骰子の眼

cinema

東京都 港区

2011-11-04 22:40


「本当のテーマは、移民や犯罪問題ではなく、祖国と家族にある」『J.A.C.E /ジェイス』カラマギョーリス監督インタビュー

第24回東京国際映画祭で話題を呼んだ、ギリシャの衝撃的な暗黒エンターテイメント
「本当のテーマは、移民や犯罪問題ではなく、祖国と家族にある」『J.A.C.E /ジェイス』カラマギョーリス監督インタビュー
『J.A.C.E /ジェイス』より (c)2011 Pausilypon Films - Ukbar Filmes - Geyzer Films - Pi Film - Kaliber Film - CL productions - Blonde S.A. - Graal S.A. - GFC - ERT S.A. - NOVA

今年の東京国際映画祭コンペティション部門は、新進気鋭から実力派と呼ばれる監督の力作が集まった。その中で、惜しくも賞は逃したものの、会期中多く話題に上った作品が『J.A.C.E /ジェイス』だ。ギリシャの深刻な社会問題である子ども移民や、マフィアによる人身、臓器、麻薬売買をテーマに、虚実ないまぜの緊張感溢れるストーリー展開で、悪質な裏社会をひも解く“衝撃的な暗黒エンターテイメント”と呼ばれた。

犯罪組織に家族を虐殺される現場を目の当たりにしたギリシャ系アルバニア人の子ども、ジェイス。マフィアによる人身売買を逃れ、サーカス団に辿りつき、やがてショービズの世界へと向かう中で、同じ境遇の子ども達や、警察、マフィア、男娼などさまざまな人物と出会う。カメラは、その裏社会の中で、必死に家族と自分の居場所を求めて彷徨うジェイスの半生を追う。

来日したメネラオス・カラマギョーリス監督は、98年にテッサロニキ国際映画祭で最優秀新人ギリシャ監督賞を受賞、本作は13年ぶりの長編2作目になる。ギリシャ財政危機の混乱の中、来日を果たしたカラマギョーリス監督に話を聞いた。

「家」を離れることで
居場所をみつける孤児の物語

──先の読めない展開と、見事な複線の張り方に最後まで目が離せませんでした。複雑に絡み合う物語は、どのように構成されたのですか。

そう言ってもらえてすごく嬉しいし、ほっとするよ(笑)。2時間半という尺は映画としては長すぎるから、日本の観客の皆さんが苦痛に感じないか、心配していました。3人の編集者を使ったため、そのバランスを取るのに苦労しましたね。映画祭に来る前日まで編集していたので、事務局の皆さんに迷惑をおかけしてしまったのですが、そのかいがありました(苦笑)。ギリシャでは古くから『オデュッセイア』のような複雑な物語があるので、特別なものだとは思っていません。オデュッセウスは家に帰るために旅を続けますが、この映画の主人公ジェイスは家から離れていくことで、自分の居場所を見つけるのです。

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『J.A.C.E /ジェイス』のメネラオス・カラマギョーリス監督

──なぜ子ども移民をテーマに作品を撮ったのですか?

ふたつ理由があります。この作品の中で取り上げている犯罪はギリシャでは日常的な身近な問題で、新聞やテレビで毎日報道されていることです。もうひとつは、バルカン半島の歴史と成り立ちについて触れなければいけません。バルカン半島の国境は何度も引き直され、第二次大戦後、ギリシャ人はギリシャとアルバニアとで離ればなれに暮らしていました。その結果、家族や親戚と50年以上も会えなくなった人がたくさんいた。

本作では、ジェイスはアルバニアからギリシャに戻りますが、祖国を失い、どこに行っても異邦人になってしまう。僕自身はギリシャ人なのですが、祖母がアルバニア人でアルバニアの言葉を話します。そして、近所にもアルバニア人が多く住んでいて、僕は彼らと一緒に育った。一方、アフリカ、中東、アジアからの移民も多い。そういうギリシャという国で生まれた僕にとっては、ギリシャという国の定義、国の意味が、ずっとわからなかったのです。私たちにとって、“国”や“国民”って一体なんの意味があるのでしょうか?政治事情によって何度も引き直される国境なんて意味がないし、私たち個人のアイディンティティには何の関係がない。

バルカン半島にとって、“ナショナリティ”とは常に紛争の火種でしかなかった。本来は一緒の家族なのに。彼らは“他人が作ったゲーム”の上で兄弟同士の殺し合いをしている。そんな情勢の中で、私自身にとって、自分の国、自分の家族、自分のアイディンティティというものを、自分自身がいる身近な環境や人間関係の中で見つけることが、私の人生において何より重要なことだったのです。そういう意味では、本作の本当のテーマは、移民問題でも犯罪組織でもなく、祖国や家族にあるのです。

家族をどう守るか、
それが一番重要な政治問題

──グローバル化が進む今、日本でも他人事ではない問題です。

世界各国で共通した問題ではないかと思います。私が映画監督を目指すきっかけになったのは、小津安二郎監督の『東京物語』なんですよ。小津監督も「家族」をテーマに映画を撮り続けた監督ではないでしょうか。

家族には、2つの家族があると思います。ひとつは、血縁関係のある家族。自分の生まれた家族ですね。でも、人生において、もっとも重要なことは、自分で選択して、血縁関係のない他人と、家族という人間関係を築き上げることなのだと思う。

私が『J.A.C.E /ジェイス』で撮りたかったものは、「母国」は自分では選べませんが、「国」の一番小さな単位である「家族」は自分で選んで築くことができる、ということです。 ジェイスも、生まれ育った家族と祖国を失いますが、それぞれの場所で、出会った人たちと家族のような関係を築きあげていく。それを描きたかった。今、ギリシャでは、経済危機、子どもの不法移民、人身売買、麻薬問題など社会問題がたくさんあります。でも本当に問題にしなければならないのは、ひとり一人の「家族」をどう守っていくのかだと思う。それが一番重要な“政治問題”ではないでしょうか。

私も自分の家族をすごく大事にしています。僕にとっての家族は、生まれながらの家族、そして一緒に映画を撮ってきたスタッフです。初めての監督作品からずっと同じメンバーで撮っていて、プロデューサーとは、もう15年間一緒に働いています。ギリシャでは、“映画業界”というものは存在しません。“産業”になっていないんですよ。ですから、映画制作を続けていくにあたって、家族のようなスタッフがいることが、とても重要で、そうしたスタッフを持てたことに感謝しています。

そうやって制作した作品を、今回日本で上映することが出来て、日本の観客の皆さんが理解してくれ、喜んでくれた。そういうつながりを持てたことが、本当にうれしく思います。

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『J.A.C.E /ジェイス』より (c)2011 Pausilypon Films - Ukbar Filmes - Geyzer Films - Pi Film - Kaliber Film - CL productions - Blonde S.A. - Graal S.A. - GFC - ERT S.A. - NOVA

──「象」のメタファーが効果的です。「親のいない子象は、凶暴になるから印をつけておく」という、サーカス団のエピソードは実話ですか?

本当です。偶然新聞記事で読んで知りました。象はとても人間に近い動物のようですね。親のいない子象と孤児の少年には、たくさんの共通点があると思いました。私たちの社会でも弱肉強食のジャングルと同じ掟があります。その中で不意に孤独や不安や恐怖を感じた孤児は、一瞬にして犯罪者や犠牲者になってしまう。タイトルの『J.A.C.E /ジェイス』は、Just Another Confused Elephant(群れから離れて困惑する象)の略で、主人公ジェイスは、特定の人物ではなく、無数にいる孤児の代名詞なのです。彼らは、自分自身の居場所とアイディンティティを見つけるまで、彼らを利用するサーカス団と、アテネという都市のジャングルをさまよわなければならない。

──映画制作はどのように学ばれたのですか?

学生時代から映画監督を目指していたのですが、家族に反対されたこともあり、大学ではギリシャ文学と考古学を学び、同時に助監督をしていました。その後、イタリアで3年間ドキュメンタリー映画制作について学びました。そしてイタリアのジプシーをテーマに『Gloria Olivae』という作品を撮りました。でもその作品はドキュメンタリー映画としては大失敗だと思った。私はドキュメンタリー映画でしてはいけないこと、つまり劇映画のようなストーリー仕立てにしてしまったんです。でもその作品は良い評価を得ましたし、今の私の作風にもつながっていると思います。今後も現実の問題を取り上げ、フィクション映画を撮る手法で映画を撮り続けると思います。

──現在のギリシャの財政問題や社会混乱において、移民問題はどのように関係しているのでしょうか。

経済危機と移民問題には、深い関係があると思います。かつてギリシャは、ヨーロッパの中で人種差別がない国と言われていました。もともと多民族が集まる地理的条件もあって、多くの移民やジプシーを受け入れてきた歴史があるからです。でも今ギリシャには30万以上の不法滞在者がいると言われていて、子ども移民の人身売買など、悪質な犯罪が横行して治安が悪化したことから、ここ20年の間、ギリシャ人は次第に移民を排除するようになりました。ギリシャ政府は現在、不法移民の阻止を目的に、トルコとの国境沿いに全長12キロにおよぶフェンスを設置する計画を進めています。でも、すでに移民達は、介護やサービス業の仕事、農業の仕事などにつき、ギリシャという国に根づいてしまっています。しかし、この経済危機で、仕事を失なったギリシャ人が「移民が私たちの仕事を奪っている」と考える人も少なくないので、今後も移民に対する軋轢が深まるのではないかと懸念しています。

本作で少年期のジェイスを演じてくれた俳優もギリシャ系アルバニア人です。この映画に出演してくれることが決まって、しばらくたってから、打ち明けられました。「僕の名前はギリシャ系だけど、本当はギリシャ系アルバニア人なんです。監督は気にしませんか?」と。君に問題がなければ、ぜひ出演してほしいとお願いしました。彼にとって、この映画は他人事ではない特別なものになったようです。

Greek(ギリシャの)という言葉には、いろいろなところに行って戻ってくるという意味があります。この映画の登場人物も私たちも、きっと自分が戻る場所を見つけられると思うのです。

(インタビュー・文:鈴木沓子)
▼『J.A.C.E /ジェイス』予告編




■メネラオス・カラマギョーリス プロフィール

ギリシャに生まれ、アテネ大学で古典文学を学ぶ。映画、テレビの監督、脚本家でプロデューサー。製作会社Pausilypon Filmsの創設者。ドキュメンタリーとフィクションの両方を監督、ドキュメンタリーの代表作に『Gloria Olivae』、『Rom』、フィクションでは 『Black Out』がある。




『J.A.C.E /ジェイス』

監督・脚本:メネラオス・カラマギョーリス
出演:アルバン・ウカズほか
ギリシャ、ポルトガル、マケドニア、旧ユーゴスラビア、トルコ、オランダ/2011年/142分




イベント情報

『オールモスト・フェイマス-未配給映画探訪』連動企画
『僕らの未来』トーク付き上映
(ゲスト:飯塚花笑、針間克己)

『オールモスト・フェイマス-未配給映画探訪』連動企画がスタート!第一回は飯塚花笑監督が性同一性障害である監督自身の体験が反映させた『僕らの未来』。今年のPFFアワードに最年少で入選、バンクーバー国際映画祭コンペティションにも出品された。今作の上映と併せて、脚本・撮影・編集も手がけた飯塚監督、そして精神科医の針間克己医師を迎えたトークを実施。

飯塚監督インタビュー:自分らしく生きるためには?性同一性障害に悩んできた飯塚花笑監督が自身の実体験をもとに制作した『僕らの未来』(2011.9.22)

日時:2011年11月21日(月) 18:30開場/19:00開演
会場:渋谷アップリンク・ファクトリー

(〒150-0042 東京都渋谷区宇田川町37-18 トツネビル1F tel.03-6825-5502)[地図を表示]
料金:予約/当日¥1,300
上映作品:『僕らの未来』
ゲスト:飯塚花笑監督、針間克己医師(精神科医、はりまメンタルクリニック院長)
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