映画『幸せの経済学』より
5月21日(土)公開の映画『幸せの経済学』は、環境活動家として名高いヘレナ・ノーバーグ=ホッジ監督が、インドのラダック地方での研究を通じて、ローカリゼーションにこそ幸せの鍵があると伝えるドキュメンタリー。この映画に動かされ、全国100ヵ所同時自主上映という快挙を達成しようとしている配給会社ユナイテッドピープルの関根健次氏に話をうかがった。
この映画と出会い、次の時代をデザインするために必要な選択が
ローカリゼーションであると理解した
──ユナイテッドピープルはNGO支援など社会の問題解決のための事業をされている会社ですが、2009年に映画配給を始められてこの『幸せの経済学』が2作品目ですね。どのような経緯でこの映画を配給することになったのですか。
2009年に『アリ地獄のような街』というストリートチルドレンの問題を扱ったドキュメンタリーを配給したのですが、そのときの経験から、人の心に触れることができる映画の力を実感していました。『幸せの経済学』は、横浜にある孝道山というお寺から、突然、配給してほしいと連絡をいただいたのです。お寺というので、最初はなにか宗教に関する映画なのかなと思いました。しかし監督が世界的なローカリゼーションのパイオニアであるヘレナ・ノーバーグ=ホッジさんと知り、興味を持ってサンプル版を観てみました。彼女の著書『ラダック――懐かしい未来』については、素晴らしい本だけれども残念ながら絶版中であることは人づてに聞いていました。孝道山の代表の方が、監督のヘレナさんと世界仏教徒大会で知り合って、日本での配給元を探しているということで、配給会社をネットで検索されたのだそうです。当時は弊社も横浜にありましたので、同じ横浜にある社会派映画を配給している会社で、しかも普通の映画配給会社ではなく社会の課題解決をやっていることに興味を持たれて、コンタクトしてくださったのです。
ユナイテッドピープル社長 関根健次氏
映画の配給宣伝に関しては経験の浅い身ですが、商業ベースにのる映画ではないことは観てわかりました。ただ、儲かる儲からないではなく、多くの人に伝えるべき内容の作品であると思い、前向きに検討をはじめました。実際に手足を動かすにあたって、まずは幸せな暮らしをしている現場を見なければと、2009年9月の5日間、ラダックに行きました。インドの小チベットとも呼ばれる、ヒマラヤ地方の小さな小さな村です。ヘレナさんに紹介していただいたお宅にホームステイしたのですが、毎晩、必ず3世代の家族が一緒に食卓を囲むんですね。家長であるおじいさんが必ず上座に着き、おじいさんが食べ始めるまでみんな手をつけない。そして今日あったことを伝え合ったり、おじいさんは仏教の説話のような示唆に富んだ物語を聞かせてくれたり、そんなふうにして子供たちが育っていく。子供たちはコミュニティーのものだという意識があって、農作物などもどこからどこまでが誰のものという区別がなく、みんなでシェアする共同体が成り立っています。他にもいくつも驚いたポイントはあったのですが、ラダックでは誰かを訪ねるとき「やぁ、こんにちは」と、約束なしに突然訪問するんです。不在だったらまた来ればいいと。僕はわずかな滞在日数だったし、普段は時計のある世界で生きているので、「誰某さんに会うアポイントメントを取りたい」と要望したのですが、「ここではアポなど取らないよ」と言われました。分単位で時間が刻まれているわれわれの社会と比べて、ラダックでは時間が無限大にあるような印象を受けました。実際の時間は同じなのに、ゆったりと長く感じて、とても気持ちよかったです。
──関根さんの著書によると、2003年にはイラク戦争の現場を見にイラクへ行ったり、支援しているNGOの活動現場であるスリランカやバングラディシュなどへも行かれたりと、必ず自分で現地を見ることを信条にされていますね。そしてラダック訪問がひとつのきっかけとなって、都会から離れる決意をされたとのことですが。
帰国後ほどなくして、横浜市から千葉県の外房に引越すことにしました。ラダックに行ってみて、僕自身が非常に幸せな気持ちになり、深く感銘を受けて、ラダックとは同じにはできなくても、自分も近しいところで幸せな暮らし方ができそうだなという自信が持てたのです。昔から、半農半X的な暮らしがしたいなとは思っていましたが、どこか決意ができなくて、都市部にしがみついていた。なんとなくこういう暮らしがしたいという、自分の欲の中での選択で止まっていました。それが『幸せの経済学』と出会って、次の時代をデザインするために必要な選択であるということが理解できたんですね。ラダックを訪問して、GNPやGDPを豊かさの指標としない別の道が、みんなが選べそうな道が、明確に見えたのです。自分自身が本当に豊かな暮らしを選択して実践することによって、この映画を全体的に伝えて行きたいなと思い、3月に引っ越しました。
映画『幸せの経済学』より
どんなプランでこの映画を広めていこうか考え始めたときに、目的はこの映画の存在を日本中の人たちに知ってもらうことなので、とにかく日本全国で上映するというゴールを最初に決めました。そこで、映画館での公開を4月上旬~中旬にして、約1ヶ月後となる5月22日の「世界生物多様デー」に、全国100ヵ所で同時自主上映会をやろうということにしました。かなり無謀な目標ですが、100ヵ所って夢があるなと思ったので。ただ、映画館での公開が実際には予定より遅れてしまいました。今年は国際森林年でもあるのですが、カレンダーを見ていてたまたまて5月22日が「国際生物多様性デー」だと気づきました。ローカリゼーションを進めるということは、地方ごとの文化や習慣を守っていくことであり、そういう暮らし方そのものが結果的に生物多様性につながっていきます。したがって、この映画は多様性の重要さも訴えかけているのです。
──その全国同時自主上映会は、最終的に113ヵ所で決定しましたね。これだけの数の上映場所は、どうやって集まったのですか。
宣伝プランが決まって、2月に試写会をやったところ、合計4回で約千人もの来場がありました。来て下さった方やメディアの方たちが、ブログや記事にしてくれて下地ができたので、次は100ヵ所自主上映の呼びかけをしようというときに、3.11が起きました。もともと募金活動や署名活動ができるサイトを運営しているので、すぐに緊急支援募金を開始しました。ちょうど会社の引越しが3.11の1週間後で、その2週間後に自宅を引越して、そのまた1週間後に東北地方に支援活動に入りました。そうこうするうちに、あれよあれよという間に4月になって、しばらく手をつけられずにいた映画の宣伝を再スタートすることにしました。でも、これまでのプランどおり、「一緒に幸せを考えよう」と真正面から言っても、僕自身がしっくりこないし、正直どうすればいいかわからず悩みました。そんな中、ヘレナさんから日本のわれわれを心配する温かいメールが何通か来て、「これを機会に、原発のない世界になることを望みます」というメッセージをもらいました。そしてふと、「そうか、この映画は、原発のない世界観を伝えているんだ」と思いあたったんです。ローカリゼーションが伝える重要なメッセージは、エネルギーのローカリゼーションを含んでいるのです。この映画のとおりエネルギーを地産地消できるとすれば、大規模な発電システムをつくって、それを遠くに運ばなくても、地域で効率よくまわせる。地域でまわすということは地域にお金を落とすということで、地域の活性化にもつながっていく。ローカリゼーションという考え方は、つきつめていくと原発をなくすことができる暮らしの提案でもあったんです。それならば、ポスト3.11の暮らし方について提案する映画であることをアピールしていこうと決めました。
ヘレナ・ノーバーグ=ホッジ監督
実際、3.11前に20~30件の自主上映の話は決まっていましたが、震災後ぴたりと申し込みが止まりました。そして、アピールの仕方をこのように変えたところ、信じられない勢いで次々と「やりたい」という申し出をいただいたんです。締め切ったのが5月15日ですが、直前まで申し込みが続きました。結果的に110件を越える申し込みがあり、ここまで投げかけに対して応えてくれるとは想定していませんでした。また、誰かとお会いして「こういう上映会をするんです」と話すと、ほとんどの方が映画をまだ観ていないにもかかわらず「私もやります」とおっしゃるんです。ですから何件も対面で決まりました。ヘレナさんからも、「こんな時に、配給なんて難しいでしょう?」とメールが来たんですが、「いいえ、100ヵ所以上で決まりました。ヘレナさんのメッセージが今の日本では必要なのです」とお伝えしました。監督は2月の試写会の時に来日したのですが、秋以降にも日本に来て直接メッセージ伝えていただきたいと思っています。やはり3.11後の世界をどのように生きていけばいいのか考える上で、みなさんに必要とされる映画だと思いますし、僕自身この映画に関わることができて本当に幸せに思っているので、しっかりと日本中に伝えていきたいです。
(インタビュー・構成:隅井直子)
関根 健次 プロフィール
1976年生まれ 神奈川県藤沢市出身。米国ベロイト大学経済学部卒業。帰国後、主にIT業界に身を置く。2002年に起業。大学の卒業旅行で偶然紛争地訪問したことがきっかけで、世界の問題解決を目指す事業を開始。2003年5月にNGO/NPO支援のための募金サイト、イーココロ!を立ち上げる。2008年3月にネットで署名活動ができる署名TVをリリース。2007年よりソーシャル・イノベーション・ジャパン(SIJ)フェロー。2009年11月より、映画配給事業を開始。映画「アリ地獄のような街」を上映。2010年3月にはチェンジメーカー育成、旅の大学BADO!をリリース。2011年9月21日よりUFPFF 国際平和映像祭を開催。著書に『ユナイテッドピープル』(ナナクロ社刊/2010年)がある。
『幸せの経済学』(The Economics of Happiness)
5月21日(土)から渋谷アップリンクにて先行ロードショー
作品情報
プロデューサー:ヘレナ・ノーバーグ=ホッジ(ISEC代表)
監督:ヘレナ・ノーバーグ=ホッジ、スティーブン・ゴーリック、ジョン・ページ
制作:The International Society for Ecology and Culture (ISEC)
制作年:2010年
時間:68分
イベント情報
初日5月21日(土)の初回上映12:45~では、関根健次氏の舞台挨拶があります。
また、公開を記念して渋谷アップリンクではトークイベントが行われます。
【5/21(土)】15:30より上映、16:40よりトークショー
ゲスト:鎌田 陽司(NPO法人「懐かしい未来」代表)
【5/22(日)】12:45よりトークショー、13:10より上映
ゲスト:辻 信一(文化人類学者、ナマケモノ倶楽部世話人。明治学院大学教授)
【5/28(土)】12:45よりトークショー、13:10より上映
ゲスト:高坂 勝(『減速して生きる――ダウンシフターズ』著者)
【6/2(木)】18:30より上映、19:40よりトークショー
大和田順子(『アグリ・コミュニティビジネス』著者/LBA共同代表)
※料金等の詳細は、こちらをご覧ください。
▼『幸せの経済学』予告編