2017-01-31

圧政の予兆 このエントリーを含むはてなブックマーク 

[数日前のものを誤って削除してしまったので再投稿です]

アメリカのトランプ大統領の横暴な政策が、大統領令の乱発によって早くも効力を発揮してしまっていることに、さすがに焦りを感じてきた。

 ここまで極端でなくても(というか極端な方が反対を示しやすいから、まだましなのかもしれない)、安倍政権が悲願とする、いや自民党結党以来の悲願である憲法改正が、狡猾ななし崩しによって世論を獲得し実行されてしまうんではないか。そんな恐怖を覚えたので、もし読んでいただく方がいるとするならば、僕の専門では全くないし基本的に政治に直接言及するのは苦手というか抵抗があるのだけど、注意を促すために一応ここに書いておく。

 自民党の「憲法改正草案」に目を通してみてほしい。
https://jimin.ncss.nifty.com/pdf/news/policy/130250_1.pdf
 僕も実はさらっと見ただけで、ちゃんと読んでいないのだが、その異常さにすぐ気付くはずだ。主語が「国民」から「国」に逆転している。それはつまり、国民側の視点から政府という権力が暴走するのを防ぐことが現行憲法の根本原理であるということの否定であって、国民対国という構図がまるごとひっくり返されるということだ。したがってそれは、国が国民を管理するための憲法になるということを意味する。これは本当に危険で異常なことだ。
 だから、問題は憲法改正そのものではない。それは、戦争反対とか、そういう単純な感情論とは別の、憲法とは何かということについての根本的な錯誤にある。
 今でさえ十分窮屈なのに、権力からコマゴマと、ああしろこうしろと言われるのなんてまっぴらごめんだ。
 
 おすすめの本を挙げておくので、ぜひ読んでみてほしい。上記の文章は、基本的にこの本の受け売りだ(数年前に読んだのでうろ覚えだけど)。とても分かりやすい平易な文章で、16,17世紀から近代を経た現代まで、一般大衆が臣民から市民へと、少しずつ権利を拡大しながら推移してきたプロセスと、そのひとつの結果として、憲法が、国家権力と国民、そしてその国民が保持すべき人権に対して果たす役割について書いてある。 
https://www.amazon.co.jp/dp/4582767923

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菊地良博

ゲストブロガー

菊地良博

“宮城県在住 美術家/実験音楽家 ”