骰子の眼

world

2011-08-31 19:40


「台湾アート界にはコミュニケーションが必要」ローカルに根ざし、挑戦的。現実を見据え奔走する台湾のクリエイター達

コントリビューター山本佳奈子さんの連載最終回はアジアン・カルチャーにおける情報格差と台湾シーンについて。
「台湾アート界にはコミュニケーションが必要」ローカルに根ざし、挑戦的。現実を見据え奔走する台湾のクリエイター達
台北を拠点に活動するサウンド・アーティストCHANG, Yung-Ta(張永達) photo 蔡欣邑

最終回:台湾編・本質を見極めるために、私は現地へ赴く

日本と台湾は「仲良し」だとよく言われる。3.11の震災後には多くの義援金が台湾から集まり、多くの日本人が台湾の人たちに心の底から感謝した。
確かに台湾に行けば、台湾の人たちが日本を好いてくれていることが良く伝わる。渋谷や原宿のようなファッションが集まる通りの美容室にはよく「日式」と看板に書いてあるし、台北市の下北沢とでも言うべき師大路というストリートには「日式カフェ」や「日式バー」も多く存在する。台北のアニメイトでは日本人が書いた日本語の同人誌が売られているし、台湾最大の書店「誠品書店」には日本の女性ファッション誌のコーナーが堂々と存在する。3.11から約2ヶ月経った5月上旬、台湾で2週間過ごし、日本政府の放射能汚染に関するはちゃめちゃな発表や会見と、「日式」が溢れる台湾の街を見比べて、やるせない気分になることが多かった。

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台北市の地下鉄中山駅真上の交差点。向かいに見えるオレンジの壁は実はスターバックス。

今の台湾では日本の文化やファッションが大流行している。それゆえ「日式」が街の至る所にある。台湾の人たちの多くは日本に対して愛情とでも言うべき親しみを持ってくれているようなのだが、この震災後の日本の泥沼も見てくれているだろうか。台湾の人たちに、本当の日本を見てほしいと思った。単なるファッション、流行のひとつの日本ではなく、日本の内情も見てほしいと。

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誠品書店の日本女性誌コーナー。

そして、逆に日本側から台湾について考える。日本では「台湾の多くの人は親日だ」というような発言をよく耳にする。私はそんな安易な表現には疑問を感じる。今の台湾にとって日本モノは流行のなかの1ジャンルと言えると思うのだが、それを「親日」とくくってしまうのか?「台湾の人たちは親日」というイメージを、中国に対しての攻撃材料にしてはいないだろうか。中国人も、台湾人も、香港人もタイ人も韓国人もフィリピン人もインドネシア人も、キューバ人も、誰もが一人の人間でただ単にその国家の枠組みの中で暮らしているだけだ。誰もが話し合えばわかりあえる可能性がある。しょっぱなから言いたいことをひとつ言うが、イメージで何かを判断することは安直で危険だ。本質を見極めるために、私は現地へ赴く。現地へ行くことが不可能なのであれば、当事者とインターネットを使って連絡を取る。あまりに情報が多すぎる今、私たちは情報の海に飲み込まれてしまっていないだろうか?

と、連載最終回の冒頭にいきなり語ってしまったが、あらためてこういったことを考えたのには、先日のサマソニ東京での経験が大きい。サマソニ東京1日目の台湾勢のステージには、500人程度のオーディエンスが集まっていた。2日目の北京勢のステージ、特に北京では絶大な人気を誇る2バンドQueen Sea Big SharkとRe-TROSのライブでは、ステージの前にはたった15人ほど。もちろん台湾インディーズは最近フジロックにも出演するし、台湾インディーズの情報の方が日本には浸透しているのかもしれないが、そこに、日本人が勝手に抱いている中国に対するネガティブなイメージも要因としてあったのではないかと思う。政治も社会状況も色濃く表れるのがアートやカルチャー。だが、政治を差し置いて交流できるツールも、アートやカルチャーなのだ。音楽や映画や本、アートを見るときに、中国だから、台湾だから、と、勝手な推測をすると、傑作との出会いを逃していく。だからこそ、私はOffshoreをたちあげた。今まで日本がアジアのピラミッドの頂点にいたかもしれない。でも、そんな時代はもう過ぎ去った。簡単に個人が情報をやり取りできる今だからこそ、私たちが今まで見向きもしなかったアジアに目を向けて、一緒に良いアートやカルチャーを広げるために協力していきたい。搾取構造にも似たピラミッドはもう存在しない。今後のアート・カルチャーに何が必要なのか。実は、私はそれを台湾で少し知ることができたのだ。では、長々と結末から書いてしまったが、台湾で今起こっていることを紹介する。

コミュニケーションやディスカッションを重要視するアートの現場「失聲祭(Lacking Sound Festival)」と「Taipei Contemporary Art Center」

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失聲祭が行なわれるギャラリー・イベントスペース、南海藝廊(Nanhai Gallery)。

南海藝廊 website http://blog.roodo.com/nanhai

今の台湾のアートを語る上で外せない重要人物が、YAO, Chung-Han(姚仲涵)だ。彼はサウンドアーティストでありながら、台北市の南海藝廊で毎月行なわれるサウンドアートイベント失聲祭(Lacking Sound Festival)のオーガナイザーの一人だ。私が運営しているOffshoreの初回記事としてYAOのインタビューを掲載した。Twitterを介してYAOと連絡を取り、私の台北滞在中にちょうど失聲祭の第47回目が行なわれたので、足を運んだ。入るなり驚いた。真っ暗な30㎡ほどの空間にぎゅうぎゅうに若者が集まっている。真ん中で小さい数個のライトがサウンドと連動し光る。緊迫感のあるビートとノイズ音と暗闇に五感を研ぎ澄まされる。アーティストはCHANG, Yung-Ta(張永達)という1981年生まれの若いアーティスト。

CHANG, Yung-Ta(張永達)website http://changyungta.blogspot.com/


失聲祭オフィシャルビデオより、第47回失聲祭でのCHANG, Yung-Ta(張永達)のパフォーマンス。

演奏が終了すると、その日の出演者を囲み、アーティストトークが始まる。アーティストトークと言っても、一方的に司会者とアーティストがトークを繰り広げるのではなく、終始Q&Aが繰り返される。台湾人の若者も質問をするし、ちょうど当日来場していたアートライターも容赦なく質問する。「このパフォーマンスのコンセプトは何か」「なぜこのパフォーマンスをするのにこれらのデバイスを選んだのか」「今までどのような作品を作ってきたのか」「このパフォーマンスでオーディエンスにどのような影響を与えたかったのか」など。稀に若いアーティストが答えに詰まる時もあるのだが、それでも、最後には会場全体が和む。アーティストもオーディエンスも頭をフル回転しアートについて考えた後だ。連帯感というか、みんなが話し合ってすっきりとし全員から笑顔が生まれていた。良い意味でローカルに根ざし、挑戦的。アートをアートという抽象的な言葉で片付けるのでなく、人にどういった影響を与えるのかをしっかりと考えるためのアカデミックなイベントでもあるだろう。こんな素晴らしいイベントが台湾にあるのかと感動した。YAOとこのとき始めて対面して話した。彼自身もユーモアに富んでいて、人と会話を重ねることが大好きな一人の若者なんだと思った。

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第47回失聲祭でのアーティストトークの様子。私は、その時出会った失聲祭スタッフで筑波大留学歴のある女の子に、翻訳してもらいアーティストトークを聞いていた。言葉がわからずとも、参加者のアートに対する情熱が強く感じられる。

YAOは失聲祭のドキュメンタリービデオでこう語る。「今の台湾アート界に一番欠けているものはディスカッション。クリエイター達の間にあるマンネリはそれを妨げている。深いディスカッションの機会は起こしていくべきだし、起こさないとすれば、それは非常に残念なこと。」と。

YAO, Chung-Han(姚仲涵) website http://www.yaolouk.com/

Offshore : 台湾を代表するサウンドアーティスト・YAO, Chung-Han 姚仲涵 インタビュー
http://www.offshore-mcc.net/2011/07/yao-chung-han.html


失聲祭オフィシャルドキュメンタリービデオ。英語字幕付き。今までの失聲祭の様子がダイジェストで見られるので、メディアアートに興味のある人はぜひ見て欲しい。

Taipei Contemporary Art Centerも同じくディスカッションを重要視するアートオルタナティブスペース。作家のエキシビションも行なうし、イベントやワークショップ、シンポジウムなども行なう。ここで働くMeiyaという30代前半の女性に聞いた興味深い話がある。4階建てのビル一棟がTaipei Contemporary Art Centerなのだが、彼らはあえて作家の発表の場となるエキシビションスペースを3・4階へ置いたのだ。わざわざ階段を多く上らないといけない上階にだ。もし、通りすがりの人にもエキシビションを見てもらうなら、より地上に近い階、1階や2階にスペースを置くのがベストだが、彼らはそうしなかった。では、1階や2階には何があるのか。1階にはスタッフのオフィスと訪問客が気軽に入れる中古本のマーケットやチラシ置き場、2階にはイベントスペースがある。MeiyaやTaipei Contemporary Art Centerのスタッフがアートにおいて重要視しているのは「アートを身近に感じるためにコミュニケーションをすること」なのだ。エキシビションは確かにアーティストの重要な発表の機会だが、それよりも今の台湾アート界には人同士のコミュニケーションが必要だとMeiyaは言う。彼らも失聲祭と同じく、人が話し合う機会を増やすべく、アーティストと観客が会話できるイベントを重ねている。

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Taipei Contemporary Art Center入り口ドア。
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当時貼ってあったポスターは、艾未未や核問題についてのトークセッションのポスター。アートから社会問題まで扱うコミュニティサロンとでも言うべきスペースだ。

台北當代藝術中心 Taipei Contemporary Art Center http://www.tcac.tw/

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これが知る人ぞ知る台湾版BIG ISSUE。左側、13号の表紙は濱田英明さんの写真。

そしてさらに台湾BIG ISSUEの功績も伝えたい。台湾では台湾版ビッグイシューが発行されており、それが日本のそれとはまったく別物とでも言うべき、クリエイティブに根ざした雑誌なのだ。巻末には台湾で行なわれるあらゆる音楽イベント、アートイベントなどの情報がマンスリー形式で紹介されており、先述の失聲祭もイベント情報のひとつとして掲載されている。内容は芸術家やデザイナー、クリエイター、またはクリエイティブにまつわるあらゆる事象の紹介が主だ。また表紙デザインも毎回美しく、イギリスや日本のビッグイシューと同じように毎回ハリウッドスターの肖像が使われるわけではない。第13号の表紙には、フォトグラファーであり音楽家でもある濱田英明さんの写真が使われている。台湾版は月2回発行でなく月1回発行であることからか、ボリュームも「雑誌」と堂々と呼べる100ページ弱。ベネトンが広告を出しているというのも重要なポイントかもしれない。日本版と台湾版で伝えたいことの本質は同じはずだが、とにかくアプローチの方法が違う。少しでもデザインやアート、カルチャーに興味のある人が台湾版ビッグイシューを見つければ、欲しくなるだろう。もし「ホームレスから物を買う」という行為に抵抗がある人だとしても、この洗練されたデザインと内容なら買ってしまうのではないか。

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毎回冒頭のページに現れる、コントリビューター紹介ページ。

いくら文面で伝えようと、この台湾版ビッグイシューのクオリティの高さは実際に手に取って紙の質感を感じてもらわないとわからないかもしれない。もし台湾に旅行に行くことがあれば、友人で台湾に旅行に行く人がいるならば、この台湾版ビッグイシューを手に入れてみてほしい。価格は日本と同等の100台湾元(約300円)。たとえ台湾の路上でビッグイシュー販売員を見つけられなかったとしても、困ることはない。なんと台湾版ビッグイシューは、バックナンバーに限り店舗で購入できるのだ。台北にあるインディーズミュージックショップ「White Wabbit Records」や、YAOもよく訪れ、先日来日していた台湾バンド透明雑誌のCDも販売している「ZABU」というカフェ、オーガニック系雑貨店など、クリエイター・アートファンが訪れるショップにて販売されている。台湾最大の書店、誠品書店の各店舗でも簡単に手に入る。また、この誠品書店も素晴らしい書店で、ちょうど青山ブックセンターを巨大化したような、アート・クリエイティブ関係の本・雑誌が世界から集まっている書店なのだ。台湾版ビッグイシューは「ホームレスを支援する」という本質はそのままに、完全なアート・クリエイティブ雑誌なのだ。頭の柔らかい発信方法に、台湾版ビッグイシュー編集部の戦略を感じるし、見習う部分が多いと思った。社会活動にアートやデザインを取り入れてはいけない、なんてわけがない。より多くに深くに伝わる方法を見つけていかなければ。

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台湾BIG ISSUEの販売員。地下鉄公館駅出口付近で。日本のようにどでかい赤い看板はなし。キャップとベストだけ着用していて、売り方もスタイリッシュ。

THE BIG ISSUE Taiwan http://www.bigissue.tw/
White Wabbit Records http://www.wwr.com.tw/
ZABU http://zabustudio.blogspot.com/
誠品書店 http://www.eslite.com/

では、この連載も最終回となった。今回は上海、香港、バンコク、北京、台湾と巡ってきた。それぞれの土地でクリエイターやアーティストと話してきたが、日本でも世界のどこでも、今の若いクリエイターが考えていることは、いかに世界に発信し、いかにインディペンデントにやっていくか。日本モノが流行している台湾でさえも、クリエイター達は幻想を見ず現実を見据えているし、今の自分達にできることを精一杯やって、自分たちの力で今の状況をなんとか良くしようと奔走している。日本人である私は、彼らの姿を見て叩き起こされた気もするし、同時に彼らと協力していくことが今の自分にできることだと思った。今後はOffshoreで様々なアジアの素晴らしいアーティストやクリエイター、スペース、現象などを紹介していく。9月中旬にはまた香港を訪れ、あらゆる人・出来事に会いに行く。何度も言うが、今、アジアに注目しないなんてもったいない。

アジアの最先端アートやアンダーグラウンドカルチャー情報を発信するサイト「Offshore」http://www.offshore-mcc.net/

(取材・文・写真:山本佳奈子)

私が今回の旅で訪れた場所をすべて網羅した地図をGoogleマイプレイスにアップしました。▼Discovering Art and Culture in Asia 2011


より大きな地図で Discovering Art and Culture in Asia 2011 を表示



■山本佳奈子 プロフィール

http://www.yamamotokanako.net/
webDICEユーザーページ
http://www.facebook.com/yamamotokanako
http://twitter.com/yamamoto_kanako
webDICE キューバ紀行(2010.5.11~2010.8.16)

アジアや海外の最先端アートやアンダーグラウンドカルチャー情報を発信するサイト「Offshore」

1983年兵庫生まれ、尼崎育ちの尼崎市在住。高校3年のときにひとりでジャマイカ・キングストンを訪れて以来、旅に魅力を感じるようになる。その後DJ活動、ライブハウス勤務などを経て、2010年、念願だったキューバ旅行を実現させる。
世界のすべての人々の最低水準の暮らしが保証されること、世界の富を独占する悪徳企業が民主の力によって潰されることを切に願っており、自ら一つのメディアとなって情報発信することにも挑戦している。



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