骰子の眼

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2009-10-17 15:55


山形国際ドキュメンタリー映画祭2009コンペ受賞作品発表 3作品セレクト・レビュー

10月14日にコンペ受賞作品が発表された山形国際ドキュメンタリー映画祭2009。アップリンクスタッフのおすすめをリポート。
山形国際ドキュメンタリー映画祭2009コンペ受賞作品発表 3作品セレクト・レビュー
『ナオキ』ショーン・マカリスター監督

山形国際ドキュメンタリー映画祭2009は、コンペのある「インターナショナル・コンペティション」と「アジア千波万波」、そしてコンペがない「ニュー・ドックス・ジャパン」、「シマ/島――漂流する映画たち」「明日へ向かって」「やまがたと映画」などのセクションに分かれて開催された。

「インターナショナル・コンペティション」は、同映画祭1回目の開催からのプログラムで世界中から長編を対象に募集し集まった1,141本から世界の最先端の表現が凝縮された15本を厳選して紹介。ロバート&フランシス・フラハティ賞(大賞)は、『包囲:デモクラシーとネオリベラリズムの罠』(リシャール・ブルイエット監督)そして山形市長賞(最優秀賞)に『忘却 』(監督:エディ・ホニグマン)、優秀賞に『Z32』(アヴィ・モグラビ監督)、優秀賞に『要塞』(フェルナン・メルガル監督)特別賞に『ナオキ』(ショーン・マカリスター監督)が選ばれた。

もうひとつのコンペである「アジア千波万波」では、荒削りでもひと際光るなにかを感じさせ、新しい表現に果敢に挑み続けるアジアの作家たちを発掘、応援するという主旨で開催されているプログラム。各賞に選ばれたのは、小川紳介賞に『アメリカ通り』(キム・ドンリョン監督)、奨励賞に『ビラル』 (ソーラヴ・サーランギ監督)、奨励賞に『されど、レバノン』(エリアーン・ラヘブ監督) 、特別賞に『細毛家の宇宙』(マオ・チェンユ監督)、そして市民賞に『ナオキ』(ショーン・マカリスター監督)と『ユリ 愛するについて』(東美恵子監督)が、また、コミュニティシネマ賞に『ビラル』(ソーラヴ・サーランギ監督)が、日本映画監督協会賞に『馬先生の診療所』(ツォン・フォン監督)。

webDICEでは、そんな受賞作の中でも『ナオキ』『ユリ 愛するについて』そして『ビラル』の3作品をフューチャー。会場に足を運んだアップリンクスタッフのレビューを紹介する。

『ナオキ』ショーン・マカリスター監督
日本/2008/110分

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『ナオキ』ショーン・マカリスター監督

かつては学生運動の闘士、その後事業に成功したがバブルで全てを失い、現在は郵便局でアルバイトをしながら、20代の彼女と暮らしている56歳のサトウナオキ。山形で暮らす彼をイギリス人の監督が密着取材する。ナオキは英語が達者で、言葉の端々からインテリであろうことをうかがわせるのだが、どこか人生を諦めている風で、昼間少しだけアルバイトをして、夜は彼女から千円せびって飲みにいくという毎日を送っている。一方、ナオキの彼女はと言えば、昼は事務員、夜はバーで働き、連日死ぬほど疲れきって帰ってくる。二人が暮らすのはベッドとテーブルを入れただけでいっぱいの足も伸ばせないワンルーム。毎晩繰り返される痴話ゲンカ。マカリスター監督は豊かだと聞いていた日本の実情に驚き、なぜこのような貧困層が生まれたのか探ろうとする。ところが映画は次第に脱線し、貧困の問題を離れナオキ個人に焦点が合いはじめるあたりからがぜん盛り上がりを見せ、最後には感動のエンディングへとなだれ込む。監督の強引とも言える見事なテクニックで、会期中から市民賞確実と噂されていた一作。

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『ナオキ』ショーン・マカリスター監督


『ユリ 愛するについて』東美恵子監督
ドイツ/2008/64分

監督と高校の同級生だったユリが、24歳の時に48歳年上の“おっちゃん”と付き合いはじめる。必ずしも二人の関係に納得しているわけではない監督が、二人の5年間をカメラで追いかける。奇しくも『ナオキ』と同じ年齢差のあるカップルを描いた作品だが、そのアプローチの方法は全く異なる。『ナオキ』が男女の間にある謎を何としてでも解き明かそうとするのに対し、本作ではその謎を謎のままに、強い意志で静かに見守ろうとする。ある意味少女マンガ的な手触りもある作品だが、現地では男性、特に年配の男性からの評価が高かった。通常ドキュメンタリー映画と言えば、どれだけたくさんのフィルム(テープ)を回したかが苦労の証とされることが多いが、東監督は上映後のトークで「長期間に渉る作品にしては驚くほど撮影済みテープの数が少なかった」と語り、そのことが逆に好意的に受け取られる、そんな作品だった。所々に見られる鮮烈な画面作りのセンスも見逃せない。

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『ユリ 愛するについて』東美恵子監督


『ビラル』ソーラヴ・サーランギ監督
インド/2008/88分

インドのコルカタでまだ小さい弟と盲目の両親とともに暮らす3歳の少年ビラル。その日常を描く、ある意味世間的に考えられているところの「山形らしい」作品。両親ともに全盲の上に弟はまだオムツも取れず、住んでいるところは板で四方を囲っただけで雨漏りは日常茶飯事のバラック。ビラル一家は親戚に養ってもらっているにも関わらず、父親は事業に手を出しては失敗して借金を増やし続ける。もちろん国からの援助はない。カタログで概要を読んだだけで気が滅入りそうな作品だが、実際に見てみるとそこに満ちているポジティブな空気に驚かされる。とにかくビラル少年の天衣無縫、怖いもの知らずのやんちゃっぷりが楽しく、そのあまりのいたずらの激しさに客席から思わず笑いがこぼれるほど。どんな悲惨な状況でも、切り取り方次第でどのようにでも描けると言うドキュメンタリーの基本に改めて気付かされる一作。上映後のトークではインド人の観客から「インドの中でも極端に貧しい人を取り上げて、見世物扱いしているのでは」という問題提起がなされ、同じく客席にいたインドの映画監督たちがソーラヴ監督のために一斉に反論するという場面も。

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『ビラル』ソーラヴ・サーランギ監督


他に印象に残ったのは、スイスの難民一時収容施設を、世界の紛争の縮図として寓話的に描いた『要塞』、ノスタルジックなひと夏の思い出を何気なく高度な技術でスケッチした『アポロノフカ桟橋』など。また、ニュー・ドックス・ジャパン部門に出品された作品、三宅流監督の『究竟の地 ―岩崎鬼剣舞の一年』は、上映時間の関係もあり見逃した方も多いと思われるが、コンペティション部門の作品と比べて一歩もひけを取ることの無い秀作であったことを付け加えておきたい。

「山形国際ドキュメンタリー映画祭2009」公式サイト

(レビュー:上原拓治 構成:世木亜矢子)

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