骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2011-03-01 19:30


昨年のカンヌ国際映画祭でティム・バートン審査委員長たちがパルムドールに選んだ『ブンミおじさんの森』アピチャッポンがそこに秘められたルーツを語る

タイ東北部の村を舞台に、病に冒されたブンミおじさんの周りに起こる出来事をイマジネーション豊かに描き、2010年のカンヌ映画祭パルムドールを獲得したブンミおじさんの森が3月5日より公開される。監督のアピチャッポン・ウィーラセタクンは、自らの故郷への敬意を込めて、人間と動物が分け隔てなく交流を交わすような森の中のストーリーを、ユーモアと不思議な気配を込めて作り上げている。東京フィルメックスの常連でもある監督に、今作に投影される自らの原点について聞いた。

タイの映画界はレイティング・システムと戦っている

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── 『ブンミおじさんの森』とても興味深かったです。2、3年前にFREE THAI CINEMA MOVEMENT/NO CUT NO BAN(タイ映画の自由要求運動/上映禁止反対)と記されているこのTシャツをもらったので、今日は着てきました。タイでは映画についてまだ検閲があり、不自由なのですか?

FREE THAI CINEMA MOVEMENTのTシャツ

あれから新しい法律が通って、レイティング・システムが導入されたんです。以前の検閲制度は警察がやっていましたけれど、今度は文化省が主体となって行われています。今は外国映画もタイ映画も同様に審査され、とても保守的な判決のもとで運営されているんです。最近トランスセクシュアルを題材にした『Insects in the Backyard』という映画が、倫理的にダメだという理由で、禁止されました。ですから一切その映画は観られることができない。まるで警察がやっていたようなことを文化省がやっているんです。以前よりはまだましと言えるかもしれませんけれど、いずれにしてもその映画は2回上告をして、いま監督協会がその判断に不服であるという手紙を公開し、戦っている最中です。

── 前回の映画『世紀の光』のときに警察が検閲したのは、お坊さんのいくつかのシーンだと思いましたが、今回の『ブンミおじさんの森』ではそういった検閲はありませんでしたか?

今回の映画は問題ありませんでした。ひとつはカンヌ映画祭のパルムドールの魔術と言えるでしょう。特に今作の検閲を通そうとしていた時期は、タイ国内は不安定な情勢だったので、小さな問題でいざこざが起こることを政府側がいやがったのかもしれません。もうひとつは、以前は警察が相手でしたけれど、今度は文化省が相手だったことも理由にあると思います。

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『ブンミおじさんの森』より (C)A Kick the Machine Films

── あなたは既に審査員としては2008年のカンヌ映画祭の経験がありますよね。昨年は東京フィルメックスでも審査員を担当しました。カンヌ映画祭と東京フィルメックスではどのような違いがありますか?

もちろん東京フィルメックスのほうがもっとリラックスして経験できましたが、カンヌ映画祭では審査委員長がショーン・ペンで彼と一緒に審査員を務めることによって、彼に対しての考え方が変わりました。以前はとても怖い人だと思っていました特に映画のなかのペルソナが非常にタフガイだったので、そこから影響を受けたのだと思います。けれど審査員をやってみると非常に優しい人で、民主的で、リーダーとして優れていて、そしてとてもセクシーな男だということに気づかされました。 カンヌの最終日、審査会の日というのはとても秘密裏のうちに進められるんです。郊外のお城みたいなところに連れていかれるんですけれど、携帯電話も取りあげられて、外との接触が一切ないようにさせられました。朝からタキシードを持ってその会場に入り、審査会の後にはすぐそこでヘアメイクの人が待機していて、まったく外と接触しないまま発表会のバックステージに連れていかれるような状況でした。ですから、ふたつの映画祭のどちらがいいか言えないんですけれど、カンヌは非常に厳しかった。一方でフィルメックスは友人たちと楽しい時間を過ごしたという異なる体験でしたね。

── 2008年のパルムドールは『パリ20区、僕たちのクラス』でしたが、結果には満足していますか?

私は審査の結果に満足していますし、他の審査員のなかには他の作品のほうがいいという人もいましたけれど、全員が同意できたのは、高い品質の映画だということでした。個人的に言えば、私はルクレシア・マルテルの『The Headless Woman』が良かったんです。非常に才能がある人だと思いますが、『パリ20区、僕たちのクラス』が非常に民主的な課程のなかで生まれていくことは良かったと思います。

── フィルメックスについてですが、日本の『ふゆの獣』が最優秀作品賞を受賞しましたが、賛成しましたか?

いいえ(笑)。

── あなたはどの作品を推薦したんですか?

私はタン・チュイムイ監督の『夏のない年』。それからチュウ・ウェン監督の『トーマス、マオ』が好きでした。しかし審査の過程のなかで、受賞の結果については満足しています。

生まれ変わるなら木になりたい

── 『ブンミおじさんの森』は、転生をテーマにしていると思うのですが、監督自身は誰かの生まれ変わりだと思っていますか?

プレス資料には転生を信じている、と書きましたけれど、実はそうではなくて、映画を作ってみてカンヌに行っていろいろインタビューに回答しているなかで、証拠がないと思うようになったんです。私が信じているのは人間の頭脳の力。いつかは輪廻転生が証明されるだろうと思っているんですけれど、今言えるのは可能性があるということだけで、科学的な根拠はないと思います。

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『ブンミおじさんの森』より (C)A Kick the Machine Films

── それは僕もまったく同じ意見で、自分が虎の生まれ変わりといってもそれを否定する方法論がない限り、ルイ16世の生まれ変わりだとよく言っている人もいるけれど、否定することができないから、反論してもしょうがないと思っています。

確かに科学的な進歩がこれから待ち受けることになると思いますが、今までの人類の歴史を振り返ってみると、例えば産業革命のように、科学技術の革命というのが何度もありました。ですからいま非常に流行っている遺伝子の科学に対する考察がさらに深まってくると思います。これからは脳の科学技術をめぐる革命が起こって、いずれそれが解るようになってくるんじゃないでしょうか。

── それでは物語としたら、監督は誰の、何の生まれ変わりだったらいいと思いますか?

根っこがたくさんある木だったらいいと思います。人間や動物は目や鼻がありますので、経験を疑似体験することができると思うんです。自分が犬だということを想像することができます。けれど、木というのは目がなくて、根っこが生えているというのはいったいどんな感じなんだろうというのを経験してみたい気がします。

── ちょっと昔のことを思いだしてほしいのですけれど、監督は森で最初に迷ったことはありますか?

ありますね。でもひとりではなかったです。

── 好きな森の場所はどこですか?

タイ西部にある森で、『トロピカル・マラディ』と『Worldly Desires』という短編を撮ったビルマ国境近くの森です。実際他のジャングルとさほど変わらないんですけれど、ロケハンで一日中歩き回って、もう死ぬんじゃないかと思うくらいひどい疲労を体験しました。

タイ的な物語性を自分の作品のなかに入れ込んでいく

──では話題を変えて、最初に観た映画はなんですか?

タイトルは思い出せないんですが、タイのアクション・ムービーでした。ヘリコプターから紙幣が鳥のようにひらひらとはばたくように海に落ちてくるシーンがあるんです。ホームタウンのコンケーンの街中の映画館で、どんな映画館か覚えていないんですけれど、おそらく両親と一緒でした。

── それで学生時代に短編映画を作っていますよね。それはどういう映画だったんですか?

典型的な実験映画でした。『Bullet』という16ミリの5分間の短編映画です。20年代から40年代にシカゴでニューズリールという運動がありましたが、そのニューズリールからとった映像をオプチカル・プリンターで拡大して、あるパレードの様子を、何が映っているか解らないくらい拡大した映像にして、音は若い女性が銃殺されている弾丸の音が聞こえてくる、という今は恥ずかしい映画です。

── でも多くの作家に最初に作った映画というのは、ずっと歳を取ってもどこかルーツで繋がっているところがあるんだけれど、今思い直すと自分のルーツを感じますか?

いえ、それは単なる習作だったと思います。

── では自分のなかで、最初に、ルーツと思える作品というのは?

そう言える作品というと2作目ですね。『0016643225059』という電話番号がタイトルになっているんですけれど、ふたつの空間を行き来してインターカットしています。ひとつはシカゴの自宅のアパートで、もう一方は母親の写真。音声は私と母の電話での会話です。ですからコミュニケーションの映画であり、ふたつのスペースについての、ひとつの映画的な空間を交互に行き交うことをテーマにしています。3次元と2次元の空間を行き交うということでもある。そして露出でもあそびを取り入れた作品でした。

── それはアピチャッポンさんが評論家として語るとしたら、『ブンミおじさんの森』と、ルーツだというところの『0016643225059』とでは、何が共通しているのですか?

ワオ!それは難しい質問ですね(笑)。逆に映画を観て教えてください(笑)。記憶について……?いや、すべての映画は記憶について描いていますからね。あまりにも遠いので結びつけるのは難しいんですけれども、当初私はアメリカで実験映画を撮っていたんですけれど、自分の作品のなかに次第に物語性が増していったような気がするんです。それはタイに戻ってから、タイ的な物語を自分の作品のなかに入れ込んでいく作業を経てきたんだと思います。考えてみれば、この1本目がなかったらこの道筋もなかったと思うんですけれど、あまりにも遠い昔という感じがしています。

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『ブンミおじさんの森』より (C)A Kick the Machine Film

── 当時シカゴではどんな実験映画を観ていたんですか?

レン・ライの『フリー・ラディカルス』はフィルムにスクラッチをすることで作った作品で、映画というのも個人的な手法でひとりで作ることができるんだと、彫刻や他の美術と同じように作れるんだということを気づかせてくれました。私はあまり社交性な性格ではないので、映画をやりたいと思ったときに葛藤があったんです。ただ実際はレン・ライの映画やスタン・ブラッケージの映画を観て、たくさんの人を巻き込まなくてもひとりでもできるんだということが解ったのでうれしかったんです。そこからだんだん状況が変わってきて、人と一緒に映画を作るようになってきましたね。

── 当時同じ学校で今フィルムメーカーになっている人はいるんですか?

『木のない山』を撮ったキム・ソヨンはクラスメートでした。そしてビジュアル・アーティストになった人がいます。それからアメリカの実験映画を作っているデイヴィット・ガトンもそうです。彼の『Memory Of Water』という作品はとてもエクスペリメンタルです。それから友人のパク・ドヨンは、現在ソウルの実験映画祭のディレクターをしています。

── 『ブンミおじさんの森』を観ると構造主義的な実験映画を作っていたこととはあまり繋がらないとは思いますが、アートの世界でも作品を作ったり、ナラティブな作品も作ったりというのは、先ほどのルーツと思える自分の作品が自分のなかで大きな影響を与えているのではないですか?

何かパーソナルな体験を通してこの映画のなかに投入されているものがあると思います。例えばスティーブン・スピルバーグにさえもこの映画は影響を受けたと言えると思うんです。とても小さなことでドリーの使い方や照明の使い方はひょっとしたらスピルバーグの影響を受けているのかもしれません。それからマヤ・デレンから得ているものもあります。反復といったことや思考というものの扱い方、作品としては『午後の網目』と『陸地にて』のような作品からの影響が無意識の間に写されている。劇場を出ると、ハッと夢から覚めるような映画を作ってきたんだと思います。

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アピチャッポン・ウィーラセタクン監督

デル・トロが良かったと言ってくれた

── ハリウッド映画で好きな映画はありますか?

たくさんありますね。コッポラの1974年の作品『カンバセーション 盗聴』、あれはまだインディペンデントと言えるんでしょうか(笑)。それからもちろん『マトリックス』は好きです。

── ティム・バートンの作品でいちばん好きなのは?

全部は観ていないのですが、若い頃に観た『ビートルジュース』は大好きです。

── カンヌではティム・バートン監督とは話したのですか?

彼とは人が多すぎてそんなには話せませんでした。そのかわり、同じ審査員だったベニチオ・デル・トロとは話しましたよ。酔っぱらっていましたが、とてもセクシーでした(笑)。『ブンミおじさん』のことをとても好きだと言ってくれて、ちょうどカンヌ映画祭の最中に飼っていた犬が死んでしまって、その犬の死を悲しんでいた時に観たので、よけい良かったと言ってくれました。そういう風に自分の体験と引き付けて観てくれたことは、映画作家として非常に光栄です。

── それは死んだ犬も生まれ変わっていれば、デル・トロも少し救われるだろうと思ったから?

そうですね、死というのは終わりではないということを思いました。

(インタビュー:浅井隆 構成:駒井憲嗣 写真:荒牧耕司)




アピチャッポン・ウィーラセタクン プロフィール

1970年、バンコク生まれ。24歳の時にシカゴ美術館附属シカゴ美術学校に留学、映画の修士課程で実験映画の世界を知る。1999年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で短編映画『第三世界』が上映。同年、映画製作会社“キック・ザ・マシーン”を設立し、初長編『真昼の不思議な物体』が2001年の山形国際ドキュメンタリー映画祭インターナショナル・コンペティション優秀賞、NETPAC特別賞を受賞。処女作から最新作までが東京フィルメックスで上映され、最優秀作品賞も2度獲得。カンヌ国際映画祭では2002年の『ブリスフリー・ユアーズ』がある視点賞、2004年の『トロピカル・マラディ』は審査員賞を受賞し、2008年にはコンペティション部門の審査員を務める。そして『ブンミおじさんの森』が2010年のパルムドールに輝いた。またアートの分野でも世界的に活躍。2011年には東京都現代美術館で「東京アートミーティング トランスフォーメーション」展にも映像インスタレーションを出品した。




映画『ブンミおじさんの森』
3月5日(土)より渋谷シネマライズ他全国順次ロードショー

製作、脚本、監督:アピチャッポン・ウィーラセタクン
監督・脚本:製作:サイモン・フィールド、キース・グリフィス、シャルル・ド・モー、アピチャッポン・ウィーラセタクン
出演:タナパット・サーイセイマー、ジェンチラー・ポンパス、サックダー・ケァウブアディー、ナッタカーン・アパイウォン
2010年/イギリス、タイ、ドイツ、フランス、スペイン合作映画/114分/35ミリ/1:1.85/カラー/DolbySRD
提供:シネマライズ
配給:ムヴィオラ
公式サイト


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