2010-10-15

丹生都比売神社奉納瞑想ライブ ご報告 このエントリーを含むはてなブックマーク 

去る9月26日、天野の丹生都比売神社にて瞑想ライブを奉じました。
7月に熊野本宮大斎原で初めての奉納を行ない、縁が繋がり高野山の鎮守という
私にとって想いも愛着もある特別な霊場にて瞑想ライブが出来ました事、改めて
ありがたく思います。

己のイノチの引き寄せられる先に在る、目に見えぬ何かを信じて実際に動ける。
その理屈を越えた一点こそが「混沌の首」の特殊性であり力なのです。

今後も奉納瞑想ライブの続けられる事を祈念致します。

羅入 拝

以下、参列者へ配りました挨拶文です。

本日は、「混沌の首」による奉納瞑想ライブにご参列下さりありがとうございます。
丹生都比売神社という霊場にて神々へ瞑想ライブを奉じられますことは、私共にと
り大変大きな喜びです。御縁を紡いで下さった神々と、それをお受け下さった丹生
都比売神社へ心より感謝申し上げます。
丹生都比売神社は高野山の鎮守でもありますので、私共にとり縁深く大切な神社です。
また、以前五来重さんの著書にて「六斎念仏」を知り、ぜひ実際に聴いてみたいと
思っておりましたのも天野との不思議な縁と思います。残念ながらほんの短い滞在
となりますが、少しでも天野の伝統と霊威に触れられることを楽しみに参りました。

丹を司る丹生都比売大神の御前での奉納瞑想ライブでございますので、赤い装具を
作り身に着けました。丹生都比売大神の霊験にて、装具に力が宿り魔を寄せ付けぬ
鎧と化し、今後の奉納瞑想ライブの際にも私共を御護り頂けると信じております。

瞑想は地から天へ昇る、「死と再生」を象徴する内容となります。
先んずる剣舞はその加護を祈るためのものです。その後の「動く瞑想」は、説明的
な動きやメロディのある舞楽ではございませんので、詳しい内容は伝わりにくいか
と存じますが、楽しい時間をお過ごし頂けたら幸いです。
皆さまとの御縁が深まります事を、心より願っております。

                               混沌の首 一同

[奉納瞑想ライブについてのご説明]

奉納舞楽は、舞いや音楽を神仏に納める神事芸能です。
真摯に神仏に対して行なうものであり、一般的な公演やライブの様に人々に観せる
ことが目的ではありません。 故に本来は、観客は存在せず、共に神仏へ向かう意識
をもった方々が参列するべき神事・仏事です。
奉納瞑想ライブの行なわれる神社仏閣を始めとする霊場は、根源との繋がりが強く
深い特別な場所です。そのような地にて根源に向かうのを目的とする瞑想を行なう
ことで、自力だけでは困難な深い領域にまで到達し得ます。私共にとっての奉納瞑
想ライブは、日頃の感謝を神仏へ表す行為であると同時に、神仏へ通ずる門を開く
「行」でもあります。音や動き等を媒介とし神仏への門を開き、つまり境界を崩して
同一化し、私共そのものを神仏に奉ずることと認識しております。

神に奉納する神事芸能の代表「神楽」の語源は「カミクラ(神座)」であり、神おろしを
する所の意味です。また、その源流は天の岩屋戸前でのアメノウズメノミコトの踊りで
あったとされ、アメノウズメノミコトが手に笹の葉を持ち大きな桶の上で「踏みとどろ
こし、神懸為て胸乳を掛き出で、裳緒を番登に忍垂れき」、すなわち飛び跳ね踊り神懸っ
て半裸となる様が古事記にございます。つまり神前に奉納する神事芸能は、神懸かりの
儀式と密接な関わりを持っていたと申せます。

キーワード:


コメント(0)


密教系芸術集団【混沌の首】

ゲストブロガー

密教系芸術集団【混沌の首】

“密教系芸術集団「混沌の首」................................................... 密教、舞踏、サイケデリック、ノイズ、祝祭、様々な周辺領域を横断、止揚しつつ、混沌の彼岸へ.................................................... http://kondon.org www.facebook.com/kondonnokubi”