2011-08-30

中央の犠牲となりつつある辺境を映し出す——映画『ビューティフル・アイランズ』—— このエントリーを含むはてなブックマーク 

 8月20日(土)午後、南新宿のカタログハウス本社で行われた映画『ビューティフル・アイランズ——気候変動 沈む島の記憶——』(監督・プロデューサー:海南友子、エグゼクティヴ・プロデューサー:是枝裕和、2010年)上映会&海南監督の講演会に参加。

 八月に入ってから続いていた酷暑も前日から和らぎ、ホッと一息という感じの穏やかな空気の中、自宅から会場まではいつも通りウォーキング。

 会場は六割前後の入りで、これまで僕が参加した回のカタログハウスの学校がそうだった通り、オーディエンスの多くは中高年の方。

 
 『ビューティフル・アイランズ』は、南太平洋のツバルを中心に、ベネチア、アラスカのシシマレフ島と、気候変動の影響で水没の危機に曝されている三つの場所に生きる人々の日常を淡々と映し出すドキュメンタリー。

 http://www.beautiful-i.tv/

 2時間弱と上映時間は結構長めで、しかも意図的にバックミュージックも入れられていないので、夏の疲れもあって、途中少しだけ意識が遠のきました…(笑)。

 上映終了後の監督の講演会でのお話を挟みながら、以下、印象に残った点を書いていきます。

 海南監督が本作を作ろうと思い立ったのは2002年。当時勤務していたNHKのロケで行った南米パタゴニアの氷河トレッキングで、氷河の広大な一角が突如消失してしまう瞬間に偶然出くわし、衝撃を受けた。地元の人達は地球温暖化による変化をひしひしと感じていたようだった。

 第一の舞台はツバル。

 監督は最初、ツバルだけを舞台に映画をつくろうと考えていたそう。実際に映画の冒頭と結びの舞台は共にツバルで、時間的にもツバルに半分以上の割かれていたような気がする。

 ツバルは海面上昇のせいで、世界で初めて国土全体が消える危険性がある国。人口1万人、小さな9つの島から成り、国中で一番高い所でも海抜5メートル。

 アクセスが悪く、日本からだと片道三日かかる。しかしそのせいで、開発の手を逃れることが出来、手つかずの豊かな自然が残っている。ネットは勿論電話も普及していないため、現在でもコミュニケーションはフェイス・トゥー・フェイス。作中にも皆で集まって食事をしたり、踊ったりするシーンがあった。この自然のお陰で15年くらい前までは、ヤシやタロイモ、島を囲む海で取れる魚で、お金に頼らずに、今で言う「スローな」自給自足生活が出来ていたツバルでの生活は、海面上昇のせいで一変してしまった。すなわち、塩害のせいで農作物の収穫量が落ちため、ニュージーランドやオーストラリアから質の悪い食糧を輸入せざるを得なくなり、現金が必要になったせいで、国外の出稼ぎに出る人が多くなった。

 熱心なプロテスタントの信者が多い住民の多くは、老いも若きも神様がどうにかしてくれるはずだと口を揃えて言うが、ニュージーランドをはじめとする国外に移住する人も増えているとのこと。とは言え、ニュージーランドの場合、ツバルからの移住の受け容れ人数は年75人にすぎず、しかも40歳以下で大卒でないと応募すら出来ないという狭き門。

 小学生くらいの子ども達が、スコールの中、服のまま、あるいは殆ど裸で、びしょ濡れになりながら、心底楽しそうに遊んでいるシーンが印象的だった。

 また倫理的ヴェジタリアンとしては、十代後半から二十歳そこそこと思われる男達が、恐らく祭りでのご馳走にするのだろう、各家庭で一匹飼われている豚を四、五頭次々と屠殺して、海で解体していくシーンが気になった…厭がって暴れる豚と恐怖に満ちた切ない声…男と肉食(その必要不可欠な前提としての屠殺)の結び付き。

 第二の舞台はベネチア。上述のように最初監督はツバルだけを舞台にしようと考えていたが、ツバルはあまり詳しく知られていないこと、また気候変動の影響が世界の様々な場所で起きていることを伝えるために、ベネチアとシシマレクを加えた。

 ベネチアには「素朴な」南国ツバルとは対照的な贅をつくした建造物が並ぶ。豪勢なホテル、ブランドショップ、教会堂等。

 浸水が酷いのはオフシーズンの冬で、悪臭もスゴい。日本人が天気予報や(今年の春からは放射線値)を日々チェックするように、住民は毎日潮位予報を確認する。潮位が高い日にブランドショップ等の店員は、帰宅前に商品を高い場所に上げて「避難」させてから帰宅する。住民は皆魚市場で着るような胸まであるゴム長を自宅や職場のロッカーに常備。町中にある電光掲示板は全て潮位を表示するもので、警報は潮位の高さによって変わる。70年代に16万人いた人口は現在6万人に激減。水のせいで建物の一階は住宅に使えないのだが、町中の建築物はだいたい13世紀のもので、建て直しが出来ないため、手の打ちようがない。

 イタリア人にとって誇りであるベネチアを海面上昇からどう守るかという議論が30年来続いており、現在特殊な堤防を建設している(「モーセ計画」)。しかし、正直あまり効果は期待出来ないだろうと海南監督。地元の人達も同意見とのこと。ツバル同様ベネチアでも海面上昇の影響を受け始めたのは15年前からで、21世紀に入ってから毎年潮位は高くなっている(ただし一番高かったのは70年代)。

 腰くらいまで水に浸った、年季の入った豪奢なホテルの一階フロントで、街の様子に驚いて戻ってきた宿泊客に、落ち着いてごく普通に対応するゴム長を着たホテルパーソン達の姿が印象的。
 

 第三の舞台は米国アラスカ州シシマレク島。写真家の故星野道夫の初めての海外旅行がこの島で、彼はその美しさに魅せられて写真家になることを決心したという(ちなみに拙宅の今年のカレンダーも彼の写真です)。

 大部分が先住民族(モンゴロイド)から成る住民は600人で、本当に小さな島。島は永久凍土で出来ていて、ツバルやベネチア同様15年前から、海の近くの土地から驚く程のスピードで海へと崩落し続けており、年々面積は小さくなっている。また温暖化の影響で冬も短くなり、海が凍るのは遅く溶けるのは早くなっている。

 殆どの住民は狩猟で生計を立てている。元々野菜や果物は取れないが、狩猟のみで生きていける場所。それは同時に地理的・文化的に生活手段がそれしかないということでもある。

 余談だが、ちょっとネットで調べたら、アラスカでもキャベツやブロッコリーなら、収穫出来るよう。

 http://alaskanisumitai.com/食べ物/取り寄せ野菜果物.aspx

 2002年に住民投票で全島民の移住を決めたが、日本で東日本大震災の被災者や放射能を避けて避難している人達同様、地域コミュニティを維持出来るように、皆で揃って移住出来る土地が——しかもシシマレク人々の場合は生計が立てられるぐらいに狩猟が出来なければならない——見つからず、やむを得ず現在も島に住み続けている状態で、殆ど綱渡り的な日々とのこと。付近の島もシシマレクと同じような危機的な状態。

 海南監督が最近対談した星野道夫さんのお連れ合いが、シシマレクの現状を知って驚いていたとのこと(公式ホームページ参照)。

 作品中で印象に残ったのは、海面が氷結した冬の海で船上から銃でアザラシを撃つ猟の光景と、自宅付近でそのアザラシを解体するお連れ合い@女の姿。それと、米国の一般家庭は皆そんな風なのかもしれないけれども、真冬なのに半袖姿でコーラを飲んでいる先住民族系のご家族の家の中の様子は、乱雑で何か荒んだ感じだった。

 国家ぐるみで対策が講じられるベネチアは兎も角、残念ながらツバルとシシマレフは手遅れではないかと監督。

 本作の上映会を石垣島と紋別で開いた際に、各々ツバルとシシマレフに似た現象が起こっているという声が寄せられたという。

 米国で上映会をやった時、環境問題について非常に高い意識を持っているはずの人達ですら、京都議定書のことも、地球温暖化対策に関する米国の「単独主義」のことも、全く知らないことに監督は愕然としたとのこと。シシマレクで起きていることが、ニューヨークで起きれば、米国人も考えを改めるのではないかという思いがよぎり、いつも中央の愚行の被害を受けるのは、人々の眼が届かない辺境の人達だということに、やるせない思いがしたという。未だ収束していない福島第一原発の事故も同じだなあ…。

 ちょっと飛躍するけれど、放射線量が高くて自宅に戻れない人達のための住宅を、皇居をはじめとする皇族関係の土地に作れないものなのか。もし天皇が避難所へのお見舞いとか、見舞金を出すとかでお茶を濁さずに、自発的にそう申し出たら、僕自身も含めた天皇制に批判的な人達からも賞賛されると思うんだけどなあ。君が代日の丸を強制したり、異様な教科書をごり押しするよりも、天皇制の支持基盤の強化には、ずっと効果があると思うけど。

 監督は大震災の後、地球温暖化対策としての原発という議論への違和感を強めていたが、正面から向き合って反論出来なかった。しかし四月に取材で行った、福島県内の放射線量のかなり高い地域は、今まで一番恐い場所だった。取材から帰ってから妊娠していることが分かって、次世代への責任——恐らく原発をめぐることだろう——を強く認識するようになったとのこと。

 地震の翌日に原発のメルトダウンを危惧して素早く関西に避難するなど、海南監督は放射線の危険性に関して高いセンシビリティの持ち主のようなので、生まれて来る我が子にどんな影響が出てしまうのか、不安でいっぱいなのではないかと感じた。

 帰りもウォーキング。シャワーを浴びてから自作のトマトソースでパスタ&ワイン。酷暑の疲れが出たのか、雨で外出出来なかったからか、日曜と月曜は体調が悪く、殆ど勉強も出来ず…。

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知世(Chise)

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