骰子の眼

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2010-08-16 09:15


キューバ紀行 第5回:ルンバは黒人のレベル・ミュージック、最高に面白い!しかしこの国はこと人種差別問題に関しては遅れている

webDICEコントリビューター山本さんが現地で体験したキューバのカルチャーを文章、写真そして映像でレポート
キューバ紀行 第5回:ルンバは黒人のレベル・ミュージック、最高に面白い!しかしこの国はこと人種差別問題に関しては遅れている
ICAIC(キューバ国立映画芸術産業庁)のオフィスに飾られた映画ポスターのコレクション

キューバのエンターテイメント・映画館

ハバナ市内には、VEDADO地区の23通り沿いに映画館が多い。平日は1日2回上映の映画館が多く、金土の夜には映画館を使ってコンサートをやっている映画館も。日本での“映画館”という感覚よりもまさに“テアトル”、多目的な大バコといった感じ。
ある時、映画館の入場料がたった2ペソ(約10円)と大変安いことに気づき、映画館にしょっちゅう行くようになった。キューバ映画と言えば、『苺とチョコレート』『永遠のハバナ』『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』『低開発の記憶-メモリアス-』など名作が思いつく。キューバの若手映像作家の素晴らしい映画を一足早く見ることができるのでは?と思ったのだが、残念ながら上映されているのはほとんどがヨーロッパ・アメリカ映画だった。昔の映画、最近の映画、いろんな映画をそれぞれの映画館で上映しているが、キューバ映画にはなかなか出会えなかった。

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キューバの映画館はだいたいこういう外観。大阪で言うと厚生年金会館や御堂会館のような座席と大きさのイメージ。この映画館は後述のLa Rampa。

映画館の中の様子はというと、また予想通り設備が残念。音質も画質も悪い。一番有名な映画館cine YARA(シネ・ジャラ)には、あの「DOLBY」の立派な看板が掲げてあるのだけれど、実際に映画が始まると最低な音質。 ドルビーに「キューバの映画館が勝手にドルビーの看板つけてますよー!」と教えてあげたくなるほど。常にガリガリノイズが入っているし、片方のスピーカーが鳴ったり鳴らなかったりしている。
このcine YARAでは、レオナルド・ディカプリオ主演の『シャッター アイランド』を見た。最新のアメリカ映画をこんなに早く上映できるのか?むしろ、アメリカ映画を上映していいのか?上映する権利はちゃんと買ってるのか?などいろいろ気になる。『シャッター アイランド』の本編が始まる前、DVDプレイヤーを操作したときに出てくる表示がスクリーンに堂々と映し出されていた。最初に収録されている最新映画予告が早送り再生されて、その後、本編が始まった。スペイン語字幕版。このDVDはどこでどうやって手に入れられているのだろうか。私が払った2ペソは、一体どこへ行くのだろう……。

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23y12(23通りと12通りの交差点)付近には映画関係のオフィスが多い。その1つ、ICAIC(キューバ国立映画芸術産業庁)のオフィスの1F。映画ポスターのコレクション。壮観。
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同じく23y12付近に、キューバ国立映画芸術産業庁のアニメーションスタジオもある。スヌーピーのウッドストックに似ているような気が……。

キューバで官能映画祭

5月、ハバナのVEDADO地区の23通りにある映画館La Rampaで「官能映画祭」なるものが行なわれていた。「La Imagen del Deseo, algo mas que cine erotico」というタイトルの映画祭。訳せば、「欲望のイメージ、官能映画をこえるもの」という感じ。私が泊まっていたカサから歩いて3分の映画館、La Rampaで約1ヵ月に渡って開催されていた。
さすがに異国の地ではあるし、映画館でのスリや痴漢は当たり前。一人で行くのはいかがかと思い、チケットを買って映画館に入場するキューバ人たちを観察してみると、女性の1人(年代は若い女性からおばちゃんまで様々)も結構いたので入ってみた。ICAICが世界各国から30本ほどセレクトしていて、私が実際に見たのは以下の5本。
『アイズ・ワイド・シャット』(アメリカ・イギリス)
『花様年華』(香港・フランス)
『欲望の法則』(スペイン)
『ラスト、コーション』(アメリカ・台湾)
『愛のコリーダ』(日本・フランス)

『愛のコリーダ』もどの作品も、基本的に無修正。日本ならR-18指定の映画もあるが、特に年齢制限はしていないようだ。誰でも2ペソで見られるので、日曜日なんかは約500人は入りそうな映画館が大盛況。老夫婦や若いカップル、おじさん1人、若い女性同士、若い男性同士、誰でも見に来ている。明らかに小さい子供はさすがに見かけなかったが、高校生たちは普通に制服で入場していた。

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その官能映画祭のポスター。かっこいい!

大胆なテーマで、上映作品の選出も素晴らしいし、型にはまらない前衛的な映画祭だとは思うけれども、正直つらかったのは、性的描写があるたびにヤジのような下品な発言をするおっちゃん達と一緒に見なければいけないことだった。中には真剣に映画として見ている人たちもいるのだけれど、おっさん達の発言はどうしても気になってしまった。
実際私の隣に座っていたキューバ人男性は、『愛のコリーダ』を見ながらオナニーを始める始末。キューバのICAICも、こんな芸術的なポスターを作っておきながら、映画館で自由にオナニーしてもらおうと思って企画したわけではないだろう。先進国の常識を当てはめてはいけないけれど、一部の観客が残念だった。でも、こんな挑戦的な映画祭が日本ではあり得ないことのほうがもっと残念だ。
また、いろんな国の映画をキューバで見て、キューバ人が本当に中国人を蔑視しているのもよくわかった。 アメリカ映画、ヨーロッパ映画はすごく真剣に見る。でも、中国映画では爆笑が起こる。本当に腹が立って、映画館を出てそのままキューバを出国したくなったのは、2007年ベネチア映画祭金獅子賞の『ラスト、コーション』を見たときだった。中国の弦楽器の演奏と中国人女性の歌を見せるシーンがほんの少しある。それらのシーンで、キューバ人たちは爆笑するのだ。いや、これは嘲笑だ。笑いの起こるようなシーンではなかった。私が中国ならびにアジアに対する蔑視に特に憤慨していた理由は、「キューバの教育水準は高い!」と聞いていたからだ。
教育と言えば、道徳的教育、国際教育も含むと思っていたけれども、キューバの場合は違う。キューバでは、医者やエンジニアになるための学問のみが教育なのだろう。ことに人種差別問題に関しては相当遅れている国だと感じた。

キューバのエンターテイメント・音楽

キューバの首都ハバナではストリートでキューバ人たちがコンガやギターを持ってきて歌って踊っている……というのはウソだ。キューバ人がいくらラテンだといっても、どこでも音楽が鳴っている、なんてことはない。 ハバナのVedado地区を歩いているとたまに室内から爆音でヒップホップやレゲトンが鳴っているのは聴くが、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブのような渋くてかっこいいソンやサルサが流れている、なんてことはない。
それでもLa Habana Vieja(ハバナビエハ=旧市街)は、かなり旅行者の多い街なのでオープンカフェやホテルの前で生演奏をやっている。その生演奏がグッとくるものであれば良かったのだけれど、どうも“お金もらえるからやってます”感が見えてしまい、キューバの音楽なんて面白くない!と思ってしまっていた。観光客ウケを狙ったポピュラーで耳ざわりの良いサルサなんて興味がなかった。
ハバナに滞在して2週間ほどたった頃、ハバナ大学のスペイン語コースに通いだした。それまではキューバで日本人に会うことがなかったのだけれど、ハバナ大学に行き始めてからやっと、近くに住んでいる音楽留学している日本人や、ハバナ大学に通う人など、いろんな日本人に出会った。実はキューバに長期滞在している数少ない日本人の大半は音楽留学をしている人たちで、私のように「社会主義が見たかった」なんて言っている日本人はごく稀。滞在中は、私の他に一人しか出会わなかった。
ある日、せっかくキューバに来たのだから一度ぐらいは見ておこうと思い、音楽留学している日本人たちが見に行くライブについて行った。

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ハバナ大学の正面。外国人向けのスペイン語コースや交換留学制度がある。

ハバナに滞在していて、私は、なぜか人のパワーを感じることがなかった。やはり、人が自由に表現や発言をできない国だからなのか?それとも、競争がなく生きる為に必死にならなくても良い保障制度によって、人はパワーを失うのだろうか?どうしてもアジアの街並と比べてしまうのだが、ハバナの街では、活気よりも気だるさやあきらめのようなものを感じることが多かった。キューバのなんとなく重い雰囲気に少しがっかりしていたところで、初めて足を運んだライブは、“ルンバ”のライブだった。
日本で“ルンバ”といえば、どうも社交ダンスのそれを思い出してしまうが、キューバで言うルンバとは、黒人の土着音楽だ。キューバの音楽は、最高に面白い!キューバの黒人たちが、最高に生き生きとした表情をしているのを初めて見て、ゾクゾクした。キューバ人の笑顔、活力、生き甲斐、創造力、ここにあり!まさしく黒人たちのREBEL MUSICがそこにあった。


200人ほどが集まっている。おばあちゃん達も踊る。

アフリカ音楽とブラジル音楽をほんの少しだけかじった私の印象では、ルンバとは、アフリカ音楽にもブラジル音楽にも似ていて、ほんの少しブラジル寄りの音楽、という感じだ。そして歌の旋律がジャマイカのナイヤビンギに少し似ている気もする。肩からかけるスネアドラムぐらいの大きさの、ブラジル音楽で出てきそうな太鼓も登場する。
ルーツがあり、南米大陸にもアフリカ大陸にも繋がっている音楽。そしてカリブ海の他の島々とも繋がっている音楽。この音楽の点を繋いでいくと、すぐに地球全部が繋がってしまうような気がして、人間の創り出したネットワークに、またゾクゾクした。そりゃキューバ音楽を勉強しはじめたら奥が深すぎて止まらないだろうなあ、と心底思った。
音楽留学している人たちは、正規の音楽学校に通っている人もいるが、実際にライブに足を運んで気に入ったアーティストに直接交渉してレッスンをお願いしていたりする。ただ実際は、アーティストによる外国人への個人レッスンは、副収入となり違法らしい。
私が一番よく見に行ったルンバのバンドは、RUMBEROS DE CUBA(ルンベロス・デ・クーバ)だ。このバンドがすごく面白いのは、ほとんどのメンバーが黒人だが、白人のメンバーも2人いる。ベテランのじいちゃんもいれば、一見ヒネテイロ風のチャラチャラした兄ちゃんもいる。


ダンサーも数人メンバーに入っており、男女で踊る。女性は布で股間を守り、男性は布で女性の股間を狙う。


ライブの最後はダンサーも全員出て、ブラジル風の太鼓の低音が鳴り、観客のキューバ人達も踊らずにはいられない。ルンバのライブを見に来るキューバ人は、圧倒的に黒人が多い。

ライブの入場料は、平均して5CUC(約500円)ぐらい。Los Van Vanなどの一流バンドはもうすこし高いそうだ。だいたい5CUCで、それなりに有名なバンドも見られるので日本と比べれば安い。キューバ人はだいたい20ペソ(約80円)ぐらいだが、どうにか頑張ってお金を払わずに入場する方法もあるようだ。
また、外国人でも長期留学の学生証などを持っていれば、キューバ人料金が適用されることがある。

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キャッシャーでチケットを買う。

キューバと言えばサンテリアというアフリカ発のヨルバ族に伝わる宗教が有名で、サンテリアの踊りや音楽も見ることができる。ルンバはルーツを辿ればこのサンテリアに行き着くそうだ。キューバでサンテリアを信仰するのは多くが黒人で、Callejon de Hamel(カジェホン・デ・アメル)と呼ばれる通りがそっくりそのままサンテリア通りになっている。サンテリアの様々な意味合いのある色や絵で彩られたカラフルな通りで、その周りにはやはりサンテリアの人たちが多く住む。すなわち、黒人の比率が高い地域だ。
カサのオーナーに、「Callejon de Hamelに行ってくる」と言うと、「あの辺りは黒人が多いから気をつけなさいよ!」と言われたのがまたショックだった。Callejon de Hamelでは毎週日曜の昼12時頃からサンテリアの音楽・踊りをやっていて、サンテリアでなくとも誰でも無料で見られる。ここは観光客が多いので、観光客にたかりたいキューバ人もたくさん来ている。


サンテリアやルンバで使用する楽器=“バタ”とサンテリアの踊り。

とにかくキューバ音楽には多様なジャンルがあり、場所も大きいホールから屋外、こじんまりしたライブハウスまで様々だ。キューバ人の若者の間では圧倒的にレゲトンやヒップホップが人気だが、トラディショナルな音楽もまだ根強い。トラディショナルが衰退しないのは、商業音楽で商売ができない経済システムが原因かもしれない。

(取材・文・写真:山本佳奈子)

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■山本佳奈子 プロフィール

http://www.yamamotokanako.net/
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山本佳奈子YOUTUBEページ

1983年兵庫生まれ、尼崎育ちの尼崎市在住。現在26歳。高校3年のときにひとりでジャマイカ・キングストンを訪れて以来、旅に魅力を感じるようになる。その後DJ活動、ライブハウス勤務などを経て、2010年、念願だったキューバ旅行を実現させる。
世界のすべての人々の最低水準の暮らしが保証されること、世界の富を独占する悪徳企業が民主の力によって潰されることを切に願っており、自ら一つのメディアとなって情報発信することにも挑戦している。


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