2009-10-22

キープ・オン・ロッキンを30年間どんな状況に置かれようが続けるとどうなるのか このエントリーを含むはてなブックマーク 

1982年2月、一人の大学生がロンドンの老舗ライブハウス「マーキー」で、当時頭角を現し始めたカナダのヘヴィ・メタルバンド、"ANVIL"のライブを体験した。その強烈な演奏とパフォーマンスにノックアウトされた彼は、バンドにその感動を伝えるべくこっそりと楽屋へもぐり込む。初対面である彼をメンバーは暖かく迎え入れた。しばしの歓談ののち、ヴォーカル兼ギターのスティーヴ・"リップス"・クドローは、「我々は翌日この町を観光するので、よかったらガイドをしてくれないか」と頼んできた。快諾した彼にバンドは"ティーバッグ"というあだ名を付けた。

メンバーと意気投合したティーバッグ、本名サーシャ・ガバシは、その後ANVILのローディとしてバンドに携わり、ツアーに同行するようになる。日々行われる破天荒なライヴとその後のパーティ、いわゆる"ロックン・ロール・ライフ"といわれる出来事を目の当たりにしながら、彼はバンドとの信頼関係を深めていき、ついにはライブのアンコールにおいて、バンドの代表曲である"School Love"を、正式ドラマーであるロブ・ライナーに替わって叩くことを許されるまでになった。しかし何度目かのツアーが終わってしばらく経つと、サーシャの音楽嗜好は次第に変わっていく。"ヘヴィ・メタル"を卒業した彼は、次第に彼らと疎遠になっていった。

時は移り、2005年。サーシャはスティーブン・スピルバーグ監督、トム・ハンクス主演のハリウッド映画「ターミナル」の脚本家として起用される程の成功を収めていた。そんなある日、彼はANVILが未だに現役で活動していることを知って驚き、バンドに再びコンタクトを取る。長らく付き合いが途絶えていたにもかかわらず、メンバーは以前と変わらない気さくな性格のまま、成功した彼を歓迎した。その変わらない彼らを喜ぶと同時にパンドの悲惨な現況を知ったサーシャは思い立つ。「僕がかつて夢中になったバンドが未だに夢を諦めず頑張っていることを映像に収め、ドキュメント映画として世の中に送り出そう」と。

そこから約2年に渡る撮影と1年の編集期間を経て、ANVILのドキュメンタリー映画は完成した。タランティーノを輩出したことで知られるサンダンス映画祭に出品されたその作品は大反響を呼び、その他の映画祭でも数々の賞に輝く結果となった。サーシャはプレミア上映会をL.A.で行った際にダスティン・ホフマンやキアヌ・リーブスをはじめとしたハリウッドの大物俳優たちを招待した。上演後に彼らは惜しみない賞賛の言葉を述べ、この映画がさらなる成功を収めるための協力を惜しまないことを宣言した。そしてANVILは、結成されて30年間泣かず飛ばずだった状態から、かつて体験した事のない規模の注目を全世界から浴びることになる……。

そう、サーシャはかつてANVILのローディをしたことで得た貴重な体験に対する恩を、彼らが苦労せずに活動するための「チャンス」を与えることで返したのである。現在ANVILは14枚目となるアルバム、"Juggernaut of Justice"を製作中……今回は劇中ほどの金銭的な苦労をせずに。

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映画「アンヴィル!~夢を諦めきれない男たち~」

レビューを書くに当たり、映画が作れらた経緯をまとめてみたが、いや、えぇ話やなぁ。日本で言うたら「笠地蔵」みたいな極上のファンタジー・ストーリーやないかい。あんた…何ちゅう映画を作ってくれたんや…ええ!?来年3月に再来日!?これ以上ワシを泣かせんといてや……(以上「美味しんぼ」京極さん風で)

ANVILは、ブレない。ブレることを知らない。もしかしたらバカだからブレかたを知らないだけなのでは…と思うくらいブレない。

アルバムのジャケットには常に彼らの名前である「金床(ANVIL)」が用いられ、アルバムタイトルはどれも直球勝負で、90年代にオルタナ旋風が吹き荒れる真っ只中で出したのが"Absolutely no Alternative(完璧にオルタナじゃねえから)"、音楽的な可能性を模索した末に出したのが"Back to the Basic(基本に帰る)"、そして今回日本でも発売された13枚目のアルバムが"This Is Thirteen(これ13枚目)"。その他歌詞だのパフォーマンスだの、知れば知るほどにこの30年間ブレてない事に唖然とし、だがこの30年間の間それだけブレずに活動しても、代表曲は25年前から増えていないという事実に驚愕する。ヘヴィメタルの歴史を語る上で絶対に外せない存在でありながら、その履歴に何の華々しい実績もないバンド、それがANVILだ。

そんな彼らが訛りのキツいアンポンタンなマネージメントの元、言葉も通じない地域へツアーに出かける模様をカメラは追う。そこで展開される数々の笑えないトラブル…といえばドラムと同じ名前のロブ・ライナー監督のフェイク・ドキュメンタリー映画「スパイナル・タップ」を思い出してしまうが、ANVILの場合現実に起こっていた事ばかりだから、笑った後…泣けてくる。

【あ、でも「スパイナル・タップに似ているとこはあるよ」ポイント】
・淡々としたシーンの中に笑いや涙、そして感動がある
・場の空気を読まずにどんな状況でも堂々とロックする
・ツアーについてくる女が使いものにならない
・いつの間にかメンバーがいなくなる
・一緒にライヴしたことがあるミュージシャンが覚えていてくれない
・ボリュームが「11」まであるアンプが出てくる
・ストーンヘンジが出てくる
・日本のファンが熱狂的に迎えてくれる

閑話休題。

全編を通して涙を誘うポイントとなるのが、ヴォーカル兼ギターのリップスの(公開前の時点では)報われない前向きさと無邪気さ。収入面では「職業:ケータリング/趣味:バンド」と書かれても仕方がない赤字っぷりにも決してめげない。対してドラムのロブは常にクールで、リップスがレコーディング中に煮詰まって荒れようとマイペース。以下劇中シーンから(うろ覚え)。

リップス「お前に辛く当たるのは作業からくるストレスだ!あるだろお前にも!ストレスが!」
ロブ「(即答で)いやないけど?」
リップス「…え!?ないの?いやあるだろストレス!」
ロブ「ないよ(キッパリ)」
リップス「…ごめんなさい!ホントごめんなさい!お前に辛く当たってたのは…お前のことを愛してるからだああぁ!俺がこんな逆ギレしても許してくれるのはお前だけだからなんだあぁ!(泣く)」

そして仲直り。30年も続けられた理由がよくわかる名場面だ。友情を超えて夫婦漫才の様でもある二人の関係は、周囲の人間が口をそろえて言うようにまるで兄弟そのものだ。

眉をしかめて、笑って、泣いての81分。でもエンドロールが流れる頃には、たぶんあなたもリップスと、ロブと、グレン(ピックを買うお金がないから指で弾いている)を応援したくなっているはず。そしてまたこうも思っているんじゃないだろうか。

「もう少しだけ、自分の気持ちに素直になって残りの人生を生きてみよう…」と。

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蛇足:
こういったロック・ドキュメンタリーの「勝ち組版」としてメタリカの「真実の瞬間」がありますね。ドラム、ラーズ・ウルリッヒがオークションのVIPルームでシャンパン飲みながら、
「持ってた絵が3億でハケたぜ!ヒャッホー!」と喜んだり、新ベースに決まったロバート・トゥルージロに、
「じゃあとりあえず契約金1億な!」と小切手切ったりしながらも、勝ち組は勝ち組でアルバム作る際に色々な困難がある、いう映画です。「アンヴィル!~夢を諦めない男たち~」を鑑賞する前にこの「真実の瞬間」を観ておくと倍泣けます(たぶん)。劇中出てきてアンヴィルの事をいろいろ褒め称えているラーズですが、そのシーンを観ながら「真実の瞬間」を思い出して、「……貸してやれよ、金!」とか思いました。

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“打たれ弱いです、きんたまだけに。”


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