骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2009-09-30 06:30


21世紀の日本版『大人は判ってくれない』─小林政広監督の渾身作『ワカラナイ』

世界が注目する才能が現代社会を通して捉えた、ある少年の彷徨
21世紀の日本版『大人は判ってくれない』─小林政広監督の渾身作『ワカラナイ』

国内外でその動向が注目される小林政広監督の最新作『ワカラナイ』が2009年11月14日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷で公開、また11月28日(土)からは新宿バルト9にてレイトショー公開される。小林監督は虚飾を廃した構成、ぎりぎりまで削られた台詞、現代社会の病巣を捉える視点といった作風を特徴とし、これまで『バッシング』で女性から見た日本を、『愛の予感』で親から見た日本を描き、世界の映画祭で高い評価を受けてきた。現在公開中の『白夜』では、EXILEのパフォーマーMAKIDAIこと俳優・眞木大輔を主演に迎え、フランス・リヨンで出会った男女の一日限りのラブロマンスをモチーフにしている。そして『ワカラナイ』では、極限的な状況に置かれた少年の彷徨をポジティブに描き、さらに新たな世界が垣間見られる作品となっている。監督の今作への並々ならぬ思いについて聞いた。

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母子家庭の少年「亮」は、母親を病気で亡くし、医療費も葬儀代も払えなくなる。そして自分自身を食べさせる事さえ困難な貧困の中を、生きていくしかない現実と向き合う。ただ普通に生きていくことすら、難しい。カメラはそんな少年の行動の全てを観察するように、そして時には見守るように、ドキュメンタリー映画のような距離を保ちながらとらえていく。これまでの小林作品でも定評の高かった、張り詰めた空気、厳かに流れる時間といった筆致はそのままに、主人公の少年に訪れる耐え難い慟哭を生々しくフィルムに収めている。自己を保つことさえ難しい混迷する世界と、どのように関わっていくべきなのか。そうした命題を、一人の少年の普遍的な物語として昇華している。

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主人公・亮は、日々の食事すら満足に摂れない生活の中、母親の死をきっかけに母親の胎内のようなボートから出て社会と向き合い、父親に会いにいく。格差、貧困・・社会に対して頑なに、閉じ篭らざるを得ない少年が、葛藤、絶望を経てたどり着く先は一体どこなのだろうか。閉塞感と孤独感にさいなまれる少年「亮」を演じるのは、本作が初主演となる17歳の大型新人俳優、小林優斗。鋭い眼光と痩せた頬で、一度見たら忘れられない強いオーラを放っている。生へのとめどない渇望と、死を受け入れる達観の双方を抱えるイノセントな表情とただならぬ存在感は必見だ。

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小林政広監督インタビュー
「観た人を揺さぶりたい」

── 『ワカラナイ』はどのような思いで制作をスタートされたのでしょうか?

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この映画は、トリュフォーの『大人は判ってくれない』と同じように、個人的なところから生まれた話なんです。14、5 歳の時に『大人は判ってくれない』を初めて観て、「なぜこの人はこんなに僕のことを知っているのか?」と映画を身近に感じたように、観た人を揺さぶりたいというか。『バッシング』『愛の予感』それに、『ワカラナイ』は、僕自身への挑戦でもあったんです。とにかく主人公をどう動かしていくか、それだけに徹した。「映画は運動だ」という映画の原点に立ち返りたかった。だからこの映画も出来るだけ、淀みなく運動して、感情的にも画的にもアクションで表現しようと思った。

2009年ロカルノ国際映画祭での小林監督

── そうした映画の原体験の持つ動的な魅力は、『ワカラナイ』からとても感じられました。

3作すべてに言えることは、どうやって人とコミュニケートしていくのか解らない人が、やっとコミュニケーションをとれるようになる、というところで映画が終わるということです。『ワカラナイ』では、頑なに自分の殻に閉じこもっている少年が、父親に突き放されて、それでもまた飛び込んで行くというアクションで、終わるんだけど、それが大事なことだし、そのことが、描きたかったことです。「そんなの甘いだろう」とかの意見が出てくることを覚悟でね。彼にとって、「甘さ」こそが、唯一残された生き延びる術だったと、僕は解釈しているんです。

── 不思議とポジティブな気持ちになれるエンディングだと思います。

3作ともそうなんだけれど、観て元気になってほしい。僕はへこんでいるときに映画を観にいくことが多いんです。自分よりさらにへこんでいる奴が出てきて、最後に少しでも解放されたりすることが、元気づけられるから。

── それから映画の冒頭と最後に、いとうたかおさんの「BOY」という曲が使われていますが、とてもストーリーと共鳴したテーマの曲になっていますね。

前から知っていた歌なんだけれど、偶然そのいとうさんの歌を思い出したんです。あらためて聴いたら、やっぱり親の目線から見た子供に対する見方って一緒だな、いい詞だなと思った。元になっているバージョンはいろんな楽器が入っていたんだけど、いとうさんに連絡してギター一本でやってくれないかとお願いして、録音し直してもらいました。

── 『ワカラナイ』は個人的なところから生まれた話ということですが、それは私小説的な作品だということなんでしょうか?

そういう風には考えていなくて、自分で脚本を書いて演出をしているから、登場人物は主人公だけじゃなく、すべての登場人物が自分の分身のようなもの。それは自分で主演もした『愛の予感』でも、少年が主人公の『ワカラナイ』でも同じで、そこは客観的に、そして冷静に作ることができたと思っているんです。

── 公開を前にして、あらためて今作は監督にとってどんな位置づけの作品だとお感じになりますか?

最近、また、ストーリーテリングで映画を作ろうという気持ちが出てきた。これまでだったら、あの町から出ないで終わる話になっていたと思う。もしくは、あの町から出ていくと言うところで終わるような、おさまりのいい話にね。でもそれじゃ、理におちるだけなんだよね。大人が考えた少年の話で、テーマもしっかりある。そんな映画、観たくもないからね。「この少年はいったいどこまで行くんだろう?」お客さんがそんな興味でこの映画を観てくれたら最高ですね。「この映画のテーマは何なのか?」なんて、難しく観てほしくないんだ。

(インタビュー・文:駒井憲嗣)

小林政広 プロフィール

1954年東京本郷生まれ。フォーク歌手、シナリオライターとして活動後、1996 年、初監督作『CLOSINGTIME』を製作。1997 年ゆうばり国際ファンタスティック映画祭で日本人監督初のグランプリを受賞。映画製作会社モンキータウンプロダクション設立。1999年『海賊版=BOOTLEG FILM』、2000 年『殺し』、2001 年『歩く、人』と、3 年連続カンヌ国際映画祭出品の快挙を果たす。2003 年『女理髪師の恋』ではロカルノ国際映画祭で特別大賞受賞。監督第7作『バッシング』は2005年カンヌ映画祭コンペティション部門において日本人監督として唯一出品を果たし、東京フィルメックスでは最優秀作品賞(グランプリ)、テヘランファジル映画祭では審査員特別賞(準グランプリ)を獲得。主演も務めた最新作『愛の予感』は2007 年の第60 回ロカルノ国際映画祭で金豹賞(グランプリ)を受賞し、ほか3 賞も同時受賞。現在も世界各国の映画祭で作品が上映されつづけているほか、これまでの監督作品の特集上映が行われるなど、今、世界で注目されている監督のひとりである。


映画『ワカラナイ』

11月14日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷、 11月28日(土)より新宿バルト9にてロードショー
監督・脚本:小林政広
プロデューサー:小林政広
製作:モンキータウンプロダクション
出演:小林優斗 柄本時生 田中隆三 渡辺真起子 江口千夏 宮田早苗 角替和枝 清田正浩 小澤征悦 小林政広 横山めぐみ ベンガル
配給:ティジョイ
宣伝:アップリンク
2008年/日本/104分

公式サイト


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