2013-11-25

『消えたシモン・ヴェルネール』クロスレビュー:方向性を間違えたか このエントリーを含むはてなブックマーク 

【ネタバレあり】高校生活の描写に尺を割き過ぎているのは『エレファント』を意識してのことであろう。『エレファント』では殺人はあくまで結果である一方で、この作品は殺人を軸に物語を展開させるサスペンスであるはずだ。しかも両者が決定的に違うのは殺人という行為が一方では高校生活の内部から発生し、他方では高校生活とは無関係の外部から侵入してくる、という点である。尺を割くべきはあの夜の森。実に緻密な映像である。監督がアニエス・ゴダールの手腕をあらかじめ知悉していたなら物語の主な舞台は夜の森になっていただろう。森の中の小屋で通り魔が登場するエピソードもあるが、それきりで広がらない。映画とはこの夜の森に分け入っていくことそのものであることを監督は知らないようだ。人物ごとの章立てと言えば黒澤明の『羅生門』、というより芥川龍之介の『藪の中』であるが、この『羅生門』のような想像力の飛翔がほしい。犯人が通り魔だったとはお粗末なオチだ。これでは観ている方が「なぜ殺したの?」という疑問で立ち止まってしまう。この通り魔についての表現を完全に放棄している。説明はいらない。表現をしてほしい。『飢餓海峡』の三國連太郎扮する殺人犯について「なぜ殺したのか」という疑問で立ち止まる人は少数派であろう。宮川一夫の日差しに匹敵する魅力を放つ夜の森とそこの主である通り魔。この二大要素が本来この作品で重要な位置を占めるべきであった。

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