骰子の眼

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2010-12-20 18:58


「写真を撮ることは、ある種の決断を伴う行為だった」─木村伊兵衛賞受賞作家・鷹野隆大が語る〈写真を撮る流儀〉

木村伊兵衛写真賞 35周年記念展【第3期】、2011年1月16日(日)まで川崎市市民ミュージアムにて開催中
「写真を撮ることは、ある種の決断を伴う行為だった」─木村伊兵衛賞受賞作家・鷹野隆大が語る〈写真を撮る流儀〉
『赤いシャツの胸をはだけ、両腕を広げて横たわっている』(シリーズ「男の乗り方」より、2006年)

現在、川崎市市民ミュージアムにて『木村伊兵衛写真賞 35周年記念展』が開催中。それにともない、第31回(2005年度)の受賞者である、鷹野隆大氏がトークショーを行った。イベントでは、自身の活動についてはもちろん、これから写真家を目指す若い世代へのアドバイスや、現在講師を行っている早稲田大学芸術学校空間映像科でのエピソードなど語られた。最後に設けられた質疑応答のコーナーでは参加者からの質問に対し、現代における写真表現の可能性、そして写真家としての心構えについて答えた。webDICEでは講演後、来年の木村伊兵衛賞の審査員を担当する鷹野氏に取材を行った。

シャッターを押すことに抵抗がなくなっている世代

──今日の講演は、写真を志している若い方へ向けての内容が多かったですが、普段鷹野さんは講師もされているので、学生の方やビギナーの方に接する機会も多いと思います。最近の写真家を目指す人たちについて、どのようなことを感じますか?

僕が教え始めたのは2004年からなので、そんなに長くやっているわけじゃないんですけど、その頃からあまり大きな変化は感じないです。学校では「写真はフィルムが基本」と言っているせいか、デジカメを使う生徒はほとんどいません。まわりの状況はこの6年間で随分変わっているはずなのに、あの学校では今でもみんな当然のようにフィルムで撮影していて、変化を感じないのは、単にあの場が時代から遊離しているからかもしれませんね(笑)。今年から渋谷の学校でも教えはじめているんですけど、そちらではデジカメが基本という感じですからね。

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川崎市市民ミュージアムでのトークイベントに登壇した鷹野隆大氏

──写真をはじめたときからデジタルの人と、フィルムからはじめる人では、体感するものが違うんでしょうか?

自分が本格的に写真を始めた1986年ころはカメラと言えばフィルム一眼レフで、持っている人も多くはありませんでした。コンパクトカメラもそれなりに普及していましたが、興味ない人は撮らなかったし、持ち歩かない。フィルムの詰め方を覚えるのが面倒くさくて、もういいやって止めちゃってる人がたくさんいるような時代でした。今のように携帯に付いているカメラで誰もが気軽にパシャパシャやってる状況と比べると、相当違う。やはり「写真を撮る」っていうのは、昔においてはある種の決断をともなう行為だったと思うんです。そういう点で、今とは意識の違いはあるでしょうね。

── 一枚一枚プリントにもお金がかかるし、無駄にできないと、そこに集中しますものね。

より集中力が高かったと言ってしまうと、「昔はよかった」的な物言いになってしまいますが、でも一般的に言って「とりあえずシャッターを押しておく」っていう感覚はフィルムの時代にはなかったですね。ひとコマの値段がそれなりでしたから。そうそう、ひとつ思い出しました。ここ数年の変化の話ですが、学校の課題で「4週間、毎日フィルム一本撮る」というのを毎年出してるんですが、最初の年の生徒たちはなかなか撮れなかったんですよ。36枚撮りでやったんですけど、半分くらいしか撮れなくて、素抜けのフィルムがたくさん出てきたりする。ところが、年を経るごとにみんな撮れるようになってきて、熱心な生徒が増えたというより、シャッターを押すことに抵抗がなくなっている感じなんですね。ある生徒が言っていたのは、「私ケーキとか食べ物とかをすぐ撮るんです。だから撮れって言われればいくらでも撮れるんですけど、でも、それを撮ってもしょうがないんじゃないかと思っちゃうんです」って言われて、ちょっとびっくりでした。ある種の表現行為、というと大げさですけど、それとは全く関係なしに、機械的にいくらでもシャッターを押すことのできる世代が登場している。それはやはりデジカメの普及がもたらした変化でしょうね。

──鷹野さんが写真を志されたときは、ただ撮りたいというより、自分が解放されたいとか、世界とつながりたいっていう気持ちで、その手段としての気持ちのほうが強かった?

そういうところはありましたね。最初に撮りはじめたときは、頭の中に残っている映像がいっぱいあって、それをなくしちゃうのがもったいないから、もう一回すくい上げていこう、と。それで身近なものを撮るようになったんです。ずいぶん撮ったつもりになっていたんだけど、今から思うとたいした量じゃなかったですね。一週間にフィルム一本撮ったら、すごい撮ったって思ってた、そんなレベルでしたから。

──たとえば、先ほどの学生さんの課題のように、撮るということを自分に義務化して、撮ることが日常化していくと、自然に撮りたいものも増えたり、気づかなかったことが、気づくようになることも?

そういうことがあるんじゃないかなと期待して、この課題を出し続けてるんです。写真って、詰まるところ、ある種の批評行為だと思うんです。例えばコップを撮るためにはコップに対して何らかの評価を与えないとシャッターを押せないじゃないですか。形がきれいだとか、2個の位置関係が面白いとか、いろんな評価があるとは思うけど、ともかく押すためのモチベーションが必要だと思うんです。そういう作業を繰り返すうちに外の世界との付き合い方みたいなものが身についてくるんじゃないのかな、と。生きているということは、常にそのことが問われているはずなんだけど、多くの場合はやり過ごして暮らしている。それをもう一回、丹念に問い返していくことで、日々の生活のなかで様々な発見をしてくれるといいなって思ってます。写真を加工することによって自分の世界を作り上げる、そういうのもあるとは思うんですけど、スタートの段階では、やはり一番シンプルな使い方をして欲しいですね。

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『トシヒサ#3』(シリーズ「tender penis」より、2001年)

報われないとわかっていても、それでもやるのか

── 鷹野さんご自身でも、世界とどう向き合うかとか、物事をどう見るかということに関して、写真を無我夢中で撮り続けていく中で、あるとき転機というか、気づいたところがあったのですか?

そうですね、それを言語化できるかっていうと、また別なんですけど、いろんなものに面白さを見いだせるようにはなったと思いますね。

──それも、未知のものではなくて、むしろ身の回りのものということですよね。

ええ。日常にどう向き合うか、どう接するかっていうのを確かめるのって、生きていくっていうこととイコールなんじゃないかなと思います。人は結局、日常の世界でしか生きていけないわけだし。

──今日のトークショーでも、創作の壁にぶちあたったときは、身の回りの友達や同級生、先輩後輩に話しを聞いてみるといいと、お話されていましたが、それは鷹野さんの経験によるアドバイスなんですか?

僕がそうした友達付き合いをしてこなかった経験ですね(笑)。そんな友達がいたらいいのになって、ずっと思ってましたから。やっぱり、いい友達を持つことは重要ですよ。嫌な奴だと潰しにかかったりしますからね。

── 友達は一番はじめに見てくれる観客でもあるし、ライバルでもあると、切磋琢磨する部分もあると思います。

モチベーションが上がる。というか、あいつがこうしたっていうのを見てると、具体的にいろいろイメージできるじゃないですか。失敗例を見たら、あっ、こうしたらダメなんだってわかるし(笑)、逆にこうしたら成功するんだってこともわかる。すごく身近にリアルに実感できるんじゃないかと思います。

──自分の作品や表現を対象化できるし、鏡みたいに見ることで、自分に帰ってくるものがあると。それから今日の「努力は報われないと思ったほうがいい」という言葉も、鷹野さんらしい表現だなと思いました。

報われないとわかっていても、それでもやるのか、という話だと思うんです。そもそも「努力する」っていう言葉には「やりたくないことを無理してがんばる」というニュアンスがあるような気がします。でも、こういうのって、好きだからやるわけですよね。好きで夢中でやったら「こんなに努力したのにー」って恨み節にはならないと思うんです。「こんなに金かけたのに」とは言うかもしれないけど(笑)。

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『長い髪がピンクの服にかかっている』(シリーズ「In My Room 」より、2002年)

「実際にやったこと」をいかに正確に認識するか

── それから会田誠さんに対して、自分の解放区を持っているからすばらしいというお話がありました。

〈蛸壺〉と〈解放区〉の違いということですよね。日本の美術家って、多くが自分の〈蛸壺〉にこもってしまう感じがあってそこが不満なのですが、〈蛸壺〉って自分一人の世界だから誰もけなせないし、関われないんですよ。「他人に『つまんねえよ』って言われても、いやいやこれは俺の世界だから、あなたとは住んでる場所が違うでしょ」って。でも解放区は、多くの人が共有している場所を占拠して、ここは譲れないって主張するわけです。まわりはそんなものは認めないって潰そうとする。そういう闘いの中で、自分の場所を確保していく。簡単に言うとモラルを問うみたいな話になるのかな。

── 会田誠さんが『戦争画RETURNS』をニューヨークで発表して、様々な議論を呼びましたが、それも会田さんの戦争に対するひとつの問いかけということですよね。鷹野さんも、作品の中で常に社会に対して「こういう見方があるんだ」ということを提示をしたいという気持ちがあるのでしょうか?

そうですね。モラルというものと必ずしも結びつくかどうかわからないですけど、ある種の感覚みたいなものを持ってほしいと思ってる、って言ったらいいのかな。簡単に言えば、男も色っぽいだろっていう感覚を理解して欲しいっていうことですかね。写真から色気みたいなものを感じてもらって、次に現実の男に向き合ったときに、そうした視点から男を見てくれたらいいなって。

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『with AA#2(2008)』(シリーズ「おれと」より、2008年)

── そういう意味では鷹野さんの男性ヌードって、見た後に、最初は皮膚感覚でショックを受けるんだけれど、その後に、自分が人を見るときの視点がずらされていることを感じる、そんな効果があると思います。それは、何かを撮りたいという衝動や対象があったところから、後になって気がつく場合と、撮る前から意識的な場合もあるんですか?

両方ですね。シャッター押すときにはなんらかのモチベーションは絶対に必要で、モチベーションなしにはやっぱり難しい。けれどもあらかじめ思い描いた“画”を手に入れるためだけに撮るのではつまらない。ふたつのバランスを取るのはとても難しい問題ですが、たとえばこんな風に考えています。何らかの目論見をモチベーションとしてシャッターを押す。それが何なのか、つまり自分が何をやりたかったのかを知るために出来た写真を見る。それはある一定量の写真が集まって初めて了解できるので、たくさん撮る。写真を撮るという行為は、その繰り返しだと思っています。事前に目指すゴールが明確にあるわけじゃないけれど、何らかの方向性はあるんです、確実に。

──逆にその予感が外れてしまう場合もあるわけですよね?

もちろんです。事前に自分がやろうとしていたことと、実際にやったことがズレているというのは、むしろ普通のことですから。問題は「実際にやったこと」をいかに正確に認識するかです。これがなかなか難しい。たくさんの写真からセレクトするわけですが、どうしても「事前にやろうとしていたこと」に引っ張られてしまいがちです。そうすると、自分の「思い」が先行した構成になって、よくわからないものになってしまったりする。

──ご自身の作品を再度確認するときに、そのときのバイオリズムや、構成の仕方で表現の方法が変わってくるということですか?

構成するときは、そんなに感覚的ではなくて、ある程度方向性の合ってるものでひとつのシリーズを作っているつもりなんですが、でも、よく考えてみると、その方向性を読み解く作業はその時々の体調に影響されてますね。とすると、できたシリーズも気分次第ってことになりますか。すいません、適当で(笑)。

── なるほど。最後に、鷹野さんは次回の第36回「木村伊兵衛写真賞」の選考委員に選ばれていらっしゃいます。選ばれる立場から、今度は選考する立場になって、いかがですか?

実際に自分がその立場に立ってみると、本当に難しいですね。その人の作家生命を変える可能性がありますからね。賞に左右されない人もいるけれど、僕自身は大きく影響を受けたので、慎重になりすぎてる部分があるのかもしれません。今更ですが、当時の選考委員の方々が、どうして僕のような人間にこの賞を与えようと決断できたのか、改めて気になりますね。漏れている人がいないか、すごく心配で、今はなるべく多くの作家を見るように心がけています。

(インタビュー・文:駒井憲嗣)



鷹野隆大 プロフィール

1963年福井県生まれ。早稲田大学政経学部に在学中、舞台の撮影を知人より頼まれたことがきっかけで写真に興味を持つ。1994年の初個展以来ヌード作品を発表し続け、これまでマイナーな存在であった男性ヌードを、アートという檜舞台に引き上げた写真家として知られている。一方、屋上から見える東京タワーや自分の顔を毎日撮影したシリーズや、街で見られる花のスナップ写真で構成した個展「花々し」、海外で撮影したスナップをまとめた個展「それでも、ワールドカップ」など、日常のスナップ写真にも定評がある。2005年に出版された写真集 『In My Room』(蒼穹舎)で木村伊兵衛写真賞受賞。次回の第36回木村伊兵衛写真賞の選考委員に、岩合光昭、 瀬戸正人とともに任命されている。2011年1月には日本の街並みをスナップした写真集『カスババ』(発行:大和プレス/発売:アートイット)を刊行予定。




【関連リンク】

・木村伊兵衛写真賞、歴代受賞作を一挙公開!第1期として石内都、藤原新也、岩合光昭などの作品を展示
http://www.webdice.jp/dice/detail/2473/

・武田花、三好和義、星野道夫などの作品を展示―木村伊兵衛写真賞全受賞作公開、第2期!
http://www.webdice.jp/dice/detail/2531/

・柴田敏雄、瀬戸正人、今森光彦などの木村伊兵衛写真賞受賞作品を公開。11月13日からは最新受賞作品も同時公開
http://www.webdice.jp/dice/detail/2633/

・梅佳代、岡田 敦、高木こずえほかゼロ年代を代表する写真家の木村伊兵衛写真賞受賞作、11/13より企画展開催
http://www.webdice.jp/dice/detail/2703/




木村伊兵衛写真賞 35周年記念展【第3期】
2011年1月16日(日)まで川崎市市民ミュージアムにて開催

会場:川崎市市民ミュージアム[地図を表示]2階アートギャラリー
料金:無料
時間:9:30~17:00(入館は16:30まで)
休館日:毎週月曜(祝日の場合は開館)、祝日の翌日(土日の場合開館)

企画展【木村伊兵衛写真賞35周年展】(最新受賞作品と木村伊兵衛作品を展示)
2010年11月13日(土)~2011年1月10日(月・祝)
場所:川崎市市民ミュージアム 企画展示室1、料金:一般600円 学生400円

受賞者:中野正貴(2004年度)、鷹野隆大(2005年度)、本城直季(2006年度)、梅 佳代(2006年度)、岡田 敦(2007年度)、志賀理江子(2007年度)、浅田政志(2008年度)、高木こずえ(2009年度)
同時展示:木村伊兵衛作品

第4期【第23回~第29回受賞者】 2011年1月22日(土)~4月10日(日)
場所:川崎市市民ミュージアム 2階アートギャラリー 入場無料

受賞者:都築響一(1997年度)、ホンマタカシ(1998年度)、鈴木理策(1999年度)、長島有里枝(2000年度)、蜷川実花(2000年度)、HIROMIX(2000年度)、松江泰治(2001年度)、川内倫子(2001年度)、佐内正史(2002年度)、オノデラユキ(2002年度)、澤田知子(2003年度)



川崎市市民ミュージアム公式サイト


キーワード:

木村伊兵衛 / 鷹野隆大


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