骰子の眼

music

神奈川県 その他

2012-04-29 18:30


「独力でフェスを成功させる方法」sense of “Quiet”主催の成田氏に聞く

「静かな音楽、というよりは、静けさと対峙している音楽」カルロス・アギーレ、ヘナート・モタ&パトリシア・ロバート、青葉市子らが出演
「独力でフェスを成功させる方法」sense of “Quiet”主催の成田氏に聞く

鎌倉の光明寺、そして東京の草月ホールを舞台に5月13日・15日・16日の3日間、音楽フェスティバルsense of “Quiet”が開催される。
ここ数年で、クラシックとエレクトロニックな音楽を融合させたポスト・クラシカルと呼ばれる音楽や、ワールド・ミュージックやジャズなど、ジャンルや国そして年代を問わず心を落ち着かせてくれる音楽をクワイエットと形容することが多くなった。マニアだけでなく、幅広いリスナーに新しい音楽を聴く入り口として親しまれるようになったクワイエットという言葉を冠したこのイベント。主催するのは、これまでもブラジルをはじめとした世界の音楽の新しい流れを日本に紹介してきたレーベルNRTの成田佳洋氏だ。今回は、カルロス・アギーレ、ヘナート・モタ&パトリシア・ロバート、青葉市子など出演アーティストの紹介とともに、フェスとレーベル運営に対する考え方を聞いた。

自分ではじめるしかないと思ってレーベルをはじめた

──NRTレーベルを立ち上げて、コンサートの企画や開催はすぐに始めたのですか。

小規模なイベントはやってきましたが、海外アーティストを招聘するイベントは2009年のヘナート・モタ&パトリシア・ロバートが最初です。そして今回のsense of “Quiet”が規模としては一番大きいです。プロモーターとしてはいまもわからないことも多いので、ステージ制作などをお願いしているnovus axisさんとか、いろんな方に協力してもらっています。社員はふたりだけなので、プロジェクトごとにいろんな人とその都度お仕事することが多いです。

P1260520
NRTの成田佳洋氏

──成田さんはどのようにしてレーベルを始めたのですか。

それまで勤めていたHMVを辞めて、その後ブラジルに行きました。お店をやりたかったので、買い付けのために行ったものの、2週間で帰るはずが、面白すぎて帰れなくなってしまって。観光ビザが失効する3ヵ月ぎりぎりまでいて戻ってきたんです。その後インディーズレーベルの会社に務めたものの、入ったからといって自分のやりたい企画なんてなかなかやれない。じゃあ自分ではじめるしかないかなと思ってはじめたんです。それまでの経験で、大体の流れはわかっていたものの、ちゃんとはなにも知らない。もちろん信用もない。CDも出したことないのに「あなたの音楽が好きなのでCDを出させてください」とあらゆるところに話をしにいったけれど、難しかったです。

webdice_Aguirre
カルロス・アギーレ photo by Ryo Mitamura

──ヘナート・モタ・&パトリシア・ロバートが最初のリリースですね。

2004年からレーベルをはじめて、ヘナート・モタ&パトリシア・ロバートが初のリリースでした。 最初は彼らにそれほど信用されていなかったかもしれないし、お金をちゃんと払ってくれるんだろうか、というのもあったと思います。

彼らはミナスでは確固としたキャリアがありますけれど、ブラジルって地方ごとにシーンがぜんぜん違うんです。人種や気候も違うし、物流も日本のようには行き渡っていないし、メディアもそれぞれ違っていて、その地区の新聞を読んでいたりする。リオでは有名なアーティストが、サンパウロではそうでもないとか、その逆ということも往々にあります。だから、リオやサンパウロを飛び越えて、日本からオファーがきたということで、「よく見つけてくれた」とは思ってくれたのかな。ヘナートはコンポーザーやプロデューサーとしても活躍している人で、国民的シンガーのマリア・ヒタにカヴァーされてからは、彼らの知名度も変わってきたと思いますけれど。

webdice_RenatoPatricia
ヘナート・モタ&パトリシア・ロバート

──レーベルのコンセプトはどのようなものですか。

会社を辞めて、最初の一年くらいずっと音楽ライターをメインにやっていて、それは今も並行して続けているのですが。音楽を文章で紹介することの面白さもあると同時に、音楽そのものをもっとダイレクトに伝えることをやりたいと思っていて。だからレーベルについては、コンセプトや理屈抜きで好きなものを愚直にやりたかったんです。でもそんな風には見られていなくって、ただ単に「ブラジル屋さん」だと思われているかもしれないけど(笑)。
とにかく自分がやりたいことは音楽を紹介することで、その方法が、あるときは文章かもしれないし、CDを作って出すことかもしれないし、ライブをオーガナイズすることかもしれない、とちょっとずつやれることを広げていきました。今は多くの人がそうしていると思いますけど。

──会社を大きくしていきたいという気持ちはありますか。

今のところは無いです。社員を雇わなくても、色んな方と関わりながら仕事をしているし、できますから。ビジネスの規模やかたちにこだわらず、ほんとうに瞬発力で、そのとき自分が一番やりたいことだけ取り組んでいる感じです。それに上司・部下という関係は僕には合わないんです。だから、社員を雇うというより、仕事をシェアできるような人が現れて対等な立場でやれるのであれば、とは思います。

webdice_Sinesi
キケ・シネシ

ライブは何が起こるかわからない要素があったほうがいい

──今回sense of “Quiet”東京公演の会場を草月ホールに選んだのは?

草月ホールはキャパ530人で、2日間。2010年のカルロス・アギーレ初来日の東京公演はスパイラル・ホールで350人の会場がソールドアウトだったし、今回はさらにキケ・シネシやヘナート・モタ&パトリシア・ロバート、青葉市子という組合せでもあるので、もっと大きい規模でやりたいと。けれど、東京って500人くらいのホールが本当に少ない。200を超えるといきなり800ぐらいになってしまう。1,000ぐらいの規模は自分もよく観に行くサイズですけれど、後ろの席で見るとちょっと遠い。だから500くらいでやれればいいなとずっと思っていたんです。

でもホールでの公演は、ライブハウスなどと違って、音響機材から照明から人員から全て持ち込みが基本となるんです。その経費は1,000人規模でも500人でもそんなに変わらない。だったら、商業的に考えると1,000人規模でやったほうが遥かにいい。

──会場を探している段階で気づいたのですか?

決めた後です(笑)。

──成田さん独自のイベントの空間の作り方として、心がけていることはありますか。

ユーザーとしてそうなんですけれど、音楽と出会う順番って、まず最初にCDがあって、その後にライブに行く場合が多いと思います。CDを持っていないけれどライブには足を運んでみよう、というのはそんなにないことで。するとCDからライブの内容がある程度予測できていたりする。そんな風に体験するライブというのは、どちらかというと確認しにいく行為に近くて、想像を超えるものに出会おうというような期待感はあまりないですよね。何が起こるかわからない要素があったほうが、僕ならわくわくするし、その場に居合わせようという気にもなる。その音楽にふさわしいシチュエーションであるのはもちろん、同じ空気を吸いたい、体験したいと思えるものをやりたいなと。

一度に何十組も出演するフェスは個人的にもあまり馴染まないし、じっくり観てもらいたいという趣旨で、1日2組ずつ、計3日間としました。ひょっとしたらアンコールで共演が実現できればいいなあ、とか。

草月ホールは現代音楽とか民族音楽などの個性的な企画が多いですよね。ジョン・ケージも62年に初来日の公演をここで行っています。ケージは大好きなので、生誕100周年の今年にここでやれるというのは不思議な縁を感じますね。ケージというと偶然性を取り入れた音楽とか、コンセプチュアルな音楽というイメージが一般的に強いと思いますけど、瞑想的で美しい曲も残しています。5月13日の鎌倉・光明寺公演では、笙奏者の東野珠実さんがケージの笙曲も演奏する予定なのですが、今回のクワイエットを体現する演目として、注目していただきたいです。

そうそう、アギーレやヘナートたちの音楽と共鳴するような日本の音楽家もたくさんいて、すでに交流がはじまっていたりもするので、フェスという場を通じてもっと発展させたいというのはずっとやりたかったことです。来日中にいくつかのセッションをレコーディングする予定もあります。日本の音楽家とリスナーが一緒になって、南米をはじめ海外のアーティストたちとひとつのシーンを形成するなんてことは、日本の音楽史にほとんどなかった画期的な出来事なんじゃないかな。ここからまた美しい音楽がたくさん生まれていくと思うし、その過程を目撃してもらう場としても、このフェスがあればいいなと。

webdice_TonoTamami
東野珠実 photo by Kayoko Asai

クワイエットという視点、現実に対峙すること

──カルロス・アギーレを知ったのはいつごろですか。

2008年頃じゃないかな。その時は、みんながよく話題にしてるなという感じで、そんなにハマっているわけでもなかったんです。でもアルバム『クレマ』はほんとうに大好きですね。あれは2000年のアルバムですけれど、ゼロ年代のベスト10に入る1枚ですね。

──前回の来日のときに、アギーレと会話する機会がありましたか。

アギーレ氏は英語を話さない人ですが、彼も僕もポルトガル語が少し話せるので、何度かお話して。マネジメントを担当しているギタリストの藤本一馬くんを紹介したりもしましたが、純粋に彼の音楽が好きだったので、ファンとしての会話でした。

──アギーレとヘナート・モタ&パトリシア・ロバートは互いに存在は知っていたのですか。

お互いに面識はないようでしたが、アギーレはブラジル音楽もよく研究しているようで、ヘナートたちのこともすでに知っていました。日本やブラジルで彼らとレコーディングしたアルバムを、僕もアギーレさんにはプレゼントしました。ヘナートたちにもアギーレのCDを聴いてもらう機会がありましたが、とても気に入っていましたよ。2010年に2組とも来日して、アギーレと入れ替わりでヘナートたちを僕が招聘したことがあって、そのときに色んな方から、二組の来日が重なればよかったのにと言われたりもしました。

──クワイエットな音が求められている空気を感じますか。

クワイエットという言葉が本当にふさわしいのかはわからないですけど、たしかに求められている手応えは感じます。レーベルとしてこの8年間、こういった非コマーシャルな音楽をリリースしていますが、それでもCDを出すときは、雑誌を中心に100媒体くらいアプローチするんです。で、毎回、良質なのはわかるけどうちで取り上げるには地味だとか、ずっと言われ続けてきたんですよね。でも今回のクワイエットというテーマがあって、ブラジルとか南米というキーワードではないところで、いつもはスルーされがちだったメディアからも、ずいぶん声をかけてもらっています。実際に音を聴いてさえもらえれば、少なからず気に入ってもらえるんですよね。軽い言い方をすれば「今の気分の音だね」なんて言われることもよくあります。いま聴くべきものとして捉えられるようになってきているな、というのはすごく感じますね。

カルロス・アギーレの新作『オリジャニア』を聴いてみると、室内楽的な曲もあるけれど、実際そんなに静かな曲ばかりかといえば、意外とそうでもないんですよね。単に「静かな音楽」というよりは、「静けさと対峙している音楽」というような、一見わかりづらい、漠然とした感覚に多くの人が反応してくれていることが、僕にとっても驚きでした。逆にそれらの音楽が好きな人のなかからも、クワイエットというキーワードへの拒否反応もあると思うし。どちらの気持ちもわかるし、本質的にはどうでもいいんですよ。カテゴライズすることが目的ではなく、音楽家ひとりひとりに光が当たればいいわけなので。広めていく立場としては理屈で説明する作業もどうしても必要なんですけど、そうやって言葉の面での積み上げをしながらも、それをいつでも投げ捨てられるぐらいのつもりでいたいなと思います。

webdice_aoba
青葉市子

クワイエットというキーワードに拒否反応をしめす人の話に耳を傾けてみると、この言葉に、何か整理が行き過ぎた、こじんまりとした音楽像をイメージしてしまう人が多いみたいです。けれど、今回の出演アーティストたちの音楽からは、その背景にすごく大きな時間の流れ、自然や環境と音楽家自身との繋がりを感じるような、スケールの大きさを感じます。どんな国のどんな街で暮らしていようと、この2012年の現実というのはぜんぜんクワイエットなんかじゃない。けれどともかく、そのなかで地に足をつけて生きていくためにも、今という時代を点で捉えるのではなく、俯瞰した大きな流れのなかに自分を置いてみると。彼らの音楽にふくまれる、クワイエットとか、瞑想的であるということは、現代に生きる誰にとっても有効なんじゃないかと感じています。どのアーティストも、作曲家としてだけでなく演奏家としても優れた音楽家ばかりで、その強靭さをささえているのも、このような態度が関係しているかもしれないと思っています。

去年の3月以降、自分のなかで響かなくなった音楽が増えてきたところがあって。そこで残ったものが、今回出演するアーティストだったということはありますね。

(インタビュー・文:白石良子 構成:駒井憲嗣)



フェスティバル〈sense of "Quiet"〉

2012年5月13日(日)鎌倉 浄土宗大本山 光明寺 大殿
開場14:00/開演14:30
料金:5,500円/当日6,500円(全席自由/入場整理番号付き)

出演:
Renato Motha & Patricia Lobato
ヘナート・モタ/vocal, guitar
パトリシア・ロバート/vocal, percussion
沢田穣治(Choro Club)/contrabass
Maya/harmonium, etc

東野珠実/笙・竽
三浦礼美/笙
中村華子/笙
瀬藤康嗣/法螺貝


2012年5月15日(火)・16日(水)東京 草月ホール
開場18:00/開演18:45
料金:各日とも前売7,000円/当日8,000円(全席指定)
2日間通し券12,600円

出演:
【5月15日】
Carlos Aguirre/vocal, piano
with: Quique Sinesi/7 strings guitar, etc

青葉市子/vocal, guitar

【5月16日】
Renato Motha & Patricia Lobato
ヘナート・モタ/vocal, guitar
パトリシア・ロバート/vocal, percussion
沢田穣治(Choro Club)/contrabass
Maya/harmonium, piano, etc

Quique Sinesi/7 strings guitar, charango, etc
guest: Carlos Aguirre/piano, vocal
※5/15とは別の演目を予定


チケット:e+/ぴあ/LAWSONにて発売中
東京公演の「2日間通し券」はNRTのみ取扱い

NRT HP:http://www.nrt.jp/
成田佳洋 twitter:@YoshihiroNarita




▼カルロス・アギーレ


▼ヘナート・モタ&パトリシア・ロバート2009年光明寺のライブ映像



レビュー(0)


コメント(0)