2014-02-10

『ダブリンの時計職人』クロスレビュー:深い悲しみと微かな希望 このエントリーを含むはてなブックマーク 

 監督がドキュメンタリー製作に携わっていたというだけあって、あたかも実際にありそうな話で、主人公のホームレスのフレッドはいかにもいそうな感じだ。
フレッドの後押しをしてくれる、カハル。彼もまた家を飛び出して車上生活のホームレスになっている。フレッドに親切でいい青年だが、ドラッグにはまっていて抜け出せない。
車上生活をしている、というだけでなく、現状から抜け出せない、という意味でも原題の「Parked」が重なっている。
フレッドは自分でもわかっているのだ。でも役所の窓口に失業手当の再申請をすることしかできなくて堂々巡りになっていたところにカハルが手助けしてくれてうまくいく。
そのことできっとフレッドもカハルを助けてあげたいと思ったのだろう。
 ただ、ドラッグと借金の問題は簡単にはいかない。
カハルの見た最後の花火は家族でみた楽しい思い出の花火と重なってみえたのだろうか。
そして、ずっと持っていた父の壊れた時計をフレッドによって修理してもらった時、
本当はカハルはその時計を父に渡したかったのでは、と思った。
 プールに通い始めた頃、どうしても飛び込み台から踏み出せなかったフレッドが映画のラストではちゃんと飛び込めるようになったシーンが特に象徴的だと思った。
ただ、フレッドの未来は少しだけ明るい兆しが見えたが、カハルに関してはドラッグの問題はやはり根深いのだ、と思わさせる。
ハリウッド映画のようなハッピーエンドというわけにはいかない。
この映画は深い哀しみと微かな希望を漂わせる。

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ミッチ

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