骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2009-04-26 15:00


「チベットの人まで口をつぐんでしまったら外の人は何にも分からない」 モーリー・ロバートソン×福島香織『風の馬』公開記念トークイベント

盗聴、報道規制、情報操作…なぜ、真実が私たちのところまで届かないのか。その理由が二人のトークで明かされる!
「チベットの人まで口をつぐんでしまったら外の人は何にも分からない」 モーリー・ロバートソン×福島香織『風の馬』公開記念トークイベント
モーリー・ロバートソン氏(左)、福島香織さん

自由を奪われたチベットが被る現実を1998年に撮影してから、各国の映画祭にて賞賛を受けてきた映画『風の馬』が現在アップリンクにて公開されている。4月12日(日)にはゲストにラジオDJのモーリー・ロバートソンさんと産経新聞記者の福島香織さんを迎え、公開記念トークショーが開催された。


盗聴している人に注意された!?

モーリー・ロバートソン(以下、ロバートソン):僕は2年前の旧正月ごろにチベットのラサに女優の池田有希子さんと数名のスタッフで訪れ、「チベトロニカ」という現地からインターネットを使って生放送を試みるというかなり無謀なプロジェクトをやりました。当初は駄目もとで、最初の3日間で何をやっているかが中国当局にばれて退去させられるであろうことを計算していたのですが、昨年のチベット騒乱という嵐の前の「凪」という状態なのか、検閲もまったく無くて拍子抜けしたということがありました。最後には「ダライ・ラマ」と言ってみるテストまで行ってみましたよ(笑)。それから、チベットに深く興味を持っています。

福島香織(以下、福島):去年の9月の半ばまで北京にある中国総局で特派員の記者をしていまして、2007年夏に外務省のプレスツアーで一度チベットを訪れて取材したことがあります。現地のチベット人が「ダライ・ラマに帰ってきて欲しい」と本当は思いながらも、言葉に出して言えないという状況を目の当たりにして、チベットに興味を持ち始めました。

モーリー・ロバートソン

ロバートソン:昨年のラサでの騒乱が報道された時期に、現地に残っていた日本人のある方にスカイプを使って携帯電話でのインタビューをし、中国軍の様子や報道の信憑性などについて話していたら、突然プツっと切れてしまったことがあったんですよ。その時は海外から入ってくるすべての携帯電話を誰かが盗聴していたんじゃないかって思ったのですが。

写真:チベットでスカイプを使うモーリー・ロバートソン氏

福島:電話の盗聴というのは、私達のような仕事に対しては基本的に24時間行われています。音声の響き具合からもそれって分かるのですが、「そんな下らないことを話すな!」と罵声を浴びせられてから切れることもありました。向こうにとっては心理的圧力をかけるために「盗聴しているぞ」と知らせる必要もあるみたいです。

ロバートソン:盗聴している人に注意されたの!?


福島:そうですよ。騒乱の時もラサは厳しく取り締まられていたので、その携帯を使ったインタビューが出来ただけでもすごいことだと思います。

ロバートソン:21世紀に入ってさまざまな非対称という言葉が出てきましたよね。取材対象としてチベットというのはその非対称だと思うんですよ。こちらからは取材できないのに、中国側は美辞麗句を流し放題。日本や欧米のジャーナリズムの基準を元に透明な取材を求めるといっても、内政干渉はさせないと撥ね退けられてしまう。記事にしたければ中国政府が発信するニュースを素材として取ってくるしかないという状況なのでしょうか?

福島:やはり新聞としては、当局が公式発表を出した情報を事実であると報道しますが、その内容がチベット人から聞いた話と食い違っている場合でも、どちらが本当であるかの判断まではなかなかつけられないですね。本当は私達を中に入れて監視をつけずに取材させてほしいと思うのですが、絶対にさせてくれないですから。その公式発表は疑わしいと、思わざるを得ない状況ではあります。

風の馬

ロバートソン:非常にプロフェッショナリズムを感じる情報誘導が中国の当局になされている中で、日本の新聞記者というのはアメリカやヨーロッパの記者に比べて心理戦にのりやすいと思われますか?

福島:恐らく、欧米の記者よりはのりやすいと思いますよ。というのは、やはり中国側の態度が明らかに違うんですよね。ロイターやCNNの記者に言わないような「あれを取材するな、これはおかしい」といった無体なことを日本の記者には言ってくる。

ロバートソン:日本人専用ルールがあるの?

福島:ありますね。パスポートの名前をチェックされたり警察に追いかえされたり、現場に行ったら飛行場まで連れて行かれてしまってさようならとか。

ロバートソン:チケット代はその記者持ち(笑)?

福島:話を聞くとそうみたいですよ。日本人も妨害があって当たり前だと思っているんです。ところが、欧米の記者たちはそんな事があった時にはものすごく怒ったり、時には突破しちゃうこともある。日本の記者もみんな真実を書きたいと思って取材しているのが当然だと思うのですが、「どういう圧力が掛かるか」などといったことを計算するんですよね。


事実の検証や吟味をするのは実際にものすごく難しい

福島:知り合いのフリーランスの方でカメラ片手に現地へ向かう人たちがいます。何か大きな事件が発生した時、日本やイギリスなどの外国メディアのカメラの台数が足りない時に彼らは助人をするわけですよ。その方たちから聞いた話ですが、例えばカメラを取り上げられて暴行を受けるとか銃を向けられるといった酷い事が現場であったのに、上層部にもみ消されたということがあるみたいです。

ロバートソン:でも実際はスクープとして撮るわけじゃない。その雇っている会社の上層部に潰されるの?

風の馬01

福島:やはりテレビ局のトップの判断としては報道しないんですね。現場が危険な目にあって「これは問題です」と言っても、社員じゃないわけですからそこで切ってしまうんですよ。もし当局の横暴やトラブルを報道したら国際問題や外交問題になるかもしれないし、会社がそれを背負うことを嫌がる傾向があるのは確かです。私はそういった事の当事者になったことがないので、詳しくは話せませんが。

ロバートソン:でも、国際問題になってくれたほうがスクープにもなるし、押さえたぞって言う事は自分の所属している国と中国政府の関係なども飛び越える程に視聴者は見たいはず。そういった価値観があると少なくとも僕は幻想を持っているのですが。どうなんだろう?

福島:逆に言うと、アメリカの新聞やテレビ局の現地記者はそれで逮捕されるわけですよ。問題になった時には会社が全面的に出てきて、外国人ならすぐに釈放されたり、もし外交問題になってもお給料や条件がしっかりしていたりということがあると思うのですが。その会社の資金力にも関わるかなとは思います。


ロバートソン:それともう一つ、まさにお金に絡んでくるのですが、日中友好であればあるほどお互いにおいしい思いができると考える人もたくさんいるわけですよね。つまり日中の政府だけではなく、日本側でテレビ番組や新聞の紙面に出稿しているスポンサーです。政治家やスポンサーの都合もあらかじめ考えて、取材する側が自主規制をかけているということはありますか?

福島:私が分かるのは現地で記者が何を思いながら取材しているかという事です。でも何かあった時の責任の重さを引き受ける覚悟が、私はアメリカの新聞社と日本の新聞社ではちょっと違うのかもしれないなと思いますね。

ロバートソン:日本の大手マスコミの体質については、漠然としたお話の方が話しやすいんじゃないかとは思うのですが(笑)。

福島:あんまりいい加減なこと言えませんからね。

ロバートソン:ごめんなさい(笑)。報道の過熱な現場とは離れたところで我々はニュースを受け取る側にあるわけです。僕の主観的な印象も入っているのですが、昨年5月の胡錦濤主席が日本を訪問した前後や8月の北京五輪を迎えた際に、メディアが日中友好のお膳立てをしようと態度を変えていったような気がするんですね。「チベット問題はどうなっているんですか」とすぐに突っ込むようなメディアは見当たらず、どこか客観視して傍観している感じがしました。

風の馬場面01

福島:出来るだけ本当のことを報じようとすれば取材にも限界があるので、権威があるところが発表した情報を取りますよね。そうすると責任の所在は出所にありますし。その手元にある素材で調理して報道したり記事を作ったりしているわけで、それを差し置いて情報封鎖されているチベットの状況などはなかなか報道できないんですよ。

ロバートソン:中国がその情報を発表したんだという事自体は間違いない、ということですよね。その内容の検証や吟味はせずに、そこで責任が終わってしまうんですか?

福島:事実の検証や吟味をするのは、実際にものすごく難しいことです。

ロバートソン:先ほどの話と繋がりますね。

福島:ええ。現地で「聞きました、話しました、見ました」というのは一つのフィルターがかかっていても事実として自信を持って報道できます。でも実際は「分からない、誰も入れない、取材させてくれた人も後になって恐怖から発表しないでくれと言う」といったことがある。チベットの方々まで口をつぐんでしまったら外の人は何にも分かりません。


ロバートソン:真実が届くためには、この記事はどうなのかと検証する人たちがもう一段階いてもいい気がするんですけどね。メディアを性悪説でとらえるなら、上手に責任逃れするために、記者は厳格なジャーナリズムの基本で間違いのない記事を要求し、報道する時は当たり障りのない内容をポロっと流していることが疑われます。検証をやったほうが本当は読者の利益になるってわかっているけれども、読者も気づいていないしそんな面倒くさいことをやっても中国政府から文句が来る。だから日本側でメディアはうまく使い分けて、ひたすら利権を増幅している、と。

福島:どうなんでしょうね。でもやはり現場にいる人も、何かが起こった時に強みである支局が欲しいとはみんな思うんですよね。本当の現実を報道すべき時に備えて、まずは相手の意に沿った報道をしても構わないかもしれないとも思う。

ロバートソン:政府が倒れた瞬間に、「今までの報道は嘘でしたって!言わされていただけなんです(笑)!」

福島:いやいや(笑)。「こういう新事実が分かりましたよ」という位に。私はあくまで一記者なので実際に会社がどこまで考えているかというのはなかなか分からないですけども、相手が強大な権力を持つ場合にはまず中に入れてもらえないと。そこから始めますね。

ロバートソン:大人のね。

福島:そう、大人の対応(笑)。

眺めている人が気づかない内に誘導をされていると感じる

ロバートソン:タレントがよくやる一日消防所長みたいな感じで、一日産経デスクとかやってみたいなって思うんです。記事に厳密な発表をたくさん並べる一方で、たとえばmixiユーザーのプリンちゃんにその記事について聞いたら「ものすごく怒って違うと言っていた」みたいな記事を出したい(笑)。

風の馬

福島:面白いと思う。ロイターや新華社の情報は平気で使うんですけど、ラジオ・フリー・アジアやボイス・オブ・アメリカのような独立系メディアの情報では書けないんですよ。出元や書いている人の身元の確証が取れないということもあるのですが、ところがどう考えたってそっちの情報の方が早い。電話で取材するだとか、私たちが出来ないことをやっていることが分かったとき、私はそれらの情報を使って記事を書いたんですけどね。また、アメリカのあるネットニュースが胡錦濤政権に変わる時の人事をすっぱ抜いたことがありました。どう考えたって内部の人が書いたとしか思えない記事がいくつかあって、聞いた話ですけど、中国で自由に報道できないことに不満を持つ内部の人が、鬱憤を晴らすかのように匿名で原稿を書いて流していたりするみたいですね。

ロバートソン:それでも結局操作されない情報というのはきわめて難しい状況にあるので、現実として身近に入ってくるニュースは「オリンピック万歳!」といったバラエティ的なもの。一人の芸能人が「チベットを忘れないで下さい…」とすら言えない。オリンピックが近づくにつれて日中友好万歳ムードや選手のプレーにフォーカスするほうにいってしまう。

福島:オリンピックを政治的な目的に使わないという建前もありますからね。


ロバートソン:中国はチベットに対して、聖火リレーの妨害などでオリンピックに政治を持ち込んできたと言いますね。この非常にしたたかとも思える上手な情報誘導というかチューニングがされている中で、去年の夏、新しい動きが起きたような気がするんです。多くの人たちが「テレビや新聞から出ている情報というのはどうも偏っているように思えて仕方が無い、本当はどうなっているんだろう、ここにこんなYouTubeの動画がありますよ」と、ものすごい速さで情報を共有するという動きがあったように思うんです。それは始まったばかりなので完璧ではなかったのですが、市民による大規模な抵抗というと仰々しいけれど、情報戦における市民の抵抗があったように感じました。

福島:私はアナログな人間ですが、インターネットというのは見る分には知識がなくても見られます。中国でも私がいた6年半で明らかにネットの中で言論の自由が広がってきました。しかし同時に、ネットに対する当局の統制のやり方も目に見えて洗練されてきており、眺めている人が気づかない内に誘導をされているなと感じることもありました。ですからネットの中で庶民の抵抗や戦いがあるんだとしたら、それは厳しい闘いではないでしょうか。

ロバートソン:情報工作をされているということですね。

福島:当局もネット戦略を情報工作として位置づけていますから、成功例というのがいくつかあるわけです。チベットの問題とかもうまい具合に中国人の愛国心へと切り替えてしまった。最初はちょっとした工作だったのかもしれませんが、なだれ的に広がっていったんですね。いつの間にか問題の本質というのは何なのか分からなくなってしまった。

ロバートソン:中国の一般の熱くなってしまう人々がのってしまったと。ではセカンドオピニオンが中国側の中にいないわけだから、そうするとセカンドオピニオンを持ちうる我々のほうに、情報に対するしっかりした解読力、つまりリテラシーを持つ責任みたいなものはあるのでしょうか?

福島:あるかもしれないですよね。でもこれも私たちが本当にセカンドオピニオンを持ちうるほどの情報を持っているかというと、向こうの地は遮断されているわけですから。ダライ・ラマがこう発表しましたというのは知ることができるかもしれませんが、情報量は圧倒的に北京発のほうが多いわけです。セカンドオピニオンを持てるだけの情報を揃えられるかが要となるのかもしれないですね。


“生”i-morley「チベトロニカ」特別編
2009年5月23日(土) 開場18:30/開演19:00

出演:モーリー・ロバートソン氏(ラジオDJ・ポッドキャスト「i-morley」主催者)、池田有希子氏(女優)
会場:アップリンク・ファクトリー
(東京都渋谷区宇多川町37-18トツネビル1F) [地図を表示]
イベント料金:一律 1,800円(チベット風フィンガーフード、ドリンク付き)
★詳細・予約方法はコチラから


『風の馬』
渋谷アップリンクにて公開中

公開記念トークイベント開催

・5月2日(土) 石濱裕美子(早稲田大学 教育・総合科学学術院 教授)
・5月3日(日) 下田昌克(絵描き)×謝孝浩(作家)
・5月10日(日) 西蔵ツワン(武蔵台病院 院長)×有本香氏(作家・会社経営)
※イベント詳細・予約についてはコチラから
公式サイト



『雪の下の炎』
渋谷アップリンクにて公開中

公開記念トークイベント開催

・4/30(木)  川辺ゆか×Reelha(チベット音楽演奏会開催)
・5/1(金)  キム・スンヨン(「チベットチベット」監督)
・5/10(日)  テンジン・ドルジェ(SFT本部事務次長)
※イベント詳細・予約についてはコチラから
公式サイト


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