2010-03-19

身体障害者のリアルな狂気とは? このエントリーを含むはてなブックマーク 

映画というフィクションの中の話であっても、主役の住田雅清と友人の福永年久は本当の身体障害者だ。彼らは映画の中で何度か重要なやり取りをするが、そのシーンがリアルで良い。言うこと聞かない肉体に対する、精神的なルールについてのやり取りをしている様に見えた。

しかしながら、住田は福永の忠告も聞かず、殺人鬼になってしまう。映画を観ていても、イマイチ最初の殺人の動機、また連続殺人へ駆り立てられる動機が分からなかったのだが、まあそれは良い。彼らの自由にならない肉体から表情を読み取るが難しいのと同様に、身体に障害をもった住田ならではの、健常者には理解が困難な理由があるのかもしれない。

しかし、映像のエフェクトには非常に疑問を持った。妙な映像エフェクトがインサートされているせいで、映画への集中力が度々遮られる。敢えて書くが、身体障害者のゆがんだ精神の織りなす狂気は半端なものであるはずがなく、むしろ淡々と、映像処理に一切気を取られることがなく進んだ方がより恐怖を味わえたと思う。

だからなんだか少し惜しい映画だ。住田の狂気が自分のことと思えるぐらいの、撮影、編集の技術があれば、より賛否両論を呼び、そして住田の狂気がフィーリングで察知可能なレベルにまで押し上げられたのではないか、と思った。

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bono1972

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bono1972

“なんか分からないけどやってみます。”


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