骰子の眼

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東京都 ------

2011-11-19 12:00


演劇集団キャラメルボックス 俳優・西川浩幸インタビュー 「馬鹿みたいに、芝居をやるしかないじゃないか」

キャラメルボックス2011クリスマスツアー『流星ワゴン』で、瀬戸際を迷う人々の物語を演じる西川浩幸氏インタビュー
演劇集団キャラメルボックス 俳優・西川浩幸インタビュー 「馬鹿みたいに、芝居をやるしかないじゃないか」

厳選シアター情報誌「Choice!」との連動企画"Artist Choice!"。「Choice!」本誌にはインタビューの他にもさまざまな映画・演劇の情報が満載ですので、是非あわせてご覧ください。

今回は、キャラメルボックス2011クリスマスツアー『流星ワゴン』で瀬戸際を迷う人々の物語を演じる演劇集団キャラメルボックスの西川浩幸氏インタビューをお届けします。

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ピースサインで、終われたらいい

「馬鹿みたいに、芝居をやるしかないじゃないか」。彼は劇団の緊急会議でそう言ったのだという。すべてが哀しみに押し流された、あの3月。数々のライブや演劇が公演中止を決め、キャストやスタッフ一同が沈鬱な空気に飲まれる中、この人はそう言った。「僕らには、芝居があるじゃないか」と。

「その時点で僕らが公演をする予定だった劇場が、ふたつあって。参加できる劇団員がたくさんいる。ほとんど全員が勢ぞろいできる日まである。これって、すごく恵まれた状況じゃないか?これなら、何でもできるじゃないか!と」

といった温度が高めのことを、西川浩幸は何とも平穏に語る。旗揚げ当初から、演劇集団キャラメルボックスの顔であり、支柱である。

「状況が、きわめて限られている。だからこそ工夫が生まれるわけだし、それにこれだけ大勢のメンバーがいるわけですからね。誰かが何かに長けているだろうし、誰かが何かを思いつくだろう。これは、受け取りようによっては、チャンスなんじゃないかと。劇団の今日明日うんぬんではなく、もっと大きな規模で、この星のこれからだって変えられる、千載一遇のチャンスなんじゃないか!って、会議ではひとりで盛り上がってしゃべりまくってました(笑)」

そもそも、チャンスなんてものは普通、ないのが基本だ。チャンスは訪れるものではなく、「これはチャンスなのだ」と思える力のことをいう。

「たとえば“なんか今日はよくつまづくなあ”っていう日があったとして。足の筋肉が弱ってるのかもしれない、と思ってその日からジョギングを始めたら、その人の身体は確実に変わっていきますよね。いいことでも悪いことでも、些細な何かに気づけるかどうかが、鍵なんじゃないかと思うんですよ…って、元気なときには思えるんですけどねえ」

そう、元気なときには。気づくどころか、顔を上げることさえできない夜が、人生にはわりとしょっちゅうある。

「お芝居をしてない間は、毎日の反省がものすごく大きいです。特に観たいわけでもないのにテレビを観たり、ツイッターを開いたりしているうちに日が暮れて、なんとなーく1日が終わってしまう。“こうやって終わっちゃうんだよ人生は!!”って激しく悔いるんですよね」


おろしたてのシャツのように

おそらく、誰もが身に覚えのある光景ではある。じゃあ、どうすれば日々は充実するのでしょう、と尋ねると、返ってきたのは即答だった。

「早起きだと思います!」

もちろん、皆、そうしたいのはやまやまだけれど。

「朝起きた瞬間が好きなんですよ。新しい、白いシャツを買ったときみたいな感じがして。かっこいいじゃないですか、おろしたてのシャツって。僕が着ると大して似合わなかったりもするんですけど(笑)」

青空の下、陽の光を反射して、白くはじける綿の質感。

「ぱん!って広げた瞬間の、あの感じが好きなんです。大切に着よう、って思うんですよ。白いシャツだからこそ、余計に。そういう感覚が、朝、目覚めた瞬間にあるんです」

目が覚めることの喜び。彼の場合、それはひとしおのはずである。4月、西川は突然の病に倒れた。自分で異変に気づき、救急車を呼び、示された台に横になる。

「とても、冷静ではあったんです。でも何秒か後に、このまま意識がなくなってしまうのかもしれない、と思ったらものすごく怖くて」

死、の一文字がその時よぎったのかどうかは、彼しか知らない。でも少なくとも、その一文字について、人は無力だ。それと直面する者の心を、人は、完全には共有することができない。そして自分がそうなった時も、自分で、それと格闘する他ない。願うのはただ、その瞬間、その人の心が"ひとり"ではないこと。

「誰にでも、その瞬間は訪れるじゃないですか。本当にあっという間に、その時はやってくる。その受け入れ体勢を整えるための時間が“生きる”ってことなんだと思うんですね。最期の瞬間にピースサインで“いい人生だった!”って言えれば、きっといい。ただ、それがいつ訪れるのかが、誰にもわからないんですよねえ…」

この冬、彼はそんな瀬戸際を迷う人々の物語を演じる。

「Choice! vol.21」2011年11-12月号

思い残すことがあるだけで、その人生は素晴らしい。

「死んじゃってもいいかなあ、もう」。物語はそんな自嘲から始まる。言わずと知れた重松清のベストセラー小説『流星ワゴン』。その舞台化に、演劇集団キャラメルボックスは挑もうとしている。妻との齟齬、息子の不登校、父との確執。すべてに疲れ果てた主人公の前に、1台のワゴンが停車する。乗っているのは一組の親子。こまっしゃくれた少年と、穏和に微笑む父親だ。主人公が乗り込むとワゴンは発車し、彼のこれまでの、いくつかの岐路へと導いていく。

「ふたりは、主人公の話を、ただ聞くんですよね。何を問われても、答えはしない。口出しもしない。ただ、聞くんです」

導かれた先で、主人公は“やり直し”を許される。しかしどうあがいても、その先の結末はまるで変わらない。一体これはどういうことなのか、この旅に何の意味があるのか。何度問われても親子は答えず、ただ、微笑む。

「何も言えないですよね。誰かの人生について何かを言うっていうことは、その人の人生の一端を担うっていうことだから。それくらいの覚悟がないと、できないことだと思います」

劇団における西川の立ち位置を思う。観客の多くが知るとおり、彼が目指すのは独走ではない。しかし、日々悩みの淵にある後輩たちに対して、稽古場での彼が何かを語り諭すことは、ほぼない。ただ彼らの奮闘を見つめ、そして自分の仕事を示す。若者たちは、その真意を後になって知る。それぞれの奮闘の果てに、それぞれのタイミングで。そして西川自身もまた、大いに迷いの人である。インタビュー取材のたびに、その時々に胸を占める葛藤と、その果てに在った発見とがあふれかえる。

「小さなことに喜んだり悲しんだりできる人が一番、まわりから見たら魅力的だし、中身の濃い生き方をしてるんじゃないかなあって最近思うんですよ。…って、変な話ですよね。人生に、“濃い”も“薄い”もないのに」

自問をし、自答をして、そこにさらなる自問を重ねる。決して器用な思考法ではない。でも、だからこその人間味が、彼が演じる人物にはある。

「よくぞこのタイミングで、この役が巡ってきたなあと思うんです。この春から自分が感じてきたことの、大きな集約点になりそうな気がします」

今朝から、スタート。

芝居をする、という感覚がどんなふうだか、私たちは知らない。どこかの誰かがのりうつるとか、登場人物の人生を真に生き直すとか、“3日やったら辞められない”とか、そういった類の都市伝説は聞いたことがあっても、その実感については想像の域を超えている。しかしこの人と対話していると、それは実にシンプルなことのように思えてくるのだ。目の前にある何かに気づき、それに沿って心を動かすこと。例えば相手役の表情だったり声色だったり、客席から不意に飛んでくる笑いや涙の気配だったり。そしてそんな営みは、私たちの日常生活にだって置き換えられる。日に日に増してくる冬の匂い。脇道を行く猫のしっぽ。それらのものに、妙に心が冴えわたる日というのが、きっと誰にもあるはず。演じるという営みは、彼にとってはその延長線上にあるものらしい。

「お芝居ってたいがい、そういう側面を持っているんですよ。その役を演じることで経験値が上がって、今までとはちょっと違う自分になれてしまうような感覚が。生死というものに向き合わざるを得なかった僕が、既に死んでいて、死のうとしている人を迎え入れる男を演じる。一体どんな実感が待っているんでしょうね」

だから、西川浩幸は芝居をやめない。続けている限り、知らなかった自分をまたひとつ、知ることができるから。経験を重ねれば重ねるほど、可能性は広がるばかりだ。

「よく“今日が人生最後の日だとしたらどうしますか”っていう質問を見ますけど、たぶん24時間あれば、その人がどう生きてきたのかっていうことが全部そこに出ると思うんですよ。もし“それじゃ全然足りない”って思えるのなら、その人の人生はそれだけ充実していたということ。思い残すことがあるっていうのは、実はとても素晴らしいことなんじゃないかと」

だからもしあのワゴンが自分の目の前に止まったら、その日の朝に戻りたいのだそうだ。華やいだ青春時代でも、悲しみや怖れにふるえたこの春以前でもなく。まっさらの白シャツみたいな、今日の朝に。すべての日々は、そこから始まる。

取材:小川志津子 撮影:平田光二


西川浩幸'S ルーツ

幼稚園の時、先生が歌をほめてくれたこと。

最近、なでしこJAPANの澤穂希さんの本を読んでいるんですが、彼女も幼い頃にボールを上手に蹴れたことが最初のきっかけだとか。ほめる、っていうのはすごく大事なんですね。

西川浩幸(にしかわ・ひろゆき)プロフィール

演劇集団キャラメルボックス所属。1986年の入団以来数多くの作品に出演。劇団を牽引している。主なキャラメルボックス出演作に、『銀河旋律』『サンタクロースが歌ってくれた』『エンジェル・イヤーズ・ストーリー』『容疑者χの献身』など。外部作品への出演も多く、舞台、テレビ、CM、ラジオなど幅広く活躍している。次回作は、キャラメルボックス2011クリスマスツアー『流星ワゴン』。



キャラメルボックス2011クリスマスツアー
『流星ワゴン』

原作:重松清
脚本:成井豊
演出:成井豊+真柴あずき
出演:阿部丈二/西川浩幸/大森美紀子/坂口理恵/岡田さつき/菅野良一/前田綾/岡内美喜子/畑中智行/三浦剛/林貴子/原田樹里
日程・劇場:
【神戸】11/18(金)~25(金) 新神戸オリエンタル劇場
【東京】12/3(土)~25(日) サンシャイン劇場
チケット料金:6,500円 他
当日券:あり
お問い合わせ先:キャラメルボックス03-5342-0220(12~18時 ※日祝休み)
公式サイト





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