骰子の眼

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東京都 渋谷区

2009-07-29 20:56


映画に驚いたり、血液が逆流するぐらい感動するっていうのはやっぱり映画館でしか味わえない贅沢!!市山尚三×篠原弘子【後編】

ツァイ・ミンリャン監督『黒い眼のオペラ』DVD発売記念対談 【前編】に続いて、映画業界の「今」【後編】をお届け。
映画に驚いたり、血液が逆流するぐらい感動するっていうのはやっぱり映画館でしか味わえない贅沢!!市山尚三×篠原弘子【後編】
(左から)市山尚三氏、篠原弘子氏

★【前編】の記事はコチラから
http://www.webdice.jp/dice/detail/1784/


配給したくでもできない状況

篠原弘子(以下、篠原):作品のセレクトもそうですけど、賞を決めるのは審査員ですけど今年は審査委員長がユペールですか?

市山尚三(以下、市山):そうですね、イザベル・ユペールで。星取表なんかではカンピオン(ジェーン・カンピオン監督)とかアルモドバル(ペドロ・アルモドバル監督)とかが人気あったようですが。

篠原:市山さんカンヌの星取表の載った雑誌を持ってきてくださったんですね。

市山:持ってきたのは映画祭期間中デイリーで発行される雑誌の最終号なんですけど、これフランスの雑誌なんで評価しているのはフランスの雑誌の映画担当ばかりなんですけどね。で、ツァイ・ミンリャンの『瞼(Face)』は最終日の上映なのでまだ星が付いてないんですが、なぜか一人だけ、おそらくパリの試写かなんかで見たんでしょうね、「困ったなあ」という評価が付いていますね(笑)。

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カンヌ映画祭の星取表が掲載されている(雑誌『le film francais』より)

篠原:これちょっと激しいですね。一つようやくあったと思ったら困った顔が付いてる(笑)。

市山:ギャスパー・ノエは困ったマーク2つと星1つが並んでいて、僕はこの二本は今年のカンヌで見た中でもベストの中に入る作品なんですけどね。他の人が投票したら星を入れたり、パルムマーク(棕櫚の葉のマークで、最高評価)をいれる人が出てくると思うんですけど。まあとにかくこういうものが出ていてですね。

篠原:アルモドバルは?

市山:アルモドバルはこれですね。3、2、3、2、パルム…。

篠原:これ結構一喜一憂するんですよ。コンペに出してると。『ブエノスアイレス』(98)の時なんか毎日朝ごはん食べながらこうやって見てですね。対抗馬は何だろうなんて話をしてました。

市山:ブエノスの時は良かったでしょ。『うなぎ』なんかよりブエノスの方が良かったですよね。

篠原:あのときも最後の方の上映でしたから他の映画の盛衰を楽しんでました(笑)。昨日まで一番良かったのに今日やられちゃったな、みたいな。

市山:考えものなのは審査員にへそ曲がりな人が多いという点ですね。「これこんだけ評価されてるんだからこれ出さなくていいや」って人がいるんですよ。大体この手の映画祭の審査員って曲者が結構なるんで。

篠原:ユペールは結構へそ曲がりで頑固そうですものね。

市山:そうなんですよね。一番へそ曲がりだったのはクローネンバーグじゃないですかね、『ロゼッタ』(99)のパルムドールの年が彼でしたよね。

篠原:あの年上映された中で一番地味な映画でしたものね。

市山:今年の『Un Prophete』(ジャック・オーディアール監督・“予言者”という意味)ですけど、これ評判良くてしかもグランプリ、パルムドールに次ぐ二位をとって、フランス版『網走番外地』みたいなやつで中々面白かったんですけど、日本でやるにはちょっと難しいでしょうね。血みどろのギャング映画ですね。

篠原:さっきお聞きしたら、結構エンタテインメントで、役者がもっと有名な人だったらいけそうだっておっしゃってましたね。

市山:主人公がアラブ系の結構カッコいい俳優なんですけど、いかんせん日本では誰も知らない人ですし、他の役者もスターを全然使っていないんですよ。もしかしたらフランス人が見たら知ってる人かもしれませんが、僕らから見たら誰も知ってる人が出ていないという映画なんで、それはやっぱりリアリズムを追求して作ったんだと思います。そういう意味では、「困った」マークを付けてる人もたくさんいて、本当にこの人困っただろうなという人もいたりするんですけど(笑)。

篠原:『キナタイ』一人だけパルムの人がいますね。

市山:だから『キナタイ』については逆に作用した可能性がありますね。要するにこれだけ批判されているなら何とか擁護しなきゃいけないという人もいて。記者会見ではトルコの監督が私はこの映画はすごく好きだとか言ってたらしいんで何人かは気に入った人がいたと思うんですけど。

篠原:この映画が受賞したのも、審査員達のある種の意志っていうか、今の風潮におもねらずにブレイブにやるべき事をやっている人を評価してあげようみたいなのは感じますよね。

市山:ありますよね。しかもカンヌ映画祭っていうのは下手すると非難に晒されるわけですよね。昔『ブラウン・バニー』(03)という映画でヴィンセント・ギャロがすごい非難に晒されて、僕はその後で見たんだけど、いやこれかなりいいじゃん、どこが悪いんだろうって思って。でもあの時はとにかくもう批判の嵐だったんですね。本来ならば自分を守るためにそういうやばそうな映画はやらないで、わりと温厚な映画でまとめた方が評判は良くなるんだけれども、今年はあえてやっているとしか思えないというぐらいやばそうな映画が多くて。一番非難されたのはラース・フォン・トリアーの『反キリスト(Antichrist)』という作品で、記者会見でいきなり最初の質問で、「ところであなたはこの映画で何が言いたかったのか今すぐ簡単に説明してくれ」とかいうすごい失礼な質問が出て、トリアーは怒らないで真摯に説明してましたけどね。それだって作品賞は獲らなかったけどシャルロット・ゲンズブールが女優賞を獲ったりという形で評価されたんで、僕はすごく面白かったんで、良かったなあとは思います。本当にゲンズブールはすごい演技というか、よくぞやりましたという映画でしたけどね。

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ツァイ・ミンリャン監督『瞼(Face)』が紹介されている(雑誌『le film francais』より)

篠原:これは日本で公開はされるのかなあ。

市山:ラース・フォン・トリアーのここ最近の映画が当たってないんで、まだ誰も買ってないと思いますね。見ると多分買いたくなる人はいるかなという映画で、ある種のスジの人にすごくウケる作品ですね。

篠原:もうこうなったらある種のスジの人に増えてもらうしかないですね(笑)。ツァイ・ミンリャンの『瞼(Face)』だって、公開された方が良いわけですよね。中々されないと次の映画の出資が集まらなかったりするわけで。

市山:黙っているといずれテレビのCSで放送されたりするかもしれないんですけど、これは本当に大スクリーンで見てもらいたい映画ですよね。こんなゴージャスなものを、仮にストーリーは分からなくても無茶苦茶面白いですよ。途中でストーリーを追うのをあきらめましたから。意味が分からないけどとりあえず見てようと。

篠原:じゃあフィルメックスですかね。

市山:どっかがやってくれれば良いんですけど。今のところまだ何とも言えませんね。

篠原:私も、誰かがやってくれれば良いななんて言ってる立場じゃないんですけども、もうやりたくても出来ないような状況ですから。

市山:宣伝費が回収出来なくて、MG(最低保証料/権利買い付け費用をいう)ゼロでも損する危険性がありますからね。

篠原:こういうのを続けてたら絶対会社潰れますからね。実際どんどん潰れてますし。

市山:何社か今年に入ってからアート系の配給会社が潰れましたよね。その中には結構当たっている映画をやっているところもあって、いかに宣伝費とかが回収できていないかが改めて分かるという。

篠原:だから、何か根本的に変えていかないと。つまりルーヴルに額に入れられて収められるような映画祭の映画と、いわゆる町場の映画館で見られる映画っていうのは二極分化していくんじゃないかって思うぐらいで、それってやっぱり映画にとって幸せなことではないじゃないですか。

市山:やっぱり見るお客さんの数は本当に限られるし、地方の人はなかなか見ることが出来ないわけですからね。

篠原:本当はカンヌに行かなくってもこんな映画に触れられて、見る側のゴージャスな楽しみっていうのはあって然るべきなのに、それがどっかでつっかえちゃって出来なくなってる状況ですよね。どうしたらいいんでしょうね。そういう意味では市山さんがずっと続けてらっしゃる東京フィルメックスは、見るものと作り手を繋ぐことを一つのテーマにもしてらして、そこで上映してゲストを呼んだり、ティーチインをしながら、観客自体を育てるっていうことをやってらして。

市山:育てるっていうとちょっと上から目線なんですけど、何とかこう普通だったら見過ごされてしまいかねない映画をちゃんと見る機会を作らなきゃいけないなと思って。本当はこれで配給が決まって、その後公開されてっていうのが恒常的になれば良いし、実際毎年二・三本ぐらいは、例えば去年もホン・サンスの映画をやって配給会社の人が見て、今年『アバンチュールはパリで』とかいうすごいタイトルで、まあ本当にアバンチュールはパリでっていう話なんで間違いではないんですけど、ホン・サンスの映画でそのタイトルはすごいなと思ったんですけど、まあそういった形で何本かは実際配給されるものがあるんですが、やっぱりあの時がスクリーンで見た最後だったっていう映画がたくさん増えてきてですね、ちょっとそこのところは何とかならないかなとは思ってるんですけどね。

篠原:イスラエルの『戦場でワルツを』もフィルメックスのあと公開が決まったんですよね。

市山:ええ、今年の秋ぐらいにシネスイッチ銀座で公開されますね。

篠原:ご覧になってない方は是非ご覧になってくださいね。そういう活動をちゃんとしていらっしゃって、我々も頑張らなくっちゃとは思うんですけど、まずはこういう映画祭で色んな賞を追い風にして出て行くと良いんですけどね。

Q&A

観客の方1:質問というよりお願いなんですけど、『瞼(Face)』を私達が見られる機会を何らかの形で実現していただけるようにお願いしたいと思います。私はいつも東京フィルメックスになるべく行くようにしていて、とても面白い映画がかかるので、フィルメックスで見て感動して、次に映画館で見られる時もあるし見られない時もあるし、フィルメックスってすごく見る機会を与えてくれる映画祭だと思うので、どういう形にしろビデオリリースでも映画館でも映画祭でも良いんですけど、見る機会があると良いなと思って今日お話を聞いていました。

市山:基本的にはこちらもやりたいのは山々なんですが、セールスエージェントとか日本の権利を売買しているところの判断っていうのもあって、毎年是非やりたいと思ってもそこの判断で出来ないものとかもあるので、必ずやりますとは言えませんが努力はします。

観客の方2:インターネットでちょっと見たんですけどツァイ・ミンリャン監督がもう映画を撮れないかもしれないっていう発言をされているっていう情報を目にしたんですけれどもそういう事がツァイ・ミンリャン監督の状況としてあるんでしょうか?

篠原:いや、それは思いっきりあるでしょ。

市山:台湾の環境から言うとツァイ・ミンリャンっていうのはあくまで売れない監督なんで。

観客の方2:いえ、興行的にとかじゃなくて、自分の精神的な問題でっていう意味で。

篠原:それはご本人に聞いてみないと分からないですけど。

市山:多分ね、何か一つ撮るとちょっと空気の抜けたような感じになって、でもしばらくするとまた撮りたくなるという事だと思うんですけど。

篠原:もう出尽くしちゃった抜け殻状態なんですかね。

市山:確かに今回やりたい事をやり尽くしちゃった。でも逆に言うと次がすごく面白いと思いますけどね。

篠原:ツァイ・ミンリャンって常に次にやりたい映画の企画を5、6本持っていて、毎回会う度に「次にこんなこともね、こんなことも考えているんだよ」っていうのを興奮しながら話してくれるんですよ。で、聞いててちっとも面白くないような話ばっかりなんですけど(笑)、ご本人はメチャクチャ面白そうにしゃべるので、ふーんっていつも聞いてるんですけどね。『黒い眼のオペラ』についても、かなり前、『河』の頃だったかな、「実はマレーシアで撮りたいと思っていて、汚いところにあるマットレスでシャオカンとシャンチーがセックスする話なんだ。マットレスだけはあるんだけど、中々そのマットレスを置いてセックスできるボロい空き家がなくて、街の中をうろうろする話なんだ」とか言って、「面白いだろう!」とか言うんですよ!どこが面白いんだろうと思って、これが映画にされたら困ったことだなとか思ってたんです。でもそれがだんだん、何年か経つうちに醸成されて、あの建設現場が見つかった事で、あるいはこのノーマン・アトンさんに出会ったことで随分脚本も変わって、そういう出会いを経てこういう素晴らしい映画が出来ちゃったんですよね。だからそうやってね、いつもいつもやりたい事がいっぱいの人なんですよ。だからもしかしたら、今ちょっと抜け殻状態になっているのかもですよね。

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ツァイ・ミンリャン監督『黒い眼のオペラ』

で、もう一つ考えられるのが、やっぱりこの映画『瞼(Face)』を作るにあたっても非常に苦労したと思うんです。つまりそれはさっきからずっと言っている、要するにお金がなければ作れないと、じゃあものすごい低予算でね、本当に4、5千万で作れって言われれば作れないことはないかもしれないけど、でもそういうものはより世界のマーケットで公開される可能性が低くなるから、なかなかペイできないわけですね。一度そういう話をしてツァイさんと喧嘩になった事があるんですけど。あるとき、彼が次の映画を2億ぐらいかけて作るんだって言うから、「ツァイさんの映画は2億かけたら全世界で絶対ペイ出来ないんじゃない?そういう映画は作っちゃいけないんじゃないですか?」って言ったら、「僕だっていつも5千万や6千万じゃない映画を作りたいんだ!!」っておっしゃって、まあそれはそうですね。でも出資は出来ません、なんて事がありましたけれども、そういう苦しみを一作一作経ている訳ですよ。

結局この『瞼(Face)』も賛否両論というか、今の時点で世界的に売れているという訳ではないだろうし、まあ中々ペイ出来ないわけで、そうすると次の映画に出資する人達は二の足を踏むという循環になるわけです。だから結局、公開されないってことは次の映画が撮りにくくなるわけですよ。それが私は問題だと思ってるんですね。まあ映画祭で見たい人だけ見れば良いじゃないっていう考え方もありますよ。でもそうすると次の映画に資金が集まらなくなるので、やっぱり興行的にある程度見てもらえてペイするという循環を作っていかないと、興行を思い切り意識した映画しか作られなくなってしまって、そうすると色んなチャレンジが出来なくなるし、映画っていうメディアがどこまでいけるのかという、そこで戦って面白い事をやっている映画が作られなくなるってことですよね。

市山:『瞼(Face)』は11月にフランスで公開される予定になってるんで、その成績は気になるというか、僕がプロデュースしたホウ・シャオシェンの『フラワーズ・オブ・シャンハイ』(98)っていう映画が、これはカンヌで結構評価が分かれたんですけど、結構皆騙されたみたいで、二十万人ぐらい動員して、おかげで『ミレニアム・マンボ』(01)が撮れたというか。

篠原:でもね、確かに一つのやり方としてはね、このモデルさんもそうだし大御所の女優さん達もそうなんだけど、そういうビッグネームを使うことで、後はわりとそそるビジュアルがあれば、間違って来てもらえる可能性もある訳ですよ。

市山:そう、だからもしかしたらフランスで大当たりする可能性もありますよね。

篠原:フランスで大ヒットでもしたら、マリクレとかフィガロとかでフレンチポップな映画として盛り上がってですよ(笑)、若い女の子が見たいわっていう風にはならないですかねえ。駄目ですかね。

市山:そうなってくると面白いですよね。

篠原:まあ騙くらかすってわけではありませんが(笑)、見ればすごく面白いと思うんですよ。今、映画そのものというよりはファッションだとか音楽だとかキャストとかで取り上げられて大きくなるっていう映画が多いですからね。いや、もう本当に今邦画が盛んなので、ツァイ・ミンリャン映画に出たがっている女優さん・俳優さん達にさんざん有名になってもらって、ツァイ・ミンリャンの映画に出てもらうしかないかなとか思ってますけど。本当に、どうでしょう? ちょっと面白いかもしれないですよね。

観客の方3:時代が変わって映画がインターネットからダウンロード出来るし、見たい時に見ることが出来るし、映画はわざわざ映画館まで行って見るんじゃなくて、家で見ちゃおうっていう人がだんだん増えている状態ですか?

市山:今丁度インターネットのダウンロードに関してはもしかしたら韓国の方が日本より進んでいるかもしれない。日本はまだそこまで進んでなくて始まったぐらいの状況だと思うので、今起きている状況というのは、そのおかげでDVDがどんどん売れなくなってきているというのはありますね。まあそのおかげなのかどうなのかは分かりませんけど、それが無くても売れないのかもしれないけど、特にアートハウス系の映画に関してはどんどん少なくなってきていると。じゃあDVDが売れなくなった分、インターネットの配信で収入があるのかというとインターネットの配信の方で今のところ良く観られているのは商業映画というか、非常に娯楽性の高い作品になってきているという現象があるんですね。だからこれがDVDは出なくなったけど、その代わりインターネットの方からお金が入るようになりましたっていうのなら、それはそれで例えば映画を買い付けたり、製作出資する事に関してはプラスに働くし、仮に映画館に人が来なくてもそこでかなりの収入が見込めるんであれば、それはそれで一つの形としてあっておかしくはないとは思います。

ただ懸念されるのはこういうアートフィルムを見たい人っていうのが果たしてインターネットダウンロードで見てくれるのかどうかと。今の統計で見るとやはりそれはすごく少なくて、相変わらず映画館の方へまだ来ているという状況ではあります。これは将来どうなるのかっていうのは分からないんだけど、何となく勘ですけど、アート系が好きな人って言うのはインターネットには来ないで、逆に言うとそれによってDVDのセールスがどんどん減っていくと、もう本当に劇場で当たらないと回収できないという、もっと厳しい事態になってきている気がしていて、これはもう数年様子を見ないと分からないと思いますね。

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篠原:私はやっぱり、映画として作られる限りはですよ、まあデジタルで撮影してブローアップする作品も多いんですけども、やっぱりスクリーンで大きいサイズで映画館の大きな音で見てもらうために作り手は作ってますよね。ちっちゃい画面で見るならそういう作り方が別にあるわけですよ。だから基本的には映画を見たっていうのは映画館で見たということだと思うんですが、だんだん世の中はそうでない方向に行っているようで。やっぱり映画を見るっていう体験は映画館でしか味わえないものが多いと思うんですよね。例えば端的なのはホウ・シャオシエンの映画なんかですよね。あの引きの画で味わう空気感とかは、どんなにクオリティの高いハイビジョンテレビで見ても全然違うんですよね。

市山:あそこまでフィルムの質感を活かしているものだと、どんなにいいテレビで見ても同じにはならないですよね。


篠原:しかも劇場の暗い所で不特定多数の人と時間を共有して、大音量で本当に粒まで聞こえそうな音でね、あれはやっぱりどこまで行っても他のメディアでは中々味わえないと思うんです。だからそこで映画を見た時の自分が受けた感覚、ある種映画そのものに「やられた!」っていう体験が一回でもあれば、おそらく映画館に足を運ぶようになってくださるんでしょうけど、そういう体験をしないで一生終わっちゃうと…。

市山:なるべく最初はとにかく映画館で見て、良かったらその後もう一度DVDで見るとかテレビで見るとかという風にやってはいるんですが、そういうのは余り関係が無い人達が出てくると思うんですよね。最初からDVDでスタートしていると、映画館で見る事が特別な事だとは思えないという人達がいるかもしれないという気もします。

篠原:確かに人間の脳の働き方みたいなものがきっとあると思うんですよ。さっきおっしゃったみたいに映画館で一回見てその後にビデオとかで見ると、スクリーンで見たものを脳が勝手に復元してもう一度色々楽しめるというのが多分あると思うんですけど。ただ体験としてね、映画に驚いたり、血液が逆流するぐらい感動するっていうのはやっぱり映画館でしか味わえない贅沢なので、それを楽しんでくれる人が増えると良いなあとは思うんですけどね。やっぱり何に触れて育ってきたかっていう世代の問題ですかね。

市山:それもあるかなとは思いますけどね。

篠原:子供の頃から映画をもっと見てもらうといいんですかね。

市山:それは一つにあるんで、フィルメックスも“映画の時間”というのをやっていて、見るというより子供たちに映画作りを体験してもらおうという企画なんですけど、ビデオで撮って、上映会は大きなホールで見てっていう風にやるんで、そういう習慣が出来てくれればいいかなとは思うんですけどね。

篠原:映画が出来てまだ百年ちょっとですからね、長い目で見ると新しいメディアがどんどん出てきて移り変わっていくのかなとも思うんですけれども、絶滅危惧種的な立場から言わせていただくと(笑)、「映画はやっぱり映画館で見たい」という観客の人も、見せる人も、作る人も、残って欲しいなあっていうのがあります。お客さんと映画との新しい繋がり方みたいなものを見つけていかないと駄目なのかもしれませんけどね。

市山:だから映画館の方も努力しないとお客さんが来なくなりますよ、という事だと思いますね。ただ無くなるっていうことは無いと思うんですけどね。皆が家でテレビで見るということは無いと思うんですよ。ただ皆が映画館で見たいと思うかっていうと、それはどんどん少なくなっていく危険性はあるかもしれない。

篠原:映画館での喜びみたいなものも、映画館の人がもっとやって欲しい感じしますよね。『愛情萬歳』の時は、ポスターは横尾忠則さんにお願いしたんですが、「横尾忠則ポスター展」っていうのを公開劇場のシネヴィヴァン六本木でやって、アート系の学生さんとかもわりと来てくださったりして。

市山:僕の部屋に『ツィゴイネルワイゼン』(80)のポスターを貼ってるんですけど、あれも横尾さんですよね。

篠原:そうでしたね。あと高倉健さんの映画なんかもあって。そういう意味で違うチャネルでこの映画を好きになってくれそうな人と繋がるみたいなこともね、皆さん色々一生懸命やってるんでしょうけど、今ちょっと違う方向かなあとも思うんですよ。試写に誰だか映画には関係ない有名人呼んでみたり。なんだかこう、映画とは違う方向でしか映画の宣伝出来ないみたいな感じにもなっていて。

市山:あとさっきの話と関連すると、最近試写の案内が来る時に時々ですね、「試写はありますがDVDをお送りします」と言われることがあるんですよ。「とりあえずスクリーンでなるべく見るので」とか言ったりするんですけど、そこがもしかしたら世代の違いかなとも思うんです。普通だったら、まず試写に来い来いと言って、どうしても行けないという時にしょうがないからDVD見て下さいということだろうなと思うんだけど。

篠原:私も最初それは本当にびっくりしました。プレスにDVDを付けて配ってる宣伝会社すらあるんですよ。うちはずっとスクリーニング用のDVDはありません、ということで頑張って来たんですけど、それで決まってたパブを落としたこともありました。DVD送ってくるのが当然と思っている編集者とかいますからね。宣伝マンからすれば、せっかく苦労して掲載が決まっていたのに、編集者が見られなくて取りこぼしてしまうなんて、断腸の思いだったと思います。でも映画館で映画を見てもらおうっていうパブですからね。ビデオ見て書いてもらってもしょうがないと思いますよね。

市山:それは逆に言うと、いいかげんにやろうと思ってやってるんじゃなくて、DVDで見ることに皆さん世代的に抵抗が無くなっているんだろうなと。今の中国の若い監督って簡単にDVDを渡してくれるんですよ。映画祭に行ってて、映画やってるのに、いやこれはすぐに見に行きますけどって言うと、いやいやとりあえず渡しますからって、僕は一応律儀なんで、スクリーンでちゃんと見るんですけど、人によってはこれビデオもらったから見なくていいやって家でDVD見てたりして。

篠原:でもそれで勿体無い事になるってあると思いません? ちゃんとスクリーンで見たら結構すごいなって思えるようなのが、DVDじゃやっぱり集中できませんしね。うちも買い付け行ったりしたら、スクリーニングで見てくれと招待券をくれるセラーと、あとDVDをどんどん出すセラーとあるんですけど、まずやっぱりスクリーンで見ますからっていう感じですよね。でもまあ劇場もデジタル化がどんどん進んで行くみたいだし、アナログの35ミリもいつまで続くか、まあ無くなりはしないでしょうけど、わからないですしね。

市山:確かにデジタルで撮られた場合にはデジタルでやった方が良いのは間違いないんですけど、フィルムで撮られた映画はやっぱりニュープリントだったら絶対フィルムで見た方が良いのは間違いないですね。それがもう見られなくなると、ちょっと残念なんですけど。そう言うと『黒い眼のオペラ』も本当はフィルムで見なきゃいけないっていう話になると思うんですけど。

篠原:あ、そうでした。この場はDVD発売イベントだった(笑)。いや、でも多分この種の映画は、映画館で見なかった人はDVD買ってくれないと思うんですよ。映画館で見てくれた人の中で、どうしても手元に置いておきたい、それだけの強い想いを持ってくれて買ってくれるという流れだと思うんですけどね。

市山:あとツァイ・ミンリャン監督の映画っていうのは見ると必ず新しい発見が何かありますよね。一回見てもちろん良いと思ったんだけど、もう一回見るとああこんな事があったのかみたいな。

篠原:確認するという意味ではすごく便利ですけどね。でもね一回スクリーンで見てると何べんでもDVD見て泣いちゃったりとか出来ますよね。脳の再生能力っていうか、そういうのは絶対あると思います。


■市山尚三(いちかわ・しょうぞう)PROFILE

1963年、山口県に生まれる。87年に松竹㈱に入社し、五社英雄監督作品『226』(89)にプロデューサー補として参加。以後、竹中直人監督作品『無能の人』(91)、侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督作品『好男好女』(95)、『憂鬱な楽園』(96)、『フラワーズ・オブ・シャンハイ』(98)等をプロデュース。98年、㈱オフィス北野傘下の㈱ティー・マークに入り、賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督作品『プラットホーム』(00)、『青の稲妻』(02)、『世界』(04)、アボルファズル・ジャリリ監督作品『少年と砂漠のカフェ』(01)、舩橋淳監督作品『ビッグ・リバー』(05)等をプロデュース。現在は㈱オフィス北野・映像制作部に在籍。最新プロデュース作品は賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督作品『四川のうた』(08)。プロデュース活動と並行し、映画祭「東京フィルメックス」のプログラム・ディレクターを務めている。

■篠原弘子(しのはら・ひろこ)PROFILE

株式会社プレノン・アッシュ代表取締役社長。1957年愛媛県生まれ。広島大学卒業後、西武百貨店に入社、メディア事業などに携わる。退社独立後の88年、プレノン・アッシュを設立し「香港ニューシネマフェス’89」をプロデュ-ス、香港映画ブームの先駆けとなる。会員制ニュースレター「香港電影通信」の発行とともに会員向けに通信販売やイベントの企画運営を行う。映画の配給では香港のウォン・カーウァイ監督の『欲望の翼』『恋する惑星』『天使の涙』『ブエノスアイレス』、ツァイ・ミンリャン監督の『愛情万歳』『Hole』『楽日』『西瓜』『黒い眼のオペラ』などを手がける一方、エルンスト・ルビッチをはじめとするクラシック作品や、ジャン=リュック・ゴダール、エリック・ロメール、エルマンノ・オルミなどヨーロッパの巨匠の新作を日本に紹介し、最近では『チルソクの夏』など邦画の製作・配給も行う。現在、阿川佐和子原作『スープ・オペラ』を製作中(2010年公開予定)。著書に「シネマ突貫娘 映画ほど素敵な商売はない」(扶桑社刊)。


DVD『黒い眼のオペラ』  アップリンクより発売中

黒い眼_ジャケット

湿気を含んだ街並み、モーツァルトからチャップリンまで全編に溢れる音楽、建設半ばで打ち捨てられたオペラハウスのような巨大な廃墟、そして廃墟にたまる水のよどみの静寂に立ち表れる、限りない幸福感に満ちたラストシーン。 愛を渇望する孤独な人々を描き続けてきたツァイ・ミンリャンが初めて故郷マレーシアを舞台に描く、切なくも哀しい愛の物語。それは、これまでにない優しさと愛おしさにあふれている。

監督・脚本:ツァイ・ミンリャン
出演:リー・カンション、チェン・シャンチー、ノーマン・アトン、パーリー・チェア、他
2006年/台湾・フランス・オーストリア/本編118分
価格:4,935円(税込)
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