2012-02-27

『プリピャチ』クロスレビュー:見えない このエントリーを含むはてなブックマーク 

この映画の恐ろしいところは、およそ恐ろしいようには見えない、ところにあると感じた。
その村では人々がごく普通の生活をしている。木を切り、漁をし、畑を耕す。どこにでもある田舎の風景。銃弾が飛び交っているわけではないし、建物に飛行機が突っ込んだりはしない。
しかし、明らかに普通ではない状況で生活している。「全然平気だ。6年もゾーンにいるから。」とある人は言っていた。時間が経てば人の記憶も風化し、のどかな風景が危機意識の鈍化に拍車を駆けるだろう。
“慣れ”というものが一番怖い。
チェルノブイリ原子力発電所の3号機は稼働を再開していたし、担当責任者は事故が再び起こることはないと胸を張っていた。25年後、遠い島国では同じ過ちが繰り返された。
カメラには写らないその普通ではない状況と、それに慣れきり危機意識の鈍化する人々。放射能の無慈悲さがここにあると感じた。

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vitchi

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