骰子の眼

cinema

2011-11-28 19:10


キューバの熱を知る新ラテンアメリカ映画祭

70年代アルゼンチンを舞台にした家族の物語『瞳は静かに』との出会いはキューバ!
キューバの熱を知る新ラテンアメリカ映画祭
ICAICの旧式映写機

70年代のアルゼンチンを舞台に、少年と家族の物語を通して軍事政権下の人々の営みを描く映画『瞳は静かに』 。12月10日(土)からの公開にあたり、Action Inc.の比嘉世津子さんに、配給することになった背景、そして今作品を探しだしたキューバの首都ハバナで開催されるラテンアメリカを代表する国際映画祭、新ラテンアメリカ国際映画祭について、町の熱気も含め綴ってもらった。

何でもアリな映画祭

この映画を初めて観たのは2009年、ハバナの新ラテンアメリカ映画祭だった。
あまり知られていないのだが、キューバの首都ハバナでは、毎年12月に、その年に制作されたラテンアメリカ映画が集い、劇映画、ドキュメンタリー、アニメ部門で、Premio Coral(サンゴ賞)を競う。今年で33回目。私は2003年から2009年まで、2006年を除いて毎年行っていた。(2006年は12月に日本でのキューバ映画祭を企画したもので行けず)お祭り的な雰囲気が好きなのと、マーケット(映画を売買する場所)がないので、セラー(複数の映画を売り込む会社)もミーティングも不在、純粋に劇場で映画を観るにはもってこいの場所なのだ。
気になる映画があれば、連絡先にメールするか、たまに監督や俳優が来ていることもあるので、直接話しができるし、何の不自由もない。これまで配給した『永遠のハバナ』『低開発の記憶』『今夜、列車は走る』も、ハバナの映画祭で配給権を買ったものだ。

2009年は革命50周年
2009年は革命50周年
事務局か
事務局があるナショナルホテル

コンペ作品はハバナ市内数カ所にある座席数800席から1,200席の由緒ある映画館約12カ所で一般公開される。映画館は「劇場」という名にふさわしく、なにしろ古い。ハバナの新市街とよばれるベダード地区にあるのは、3階席まであるヤラ劇場、キューバ映画芸術産業庁(ICAIC)のオフィスがあるチャプリン劇場、劇場入り口までが回廊のようになっているラ・ランパ劇場などがあり、旧市街はカピトリオ(旧国会議事堂)から道を隔てたところにあるパイレット劇場や、そのすぐ近くにルミエール劇場がある。

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ヤラ劇場

オープニングとクロージングは、郊外のカール・マルクス大劇場で上映される。
街中で映画を待つ人々の列もすごい。一応、一般券と映画祭参加者とに分かれて並ぶのだが、人気作には長蛇の列ができる。何で人気になるのか、というと口コミ。並んでいる時や映画が始まるまで、近くにいる人たちと、どんな映画を観て、何がおすすめか、語り合う。みな評論家なみの洞察力で、自分のおすすめ映画を宣伝するので、映画祭が始まって2、3日すると、人気作はあっという間に満席になることも、しばしば。

並ふ
ラ・ランパ劇場で並ぶ人
キューハ映画は満員
キューバ映画は満員

特にキューバ映画は、毎回、満席。監督や女優らの登壇があるし(それも大勢)、何よりもキューバのコメディを心待ちにしている人が多い。キューバのスペイン語は独特なイントネーションと独自の言葉使いなので、会場がどっと笑いに包まれる時、外国人たちは、目が点になる。なぜなら、新ラテンアメリカ映画祭で上映される映画は、その大半に英語字幕が、つかないからだ。必ず字幕がつくのは、ブラジル映画。当たり前だけどスペイン語の字幕がつく。

ヘミンク
ヘミングウェイが座るバー

それぞれの作品が、ハバナの劇場をまわるのだが、どこで何を上映するかが記載された映画祭新聞が、当日の9時半ぐらいにしか出ないので、スケジュールを組むのが大変。朝一番は、10時からだから、見逃す人が多いと思いきや、これも口コミでちゃんと人が入っている。突然の劇場変更やら、上映予定だったけど実は素材が着いていなくて急遽、他の作品を上映だとか、何でもアリ!な映画祭だ。

映画祭新聞
映画祭新聞プログラム貼り出し

映像にチカラがあれば、言葉が分からなくても面白い

そんな雰囲気の中で、『瞳は静かに』を観たのは、ハバナ唯一のシネコン(?)、インファンタ劇場。4スクリーンあるのだが、当時は、1スクリーンのみの上映で、何のために複数のスクリーンがあるのやら、と思っていたが、それでもハバナで最も現代的な映画館で、椅子も壊れていないし、何よりも客席に段差がついていて観やすい。
『瞳は静かに』は、すでに何度が上映されていたが、会場は満席立ち見だった。階段に座って、最後まで息をつめて観た。いつも上映中は、ブツブツつぶやくおばちゃんたちがいて(「あ~あ、そんなことしちゃって」とか、「その男は待っても無駄だってば」とか)、まわりもそれに返事したりするのだが、『瞳は静かに』は、ほんとに静かで、最後、エンドロールが流れて、一瞬おいてから満場の拍手が起こった。私もラストシーンで、驚愕していたので、何だか場内と自分がシンクロした気分だった。

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2009年のときのキューバ映画上映時のようす

一緒に観たスペイン語が全くわからない日本の友人が、面白かった、と言ってくれたのも、配給権を買おうと思った理由だった。映像にチカラがあれば、実は言葉が分からなくても面白いのが映画だから。『永遠のハバナ』は、その典型で、セリフがない。余りにも説明が多い映画を見なれると、能動的に映画を観ることを忘れてしまうような気がするが、ラテンアメリカでは、「観客の参加なくして映画は完成しない」という観点に立つ監督が多い。観客の目や想像力を信じているからこそだと思う。

『瞳は静かに』は、この映画祭で「我らのラテンアメリカ初号賞」を受賞。35mmフィルム1本のポストプロダクションに必要な技術または資金が授与された。
1979年から始まったこの映画祭。フィクション部門の初代審査員長は、ガブリエル・ガルシア=マルケス、ドキュメンタリー・アニメ部門は、サンティアゴ・アルバレスだった。コンペ作品ばかりでなく、毎年、ヨーロッパ映画や世界の監督の特集上映が行われ、コスタ・ガブラスやアキ・カウリスマキをはじめ、ハビエル・バルデムやベニチオ・デル・トロ、ガエル・ガルシア・ベルナルやディエゴ・ルナら、ラテンアメリカの俳優陣も訪れる華やかな映画祭だ。

タヒオ監督
ホアン・カルロス・タビオ監督の舞台挨拶

さて、ここで目をつけた『瞳は静かに』、次なるステップは契約交渉なのだが、それは、3月、メキシコのグアダラハラの映画祭で行うことになる。

 
(文:比嘉世津子[Action Inc.])



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映画『瞳は静かに』
2011年12月10日(土)より、新宿K's Cinema渋谷UPLINKにてロードショー(全国順次公開)

1977年、軍事政権時代のアルゼンチン北東部の州都サンタフェ。やんちゃでイタズラ好きな男の子アンドレス(8歳)は、母の突然の死で、兄のアルマンドと共に、祖母オルガと父ラウルが住む家で暮らし始める。なぜか母の持ち物を焼き、家まで売ろうとするオルガとラウル、親しげに近づいて来る謎の男セバスチャン。好奇心旺盛なアンドレスは、大人たちを観察し、会話を盗み聞きながら、何が起こっているのかを探ろうとする。そして、ある夜、部屋の窓から恐ろしい光景を目にするのだが……。

監督・脚本:ダニエル・ブスタマンテ
撮影:セバスチャン・ガジョ
音楽:フェデリコ・サルセード
出演:ノルマ・アレアンドロ(1985年カンヌ国際映画祭主演女優賞)、コンラッド・バレンスエラ、ファビオ・アステ、セリーナ・フォントほか
製作:カロリーナ・アルバレス
原題:El Ansia Producciones
2009年/アルゼンチン/HDCAM/カラー/108分/Dolby Digital SRD
日本語字幕:比嘉世津子
後援:駐日アルゼンチン共和国大使館 協力:スペイン国立セルバンテス文化センター東京ほか
公式HP

▼『瞳は静かに』予告編




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