2011-04-17

『ハリウッド・バビロン』クロスレビュー:星々の墜落を経て、明星は飛翔する このエントリーを含むはてなブックマーク 

 ケネス・アンガーの名を最初に知ったのは、Gevin Buddeley『Lucifer Rising: Sin, Devil Worship & Rock’n’Roll』だった。とはいえ黒魔術、悪魔崇拝、チャーチ・オブ・サタン、そしてヘヴィメタルや映画といった大衆文化の中における「オカルチャー」を扱った同書で触れたアンガーの姿は、オカルティスト、クロウリー信奉者、そして『ルシファー・ライジング』などの監督といった一側面に過ぎなかった。
後にケネス・アンガーに再会したのは海野弘『スキャンダルの時代――人はなぜ覗きたがるのか』だった。おそらく、私が『ハリウッド・バビロン』の名を知ったのは『スキャンダルの時代』だと記憶する。
 既知のものとは異なるケネス・アンガーの横顔を知った私が、その後に手に入れた『ハリウッド・バビロン』(監修:海野弘、訳:堤雅久)は1978年にクイックフォックス社から出版された大判サイズのもので、今回復刻した2分冊の『ハリウッド・バビロンⅠ・Ⅱ』の『Ⅰ』に相当する内容が、大判の写真と共に収められている。
 『ペルシャザールの祝祭』における神殿の場面や、ハリウッド・バビロンを見下ろす天体から墜落していった偉大なる星々の盛衰を捉えた大判写真は、その迫力に圧倒されながらも隅々まで眺めたいような思いに駆られる。とはいえ、クイックフォックス版は写真に重点を置いた大判ということもあり、ハリウッド・バビロンの地獄巡り(あるいはスキャンダル博覧会の巡礼)を完遂するには些か物足りないが、2分冊の『ハリウッド・バビロン』は、そういった物足りなさを満足させてくれるだろう。
 『Ⅰ』ではサイレント時代、そしてトーキーの登場によって生じた悲劇、禁酒法下での乱痴気騒ぎが目立つ一方、戦後のスキャンダルが中心となる『Ⅱ』ではアルコール依存、ヘロインの氾濫、頻発する自殺が淡々と、ただひたすら淡々と羅列されていくが、金、名声、そしてセックスは両巻を貫き通し、常にスキャンダルの根底に潜む要素である。
 微笑みデブ(白黒時代の)ロスコー・アーバックル、バビロンの掃除夫ウィル・H・ヘイズ、早すぎた夢想家エーリッヒ・フォン・シュトロハイム、そして20世紀前半のハンバート・ハンバートたる我らがチャーリー、といった強烈な面々が醜態を連ねるためか、『Ⅰ』の方が、『Ⅱ』よりも読みやすいという印象を受ける。
 一方、『Ⅱ』の冒頭を飾る「死神街道を歩け」という章が示唆的だが、戦火に晒されることなく貪欲に成長してきたハリウッドの映画産業を象徴するように、『Ⅱ』は『Ⅰ』と比較にならない程に、中小様々な威厳を持った星々が没落していく。
星々の散り様はヴァラエティに富んでおり、乾いた雰囲気で羅列され続ける墜落を読み進めていくと、現世への入り口は只ひとつしかないが、現世からの出口は幾らでもあるという、ずいぶん昔に何かで読んだ格言を思い出す。けれども残念ながら、私は「自殺の魔力」で墓碑銘を刻まれる多くのスターに関する知識がないため、ドラマティックでスキャンダラスな興奮を感じることができなかったが、「自殺の魔力」に名を連ねるスターに思い入れを持ち、本書を手に取ってしまうほどに好奇心の強い諸子ならば、刺戟に溢れる昂奮を得られるだろう。
 地獄巡りの出口を飾る「死の谷の日々」で幕引きを務めるのはロナルド・レーガン。銀幕のバビロンを捨てブラウン管のエデンへ昇天した潔癖症の新保守が、退廃の一途を辿るバビロンに止めを刺すというのも随分皮肉な話だが、柳下穀一郎による『Ⅱ』の解説によれば「アメリカ最初のゲイ映画作家」であるケネス・アンガーが、マイノリティ、とりわけゲイに対する嫌悪感を剥き出しにしたロナルド・レーガンを地獄巡りの終着点に設定した理由を詮索したくなる。
 ケネス・アンガーは『Ⅱ』のイントロダクションともいうべき「死神街道を歩け」の文末に、「必ずホテルまでお送りする。夜明けまでには。」という気取った一文を記しているが、約束された夜明けを示唆する光はロナルド・レーガンの威光だった……一般的にはプロメテウス、好奇心旺盛な人々の間ではルシファーの隠喩として用いられる「光を持たらす者(ライト・ブリンガー)」が「ヤス」と「ロン」の愛称で呼び合っていた「彼」だって? 冗談じゃない!
 ところで、『Ⅰ』での饒舌な雰囲気に比べると、「自殺の魔力」におけるケネス・アンガーの語り口は、ずいぶん乾いた印象を受けてしまう。けれども、パット・オリファントが「彼」を題材にして描いた1984年の風刺画「ハリウッド・ハルマゲドン」が「死の谷の日々」の最後(『Ⅱ』,461頁)を飾るという辺りには、ケネス・アンガーの皮肉に満ちあふれた遊び心を感じてしまう。
 親切丁寧な注釈や索引を含め2冊の総計が約1000頁となる地獄巡りを、くじけながらも遂行した末に待っていたのは「ハリウッド・ハルマゲドン」だって!? 冗談じゃない。といった読後感を抱いてしまった。
 皮肉混じりのオチはさておき、映画は人間の夢を投影してきた。その一方、映画産業は人間の欲望、そして苦悩や葛藤をスクリーンの裏側に映し出してきた。偉大なる星々がまだ輝いていた頃の姿は、再生機器にDVDを放り込めば幾らでも拝むことができる。けれども、ルシファーのように墜落した星々の姿を……醜悪なサタンと化した星々の姿を覗き見たいと思ってしまったのなら、ぜひとも本書を開き、私や本書の愛読者の仲間、つまりは覗きの共犯者に加わって頂きたい。

キーワード:


コメント(0)


JUNK

ゲストブロガー

JUNK


月別アーカイブ