骰子の眼

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2009-08-01 17:30


『マンガ漂流者(ドリフター)』第14回:真実から眼を背けることで想像力を掻き立てるマンガ家・鳩山郁子 vol.6

時代背景を含めてじっくりと検証してきた鳩山郁子シリーズ連載、ついに次週はフィナーレ!(を迎えるはず)。
『マンガ漂流者(ドリフター)』第14回:真実から眼を背けることで想像力を掻き立てるマンガ家・鳩山郁子 vol.6
01年、青林工藝舎から発売された鳩山郁子『新装版 月にひらく襟』(左)、04年『ミカセ』。

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あちこちと漂流し、時代を巡ってきた。ここで鳩山郁子の経歴をおさらいしておこう。

確認できた最も古い雑誌に掲載された投稿作は、vol.2(http://www.webdice.jp/dice/detail/1710/)で紹介した85年「小説JUNE」2月号、JUNEお絵描き教室優秀作品『ATELIER』。86年に「ガロ」87年1月号にて『もようのある卵』が入選以降、「ガロ」と「JUNE」に作品やイラストが掲載されるようになる。そしてもう一つの入選作が87年に「COMIC BOX」(ふゅーじょんぷろだくと)8月号に投稿作品として掲載された『少年ロンド』がある。この作品も『ATELIRER』と同じく単行本未収録の作品だ。以降の「COMIC BOX」で発表した作品は、93年に青林堂より刊行された鳩山2作目の単行本『スパングル』に収録されている。

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87年に「COMIC BOX」8月号『少年ロンド』より。加藤郁子名義になっているが紛れもなく鳩山作品。

【はみだしコラム1】「COMIC BOX」って?

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83年にふゅーじょんぷろだくとから創刊された「COMIC BOX」は、マンガやアニメの情報を中心にレビュー、コラム、批評年間マンガランキングを掲載した情報誌。そのほか、美少女ゲームやアニメ、やおい系同人誌の情報も充実していた。
主な執筆者は、表紙を飾ったマンガ家の勝川克志をはじめ、石子順、藤本由香里など、現在も第一線で活躍するマンガ批評研究家や、マンガ批評、研究に留まらずコミックマーケットの2代目代表を務めるなどマンガ界に功績を残した故・米澤嘉博など。呉智英が石子順の批評を徹底批判した内容に石子が答えるかたちで反論を行ったことや、当時社会問題となっていた有害図書問題や原発問題にページを割くなど血気盛んなムードがあった。また、86年に日本テレビ系で放映されたアニメ『ドテラマン』のキャラクターが勝川克志の描くキャラクターと酷似しているとし、放送中止を訴え、日本テレビや制作会社タツノコプロらを訴えた事件を大きく取り上げたことで知った人も多いかもしれない。

写真:88年「季刊Little boy」Autumn号の裏表紙には「COMIC BOX」の表紙を発売日の記述を修正して作った広告がでかでかと!

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創刊号には御茶漬海苔、しりあがり寿、宮西計三、たむらしげる、林静一、福山庸治、あびゅうきょらが執筆しており、内容からも「マンガ / ニューウェーブ」の流れを汲んでいる。「COMIC BOX」11.25日発売号によると、「Little boy」は、海外のコミック誌「メタルユラン」、「ヘビィメタル」といったバンド・デシネ、アメリカン・コミックに影響を受け、「イラストレイテッド・コミック」を日本に普及させようという試みから生まれたという。もちろん、同誌発売以前にも「スターログ」(vol.4参照 http://www.webdice.jp/dice/detail/1751/)や講談社の「コミック・モーニング」がその路線を打ち出してはいた。

写真:88年「季刊Little boy」Autumn号。巻頭特集は劇場版アニメ『アキラ』。「真っぷたつに分かれる評価! 君はもうアキラをみたか!?」とし、映画、アニメ評論家たちが執筆。友成純一は「なにをやりたいのか理解できなかった原作『アキラ』」「ぼくは、大友作品が嫌いだし、特に『アキラ』は失敗作だと決め付けている」大友克洋を批判している。現在だと『アキラ』は傑作だと思い込まれているが、当時は否定的な意見も多かった。

だが、高い画力を誇るマンガ家の活躍の場はまだまだ少なく、現在のマンガ界の流れはむしろ、『いかに良い絵を描くか』ではなく、『いかに効率のいい絵を量産するか』なのです」とし、「Little boy」編集部はその現状を憂う。その一方で上條淳士や大友克洋がヒットしているのだから「良い絵」を求めている読者は多いはず!という強い思いがあった。「効率のいい絵を量産する作家」を批判しておきながらしりあがり寿や桜沢エリカ、なんきんも執筆しており、今ひとつイメージがつかみにくく、5号で休刊してしまう。

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また、ふゅーじょんぷろだくとは、稲垣足穂的世界観を持った森雅之の作品を高く評価しており、「夜と薔薇」の復刻や新装版を刊行している。鳩山郁子があまり共通点の感じられない「COMIC BOX」に投稿したのは、森の存在があったからかもしれない。

写真:79年に清彗社より発行された後、87年にふゅーじょんぷろだくとから復刻、後に新装版も発売された森雅之自選作品集『夜と薔薇』。写真は87年のふゅーじょんぷろだくと版。

その後、90年に入ると「ガロ」を中心に積極的に作品を発表。「ガロ」90年1月号と4月号に発表された『MIDORI』(単行本未収録)は、何処の国なのか分からない世界で「少年」を主人公にしてきたこれまでの作品とは異なり、現代の日本が舞台で固有名詞も飛び交い、前世は「ダイヤモンドの原石」だったと信じる青年が主人公。タイトルの「翠」という女性キャラクターも登場する意欲作。後の『シューメイカー』のキャラクターデザインや雰囲気に通じるものがある。


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『MIDORI』Act.IIより。ここだけ読むと電波系っぽいが、前世がダイヤモンドというアイディアがすごい。
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91年に作品社より刊行された「天空儀文庫」(全4巻)では、小説家の長野まゆみの挿画を担当。見開き2ページのイラストは間違え探しになっていて、じっくりと細部を見る楽しみに溢れている。88年に『少年アリス』で第25回文藝賞受賞しデビューした長野まゆみは鳩山郁子の作品は世界観が似通っており、長野が描くイラストや文字も鳩山にそっくりだった。なお、長野は鳩山の処女作品集「月にひらく襟」に解説を寄せるなど交流があったようだ。現在では、長野は自分の小説には自身が挿画を描いている。初期の鳩山郁子の描く少年の姿と共通しており、長野から鳩山のマンガを知った人も多いだろう。

写真:「天空儀文庫Vol.1 月の輪船」書影。作品社からは同じA5変形版で少年の写真集「KIDS!」が発売されており、長野まゆみがエッセイを寄せている。

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長野まゆみの描いたイラスト。92年、長野まゆみファンクラブ「三月うさぎのお茶会」通信Vol.5より。

94年には、ソニー・マガジンズが創刊した「きみとぼく」にて、2ページの短編『Lou-dau-daw』を連載。こちらは、「天空儀文庫」シリーズで描いた「細部を凝視させる絵」や『まだらの卵』(vol.2参照 http://www.webdice.jp/dice/detail/1710/)に近い印象を与える。また、この頃より原画や豆本などのマルチプル作品の展示、販売する展覧会を開催するようになる。この手作り作品は現在、月兎社から販売している豪華限定版のコミックスに繋がっていった。豪華限定版に収録された作品を含む単行本は青林工藝舎より発売しており、高価でも豪華な本が欲しいファンと安価にマンガが読みたいファンへ向けてと2つの選択を与えている。

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07年に兎月社より500部限定で発売された「ダゲレオタイピスト銀板写真師」豪華BOX版。直筆サイン入りコミック、ポストカード、カルト・ド・ヴィジード(肖像イラスト・メダイヨン付き)が付いている。


【はみだしコラム2】「きみとぼく」って?

■音楽×コミック!渋谷系からビジュアル系まで寝ても醒めてもミーハーミーハー

世はまさにマンガ雑誌創刊ブーム!の94年に、ソニー・マガジンズがコミック部門に初進出し創刊した少女マンガ誌「きみとぼく」を覚えている方はどれくらいいるのだろうか? 創刊号に表紙を飾った藤枝とおるをはじめ、さくらももこ『コジコジ』、二ノ宮知子『天才ファミリー・カンパニー』やミッシェル・ニーの『ピングー・コミック』連載をスタートさせ鳴り物入りで盛り上がったあの雑誌である。その他の執筆陣には、鳩山郁子のほか、九月乃梨子、雨月衣といった集英社「ぶ~け」組みの姿も。創刊号では、TVドラマ「NIGHT HEAD」を特集し、鈴木志保や小説版「NIGHT HEAD」のイラストを手がけた上條淳士らがコメントを寄せていた。

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タワーレコードでコーネリアスと電気グルーヴを買うジロー君。アニメになった『コジコジ』では、オープニングやエンディングを渋谷系ミュージシャンが手がけたことでも話題になった。さくらももこ『コジコジ その19「カエルの生き方」』より。

90年代初頭と言えば世はまさにバンドブーム!……も終わり渋谷系やヴィジュアル系!音楽やファッション大好き!な女の子向けのマンガ雑誌として創刊された「きみとぼく」は、そんなブームを反映しており、ソニー・マガジンズが発行していた音楽雑誌「PATi PATi」との親和性が高かった(※1)。流行の音楽をミーハーにアイドル化した雑誌で、武田真治とともに、人気絶頂であったいしだ壱成のエッセイが連載にも。2号からは、原作・佐藤大、作画・やまだないとの『PUMP UP THE VORLUME』が隔月で連載スタート。小沢健二に酷似したベレー帽にボーダーシャツの男の子と三つ編+カーディガンなオリーブ少女のボーイミーツガールものだった。ちなみに同作はいつの間にか尻切れトンボに終わり単行本化もされていない。気になる……。

(※1)…「きみとぼく」創刊前に「PATi PATi」11月号ではぶち抜きポスターで大々的に宣伝していた。また「きみとぼく」の前身となる「PATi PATi コミック」なんてのもあり、読者層は完全に一致。90年代の音楽が衰退した後はやおい寄りの雑誌に。

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94年創刊号に掲載された佐藤大×やまだないとの『PUMP UP THE VORLUME』より。オザケンがダサかっこよく描かれているのに何か問題があったのだろうか。

後にアニメ化もされた原作・木根尚登高(TM NETWORK)、作画・高河ゆんの『CAROL』のコラボレーションも目玉であった。しかし、この頃の高河ゆんは結婚、出産、育児と私生活も忙しかったようで、休載やページ数を落とすことも多かった。結果、新人マンガ家の代原が掲載されやすく、藤原薫などはここから頭角を現したように思う。なお、高河ゆんは90年に一度、休筆宣言をしている。その後の大型連載だったため、ファンは一喜一憂していたに違いない。90年の「COMIX BOX」7月号では、90年当時の休止宣言についてのインタビューでは、あまりの多忙に身体がついていかなくなったこと、「昔なりたかった“私”になっちゃった私は、もっと違う“私”になりたくなっちゃったの」と燃え尽きたことを理由に挙げている。

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「COMIC BOX」90年7月号に掲載された高河ゆんインタビュー。

というわけで、「きみとぼく」初期はかなりごった煮な他誌とは一線を画す少女マンガ誌であった。もみ上げを伸ばし、痩せててお洒落でレコードをいっぱい持っている渋谷系の男の子とカフェでお茶するオリーブ少女なあたしからV系にハマるヤンキー系までもを虜にしようという幅広い意図が編集から漂ってくる。

禁断恋愛

また、ストーリー、ギャグマンガの他、カラーコミック部門を設けていたのが特徴的な「コミック・オーディション」という新人賞を設けており、審査委員には、さくらももこ、岩館真理子、小椋冬美、しりあがり寿といったマンガ家のほか、集英社の「りぼん」編集者を経てさくらももこと結婚(※2)したみーやんこと宮永正隆、コピーライターの仲畑貴志、ミュージシャンの奥田民生もいた。奥田がいるところがいかにもソニー・マガジンズらしい。今までにない新しい少女マンガを見出すべく100万円という大手の新人賞ばりのビッグマネーが賞金だったこともあってか、第一回には1022点もの投稿作が集まった。ここからデビューしたのは藤原薫、鵤いるかなど。

写真:96年、藤原薫の初コミックス『禁断恋愛』。はじめは読み切りとして掲載されたが、高河ゆんの休載のおかげが2回目では連載と表記されていた。
(※2)…98年に離婚。



というわけで、これまでの連載から、85年から現在までの鳩山郁子の軌跡を追ってきた。次回いよいよ鳩山郁子のターンはフィナーレ!さて、どんな結論に達するのか……。まだ、私にも分からない。

(文:吉田アミ)


吉田アミPROFILE

音楽・文筆・前衛家。1990年頃より音楽活動を開始。2003年にセルフプロデュースのよるソロアルバム「虎鶫」をリリース。同年、アルスエレクトロニカデジタル・ミュージック部門「astrotwin+cosmos」で2003年度、グランプリにあたるゴールデンニカを受賞。文筆家としても活躍し、カルチャー誌や文芸誌を中心に小説、レビューや論考を発表している。著書に自身の体験をつづったノンフィクション作品「サマースプリング」(太田出版)がある。2009年4月にアーストワイルより、中村としまると共作したCDアルバム「蕎麦と薔薇」をリリース。6月に講談社BOXより小説「雪ちゃんの言うことは絶対。」が発売される予定。また、「このマンガを読め!」(フリースタイル)、「まんたんウェブ」(毎日新聞)、「ユリイカ」(青土社)、「野性時代」(角川書店)、「週刊ビジスタニュース」(ソフトバンク クリエイティブ)などにマンガ批評、コラムを発表するほか、ロクニシコージ「こぐまレンサ」(講談社BOX)の復刻に携わり、解説も担当している。6月に講談社BOXより小説「雪ちゃんの言うことは絶対。」が発売された。近々、佐々木敦の主宰する私塾「ブレインズ」にて、マンガをテーマに講師を務める予定。
ブログ「日日ノ日キ」

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