2008-05-16

孤独な反逆者、あるいは悲痛な自爆テロリスト-福居ショウジン『ゲロリスト』- このエントリーを含むはてなブックマーク 

ブランコに乗り、揺られつつ、少女は独りつぶやくのだ。

「変えなければ、この肉体を」

そして彼女はひたすらに、電車の中を駈け抜ける。
車内の床を這いまわり、突如座席にもたれかかり、彼女は走り抜けていく。
そのまま街へ駈けていく。
そんな少女を追い回す、激しく手ぶれするカメラ。
やがてそこに映るのは、狂った笑顔を浮かべる少女。

彼女の名は「ゲロリスト」。

虚飾に満ちたこの世界に、たった独りで立ち向かう、孤独な反逆者。
あるいは底知れぬ苛立ちを、胸のうちに抱えこむ、悲痛な自爆テロリスト。

ある日、ある場所、どこかの公園。
彼女はひたすら嘔吐する。
白濁した液体を、吐いて吐いて吐きまくる。
それは彼女がため込んだ、何かに対する苛立ち?焦燥?
あるいは何かの象徴?か。
もしくは世界を拒絶する、断固たる意志表示?

口から何度もしたたり落ちる、白い雫。
ゲロ。胃液。吐瀉物。その他。
呼び名などはどうでもいい。
つまりは彼女がためこんだ、言葉にならない総てのもの。
ただそれをひたすらに、少女は今吐き出しているのだ。

「吐き出せ!吐き出せ!そのまま総て!
もっともっと吐きまくれ!
嘘にまみれたこの街に、お前のゲロをぶちまけろ!」

延々と映し出される、長回しの嘔吐シーン。
取り澄ましたふりをして、顔をしかめていたはずの自分。
いつのまにか彼女に同化し、内に秘めた総てのものを、ぶちまけたくなっている。
そんな誘惑に駆られている、己をふと自覚する。

公園の一角に、うずくまって吐きつづける、ただひたすら嘔吐する、少女。

やがてその吐瀉物は、ホワイトからイエローへ、徐々に色を変えていく。
「川の流れのように」、砂の上を流れ行くゲロ。

そして、場面は変わりゆき、再び電車の中を行く。
走り回り、のたうち回り、あるいは旋回するごとく、
時には床を転げ回り、少女は理解されぬまま、
ただ独り、反逆を試みる。
なにゆえに?

「腹が立つのよー!
なんだか訳分かんないけどさ、
毎日毎日腹が立ってしょうがないのよー!」

かつて観た、ある映画。
そこで一人の少女が叫んだ言葉。
それが今、『ゲロリスト』を観ている自分の中で、再びこだまする。

劇中の(時間にするとほんの僅かな)1シーン。
地下鉄のプラットフォームで、一人たたずむ少女の姿。
そのとき何故か僕には彼女が、
世紀末のTOKYOに突き落とされた、
一人の天使に見えた。

買ったばかりのアイスに一口、かぶりついた少女はすぐに、それを地面に叩きつける。
それだけでは我慢できず、持っていたバッグをも、地べたに叩きつける少女は、確かに何かに苛立っている。

そして彼女はあてもなく、夜の街を彷徨い始める。

やがて、通りすがりの男につかみかかった少女は、悲痛な声で絶叫する。
「アンタたち殺してよ!殺してよ!狂ってよ!ねえ、苦しめてよ!」
「いくじなし!ヒト一人も殺せないのかよお前は!」
「いくじなし!死んじまえ!バカ野郎!バカヤローーーー!」
「ふざけるな!」
「ね!ね?あんたたち殺せる!?
ちょっと!
アンタたち殺せるかって聞いてんのよ!
殺せるよねー、殺してよ!
お願いだから殺してって言ってるでしょ!」

そう叫び、泣き喚き、あたりかまわず周囲の人間に掴みかかる少女。

「誰か!誰かアタシ殺してよ!お願い!お願いだから!」
「あんた達、誰でも人間なの!?誰も殺せないような人間なんて!」

そのまま錯乱しながら、街を駈けぬけてゆく少女。
そして。

「バカヤロー!」

唐突な絶叫とともに映画は終わる。

ゲロリスト、お前は何に苛立つのだ?
何に戦いを挑むのだ?
それは今ここにある世界、あなたや私が存在している、まさにこの場所。

取り澄ましたこの街の、早朝五時の大通り。
その傍らにぶちまけられた残飯を、カラスが漁るその様を、見て観ぬふりして通り過ぎる、あなたがたの住む世界だ。

道端にぶちまけられた、誰かのゲロに顔をしかめるそこのお前!
その土手っ腹を、一筋ナイフで切り裂けば、
そこに詰まっているものは、
今あんたが顔をしかめた、まさにその吐瀉物だ。
人はみなゲロ袋。
一皮むけば。
あなたも。
わたしも。

それを知るが故にこそ、少女は走り、叫び、ゲロを吐くのだ。
汚辱に満ちたこの世界の、汚辱に満ちた己が放つ、その腐臭に蓋をして、のうのうと暮らす我々に、彼女はあえて「否!」と叫ぶのだ。

「バカヤロー!」

その一言で。

コメント(1)


  • 東澤俊秀 2008-05-16 01:07

    なお、本作『ゲロリスト』は5月24日、シネマアートン下北沢で上映される。

    ☆「『the hiding-潜伏-』公開記念オールナイト」

    〈イベント内容〉
    『出れない・別バージョン』(DV/カラー/ステレオ/55分)
    福居ショウジン監督
    出演 溝手真喜子 伊藤主税 福山知沙 
    トークショー①  
    ゲスト
    溝手真喜子(『the hiding-潜伏-』/『出れない』)
    伊藤主税 (『出れない』)
    福居ショウジン監督
    司会・友利栄太郎(ホネ工房プロデューサー)   

    『days of』(2006/9min/8㎜→DVCAM/カラー/16:9)福島拓哉監督
    『ラーメン』(2006/10min/8mm→DV/カラー/16:9)前田弘二監督
    『結晶都市』(2006/10min/8㎜→DV/カラー/4:3)  品川亮監督
    『燃え上がる生物』(2007/15min/8mm→DV/カラー/4:3) 蔭山周監督
    『ゲロリスト』 (1987/12min/8mm/color/4:3)福居ショウジン監督
    『キャタピラ』 (1988/33min/8mm/color/4:3)福居ショウジン監督
    ※ほか、シークレット作品(10分)の上映あり

    トークショー②             
    ゲスト
    福島拓哉監督
    蔭山周監督
    前田弘二監督
    福居ショウジン監督
    司会・友利栄太郎(ホネ工房プロデューサー)

    『ラバーズ・ラバー』(1996/96min/35mm/B&w/4:3)
    福居ショウジン監督
    出演 川瀬陽太 奈緒 齋藤聡介 国広ミカ ジーコ内山 飴屋法水

    料金:¥2500(当日券のみ)
    尚、整理券は13:30より配布致します。

    ☆福居ショウジン最新作『the hiding-潜伏-』

    2008年5月10日(土)~6月6日(金)
    連日20時30分よりシネマアートン下北沢にてレイトショー!

    公式サイトHP
    http://www.hiding.jp

東澤俊秀

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東澤俊秀

“所属:ホネ工房、寿町フリーコンサート実行委員会”


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