2008-09-25

矢野顕子 / JAPANESE GIRL -Piano Solo Live 2008- このエントリーを含むはてなブックマーク 

昨日の出来事。

ようやっと今日のノルマを終え、PCを落とそうと思ってメールをみたらiTunesからのダイレクト。あ、そうだった。矢野さんのLiveがiTunesのみで配信してるのを忘れていた。一応落として寝ようかな。

お、落ちたな。。。

ま、、、とりあえず一曲だけ聴いて寝るか。。。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

それがまずかった。

まいった。。。。。

もう、そのまま朝まで聴きっぱなし。。。。。。。。。。

まずこの音源の素晴らしい音!今月のサンレコの記事にも掲載されている吉野金次さんの素晴らしいエンジニア&ミックス。これが現場にいなかった人の作業であるというのが信じられない!(吉野金次さんは一昨年前に病で倒れ、今回は自宅でこのライブをオペレートしたのだそう)。

ACC圧縮にもかかわらず尋常じゃない音場、そして本人のテンション。矢野さんの1st Album[JAPANESE GIRL]をインターバル無しで全曲演奏するというだけでファンであるならば垂涎必至ではあるが、はたしてこの恐ろしいまでの迫力は「ひいき目にしか観ることが出来ないくらいファン」である僕の、それこそ大いなる誤解なのであろうかと疑ってしかたがない。

まずこのLive音源のマイクの配置から。マイキングはどうもピアノを挟んで矢野さんの目の前で聴いたようにセッティングしてある。もうこの時点で完全にタイマン状態。

一曲目の「気球にのって」から、まるでタンカを切るかのような迫力で歌いだし、ピアノの音にハーフトーンは皆無に近い。むしろここまでゴリゴリのトーンは大昔のピットインでのライブ映像(多分80年くらい?)で聴いたときくらいにブッとい。最後のソロスキャットでもう手がつけられないほどのエモさ。

個人的に初めてピアノソロで聴く「クマ」の、コレでもかという美しいメロディに鳥肌が立ち、天井にぶち当たるほどのダイアトニック・スケールの上昇旋律に昇天!美しすぎる。

「電話線」の安定感は言わずもがな。ただしピアノトーンがもう凄い力技、、、これでもかというほどねじり伏せる感のあるパワートーン。

「津軽ツアー」の絶唱するコブシの効かせた矢野さんの声に、もうこっちが力が入り過ぎて顎が痛い(苦笑。譜面が落ちた時の「うぉおおおっと〜ぉおおっっっっ」のふとしたコメントでさえもうすごい気迫である。。。

緊張感と繊細さがこのAlbumで一番印象的な「ふなまち唄Part II」は、中盤のピアノのソロで凄まじいカタルシスを生み、遂にACCの128kbpsというサンプリング・レートでは受け止められずビリビリと歪んでいる。。。しかし、これが不快であれば問題だが、ここまで熱量で押し込まれた演奏の合間に聴くと、もはや「それはそれ」としか感じなかったりする。。。それってすごすぎやしないか? 個人的に歪んだ音に神経質になりがちなのですが、これに至ってはもうそういうもんだろってくらいのイメージ。

「大いなる椎の木」のブロックコードとオープンコードのコンビネーション、そしてそこから生まれるきらびやかさに身を任せる。敢えてそのピアノの鳴りを徹底的に聴かせようとしているのだろうか、このアルバムの中で一番丁寧に歌っている印象を受ける。が、ここがこのAlbumの素晴らしいところ。最後は見事破錠して、喉をふるわせてメロディを吐き出す矢野さん。

もうちょっとしたアスリートを見ている気分だ。

そして、今回僕が一番感動し涙したのがこの「へりこぷたあ」。徹頭徹尾美しいコードプログレッション。涙を押さえるタイミングが見つからない、、そもそも息を吐くのも辛いくらい凄い演奏!その構成美!!このテイクは神だろ!!これを聴くだけでも買う価値があると断言する!!!最後の出鱈目なコードをぶち叩いて「ふぉうほっほぉぉぉうぅ!!!」と叫ぶのも全くうなずける。これは本人もしてやったりだったに違いない。

「風太」の演奏はその火照った感じをぎゅっと押さえてじっくり、腹のそこの底から1つ1つメロディをぶつけていく。後半のピアノソロの流麗さと気丈さ溢れるインタープレイに、思わず観客から「おぉ〜」という声が...いやー、分かるっわかりますよぉ。

あと2曲。「丘を越えて」のピアノは、もうイントロから小節をブレイクしまくり。ちょっとブラックな、バックビートとタイム感の持つピアノを聴いていると、なんか全然矢野さんが日本の人とは思えないくらいの錯覚が。そう、脅威なのが全然ピアノの打弦の力が衰えていない!!!もう底が見えないくらい、がんがんと弾きまくる。。。最後のピアノが紡ぎだす、ダイナミックレンジの幅と展開に、これまた唾を呑みこむタイミングを失うのだっ。

そして、遂に最後の「ふなまち唄Part I」。エンディングトラックとしてはあまりにもストイックなイメージであるこの曲。正直初めてこのAlbumを聴いたとき、そして今でもたまにこのアルバムを聴くとき、必ずと言っていいほどこの曲でちょっと違和感を感じていた。まず「Part I」と「Part II」が逆転しているのにもいつも疑問だった。二十歳くらいにBill EVANSの[ Waltz For Debby ]を聴いて、そのフロントトラックである「Waltz For Debby」がRIVER SIDE盤(正規盤)では「Take 2」だったから、矢野さんもリスペクトの意味を込めてこうしたのか?とか、今では笑えるくらい深読みし過ぎた時期もあった。

でも、何故これが最後の曲なのか、このアルバムを長く聴き、そして改めて今回の音源をここまで聴いて、やっと、どうにも分かったっぽい。

思うに、多分これは矢野さんが貫きたかった、このアルバムに注ぎたかった「ロックアティテュード」の現れだったんじゃないかということだ。

今回この弾き語りで、逆にこのアルバムのどうしようもないロックな部分をさらけ出すことに矢野さんは成功した。それは今回のライヴの向き合いかたにあり、おおよそ普段ライヴで消費するエネルギーを遥かに越え、それこそ当時の力まかせな演奏を、三十数年経った今に表現しようと敢えて力で捩伏せていったこと。そう、それがこのアルバムの凄まじいところなのかもしれない。正直ファンとして矢野さんの音源を可能な限り聴いてきたが、ここまでエモーショナルでロックスピリット溢れた演奏を、僕は聴いたことがない。そしてそのエネルギーとパッションが、逃れられないくらい見事にこの音源にはぎっしりと詰まっているのだ。

最後の音が鳴り止まないうちから、もの凄い熱のこもったオーディエンスからの拍手。そしてそれを一身に受けて大声で感謝の意を伝える矢野さん。この録音に立ち会えた人たち全員を、ここまでうらやましいと思うとは。。。

そして、一言。

これだけははっきり言っておかなければなるまい。

『いや、これはこのままiTunesのみの配信ってことはないだろう?

 どうしたってちゃんとした形態で出してもらわなきゃ困る!!

 今度矢野さんに遭ったら絶対直訴してやる!!!! 』

と、果たしてホントに言えるかどーかわからんが(爆。とにかくこれはこの先何百回、何万回聴くであろう超傑作。とある人が「2008年版【SUPER FOLK SONG】」おっしゃっていたのもうなずけるくらい、素晴らしい作品。

で、

あるのなら、

パッケージ化されてないのに今年の【自分内BEST Album Top10】入りは確実なのが、もうどんだけ歯がゆいかというのがわかるでしょう〜!!!!!!

キーワード:

矢野顕子 / 音楽


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