2008-10-12

●重厚なライティングが印象的なスペインの時代劇 このエントリーを含むはてなブックマーク 

 スペイン映画、というと何があったんだか良く思い出せないというか、そういえば「蝶の舌(ホセ・ルイス・クエルダ監督)」とか「ボルベール<帰郷>(ペドロ・アルモドバル監督)」がスペイン映画だったなあ、と、Wikipedia眺めてやっと思いだせる程度に、日本ではなじみの薄い映画生産国ではあるが、今後しばらくは、日本で「スペイン映画」と言ったら、この「アラトリステ」がその代名詞になるのではないか、と言う気がする。(気がするだけかもしれないけど)
 
 アラトリステはスペインでベストセラーとなった小説の映画化だ。歴史上の実史の中で大活躍する架空の剣客、ディエゴ・アラトリステの冒険を描くストーリーは、日本で言えば世代的にも内容も正に時代劇、すなわちチャンバラ映画か?。したがって映画の内容も大河ドラマのように、友情・友の死・約束・ロマンス・陰謀・裏切り・別れ・世代交代・勇猛な最後と、とことん王道。日本で言うチャンバラシーンももちろんタップリ楽しめて約2時間半、飽きさせることなくズンズン進んでゆく。
 
 この映画の印象的な点は「ライティング」。絵画的、と言えばそれまでだが、17世紀のスペインの空気、世界観を表現することに徹し、極めて自然光っぽいライティングに徹底しているのが正直スゴイ。
 
 たとえば部屋の中の描写でも、窓から入ってくる外光がメインで、暗がりはとことん暗い。夜はランプやロウソクの光がメインであり、その光が届かない部分は「良くみえない」。したがって最近の映画にしては、画面から得ることができる情報量が圧倒的に少ない。その情報量の少なさが、観る者に対して想像力を求め、より映画にのめり込ませてくれる。ああ、17世紀のスペインってこんな感じなんだろうなあ、と、リアルに感じる快感。
 
 そんなふうに作中に何回か出てくる17世紀の絵画と、ほぼ同じライティングで設計されているこの映画は、クライマックス近くに登場する「ブレダの開城」のシーンで見事シンクロする。ディエゴ・ベラスケスの有名な絵画作品「ブレダの開城」をほぼ完璧に再現するこのシーンが、映画「アラトリステ」を象徴しているのだと思う。明らかに主流であるハリウッド製映画とは異なる、ヨーロッパならではの味わいと深み、監督やスタッフの、歴史に対するリスペクトやこだわりが、ワンシーンワンシーンから伝わってくる。だからもし可能であれば、映画みるまえに、Webでも検索したり、図書館の全集でもいいから「ブレダの開城」を観ておくべきである。映画の画面と絵画がシンクロした時、思わず鳥肌が立つほどの見事さだから。
 
 主役のディエゴ・アラトリステを演じるのは、ヴィゴ・モーテンセン。骨太で頑固で不器用な生き方は、我が国の「サムライ」「武士道」にも通じる「スペイン騎士道」を感じさせる、素晴らしい芝居をみせてくれる。もちろん時代劇ならではのチャンバラシーンも多々有り、鍔迫り合いの迫力はなかなかのもの。ハデで華麗な部分だけでなく、当時の悲惨な戦場の様子もキッチリ描いている所が、何となくヨーロッパ的。ナニもそこまでみせなくても、というシーンも結構ある。 
 
 とまあ、映画としてとても楽しめるスペイン製時代劇ではあるが、ワレワレ日本人は、スペインの歴史に詳しくないので、ストーリーに置いてけ堀にされてされている感がどうしても付いてくる。17世紀当時のスペインや近隣諸国のパワーバランスや敵対関係、スペイン国王フェリペ4世が実際はオリバーレス伯爵に実権をにぎられているとか、そのフェリペ4世が芸術好きなので、ベラスケスなどの絵描きを待遇したとか、スペイン人であれば子供でも知ってるよそんなコト、って部分が我々には欠けているので、歴史上実在の人物と、フィクションのアラトリステの絡みの部分の面白さがストレートに把握できないのが歯がゆい。
 
 重厚でリアルなライティングも、華麗でハデで、ちょっと悲惨な戦闘シーンも、当時のスペインの様子がわかる街の描写も、すべてが「丁寧に、できるだけリアルに見える」ようにつくられている。アラトリステ、スペインの時代劇として、本当にイイ映画です。最初にも書いたように、今後しばらくは、日本での「スペイン映画」の代表的な作品、と言われることになるはずだ。たぶん。
 

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