骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2012-07-06 14:27


「灰野さんの姿を中から黒く塗りつぶしていって見せる」

漆黒の音楽家に迫る『ドキュメント灰野敬二』白尾一博監督インタビュー
「灰野さんの姿を中から黒く塗りつぶしていって見せる」
映画『ドキュメント灰野敬二』より (c)2012『ドキュメント灰野敬二』製作委員会

70年代から40年以上にわたり、アンダーグラウンド・ミュージックの世界で活動を続け、世界中でカリスマ的な人気を誇る音楽家・灰野敬二が自らの人生と音楽について語る映画『ドキュメント灰野敬二』が7月7日(土)より公開される。長髪とサングラス、漆黒の服装というスタイルを貫く彼を捉えたのは、『ヨコハマメリー』(2006年)『美代子阿佐ヶ谷気分』(2009年)でプロデュース・編集を担当した、白尾一博監督。単なる音楽ドキュメンタリーとは一線を画した今作の手法について白尾監督に聞いた。

とにかく濃縮したものを作りたかった

──70年代から続く灰野さんの経歴をよく95分というこの長さでまとめられましたね。

もともと僕は凝縮されたものが好きなんです。時間の流れを正確に記録する手法のドキュメンタリーだと、当然長大なものになってしまう。僕の考え方は違って、退屈させたくないというだけでもなく、とにかく濃縮したものを作りたいと考えていました……。灰野さんの活動は多岐にわたっているので、そのひとつひとつを追いかけていくだけで、4時間でも5時間でも作れてしまうけれど、できるかぎり詰め込むようにしたかった。

灰野敬二という名前は多くの人が知っている。その割には、実際CDを買ったりライブに行ったという人は思いの他多くないと感じていたので、そのとっかかりになるものを作りたいということはありました。僕などより遥かに詳しいファンの人はいるから、その人達に向けて創るということはできない。だから僕自身が灰野さんのことを勉強していく過程を映画としてまとめたというところはあります。これまでプロデューサーとして関わった『ヨコハマメリー』や『美代子阿佐ヶ谷気分』もそういった要素は強かったと思います。

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映画『ドキュメント灰野敬二』の白尾一博監督

── 灰野さんが自身を語っていくスタイルは、白尾監督のアイディアですか。

僕とプロデューサーの福岡俊樹さんとで話して決めました。当初は、周辺の人のインタビューを軸にしてその姿を浮き上がらせようという話はありました。でも、撮影の前に何人かに灰野さんについて語ってもらったところ、やはり気を遣うのか、「孤高の人だよね」「独特だよね」と言って褒めることしかしない。それを撮っても映画として面白くないと感じました。なので、灰野さんの姿をどう描くか、というときに、なにもない真っ白な紙に周りを黒く塗りつぶして、白くかたちを浮かび上がらせるようなやり方はやめようと。中から黒く塗りつぶしていってかたちを見せるやり方で撮ろうという気持ちでした。灰野さんと打合せをして会話をする過程のなかで、この語りそのものを撮ろうというところに行き着き、同時に『ドキュメント灰野敬二』という、このストレートなタイトルだったらこの手法が適切だろうとも思いました。

映画を観た人から「灰野さんってあまり話さない人だと思っていた」と言われたりしましたけど、普段喋らないと思われている人だからあえて喋らせようとしたのではなく、そのほうが映画として良いだろうと思ったということです。

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映画『ドキュメント灰野敬二』より (c)2012『ドキュメント灰野敬二』製作委員会

── 灰野さんから「こういうところは撮らないでくれ」といった話はありましたか?

多少はあったかもしれないですけれど、これといって大きな問題にはなりませんでした。こちらはあくまで、なぜ音楽を好きになったのか?を軸に質問して、その過程で灰野さんが違う種類の話を始めたらそれも取り込んでいこう、というやり方でした。なので、まず音楽をどう作ってきたかという歴史を聞くようなところが大きかったです。

── どんな音楽に夢中になったかというディテールが詳しく触れられていますよね。そこから灰野さんの内面に踏み込んでいこうと。

基本的にはそうですね。ただインタビューを撮影する段階ではまだ調べていないことがほとんどなので、撮影後に改めて調べなおすという確認作業を繰り返していました。インタビューをして、それで終わりという部分は少なかった。それは、通っていた小中学校であるとか子供の頃の話も一緒です。例えば音楽ファンになるまでの話というのも、なぜそうなるのか、どういう人が音楽を聴くのか、ということのひとつの例になっていると思います。この作品の中でも、こういう人が音楽に引き寄せられていくんだな……と感じさせるエピソードがあります。灰野さんが少年期の印象深い出来事として話していたので、僕としても映画の中に多少強引でも入れたかった話です。

── 強烈な疎外感が灰野さんの音楽へ向かう根底にあるということですね。

こちらとしても、そのことを語ってもらって、それをどう映像化しようというファイトの湧く話でした。例えば、何不自由なく暮らしていて、学校でも友達がたくさんできて、別に反発することもない優等生だと、何か違う音楽を聴こうという気持ちにはなかなかならないと思うんです。自分もそうでしたが、どうしてもヒットチャートじゃない音楽に惹かれてしまう人というのは、生活していくなかでそういったものに意識を寄せられていくような要素や体験を経ているのではないか、と思っています。 今現在こうしたオルタナティブな音楽が流行っているとしたら、少年時代の成長過程のなかで、そうした孤独を感じる体験を持つ人が増えたんじゃないでしょうか。

── なので、これは灰野さんの物語であると同時に、音楽ファンの物語でもあるな、と感じました。

自分もどうして灰野さんのような音楽を聴こうと思ったのかということは解らないんですよね。上京してきた頃とか、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドやチャールズ・ヘイワード、フレッド・フリスとか……ロバート・クインにはまったり、自分の好きな音楽を探し求めるなかに灰野さんの不失者のレコードがあった。

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映画『ドキュメント灰野敬二』より (c)2012『ドキュメント灰野敬二』製作委員会

自分がいまいる場所がかつては何だったのかを
気にすることから全てが始まる

── 灰野さんを撮りたいというのは、以前から思いとしてあったのですか。

ミュージシャンを撮るドキュメンタリーはここ数年とても増えていますよね。その状況は知っていたのですが……その中でも、映像作家が主体となって創られたもの、自分の好きなものを撮るというのはアリだなとは思っていました。しかしながらその一方でレコード会社がプロモーション・ビデオの代わりに記録映画を製作するみたいなパターンというのもある。だから自分から音楽ドキュメンタリーを撮りたいという発想は正直あまりありませんでした。ただ灰野敬二に関しては撮りたいと思ったということです。……灰野さんは決して撮りやすい人ではないと今でも思っています。ですが撮影中はとても協力的で、おそらくすごく忍耐強く我々に付き合ってくれたのだと感謝しています。

── あくまで灰野さんと音楽というテーマが主軸になっていますが、灰野さんが生きてきた時代背景を作品に写しこもうという気持ちはありましたか?

ありましたね。その時期の社会状況を提示することによって、その時代を覚えている観客に実感してもらうことができる。もちろん情報量を増やしたいと考えていても、それらをひとつひとつ言葉で説明していくわけにはいかないので、例えば当時の記事から抜粋ということで感じてもらう。そういうことは意図としてありました。

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映画『ドキュメント灰野敬二』より (c)2012『ドキュメント灰野敬二』製作委員会

── 語りと同時に出てくるそのアーカイブも非常に細かく挿入されてきますが、撮影と編集、リサーチは行ったり来たりしながらだったんですか。

そうですね。中には、どうしても探しきれなかったという資料もありました。でもリサーチ作業は普段から自分がやってることなので、それほど大変なことではなかったです。川越市にも、観光課と広報課を中心に大変な協力をいただきました。

ただこれは言っておきたいんですが、今回調査したある学校から、まったく古い写真を保存していないと言われたんです。歴史ある学校だし、1枚くらいあるんじゃないですか、と何度か電話でお願いを繰り返したんですけれど、結局、1枚も古い校舎の写真は残っていない、なので取材もお断りする、と……。

自分が考えるには、歴史に興味を持つというのは、自分がいまいる場所がかつては何だったのかを気にすることから全てが始まると思っているんです。それは灰野さんという一人の音楽家に対し、この人は今までどういう生き方をしてきたんだろう、どういう在り方をしてきたんだろうと興味を持つのと一緒で、極めてパーソナルなところから徐々に世界的なところに広がっていくと。

極端に言えば、果たしてあの学校は子供たちに歴史を教える資格があるのだろうか?と疑ってしまいます。今現在、自分たちのいる場所が昔はどうなっていたかを示すこともできないのに、子供たちに日本や世界の歴史に興味を持たせることができるなんて到底思えない。

自分の中から出てくる衝動をフィルムに叩きつけるタイプではない

── 言ってみれば、この映画は音楽映画ではないですよね。もちろんライブ映画でもないですが、非常によいバランスでライブのシークエンスが入ってきます。

レコード会社の作るドキュメンタリーってだいたいツアーに同行する。バスの移動の風景とか打ち上げで酒を飲むシーンとか、そういうのは一切やめようと。どっちにしろ灰野さんがそんなことをするわけもないですし(笑)。それでも不失者のライブは新しく撮ったんですけれど、やっぱり生で観る轟音を体感するのに、どんなに頑張っても敵わない。灰野さんの音楽はライブ、それは僕も感じるから、ひとつのライブをじっくり見せるというよりは、いろんなライブを凝縮して見せたいと思ったんです。

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映画『ドキュメント灰野敬二』より (c)2012『ドキュメント灰野敬二』製作委員会

──チラシに使われている言葉「人間の記号を捨てて、魂っていう暗号になれ」にもありますが、灰野さんはそのフォルムに精神性が現れている方なんだと感じました。

灰野さんはスピリットが外側に表れざるを得ない人だと思います。「人間の記号を捨てて、魂っていう暗号になれ」ってすごくいい言葉で、これは灰野さんの語ること全てに通じるところがある。いちど存在したものは消すことができない。不失者というバンド名にも通じることですけれど、肉体が失われても、心はどこかに在り続けるということが凝縮されている言葉だと思います。

── 先ほどの学校のお話もそうですが、他の監督だったら無視してしまうかもしれないような細部に宿るものを白尾さんは信じて作品にされているんだということが解りました。

僕は自分の中から出てくる衝動をフィルムに叩きつけるタイプじゃないんです。つまり……皆にはあまりまだ知られていない事柄だけれど自分が好きなもの、というのがある。それを勉強して調べて、まとめて解りやすく「面白いですよ」と発表する。そういうところにモチベーションを感じるタイプなんだなと思っていて。そういった切り口で灰野さんを描くことをしたかったんです。

(インタビュー・文:駒井憲嗣)



白尾一博 プロフィール

1970年、北海道生まれ。1994年、東京映像芸術学院在学中に、実験映画『産業とダッチワイフ』を自主制作・監督しIFF1994で大賞を受賞。『港のロキシー』(1998年)『蒸発旅日記』(2003年・撮影&編集)『パルコ・フィクション』(2003年)『ブラックキス』(2006年)『ひぐらしのなく頃に」(2008年)等では、キャメラマンとして参加。かたわら、コーネリアスなどの音楽PVの撮影・演出を多数手がける。2006年公開のドキュメンタリー映画『ヨコハマメリー』ではプロデューサーと編集を担当。文化庁映画賞・日本映画プロフェッショナル大賞などを受賞。プロデューサーと編集を担当した『美代子阿佐ヶ谷気分』(2009年)では、ロッテルダム国際映画祭などに招待された他、イタリア・ぺサロ映画祭で審査員特別賞を受賞した。




映画『ドキュメント灰野敬二』
2012年7月7日(土)より シアターN渋谷にて
モーニング&レイトショー!

出演:灰野敬二 不失者
高橋幾郎/ナスノミツル/工藤冬里/亀川千代/Ryosuke Kiyasu ほか
監督・編集:白尾一博
プロデューサー:小林三四郎/福岡俊樹
撮影監督:与那覇政之
ライブ撮影:冨永昌敬/須藤梨枝子/平岡香純 ほか
ライブ録音:宇波拓
整音・音響効果:藤巻兄将
助監督:林誠太郎
制作担当:白倉由貴
音楽:灰野敬二
スチール:船木和倖
協力:モダーンミュージック/裏窓
エディトリアル デザイン:羽良多平吉
製作:(c)2012『ドキュメント灰野敬二』製作委員会
配給:太秦
2012年/日本/HD/カラー/95分
公式サイト:http://www.doc-haino.com

▼『ドキュメント灰野敬二』予告編



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