドーピング」
さらには、自分の血液を常時冷蔵庫に保管しておく、など、これらはまさに、サイクルレース界を永く密着取材しなければ、なかなか得られない情報である。
本作は、そのレース界の闇に迫った、ノン・フィクションを元に映画化された。まぎれもない実話なのだ。
全編を通じてドキュメンタリータッチで描かれる本作。
レースのシーン、選手たちのプライベートをはじめとして、突然のドーピング検査のシーンが特に印象的だ。検査官を外で待たせ、限られた時間の中、際どいタイミングで、必死に証拠隠滅を図ろうとするレーシングチーム。
そしてスポーツ医学と選手との関係。
そういえば、もう直ぐ「リオ・オリンピック」である。
選手たちは、もちろんドーピング検査に神経質だ。それも極度にだ。
細心の注意を払って、常備薬の成分を何回も見直し、
「大丈夫だよ」とマネージャーから手渡された何気ない「かぜ薬」が、もし、違反薬であったなら。
実際、過去には、選手たちが意図していないのに、チームの意向でドーピングを「させられていた」選手たちがいた。
そして栄光は剥奪される。
選手たちのその後はどうなるのか?
自分のこれからの人生、どう生きたらいいのか?
「人と競い合うこと」
「勝利すること」
ただそれだけに、全人生を捧げてきたスポーツマン、アスリートたち。
野球の世界では、ぼくは野村克也さんが大好きだ。
野村さんのボヤキのひとつではないが
「人生はね、野球を引退してからの方が永いの。今のうちから、ちゃんと人生を考えなさい」
常日頃から、そう「弟子」たちに説いていた。
そして楽天の監督引退式では、パリーグ全チームの選手たちから胴上げされ、祝福を受けた。野球人として、また、ひとりの人間として、最高の生きかたの見本ではないか? と僕は野村さんを見てそう思う。
本作で描かれる主人公ランスは、もちろん実在の人物で、現在44歳なのだ。まだ、44歳である。これからが人生の後半戦。折り返し点にある彼。
これから待ち受ける「ロング・アンド・ワインディングロード」は、緩やかで景色のいい「くだり坂」なのだろうか?
あるいは、きつい「上り坂」が、まだ待ち構えているのか? 
本人はこの映画を見てどう思うのだろう?
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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)
物語 ☆☆☆☆
配役 ☆☆☆☆
演出 ☆☆☆☆
美術 ☆☆☆
音楽 ☆☆☆
総合評価 ☆☆☆☆
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作品データ
監督   スティーブン・フリアーズ
主演   ベン・フォスター、クリス・オダウド、ダスティン・ホフマン
製作   2015年 イギリス・フランス合作
上映時間 103分

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天見谷行人

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天見谷行人

“映画館は映画と観客がつくる一期一会の「ライブ会場だ!!」”