骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2009-03-27 17:45


「俺は生きている!」 自身の派遣労働生活をカメラに収めた岩淵弘樹監督『遭難フリーター』

「金に追われ生活に追われ、一体どこに向かっているんだ?」―そう思ったことのあるあなたに是非観てほしい映画がこれ!28日よりユーロスペースでついに公開!
「俺は生きている!」 自身の派遣労働生活をカメラに収めた岩淵弘樹監督『遭難フリーター』

キヤノンのプリンター工場で派遣として働いていた岩淵弘樹が、自身の生活を1年間カメラに収めたドキュメンタリー『遭難フリーター』。派遣切り、格差社会、ワーキングプアといった言葉が飛び交うなか、本作は「派遣の実体」を晒し、一人の若者の姿を生々しく描き出した作品だ。派遣云々に関係なく、この現代日本で働いている人であれば、何かしら共感を持ち、自分と重ね合わせて見てしまうかもしれない。現在は派遣から脱出し、フリーのAD(アシスタントディレクター)として新たに働き始めた岩淵弘樹監督に話を訊いた。


なにをどう撮るのかはまったく決めず、ひたすら撮り続けていた

── 山形の大学を卒業してから『遭難フリーター』をつくったそうですが、そもそもどのようなきっかけでつくることになったのですか?

埼玉にあるキヤノンのプリンター工場で働くことになって、その前に高崎のトレーニングセンターで2泊3日の研修があったんです。その様子をブログで書いていたら、雨宮処凛さん(作家)と土屋豊さん(映画監督)が読んでくれていて、派遣社員の生活をカメラで記録したら面白いんじゃないかと。で、キャノンでの仕事が始まると同時にカメラをまわし始めたんです。

── 土屋さんと雨宮さんとはいつ出会ったのですか?

03年の山形国際ドキュメンタリー映画祭のタイミングで、学生向けのワークショップがあったんです。そこに土屋さんと雨宮さんが来られて知り合ったんです。

── 派遣社員になったきっかけは?

岩淵弘樹監督1

大学生のとき、実家の仙台から山形まで片道3時間くらいかけて通っていたんです。結局、単位がとれずに卒業できなくて、05年9月まで留年していたんですね。そのおかげで内定していた会社が取り消しになって、就職先がなくなったのでバイトを始めて。授業は週1回だけだったので実家の仙台で一年間フリーターをしていました。卒業して3月に東京に行きたかったけど、暮らすためのお金がないので就職情報誌で探していたら派遣の募集を見つけて。

── そこは埼玉のキヤノンですよね。直接、東京に行こうとは思わなかったんですか?

最初に、一番東京に近かった藤沢市のISUZUの工場を希望したんです。そこを受けたら、一緒に面接に行った友達に刺青があって断られ、次に近いところで埼玉のキヤノンを受けたんです。


── 自分にカメラを向けることに抵抗はありませんでしたか?

もともと大学で映像を専攻していたし、それまでも頻繁に自分の生活を撮っていたので特に抵抗はなかったですね。

── 自分を撮っていたのは何のために?

他に撮るものがなかったので(笑)。セルフドキュメンタリーという手法は大学時代から、というか一番最初に作った習作からずっと一貫してます。自分一人で撮影して、編集して、という方法が一番性に合っていると思ってます。友達が少ないので。

── では、以前から映画を撮りたい気持ちがあったんですね。

そうですね。中学生の頃から、なぜか映画で表現がしたいなと思ってました。大して映画を観ていたというわけでもないんですが。

── では、すんなり事は進んでいったと。

土屋さんと雨宮さんの面白いんじゃない、というアドバイスだけで、後は特に打ち合わせもせず、日々の様子を一人で撮り続けてました。最初に一回だけ土屋さんと雨宮さんに見せたんですね。僕が自宅で納豆を食べているシーンなんですけど。そしたらすごい爆笑されて。これ面白いから撮影を続けた方がいいと言われまして。

遭難フリーター
映画『遭難フリーター』より

── 確かにあのシーンは強烈な印象でしたね。

自分としては気づかなかったんですけど、そんなにひどい顔かとショックでしたね(笑)。

── それで、一年間も撮り続けたんですか。

山形国際ドキュメンタリー映画祭の締切が07年5月末だったので、そこを締めとして考えていたんです。06年3月から07年3月までキヤノンで働いて、約2ヶ月で編集して送ったんです。すべては未定のまま進んでいきました。

── 途中でモチベーションが下がることはありませんでしたか?

そもそもどういうものをつくりたいかとか、どういう風につくるかとかをまったく決めずに、とにかく撮り続けていたので。撮影することに、何かを考えてやっていたわけじゃなくて、ただポケットから出して撮っていたという繰り返しだったので、何も考えずに素材を貯めていっただけですね。

── 最初にこういうのを伝えたいとか、メッセージもなく?

ないですね。最初に映画をつくろうと思ったときは、どんな立脚点で映画をつくったらいいんだろうと考えたりもしたんですけど、雨宮さんがそのまんまでいいんだよって言ってくれて。雨宮さんが出演した『新しい神様』(99年)のときは、自分の素のままだったし、そんなもの考えなくていいんじゃない、いまあなたが置かれてる状況があなたの立脚点なんだからと言ってくれて。それでますます考えなくなった(笑)。

派遣を言い訳にして、人生を否定してほしくない

── 作品の中でテレビの取材をいくつか受けられていたんですけど、自分は撮っている側なのに、撮られている側にもいる。変な感じはしませんでしたか?

テレビの取材としては不幸な派遣労働者であってほしいんだと思うんですが、僕がそんなに暗い性格ではないので、不幸な派遣労働者を演じるわけでもなく、そのままの気持ちをそのまま言うみたいな感じで取材は進んでました。自分をどういう風に見せたいとか書かれたいとかは全然ないので、ディレクターの方がやりたいことに沿って素材として使っていただければと思うので。それに僕が持っていたのは小さな家庭用のビデオカメラですから、まさかこうして映画になるとは取材する側は想像していなかったと思います。
映画の中では、不幸な派遣労働者と取り上げられたことに対しての違和感というか…モザイクをはずしたところにいる自分というのを、主語にして語りたいという欲望はありましたね。

── モザイクをかけないとキヤノンにバレてしまうからですよね。

素顔で取材するにはキヤノンと日研総業(製造大手派遣会社)に取材の許可をとるというので、それはやめてくれと。クビになったら住居も失ってしまうので。最初は全部出してもいいと思ったんですけど。

── 一人きりの撮影で大変だったことはありましたか?

ないですね。楽しくもなく。撮影そのものは大したことではなくて、そのときの生活が本当に大変だったんです。ただひたすら毎日飯食う金、泊まる金、そういうことを工面することで頭がいっぱいで。目の前の出来事と自分自身をそのまま撮り続けていました。

── 撮る前と、撮った後ではどのような気持ちの変化がありましたか?

遭難フリーター3

お客さんに見せられることがこんなに感動的というか。お客さんとコール&レスポンスできるのが面白い。やっぱり、コミュニケーションだと思うんですよ。上映する場所によっても反応はそれぞれ違うし、打てば返ってくるというか、そこが生のダイレクトな楽しみです。とにかく映画をつくることが自分にとって面白いものであることを知ったので、それが今回一番得たものです。

── 将来は劇映画も撮ってみたいとか。

もちろん劇映画もいつか撮りたい。伊丹十三さんも50歳過ぎてからですよね。だから、それくらいからでもいいのかな。まあ、やりたいようにやれたらいいなと思います。そもそも演出から何から劇映画についての経験が全くないので、少しずつ勉強したいと思ってます。そういうことよりも、自分たちで鉄骨組んでゲリラ上映する方に興味があります。昨年のG8サミットの際にインディペンデントメディアとして参加したんですが、山の中で、自分たちが作ったスクリーンで上映する光景を見て感動的だったんですね。完全なD.I.Y.で映画を届けられることが。
いまは、『遭難フリーター』の宣伝も含めて、まだ自分の中では終わってないんです。とりあえず全部終わったというときまではあまり先のことを考えず、この作品と心中するつもりで。心中しちゃダメなんですけど(笑)。


── 作品の出来には満足していますか?

してないですよ。最初の上映でも満足していなかったんです。今まで上映会で観て満足したのは一回くらいしかないですね。ナレーションは、当時の自分の気持ちをなるべくリアリティを持って反映したんですね。当時の言葉を使って、そのときの気持ちを込めて。いま観ると、ちょっとこれは言いすぎ、ナレーション多すぎとか、もっとこうできたんじゃないのかなと思うんですけど、それを全部含めて23~24歳の自分がここに込められているので、満足はしていないんですけど、というか満足できっこないですけど、そのときの自分のやるべきことは全部こもってるはずです。

── 派遣で働いている方からの反応はどうでしたか?

けっこう共感してくれますね。だけど、「やっぱり働くことって何?」って言われても僕もわからないですし、どこかで割り切らなきゃいけないのなら割り切りたくないしっていうところもあるので、たぶん悶々としていると思うんですね。だからその悶々を分かりあうというか、悶々としててもなんとかなる世の中だったらいいなと思いますけど。

── 作品を通して伝えたいことは?

岩淵弘樹監督2

ゴキブリのような生命力を感じてほしい。派遣社員とかネットカフェ難民とかいろいろありますけど、彼らは彼らなりの生き方をしているし…でも、その人たちを代弁するつもりはまったくないんです。僕は僕として、一人の派遣労働者として「俺はゴキブリのような生命力を持ってるぜ」と言いたかった。その一点に尽きるんですけど、それにしては今の社会状況がどんどん作品内容とリンクしていて、自己責任や社会責任とかいろんなことが連なってきている。だけど、一番核となるのは「俺は生きている」。そんなところなのかなと思っていますけど。

── 格差社会といわれる日本の社会システムを変えたいという気持ちはありますか?

もちろんありますよ。ただ、自分が活動家として社会を変えていこうという気概はないです。一人の生活者としての気持ちを映画に込めていけたらと思っています。社会派ドキュメンタリーではないしジャーナリストでもないし、そういうのをつくっていくような気持ちではなく…自分はカメラを持つことで社会と関係していきたいと思うので。何かを変えようという運動やデモにはもちろん興味はあるし、それが起こったら絶対カメラをまわしにいくと思います。


── いまでもデモは参加されているんですか?

ええ。少しずつ参加者も増えているし、やり方も変わってきています。それを定期的にウォッチングしています。音楽を鳴らしている一団が渋谷の街を闊歩していくというのは、非日常的な光景としていいなと思います。それを外で眺めているのと、中に入るのではかなり距離があるでしょうけど、どっちもわかりたいなと思うんですよ。外から見てるだけじゃなくて、中にいる人間の思いもわかりたい。

── いまは派遣をやめて、フリーのADの仕事をされているそうですが、以前に比べたら生活はよくなりましたか?

格段によくなったと思います。ただ、悶々とした気持ちは残っていますけど。自分の至らなさというか、こういう形で生きていくのかなという意味での悶々を抱えています。だから状況は絶対よくなっていますけど、抜けきらない何かが残っているのかなという感じです。

── 作品の中で「お金に追われて生活に追われて、俺はどこに向かっているんだ」という言葉がありましたが、いま岩淵さんはどこに向かっていますか?

それは分からないです。気持ちとしては劇場公開に向かって歩いているんですけど、それがゴールではないですし、これからも自分の気持ちを疑いながら、見た事の無い光景や、感じたことのない気持ちを得られたらいいなと思います。

── 現在派遣で働いている方に何か一言ありますか?

派遣という働き方を言い訳にして、人生を否定してほしくないとは思います。映画が出来た2年前ははっきりとそう思っていました。ですが、つい先日、派遣切りにあってホームレスとなり、所持金7円で生活保護の申請をした人と話す機会があったんですが、突然解雇を告げられ、住所がないことで就職活動も出来なくなってしまい、どこにも行き場が無くなった人が急激に増えています。そんな方々が今、この瞬間も生きるために必死に道端を這いつくばっていると思うと、どんな言葉をかけられるのだろうと思います。僕が出来ることは、少しでもそういった事実が広がっているということをなるべく多くの人に考えてもらえたらなと思います。きっとこんな世の中でも、いつかは希望に溢れる時が来てほしいと思いたいので。

(取材・文:牧智美)

岩淵弘樹(いわぶち・ひろき)PROFILE

1983年宮城県生まれ。東北芸術工科大学映像コース在学中に制作した、『いのちについて』がショートショートフィルムフェスティバルアジア2004に入選。出版社への内定が決まっていたものの、単位が足りず留年し職を失う。05年の卒業後、埼玉県の工場で派遣社員として働く。その生活を記録した本作が、山形国際ドキュメンタリー映画祭2007ニュードックスジャパンに招待され、各地での上映が続いている。現在は本作の一般公開を控え都内に在住、派遣社員はやめてフリーのADとして働いている。


『遭難フリーター』
2009年3月28日(土)よりユーロスペースにてロードショー

岩淵弘樹・23歳。平日は製造派遣大手の日研創業からキヤノンの工場に派遣され、時給1.250円での単純労働。週末は憧れの東京でフルキャストの日雇い派遣。不安定な労働環境から抜け出せない彼は、フリーターの権利を求めるデモに参加し、NHK「クローズアップ現代」の取材を受ける。しかし、画面に映し出されたのは、ただただ“不幸で貧しい若者”でしかなかった―。

監督・主演:岩淵弘樹
プロデューサー:土屋豊  アドバイザー:雨宮処凛
挿入曲:豊田道倫「東京ファッカーズ」 エンディング曲:曽我部恵一「WINDY」
2007年/日本/67分
配給:バイオタイド
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公式サイト


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