骰子の眼

stage

東京都 新宿区

2009-02-25 21:26


土佐有明の(ほぼ)初日劇評 第1回:乱交パーティーを舞台にした、10人の男女の「空気の読み合い」 ポツドール『愛の渦』

ただいま公演中のポツドールの劇評が読める!土佐有明のPLAYGROUND WEB編 「(ほぼ)初日劇評」が本日よりスタート
土佐有明の(ほぼ)初日劇評 第1回:乱交パーティーを舞台にした、10人の男女の「空気の読み合い」 ポツドール『愛の渦』
岸田戯曲賞を受賞したポツドールの代表作『愛の渦』は現在公演中 (撮影:曳野若菜『愛の渦』2009年公演)

ライターの土佐有明氏より、ある企画が持ち込まれた。「舞台公演の初日かゲネプロ(通し稽古)を観て、その劇評を即日アップする」というものである。公演真っ最中の劇評を読んで、もし興味があれば、すぐに劇場へ足を運べる。それは、雑誌にはないネットの即効性を活かしていると同時に、演劇をあまり知らない人に観に行きたいと思わせるきっかけづくりをしたいという土佐氏の思いが含まれている。また、今後は土佐氏主催で、若手劇作家を迎えてのトークイベントもアップリンク・ファクトリーで予定しており、それと連動する形でwebDICEで連載が始まります!


第一回 ポツドール『愛の渦』(再演) 脚本・演出:三浦大輔
2009年2月19日(初日) PM19:30~ 新宿シアタートップス E列5席にて観覧

「公演前の通し稽古(ゲネプロ)や公演初日を観て、すぐさま劇評を書いてアップする→それを観て興味を持った人が“まだ間に合う!”と会場に足を運んでくれる」という、ネットならではの即時性を活かしたサイクルを誘発するのが、当連載を始めた狙い。……なのだが、初回から筆者の事情により掲載が1日遅れてしまった。早くも先が思いやられるが、猛省しつつちゃんと初日に観たことをまずは断っておきます。

今回紹介する『愛の渦』は、演劇界の芥川賞に該当する岸田戯曲賞を受賞したポツドールの代表作(初演は05年)。10人の男女がマンションの一室で、夜を徹して乱交パーティーに興じるという設定だ。一応男女のセックス・シーンもあるが、行為自体をあからさまに見せることはなく、むしろコトに至るまでのプロセスを執拗に描写した群像劇となっている。

やっかいなプロセスをすっ飛ばして手軽にセックスしたい、というのは男なら(ずとも?)一度は思うことだろう。好意を寄せる女性と懇意になっても、そこからセックスに漕ぎ着けるまでには、様々な駆け引きや心理戦を通過しなければならない。モテる人はこのプロセスをスマートにこなしてしまえるから実感が湧かないかもしれないが、ここを面倒くさくてしんどいと思ってしまう人は案外多い。本公演の脚本・演出を手掛けた三浦大輔も完全にそのタイプである。

乱交パーティーを仕切る裏風俗店の店員は、ここはそうした面倒な手続きを踏むことなく、簡単にエッチしまくれる場所だと説明する。確かに参加者の目的はただひとつ。相互の利害が一致した場所でやることは決まっているはずだ。にも関わらず参加者は序盤、羞恥心を捨てきれず尻込みし、男は男同士、女は女同志で固まってしまう。中盤から徐々に各々の性欲が露呈されるが、それでも独特の緊迫感に満ちた間合いは維持される。5秒が10分に感じられるような気まずい沈黙、ぎこちなく噛み合わない会話、宙を泳ぐおぼつかない視線……。つまるところ、この舞台の要諦を成すのは、10人の男女の「空気の読み合い」にある。あるいは、「腹の探りあい」といってもいい。

勿論、空気は空気だから目に見えないし、腹の中も見えないから腹の中なわけだが、その不可視なるものを、この舞台は細かな仕草や表情の機微によって照らし出す。時々刻々と変化する参加者たちの距離感や関係性。2時間20分にも及ぶ息詰まる空気の読み合いを、観客はじっと固唾を呑んで見守ることになる。

愛の渦
12人の男女がマンションの一室で乱交パーティーに興じる設定だ (撮影:曳野若菜『愛の渦』2009年公演)

途中参加のカップルを含む6名づつの男女には、自然とヒエラルキーが生まれる。合コンと同様で、特定の男性や女性に人気が集中するわけだ。例えば、男性一番人気は米村亮太郎演じるフリーターの「男1」、続いてサラリーマンで所帯持ちの「男2」で、このふたりが場の空気や流れを大きく左右する。男1はルックスが良く性器が大きいという設定だが、彼が場をコントロールできる理由はそれだけではないはずだ。男1は女性の反応を敏感に察知し、さりげなく冗談を言って場の雰囲気を和らげる。つまり最もうまく「空気を読む」ことができる。ルックスは悪くない男4が怖気づいて輪に入れなかったり、逆に見た目は普通でもコミュニケーション・スキルの高い男2がモテるのも、やはり「空気を読む能力」の差異と関係が深い。

ここで唐突だが、舞台を観ながら思い出した小説の一節を引用する。長嶋有の『ぼくは落ち着きがない』(光文社)のモノローグだ。

この世の中の人は、誰もがただ会話するだけでも芝居がかる。即興で「キャラを演じる」。役割の中でボケたり、ツッこんだりもする。部室の皆だけではない、誰もがテレビや本や、あるいは先人たちのふるまいや、それぞれの心の中に降り積もった情報を参照して、言葉を外部に発しているんだ。上手にふるまえない人は、しんどい。当意即妙に冗談がいえたり、余計なこといわなかったり。「空気読めない」のは生きにくい。(前掲書,148P)

この引用文に即して言うなら、男1は「ボケたりツっこんだり」が異様に巧い。当意即妙に冗談を言うし、余計なことは言わない。引用した小説は高校が舞台だが、社会に出ても、合コンに行っても、そして乱交パーティーに参加しても、この能力や技術はどうしたってついてまわってくる。まさに「上手にふるまえない人は、しんどい」し、「空気読めない」のは生きにくい。これは乱交パーティーという特殊なシチュエーションに限らない、普遍的で切実な問題なのだ。

宮沢章夫は岸田賞の選評でこの戯曲を「苦い喜劇」と評した。確かに、客席からは何度も笑いが起こっていた。性欲に支配されて周囲が見えなくなる男女の姿は、確かに滑稽で情けない。だから観客はそれを幾度となく笑う、いや、嘲笑する。だが、筆者は決して笑えなかった。むしろ、屈託なく笑えてしまう観客に対する違和を最後まで拭えないでいた。

『愛の渦』は私たちの現実を映し出す鏡のような舞台だ。似たような状況下では、自分もこんな風に滑稽な姿を曝しているんじゃないか? 客観視できないから気付かないだけで、自分だってこんな風にぶざまでみっともない顔をしているんじゃないか? そう思うとぞっとして、舞台上の出来事を他人事として片付けることなどできなかった。そして、三浦大輔に問いかけられているような気がした。客席のあなただって、同じ状況にいたらこんな風に無防備で醜い振る舞いをしているんじゃないの?と。

筆者の隣の女性もやはり一度も笑わなかった。彼女は何を考えながらこの舞台を観たのだろうか? 客席から舞台を盗み見るだけの私やあなたの心中を想像しながら外に出ると、ネオンに煌く歌舞伎町の喧騒が目に飛び込んできて、舞台とこの風景と、どちらが現実なのか一瞬分からず、虚空に放り投げられたような気分になった。


ポツドール『愛の渦』 脚本・演出:三浦大輔
2009年2月19日(木)~3月15日(日) 全29ステージ

「愛の渦」表紙

■出演:米村亮太朗、古澤裕介、井上幸太郎、富田恭史(jorro)、脇坂圭一郎、岩瀬亮、美館智範、江本純子(毛皮族)、内田慈、遠藤留奈、佐々木幸子(野鳩)、山本裕子(青年団)
■劇場:THEATER/TOPS[地図を表示]
(東京都新宿区新宿3-20-8 TOPS HOUSE 4F)
■開演時間:平日19:30 土日14:30/19:30 ※月曜休演、3月15日(日)のみ17:00
■料金:前売/全席指定4,000円 当日4,500円
※現在、前売が完売になっている場合がありますので、詳細・お問合せはポツドール公式サイトをご覧ください。

(写真は、2006年に第50回岸田國士戯曲賞を受賞した三浦大輔著『愛の渦』(白水社)。詳細はコチラから)


ポツドール「愛の渦」パンフレット

ポツドール『愛の渦』初公式パンフレット発売中!

三浦大輔5千字インタビュー、岩松了と宮沢章夫が語る『愛の渦』、実録・ポツドールの稽古場、峯田和伸(銀杏BOYZ)×三浦大輔の対談、本谷有希子やバクシーシ山下らによる特別寄稿など内容盛り沢山。公演会場で販売の他、通販(コチラ)も可。



土佐有明(とさ・ありあけ)PROFILE

1974年千葉県生まれ。ライター。J-POPからジャズまで音楽関係の仕事をメインに、最近は音楽誌等で演劇についても執筆。過去10年の仕事をまとめ、吉田アミとのポツドール1万字対談を加えた『土佐有明WORKS1999~2008』が発売中。演劇関連の仕事では、今回紹介したポツドールの初公式パンフレットで取材・構成を担当。他には、今発売中の『ミュージック・マガジン』でtoiの劇評を、『マーキー』の演劇連載ではポツドール、快快、珍しいキノコ舞踊団について書いてます。公演情報、その他諸々の御連絡はariake-t@nifty.comまで。

<評者から連載開始にあたって>

気になった舞台公演の初日、あるいは初日前の通し稽古(=ゲネプロ)を観て、その劇評や紹介文を即日アップする。新聞の文化欄では通例となっている方式だが、今回からネット連載という形で始めてみることにした。

雑誌媒体で演劇について書くことには様々な制約や障壁がつきまとう。月一回の発行の雑誌では、進行の都合上、記事は公演鑑賞の紹介記事(いわゆる前パブ)か、鑑賞鑑賞後の劇評にほぼ限られる。前者は脚本ができあがっていない状態で書くことも度々だし、仮に脚本を読んで劇作家に取材した上で記事を書いても、やはり実際に舞台を見ると印象はがらっと変わったりする。かといって舞台を実際に観て劇評を書いても、掲載誌が発売される頃にはその公演は終わってしまっている……。このタイムラグをなんとか埋められないだろうか?―そう考えた時にやはりネットが有効だろう、と思った。

音楽ならライヴを見逃してもCDを買えば充足感は得られるし、CDは一度買えば繰り返し聴ける。映画は演劇に較べて上映期間が長いし、映画館で観るのと別種の体験とはいえ、高画質のDVDで観ることも可能だ。だが、演劇は一度見逃すと次がない。

加えて、紹介する側としても、CDや映画はかなり早い段階でサンプル盤を聴いたり試写を見られるから、ほぼ完成段階の作品を元に原稿が書ける。だが、前述のように演劇はそうはいかない。だから、観たその日に感想をアップできる個人ブログやSNS経由の口コミが、時として雑誌媒体よりも影響力を持ち得る。であれば、即時性に長けたネットで速報的に劇評をアップしていったらどうだろう?というのがこの連載の意図だ。主観と情報の兼ね合いをどう処理するか、ネタバレをどの程度まで許容するのか等々、正直課題はあるけれど、試行錯誤しながら続けてゆくつもりなので、どうぞよろしくおつきあいください。(2009年2月25日)

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