2012-06-05

画家 織田廣喜先生 このエントリーを含むはてなブックマーク 

洋画壇の重鎮、織田先生が逝ってしまわれました。

先生の周りの多くの方がみなさまざまに想い出をお持ちだと思いますが、

お悔やみの気持ちを込めて、ちょっと想い出を書きます。

先生と初めてお会いしたのは12年ほど前、美術の仕事ではじめての対談でした。

 先生のお宅で、何を話そうか考えてはいたのに、緊張してうまく話せず、編集部からもらったテープを聴いてみると、なんだか同じようなことを繰り返し話していて恥ずかしくなりました。

 ご自宅に伺ったときはいつも最初に奥様のご仏前に挨拶させて頂き、ときにはもうすぐできあがる50号くらいの作品を見せてくださったり、ワインを飲みながら絵の話をしました。

アトリエには所狭しとキャンバスが積まれ、子供の頃から実家で画材に囲まれて生活していた私には、絵の具の匂いがとても居心地がよかった。

そして帰りはいつも、私たちが見えなくなるまでご自宅の前でお手伝いさんと立って見送ってくださいました。

制作と言えば、辺りが暗くなろうがなんだろうが、いったん描き始めると90歳を越えているとは思われぬ集中力で、みるみるすてきな絵を制作されていかれる姿も拝見する機会がありました。

優しく分け隔て無く誠実な方で、芸術家について、ひとつのことを求めて生きる姿、好きなことを求めて生きる人間の業など、いろいろと考えさせられ勉強させられました。

いつも「こういう仕事ができて幸せだ。絵が描けて幸せだ。」とおっしゃっていたそのことを、不遇の時代があったからこそ出てくる言葉だ。と思うと意味が深く、忘れられません。

絵を教えることを仕事としていた私の母が、6年前、先生の描いてくださった私の絵をみながら、ひとりホスピスの病室で息を引き取った。と言うこともあり、感謝の気持ちで一杯です。

本当におおきなおおきな方でした。今まであのような芸術家にめぐりあったことがありません。また美術の仕事の最初にこの先生と仕事ができたことをありがたく思います。

心からご冥福をお祈りいたします。気をつけて奥様の待つところへ。

キーワード:

画家 / 織田廣喜


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Kaoruko Michelin

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Kaoruko Michelin

“いろんなことを考えすぎて、1日短い。”


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