骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2011-03-04 19:46


「見つめているのが監督の宿命というくらい見つめていたかった」矢崎仁司監督流フィルムノワール『不倫純愛』で貫かれた美意識

愛と一体化したセックスを突き詰めて描いた最新作。オリジナル作品への意欲も語る。
 「見つめているのが監督の宿命というくらい見つめていたかった」矢崎仁司監督流フィルムノワール『不倫純愛』で貫かれた美意識
『不倫純愛』より

シネマート新宿で公開スタート以来、連日大入り満員を記録した矢崎仁司監督『不倫純愛』が3月5日より渋谷アップリンクXで上映される。『ストロベリーショートケイクス』『スウィートリトルライズ』に続く最新作は、新堂冬樹の原作を井土紀州との共同脚本により映画化。自ら〈エロス・ノワール〉と形容する今作においても細やかな心理描写や美意識が貫かれた演出を徹底している。かねてから撮りたかったという〈ノワールもの〉への思い入れ、そしてセックスを描くことへの妥協なき姿勢を感じさせる矢崎作品がどのような現場から生まれているのか聞いた。

愛し合う段階の途中にセックスがあるのではなく、
セックスが愛と一緒の映画

──新堂冬樹さんの原作を映画化されたのは、どのようなきっかけだったのですか。

基本的に私は、来た話は断らないと決めているんです(笑)。でも原作がまず面白かった。半分くらいがラブシーンで、登場人物の4人ともお金持ちの話なのですが、「これは内面的なことを表現出来るかもしれない」というところで、正直チャンスだと思ったんです。この原作をもとに、救いようのない話を撮ってみたかった。私のところに来る話は、たいがい女性を描くとかラブロマンスなので、いつかフィルム・ノワールみたいな映画を作りたいとずっと思っていました。どの映画でも、クランクイン前にジャン=ピエール・メルヴィルの映画を必ず観てから撮影に入るくらいフィルム・ノワールが好きなんですけど、なかなかチャンスが来なかったので、今回は思いっきりノワールにしてやると企みました。

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『不倫純愛』の矢崎仁司監督

──『ストロベリーショートケイクス』は魚喃キリコさんの原作、『スイートリトルライズ』は江國香織さんの原作でした。監督にとっては原作がある方が作りやすいのでしょうか。

作りやすいというより、楽しみな部分がありますね、原作者が気に入ってくれる映画を作るという野心が自分の中にあるんです。原作者が活字や漫画で表現している描きたいことを、私は映像で表現して、向こうが投げてくれたボールを投げ返す、それを向こうが心地よく受け止めてくれたらいいなと。そこにいつも挑戦しています。今のところ魚喃さんにも江國さんにも気に入ってもらえているので嬉しいです。

──今回の作品について新堂さんの反応はいかがでしたか。

試写を観終わった新堂さんが、「とんがった映画だねぇ」と言いながら会場から出てきたのが、私にとっては最高の褒め言葉でした。

──井土紀州さんと脚本を共同で手がけられた経緯は?

私に話が来たときに、すでに井土さんが脚本を書かれることは、プロデューサーが決めていました。井土さんとは古い仲なのに一緒に仕事をするのは初めてで、山梨で合宿しました。井土さんにお願いしたのは、普通は箱書きを作って物語を進展させていくんですけれど、今回は箱をいっさい作るのをやめようと。人物を書き込んで、人物が勝手に動くままにまかせるというか、人物が動くと物語が生まれるように書いていこうとお願いしました。

──以前から監督は「説明的な映画は作りたくない」とおっしゃっていましたね。

登場人物のキャラクターが立ち上がってくれば、あとはこの人達が動けば物語が生まれるので。井土さんも「箱がないまま書き始めるシナリオは久しぶりだ」って楽しんでくれました。だから後半のエピソードも、ある朝、井土さんが「真知子が、こんなことしちゃいました」って。

──それは矢崎監督も予想していなかった?

原作にない事件だったので驚きました。「でも確かに面白いなぁ」と。井土さんの中で人物たちがどんどん動き始めたんだなと。

──フィルム・ノワールというジャンルを意識されたのはいつからなんですか。

もう映画を始めた初期の頃からですね。『三月のライオン』を撮る前にも、撮影の石井(勲)さんにメルヴィルの映画とかを観てもらって「こういうルックで撮りたい」と言ったんです。でも石井さんには「アグファというフィルムで、パリでないと撮れない」とあっさり言われました(笑)。セリフの少さとか、緊迫した時間の流れ方とか、ずっと憧れていましたね。

──フィルム・ノワール的なスタイルの中にも、映像の空気感には確かに矢崎監督らしさが感じられますね。

撮影の石井さんや照明の大坂(章夫)さんや皆さんに「思いっきりやってください」と頼んだんですよ。私は撮影中モニターを見ないから、クランクアップしてラッシュを観てびっくりしました。光と影が。真っ赤な車が赤くないんで、「本当に思いっきりやったんだな」と(笑)。

──『不倫純愛』では、今までの作品以上に、セックスをきちんと描くということを大切にされたのではないかと感じました。

出会って愛し合う段階の途中にセックスがあるという映画は作りたくなかった。この2人の間にはセックスが愛と一緒なんだという映画にしたかったんです。ラブシーンがすごく多い原作だったので、だったら「愛してる」とか会話はいっさい無しで、愛し合っているところをきちんと撮ることに挑戦してみようと思いました。

──京介と澪香が階段で抱き合ったままワンカットで続いていくラブシーンが印象深いです。あの撮影は大変だったのでは?

澪香役の嘉門(洋子)さんと京介役の津田(寛治)さんのがんばりですね。痣だらけで、申し訳なく感じつつカットをかけられないくらい愛し合っていたので、行くとこまで行ったらいい、と見ていました。『スイートリトルライズ』など今までのラブシーンでは、その行為が滑稽であったり悲しかったりするといいなと撮っていたんですが、今回は、見つめているのが僕の宿命であるというくらい、自分が愛を感じるまで見つめていたかった。

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『不倫純愛』より

シナリオでいつも考えているのは、
この人はどこに居場所があるのかということ

──澪香が鉛筆を削っている音だけで始まるオープニングは、観ていくにつれてそれが効果的に活かされてきますが、あのシーンについてお聞かせください。

美術の芳賀さんが、小説家が万年筆か鉛筆のどっちを使うかとか、湖に原稿用紙が浮かんだとき、この紙質だとこんなふうに文字が滲むかといったことを研究してくださって。美術打ち合わせのときに彼女が、「こういうのもありますよ」と言って持ってきてくれたのが、古いプラスチック製の、探さないと見つからないような魅力的なナイフだったんですよ。撮影まで悩みながら両方で検討しました。一方で嘉門さんには鉛筆をごっそり持ち帰ってもらって削る練習をしてもらっていました。でも、やっぱりあの音にとても惹かれて、芳賀さんにはインクの滲みをあんなに研究してもらったのに(笑)、「ごめん、これにしたい」って。

──それで岡セイジは鉛筆で書く小説家という設定になったわけですね。

そうですね。彼がベストセラー作家になる以前から、彼女は彼の机の下で鉛筆を削っていて、彼女の削った鉛筆でないと書けない、といったような二人の関係の履歴が欲しかった。いつもシナリオで考えているのは、この人はどこに居場所があるのかということなんです。単純に部屋があったとしても、この人が一番落ち着く場所はどこなんだろうとか。あと、この人の主食はなんだろうかということもいつも考えます。

他の人達には居場所があるんですけど、澪香の場所はまだないって考えたときに、鉛筆削りも含めて机の下が彼女の場所だと思いついて。次に彼女の主食を皆で考えていたときに、助監督の能登さんからリンゴというアイデアが出てきて。

録音の高島さんがとても優秀な人で。あの鉛筆を削る音が耳に残るのも彼のおかげです。録音の人ってちゃんと聞こえることを大切にするんだけど、彼がすごいのはその場の空気感を大事にすることですね。使えないと思われていたカメラマイクの音でも、「これいいですね」と採用したり、許容がすごい広いんですよ。彼の家に一緒に1週間くらいこもって音をつけたんだけど、彼のライブラリというのが、コピーしてきたのではなく全部彼が録ったものなんです。カラスの声ひとつにしても彼が録ったもので。

──現場でもマイクの位置のこだわりなどあったんですか。

あったんだけど、なんというのかな、すごい細かいんだけれども突然大胆になれる強さを持っていて、彼とやるのはすごく楽しかったですね。私の場合、画を優先してしまうから、ロケだと録音部には泣いてもらう場合が多いので、高島さんも苦しんだと思います。あと編集の目見田さんと2週間くらいこもりましたけど面白かった。例えばラブシーンを長いから切ろうとしても、「切らないほうがいい、もっと長くてもいい」というような強気な発言をしてくれるんです。仕上げで高島さんや目見田さんと作っていくのは、楽しい経験でした。

それから音楽の清水まりさんも今回初めてご一緒したんですが編集が終わったものを観ていただいたら「音楽要りませんね。このある種の緊張感を邪魔しないように作らせていただきます」と言ってくださって。出来上がってきた音楽は水のように画に浸透しました。

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『不倫純愛』より

編集は別の映画を組み直す気持ちで臨む

──書斎のシーンもそうですが、監督の作品は『ストロベリーショートケイクス』でも寝てる人を俯瞰でとらえるシーンが重要なポイントで出てくるように思います。

特に意識はしてないですが、この机の下に関しては、二人の一番大事な写真を机の裏に張りたかったので、そこで寝転んで時々その写真を見るということにしました。

──あの書斎も一般的な日本家屋と違う雰囲気なのですが、下にもぐるという行為も含めて物語のなかでの必然という印象を受けました。今回の作品について、ロケハンはどのようにされたんですか。

ロケハンは何度も行きました。原作は東京の仕事場のマンションの一室と編集長の家という屋内だけで成立する話なんですけれど、ベストセラーの作家だから別荘で書いていてもおかしくないと考えたんです。本来、部屋で撮影しなきゃいけないシーンも湖の近くで撮影できたり、広がりが出るんじゃないかと思って。自分の地元が山梨なので、協力してくれる人たちに声かけやすいというのもあって、あえて設定を変えました。それから助監督の桑原さんが、ロケハンのときに「東京と別荘の間にトンネルを入れたらいいいと思うんです」と言ってきて、ただでさえロケ地が多くて大変なのに、そういうこと言ってくるかと思いつつも(笑)、すごい良いアイデアだと思いました。

──それから、監督はハルオという名前にこだわりがあるんですか。

シナリオを書くときに名前を考えるのが面倒で(笑)、たいがい女はナツコで男はハルオなんですが。それはどっかで『三月のライオン』にひっかかってくるんですけど……。そこは観た人に想像してもらうしかないな。あと今回も本当に俳優さんに恵まれました。

──澪香役の嘉門さんへの演技指導で心がけられたことはありますか。

嘉門さんはとても素直で勉強家で、クランクイン前から「〈矢崎仁司研究〉します」と言いはじめて、僕が好きな映画は何だとかインタビューしてきて、題名を言うと次の週にはそれを観ていて。シナリオの内容についてよりも、そういう会話が多かったです。素晴らしい俳優さんはみんな答えよりヒントを欲しがりますね。

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『不倫純愛』より

──奥さん役も中村優子さんもチャーミングで素敵でした。水泳のシーンとか、包丁持って玄関で待ってるシーンとか。

中村さんがシャワー浴びる前にじっとしてるシーンがあるんですけど、あれがクランクインのワンカット目なんですよ。すごくいい表情をしていて、終わったあと中村さんに「よくあんな顔してくれたね」って言ったら、「矢崎さんとは2回目だから出来たんです。矢崎さんのやりたいことがわかったんです」と言われて嬉しかったです。

──津田さん、そして河合龍之介さんについてはいかがですか。

津田さんとの出会いは本当に嬉しかったです。夏前くらいに偶然「徹子の部屋」に出演なさっている津田さんを見たんです。いかに北野武監督の映画に出るためにがんばっていたかとか、すごく苦労なさっていた話をされていたんですけど、その時ふっと津田さんどうかなって思いついたんです。でもすごく良かったですね。僕は男優さんはリアクションが大事だと思っていまして。また一緒にやりたいなと思う人です。

河合さんもリアクションがいい俳優さんですね。でもきっかけは、映像資料でいただいていた『タイマン』という映画のDVDで、映像特典の舞台挨拶をしているときの河合さんが、神経質そうですごい良かったんです。『タイマン』の中でケンカしてる高校生役の河合さんとは別人で、「この人、岡セイジにぴったりだ」と思いました。

──原作の映画化が続いていますが、まったくのオリジナルの矢崎さんの世界も観てみたいです。今後そのような可能性は?

オリジナルはいくつか自分で書き溜めてはいますが、オリジナルで映画が動くことは難しいです。マンガや小説が原作じゃないと企画が成立しにくい流れはまだありますから。浅井さんは『スプリング・フィーバー』のトークショーのときに「ロウ・イエを観ると俺は矢崎と映画が撮りたくなるんだ」と言ってたので、ぜひまた一緒にやろうと大きな声で言いたいです(笑)。

──次回作については?

いくつか種は撒いていますが、今、日本映画は超大作か超低予算かという方向なので。今回、低予算で撮影7日でしたが、それでもやれるんだという自信がつきました。だから来るものは拒まないと思っています。でも正直なことを言うと、あと3日欲しいですね。今回シナリオは70シーンくらいしかないんですけど、17シーン撮れなかったんです。だからほぼ50シーンくらいで編集に入ったんです。スケジュールがタイトで、別の日に取り直しが出来る状況ではないので、その日に撮りこぼしたシーンは無いことになってしまうわけで。スタッフの誰もが撮影が終わった時点では、映画として成立しないんじゃないかと思っていましたね。私の映画の作り方はおかしいかもしれないですが、2本作るつもりでいるんですよね。撮影が終わった時点で1本の映画が私の中にあって、編集が始まるときにはシナリオは持たないで別の映画をもう一本作る気持ちでいるんです。

──今日のお話を聞いて、矢崎監督の作品の特徴である、静謐さや緊張感が共同作業の中で生まれているんだなということがわかりました。

私の映画は、スタッフとの会話からできあがっているんです。本当に他力なので。スタッフが意見を出しやすい現場を作ることを大事にしています。だから、私がやったことは本当にあまりないってことが、今日の話でわかりますね(笑)。7日間の撮影と言ってもほとんど誰も寝てないですから、実際は14日間。スタッフやキャストの皆さんはよくみんな我慢してくれたなと。プロデューサーの皆さんが照明持って走ったり、照明部がボート漕いだり、なんかインディーズの映画作りでした。そして地元のテレビ局YBS山梨放送が全面的に協力してくれたり、そういった意味では本当に贅沢でした。

これをノワールって呼ばない人たちもいっぱいいるだろうけど、自分がやってみたかったエロス・ノワールということで勘弁してもらおうかな。

(インタビュー・文:駒井憲嗣)




矢崎仁司 プロフィール

映画監督。1980年に16ミリ長篇『風たちの午後』を製作。16ミリ作品としては異例のヒットとなり、ヨコハマ映画祭自主制作映画賞他、多くの映画賞を受賞。海外でも広く認められ、エジンバラ国際映画祭、モントリオール・ニュー・シネマフェスティバルなどの多数の映画祭に招待される。91年に発表した『三月のライオン』は、92年ベルギー王室主催ルイス・ブニュエルの「黄金時代」賞受賞をはじめとし、ベルリン、ロンドン、ロッテルダムなど数多くの海外映画祭に招待され高い評価を受けた。その後、95年には文化庁芸術家海外研修員として渡英。00年、ロンドンを舞台にした『花を摘む少女 虫を殺す少女』を発表。06年に魚喃キリコ原作、池脇千鶴主演『ストロベリーショートケイクス』、2010年に江國香織原作、中谷美紀、大森南朋主演で『スイートリトルライズ』を発表。海外の映画祭で高い評価を受け続け、1作ごとに国内外で注目を集める。




『不倫純愛』
2011年3月5日(土)より渋谷アップリンクXにて連日21:00より上映

出演:嘉門洋子、中村優子、河合龍之介/津田寛治
原作:新堂冬樹
監督:矢崎仁司
脚本:井土紀州、矢崎仁司
製作:クロックワークス、キングレコード、ビーイング
制作:ムーエンタテインメント
配給:クロックワークス
2010年/日本/95分/カラー
公式サイト

イベント情報

舞台挨拶決定!
2011年3月5日(土)渋谷アップリンクX

登壇者:矢崎仁司監督


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