2012-07-07

「聴こえてる、ふりをしただけ」クロスレビュー  大人の階段を上がる少女 このエントリーを含むはてなブックマーク 

11歳のころ、私はこんなことを考えていたのだろうか。映画を観ながら、11歳の自分を振り返っていた。
サチは11歳で母親を亡くしてしまう。11歳という多感な年ごろ、まだまだ母親に甘えたい年齢だ。「お母さんはずっと見守っていてくれる」という言葉は、大人が慰めるために言う言葉。今の私でも、そういう言葉をかけてしまうだろう。だけど、その言葉を11歳の少女はどう感じるのか。
お母さんが亡くなったことを受け止められない、お父さんには言えないこともある、周りの友達との関係、親戚のおばさんへの遠慮。「おばけ」を否定してしまうと、「お母さんが見守っていてくれる」ということを否定してしまうのではないか。
その頃の友人関係も難しい。友人と違うことをしないで、いつも一緒。一緒のことをするから友達。トイレにも一緒に行く。私もそうだったかな。「トイレ行こう」と言われ、嫌と言えない。みんなでトイレに行く、それがその時は普通だった。いつごろ何だろう、バラバラで行動しても平気になったのは。
大人になっても、親しい人の死をなかなか受け入れられないのは同じだ。悲しくてもいつまでも泣いてはいられない。その時は実感がわかなくても、徐々にいないんだなと実感がわいてくる。人の死を乗り越えるのは、大人でも大変だ。そして、それは誰にでも訪れる。
11歳の少女を通して描かれているが、人の死を受け止める過程というのは、大人にも共通する部分があるのではないかと感じた。心の繊細な動きが、巧みに表現されている映画だと思った。

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chairo24

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