2010-04-30

重厚な事実をどう受け止めるか このエントリーを含むはてなブックマーク 

軍部の独裁政権のもとで、命がけで映像を撮り、世界に発信する
「ビルマ民主の声」という放送局のVJたちの話。

それがどれだけ大変なことか、どれだけ世界において意義深いことか
推し量るのに適切なエピソードがある。
軍部による日本人ジャーナリスト長井健司氏の射殺の事件。
恥ずかしいことだけど、今まで詳しく知らなかった。

少しおさらいすると、今回の映画の題材になっている2007年のミャンマー(ビルマ)反政府デモの前にも、似たような動きがあった。

1988年のこと。
ネ・ウィン将軍による軍事独裁政権の経済政策が大失敗に終わり、
国家経済が壊滅的な状況となった結果、民衆が反政府・民主化運動を起こした。
その時に行われた総選挙で、アウンサン・スーチー氏らが国民民主連盟 (NLD)を結党したが、
選挙前に自宅軟禁を命ぜられ、以降、民主化のシンボルでありながら、
彼女はずっと解放と軟禁状態のいったりきたり。
State in state、とにかく軍部がすべてを支配している国なのだ。
しかもこの軍部は権力と欲の塊でしかなく、イデオロギーもくそもない!
と、原作者のヤンさんは言っていた。エリートの吹き溜まりともいえるかも。
公的な施設・機関も、その8割を軍部が掌握しているらしい。

88年の民主化運動では沢山の人が亡くなった。
皆が軍部の弾圧を恐れ、口を堅く噤んでいる中、
燃料の値上げを発端とし、倫理的観点から「黙っているわけにはいかない!」と、
まず僧侶が立ちあがり、07年のデモが起きた。

映画の中で、今回(07年)のデモが始まった際、
88年のデジャヴではないかという不安がVJの中によぎる描写があった。
このデモに期待したい、むしろ自分たちはこの国を変えるために命をかけて発信している、
僧侶たちの勇敢さに胸を撃たれ、市民の熱の渦が高まっていくのを感じ、
自分たちもますます使命に燃える。
でもやはりどこかで、「もう一度同じことが起こるのではないだろうか…」という
ネガティブな感情を拭いきれない。

そして実際、彼らの予想通りになってしまう。
それが長井さんも巻き込まれた軍部による武力弾圧だ。
世界に配信されたあの映像は、もちろん公式のものではない。
VJが命がけで撮影したものを私たちは見ていた。それがなければ知る術もない。

この描写に、軍部との対立の最前線を熱い志で取材しながらも
ビデオのレンズを通して状況をを俯瞰しているという面白い構造が見てうかがえる。

国を変えるために、世界に真実を知ってほしい一心で取材をするも、
実際は悲しい矛盾を生んでしまうこともある。
たとえば、軍の武力行使を逃げ切った僧侶250人を取材した直後、
僧侶らのもとに軍部が押し掛け、結果彼らは行方不明になった。

戦場のルポは、どんなに慣れたカメラマンでも難しいと思う。
技術いかんよりも「事実を撮る」これが一番大事なのだ。
性能のいいカメラをもっていても、目立つし重いし何の役にも立たないという。
そしてルールというべきか、気配というべきか、においというべきか、
独特の空気を読む必要がある。「今だ!撮れ!」と「逃げろ!」が紙一重で、
正直これはこの国の人(かよっぽどこの国に色々な意味で長けている人)でないと、
ほぼ確実に捕まる(もしくは殺される)であろう。

この映画はアカデミー賞長編ドキュメンタリー部門のnomineeで、
原作のヤンさんの話では、世界でも人権教育的に使われることになっているらしい。
でも、もちろん当のビルマでは上映禁止。そればかりか、映画が有名になればなるほど、
軍部は拘束しているマスコミ関係者への弾圧を強める。とても痛ましいこと。
だからといって、この流れを止めるわけはない。
彼らの命がけの情報を、受け取る責任がある。
ほうっておくと耳の穴を通り過ぎてゆく「どこかの国の話」に終わらせるのは、
失礼どころではない。
これだけの犠牲を目の当たりにして、知っているのに知らないふりは、
間接的には殺人に等しいのかもしれない。

ゲストで来ていらした鳥越俊太郎さんが言ってました。
どうしてこの事実を、同じアジアの私たちでなく北欧デンマークの方々に
作っていただくことになったのか、ありがたいけど、恥ずべき事かも知れない。

そういった見方もありますが、やはり個人的ないちばんの後味は
自分が普段触れるメディアと彼らの生み出すメディアの
重さであったり意義が全く違うこと。
どちらが存在価値があるかという問題にはしたくありませんが、
やはり背負っているものが違う気がしました。
情報の受け取り手としての責任を強く考えさせられる作品だと思います。

キーワード:

BURMA / VJ


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