2011-10-26

大浦信行監督『天皇ごっこ 見沢知廉・たった一人の革命』クロスレビュー このエントリーを含むはてなブックマーク 

10年程前だろうか、歌舞伎町のとあるBARに通っていた頃、官能女流小説家のIさんとよく杯を重ねた。Iさんが書かれる艶のある文章のように、ご本人も色香を漂わせる方だった。あるとき「見沢知廉さんと、こんど呑むのよ」と聴いたのが最後、その店は突然閉めてしまい、Iさんともそれからお会いしてない。もちろん見沢知廉とのお話もそれまでだ。「右か左かわからん作家と、よく呑むなあ。しかもム所から出てきたばっかりだろう」というのが、そのときの率直の思いだ。しかし、男が見ても何かアブナイ、崩れ落ちそうだけど、何か説得力のあるオーラを出す、インテリやくざのような風貌には興味があった。それから4~5年後か、飛び降り自殺したというニュースを聴いたのは。何か不治の病に罹っていて、それに思い悩んだというように書いてあったように覚えてるが。違ったか。この際、イデオロギーの事はおいておこう。彼は、果てしなくも、いつまでも少年のようなココロを持ち続け、自分の居場所を探してたんではないだろうか。本当の自分の居場所なんて、きっとどこにもない。安アパートの自室なのか、オフクロの待つ実家なのか、行きずりのオンナの股ぐら、馴染みの酒場の指定席、場末の映画館の末席・・・安住の場所なんて、本当にきっとどこにも無い。だから皆、あがくんだろう。溺れないように手足を必死で動かして。そうすれば何かにつかまれるかも知れない。船が迎えに来てくれるかもしれない。その船が、見沢にとっては自死だったのか。表現者としては、ある意味傲慢で理想的な幕引きかも知れない。そしてカーテンコールが、この映画だ。様々な関係者の方々へのインタビューが為されていたが、やはり実母の言葉が身に沁みた。「あなたが作家として成功してくれれば、私は野垂れ死にしててもいいの」
 自死の前に実家で両小指を切り落としていたのは、知らなかった。血を見る事によって、自分の存在を確認していたのだろうか。では、確認がまだ満ち足りなかったのか。自死を選んだということは。これじゃあ「野垂れ死に」は見沢の方じゃないか。母はどうやって生きていくのだ。死ぬな!表現者!生きて恥を晒そう。勝手なことを云わせてもらえば、「見沢の双子の妹」たる女優さんの「血」が観たかった。そこまでやったら、ちょっとやり過ぎかも知れないけど。彼女の舞台があったら観てみたい。あ、小説家のIさん、この映画観ました?観ましょうよ。

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大倉順憲

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