骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2011-04-20 18:38


「民族の多様性からこんな面白い話も生まれる」イスラエルを舞台にしたドラマ『ピンク・スバル』小川和也監督インタビュー

ニューヨーク、イタリア、中東、日本とそのバイタリティで各国で制作を続ける気鋭の映像作家。
「民族の多様性からこんな面白い話も生まれる」イスラエルを舞台にしたドラマ『ピンク・スバル』小川和也監督インタビュー
映画『ピンク・スバル』より

本年のゆうばり国際ファンタスティック映画祭で審査員特別賞とシネがーアワード(観客賞)を受賞、パレスチナ西岸地区との国境沿いにあるイスラエルの街を舞台に、そこに住む人々の日常生活と、現地に実際に存在する車泥棒にまつわる騒動を描く映画『ピンク・スバル』』が渋谷アップリンクで公開されている。現地で希望の星となっているスバルをようやく手に入れたものの、妹の結婚の直前に盗まれてしまう男・ズベイルを主人公に据え、紛争の絶えないこの地域での映画制作を決意した小川和也監督は、彼の奔走する姿は、政治も民族も越えて共感してもらえるに違いないと語った。

ドキュメンタリーのようなニュアンスを入れる

──この作品の構想はどのように生まれたのですか?

ニューヨークでフリーランスで活動しているときに、よく行っているアメリカのとあるプロダクションに“2020ビジョン”からの依頼があったんです。“2020ビジョン”というのは、広島と長崎の市長さんが提唱している原爆を2020年までに確実になくすためのキャンペーンです。日本で被爆者のインタビューや取材をしたり、NHKのアーカイブスに行って、原爆投下の映像を借りにいったんです。そのときにいろいろとテイクケアしてくださったプロデューサーの近藤さんが、この映画のプロデューサーである宮川秀之さんの番組を作った関係で、個人的に知っていらしたんです。近藤さんとは縁がありまして仕事の後も連絡を取り合っていたんですが、日本に戻ったときに「イタリアに行かないか」といきなり言われたんです。それはNHKとして頼まれたというよりも、近藤さん個人で宮川さんのところに行ってなにかできるんじゃないかという内容で。僕はフットワークは軽い方ですけれど、これからアメリカから帰国して日本で活動しようとしていたときだったので、あまり心が動かなかった。でも帰りの電車の中で、いきなり行こうと思ったんです。それはひらめきなのかもしれないです。家に帰ってたまたま母親にその話をしたら、「私だったら行くよ」と。それで、イタリアのこともよく解らないけれど、行ってみようかなと思いはじめました。
周りの友達にはけっこう反対されましたが、その後宮川さんがたまたま日本にこられて初めてお会いしたときのことが決め手になりました。ホテルで宮川さんと話していたときに、世間話のあと、最後に「それで小川君は来たいのかい?」と言われて、「ぜひ行かせてください」と答えました。そのときにすごくフィーリングが合ったんです。正直、僕も近藤さんも宮川さんも漠然とした状態だったんです。ですが、結果的にこの映画を作ることになったことは、結果オーライだねと後になって3人で話しました。

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映画『ピンク・スバル』の小川和也監督

──小川さんは映像作家を志すなかで、ドキュメンタリー的な指向だったのですか、それともナラティブなものを目指していたのですか?

もちろん劇映画のほうに興味がありますが、ドキュメンタリーを作るということに関しては、興味がないわけではないんです。自分が撮っている映画の中に、ドキュメンタリーのようなニュアンスを入れるというのはすごく好きです。例えば僕がニューヨークで作った短編『人形の首と愛国心』は、ニューヨークに住んでいる30人くらいの日本人に「愛国心とはなんですか?」と聞いたインタビューをベースにしています。たぶん日本だと少し右翼的なイメージが出てきてしまうのかもしれないけれど、外国に住んでいる方に愛国心について聞くと、家族を思う気持ちだとか、納豆を食べたくなる気持ちとか、いろんな面白い意見が聞けました。そうしたインタビューのセクションが、ナラティブのストーリーに途中で入るという作品なんです。日本語がなくなってしまっている未来から来たキャラクターが、ニューヨークにちょうど着いたばかりの日本人に、日本語がなくなってしまっているから、妻の誕生日プレゼントに日本語をプレゼントしたいんだけれど、なにかいい日本語を教えてくれ、とずっとつきまとうというストーリーなんです。今回の『ピンク・スバル』でも、ドキュメンタリーの要素はぜんぜん入っていないんですが、撮り方や演出の仕方としてはすごくドキュメンタリー的なものは取り入れています。

──その『人形の首と愛国心』の内容をうかがうと、小川監督はアイデンティティの問題に常に注目されてきたということですね。

『人形の首と愛国心』は愛国心と思っている固定観念についての映画なんです。戦後の日本はGHQにより愛国心を持っちゃいけないと言われてたけれど、それが今となってみれば、普通に納豆がおいしいというのも愛国心にもなりうるし、そうした固定観念というものを、「あ、そう考えたっていいじゃん」というものとして映画にするのがスマートだと思う。だからこの『ピンク・スバル』も、イスラエルやパレスチナは戦争が行われて血だらけのイメージしかない、でもよくよく考えたら普通の人たちだって生活してご飯食べたりしているのは、当たり前の話。そういう当たり前じゃないと思っていたことを当たり前に見せることが好きなのかもしれないです。

──『ピンク・スバル』で夢見ていたスバルを買う主人公ズベイルのキャラクターは、演じるアクラム・テラウィとの出会いが影響しているんでしょうか?

ものすごく大きいですね。イタリアでの最も大きな出会いは宮川さんとアクラム・テラウィなんですけれども、宮川さんと現地で草の根交流的なことをよくやっていました。地元の他のワイン農園や協会の人たちと共同で映像を作ったり、宮川さんの農園に日本の鼓の重要無形文化財である大倉正之助先生が来たとき、彼が1日だけ小学校で教えたことがあって、それをドキュメントしたり。宮川さんが昔から交友関係があるチンチアさんという地元で文化的な活動をやっている女性に会いまして、彼女と地元の高校で映像の講演会を行ったり、彼女の行ったプロジェクトをドキュメントしました。
同時にアクラム・テラウィとは小学校に映像の作り方を教えてあげたり、学校の先生がアフタースクールでお芝居を一緒にやったりしました。彼は彼女の奥さんのジュリアーナ・メッティー二というオペラ歌手と、昔から『平和の捕虜』というタイトルの演劇をずっとやっていたのですが、それに途中から僕も参加して、ショートフィルムを作ったりしたんです。
宮川さんとテラウィを通しての活動は別々だったのですが、その精神は一緒なんです。それでアクラム・テラウィとどんどん仲良くなりまして、チームとしてもがっちりしてきたとき、パレスチナに1週間くらい行くから一緒に来ないかと誘われました。そこでこの映画のアイディアが生まれて、戻ってきてから3人でアイディアを発展させていきました。

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映画『ピンク・スバル』より

──テラウィに声をかけられて現地に行くまでというのは、パレスチナとイスラエルについてどんなイメージを持っていたんでしょう?

普通の日本人よりは知識があったと思います。というのは僕は9.11をニューヨークの友達の家で肉眼で見ていたんです。ツインタワーがすごいクリアに見えるくらいの場所だったのですが、その家の人が中東マニアで、ぶつかるのを見た数時間後「ぜったいオサマ・ビン・ラディンの仕業だ」と言ったんです。彼は「この問題の根底はパレスチナだ」と言い、その日にパレスチナについての本を1冊借してくれたんです。そんな状況のときに真剣に読んだ本だったので、パレスチナを中心とした世界のバランスにずっと頭の中にあって。だからあの9.11があって、この作品に繋がるというのは、たぶん偶然ではなかったと思うんです。

外国人として見た、僕が感じたものを大切にする

──そうした紛争の絶えない地域で、しかも車泥棒をテーマに物語を作っていこうと思われたときに、ためらいはありませんでしたか?

愛国心についてと同じように、紛争地帯についても固定観念があるわけじゃないですか。それは現地の人にもあるんです。現地の一般の人たちはこういうトピックの映画だとすごく喜んでくれました。もちろんジャーナリストとしてはこういうことを知らせなければならないとがんばっている人も非常に多いけれども、現地の人は、ジャーナリストたちは自分の怖いところしか伝えてくれないと。
とはいえ、撮影の現場に入っているときはみんな解ってくれていましたが、政治や戦争的なことにがっちり固まって生きてる人たちだから、喜んでくれる人でも、こういう映画じゃないんだよというのを途中で何度も言わなければならないことがありました。
だから今の日本の原発の問題で言えば、複雑なことはたくさんある。でもなにか簡単なことを引くと全てが崩れてしまうときがあると思うんです。今後どうやって電気を供給すればいいのか、いろんな数字や理念を出していく、だけどすごくシンプルなところはなにかというと、『2001年宇宙の旅』のHALと一緒で、コントロールできないものを使っちゃだめでしょ、ということだけでいいと思うんですよ。
いろんなパレスチナの問題があるけれど、僕はジャーナリストでもないし現地の人間でもないから、この映画でそれを描くのは僕の役割じゃない。だから僕が外国人として見た、僕が感じたものを大切にしました。そういう意味での壁はなかったです。
車泥棒に関しても、例えば車泥棒自体はこの映画についていい気持ちがするのかどうかについては、どちらかというと「俺らの映画を撮ってるなら、俺を使え!」という感じで、車泥棒が撮影所で押しかけてくるんですよ(笑)。タイベはすごく昔の昭和のような街ですから、スタッフやアクラムの家族関係でも、車泥棒がみんな知ってる人なんですよ。それくらい人と人が近いんです。

──様々な母国語を持つ人たちがキャストやスタッフとして集まって、撮影の現場は混乱はありませんでしたか。

たいへんさはありましたけれど、僕が20代は10年間ずっとアメリカでマイノリティとして生きてきたので、その延長線上でもあるんです。それに、そういう現場になることはオーディションの段階から解っていたので。ぜんぶで4カ月いたんですけれど。いちばん良かったのは、助監督がイタリア語と英語とヘブライ語とアラブ語を話せるんですよ。すごくワーカー気質な助監督で、それがすごく現場では役に立ちました。

──今回の車泥棒をめぐるエピソードは、イスラエルでリアルタイムで起きているトピックであると考えていいのですか?

そうですね。例えば僕がいるときに、イスラエル人がひとりアクラムのところに来て「この間トヨタ盗まれて、タイベの街に来て、俺の知り合いを通じて泥棒に話して、500ドルくらいを払って戻ってきた。警察には行かなかった」と(笑)。そういうことはイスラエル人はみんな解ってるんですよ。車泥棒の存在が怖いのか怖くないのかという話になったときに、仲間うちのなかに実際に車泥棒がいたので(笑)。しかも足を洗っている元車泥棒のおじさんのような創成期の頃の人がいて、その頃は単純にガシャンと窓ガラスを割って盗んで、遊んで燃やして捨てたりしてたんです。けれど現在は、電子キーをハックして完全にビジネスになってきている。映画でも実は本物の車泥棒が後ろ姿だけ出てるんですけれど、その人は「車泥棒を続けて何百台も盗んだのに、1円にもならなかった。今の若いやつはそれで家を建てたりしていい」と話していました。

──撮ろうと決めてからも、現地で彼らの実態を調査していったのですね。

ずるいことにリサーチも含めて、オーディションしながらも同時に役者にスバルとの関係のインタビューまでしたりしました(笑)。

──しかし、そうした社会的な問題が前面にくるというより、現地の猥雑な空気感や色彩の美しさ、そしてユーモアにより、とても元気になれる作品として仕上げられていると思います。

最初から政治と戦争の話はしないというところから企画自体はスタートしていますし、僕自身がイスラエルやパレスチナをすごく楽しんでいたんです。最初に旅行で行ったときも、オーディションや準備に時間をかけたりするときも、プリプロのときも、そして映画を作るときもすごく楽しんでいたので、それはそのまま操作せずにフィルムに焼き付いたなと思います。

民族の多様性があるから争いも面白い話も起こる

──主人公ズベイルを演じるアクラム・テラウィと、ミス・レガシィ役のジュリアーナ・メッティー二は実生活でも夫婦ということもあるのですが、車が女性的なものとして描かれていますよね。買ったばかりのレガシィにほほをすり寄せたりもしますけれど、これはイスラエルの人々の国民性みたいなものも影響しているのでしょうか?

僕自身、自分で車を買ったことがないので、経験としては言えないんですけれど、それはユニバーサルなことだと思っています。いろんな映画や文学や生活からそういう印象があって、例えば三池崇史監督の『オーディション』で、映画のオーディションに応募した女性の中から再婚相手を探そうとする中年男性役の石橋凌が「写真の段階から彼女をみつけりゃいいじゃないか」とプロデューサーに言われているシーンがあって「新車買うみたいだ」っ言う台詞があるんですよ。

──ズベイルと車の関係は、どのように組み立てていったのですか?

主人公に奥さんがいちゃだめだなというところから始まったんです。車を買うことに関してのまっすぐな気持ちをどうして描いたらいんだろうというところから、まず奥さんがいない設定にして、車(女性)という発想がきたんです。やもめであるズベイルは新しい車を買った。それは彼にとっての結婚でもあるんです。と同時に、妹の結婚のために車を使って迎えにいきたい。でもその車を盗まれたことによって、妹の結婚のバランスも崩れてしまう。ですからテーマは結婚、そして車(女性)なんです。

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映画『ピンク・スバル』より

──撮影を続けていて、完成型のイメージと変わっていった部分はありますか?

作っている最中は変わっているなというのと変わっていないという感情が交互に来るんですけれど、最終的に客観的に観られるようになるときには、変わっていないなという印象があります。やっぱり日常を描きたいということと、すごくシンプルな幸せを描きたい。それが車を買うことだったり、結婚することになるんでしょうけど、そういうものが最初からあったので、それがほんとうにそのままキープされて。
映画はお客さんの中で終わるもので、僕が作ってどう思うかじゃなくて、お客さんにどう伝わるかですから。まだたくさんではないですが、お客さんの意見を聞くとハッピーになれたという意見がやっぱり来るので、最初の精神から変わらないでできたんだなと思います。
それから、フライデーの仕事をされている方にゆうばりで会って、「ここに行きたくなる」と言ってくださったんです。そして、「でもガザは行かない」と。週刊誌って、いろんな物事を簡略化してセンセーショナルな言葉でぶつけるじゃないですか。だからこの映画とはある意味逆なのかもしれないと思っていたのですが、それはうれしかったですね。

──もちろんバックグラウンドには様々な争いがあるのは伝えながら、人々の息づかいが感じられる。どんな食事をどんな表情で食べているのかとか、生活のディティールをとても丁寧に捉えていて、報道のようないわゆる客観的な視点とは別に、世界を知ることは必要だと、僕も感じました。

僕の入りがガザの現状を見に行くというそういうものじゃなかったから。アクラム・テラウィの家族はどんな生活を送っているんだろうというところからはじまったので、そこが良かったから映画を撮りたいと思ったわけですし。民族の多様性があるから争いが起きているけれど、同時に多様性があるから訳のわからない面白い話も出てくるんですよね。僕が今回の『ピンク・スバル』で選んだのは後者のほう。人種のるつぼですからね。 ミス・レガシィの出てくる死海のシーンをはじめロケーションも多様性を持たせました。死海の夢の中のシーン、パレスチナ自治区トルカレムと、テルアビブというイスラムの都市と、タイベというボーダーラインにある街、脚本が固まる前に大きく4つのロケーションを設けることは決まっていたんです。ひとつひとつキャラクターがありますよね。四国と同じというすごく小さいイスラエルの国に、ちょっと車で移動するだけでこれだけ風景が変わるという多様性を映画のなかで見せたかったんです。

──そして、タイトルになっているピンクという色にはどのような意味を託しているのでしょう?

みんなが元気になる色、というのがベースにありました。映画の舞台が場所が場所なだけに、タイトルでそういう映画じゃないんだよ、ということをまず見せたかった。そして、車の色が変わる、というだけのアイディアがあって、それがどういう形か解らないけれど、そのときの色はなんだろうと考えたときに、アラブの男性にとって身につけるものとしてピンクという色はすごく恥ずかしい色なんです。すごく垢抜けていて楽しくて元気が出て、希望の色かもしれない、だけどズベイルにとってみればイヤな色なんです(笑)。

(インタビュー・文:駒井憲嗣)



小川和也 プロフィール

1977年、神奈川県横浜市鶴見区出身。東京ビジュアルアーツ映画学科卒業後、マンハッタンにある大学School of Visual Artsの監督コースに編入。在学中、卒業後も含め映画制作、ミュージックビデオ制作など多くの分野にわたって映像関係の仕事につく。卒業制作の『人形の首と愛国心』はNYのDusty Film Festivalでベストオルタナティブフィルム賞を受賞。5年間のアメリカ生活から帰国後、すぐイタリア国トスカーナ州にある人口3,000人の村スベレートに移住。スベレート村で在イタリアパレスチナ人俳優アクラム・テラウィと運命的な出会いを果たす。その妻でオペラ歌手のジュリアーナ・メッティーニと共に幾度かイスラエル・パレスチナを訪れ、本作の着想を得て脚本を作り始める。2009年、トリノ映画祭のオフィシャルセレクションに『ピンク・スバル』が選ばれる。映画のプレミア上映は映画祭メインホールのゴールデンタイムに上映され、会場にはいりきれない数百名の観客が列をなすという快挙を遂げた。




▼『ピンク・スバル』予告編





映画『ピンク・スバル』
渋谷アップリンクにて公開中、他全国順次公開

製作:コンパクトフィルム(イタリア)、レボリューション(日本)
プロデューサー:宮川マリオ、田中啓介、宮川秀之、高鍋鉄兵 ほか
監督:小川和也
脚本:小川和也、アクラム・テラウィ、ジュリアーナ・メッティー二
撮影:柳田ひろお
スチル:m.s.park
音楽:松田泰典
挿入歌:雪村いづみ「ケ・セラ・セラ」
エンディング曲:谷村新司「昴」
2010年/イタリア・日本/アラビア語・ヘブライ語・英語・日本語/16mm/カラー/シネマスコープ/98分
原題:Pink SUBARU
後援:イスラエル大使館、駐日パレスチナ常駐総代表部

公式サイト


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