骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2012-09-08 20:33


わずか10人のスタッフで奇跡の大ヒット、仏インディー映画『わたしたちの宣戦布告』

フランスで100万人動員した、やみくもなまでの確信に満ちたパワフルな愛の物語
わずか10人のスタッフで奇跡の大ヒット、仏インディー映画『わたしたちの宣戦布告』
映画『わたしたちの宣戦布告』より

2012年9月15日(土)、Bunkamura ル・シネマ、シネ・リーブル梅田ほか全国順次上映となる映画『わたしたちの宣戦布告』。監督・脚本・主演のヴァレリー・ドンゼッリと脚本・主演のジェレミー・エルカイムの二人とその子供に起こった実話でる本作は、フランス本国で新人監督にしては異例の大ヒットとなった。仏在住の映画ジャーナリスト、佐藤久理子さんのレビューをご紹介。




小さな手作りのフランス映画が起した予期せぬ奇跡

2011年はフランス映画界にとって、近年稀に見る当たり年だった。『最強のふたり』『アーティスト』、マイウェンの『Polisse』といった作品が軒並み100万人の動員を越え、大作でも大スターがいるわけでもないフランス映画が、ハリウッドのブロックバスターに劣らぬ吸引力を発揮できることを証明したのである。しかもこれらの作品の監督はみな30から40代の若手であり、今後のフランス映画界を担って行く新世代であることも、業界を活気づけた理由のひとつだった。そんなニュー・ウェイヴのなかでもことさら低予算にして予想外の躍進を遂げたのが、ヴァレリー・ドンゼッリの『わたしたちの宣戦布告』だ。

『わたしたちの宣戦布告』
映画『わたしたちの宣戦布告』より

その第一歩は、昨年のカンヌ映画祭から始まった。批評家週間部門のオープニングに選ばれた本作は、エモーショナルなストーリー、コメディと悲劇が入り混じった独創的なトーン、さらに力強いポジティビティによって観客を圧倒し、15分にも及ぶスタンディング・オベーションに包まれた。開幕早々大きな反響を呼び起こしたその様子は、マスコミの報道やツイッターであっという間に広がり、その後も地道な試写やプロモーション活動によって注目を維持し、バカンス・シーズンが終わり映画館に客足が戻って来る8月31日の公開を迎える頃には、マスコミ各紙に好意的な批評が並んでいた。カイエ・デュ・シネマ誌に至っては、「今年のカンヌでもっとも感動的だった作品。ヴァレリー・ドンゼッリとジェレミー・エルカイムは、メランコリーに浸る我々を明るく照らしてくれる真のヒーローである」と称した。こうした熱狂はドンゼッリ自身も予期していなかったようで、当時「まったく予想外だったわ。うれしい一方でちょっと戸惑うこともあった」と語っている。

とはいえ、題材自体は子供の難病を扱った重いものだ。また俳優としてはドンゼッリもエルカイムも、これまでどちらかといえば脇役が多く、それほど動員が期待できるような派手さがあるわけではなかった。まして監督としての彼女は、きわめてインディーらしい趣の初監督作、『彼女は愛を我慢できない』に続く2作目の長編である。おそらく誰もが、せいぜい10万人規模の健闘を予想していたのではないだろうか。ところが、蓋を開けてみると公開3週目にはすでに10万人を突破。その勢いはじわじわと長期にわたって続き、年末までにほぼ85万人の動員記録を残して、「仏低予算映画きっての美談」と言われるほどになった。それだけではない。年が明けたセザール賞では、作品賞を含む6部門にノミネートされ、さらにはアカデミー賞外国語映画部門のフランス代表(つまりはフランスが最も世界に誇る作品)として選出されるまでに至ったのである。

『わたしたちの宣戦布告』
映画『わたしたちの宣戦布告』より


スタッフは10人足らずで、ひとり何役もこなすのは当たり前

ドンゼッリの自主制作的なスタイルは一作目から変わっていない。新人でもさまざまな援助金に頼った、比較的恵まれた制作環境が持てるフランス映画のなかでは、まさに独立独歩のマイペース型だ。本作もスタッフは10人足らずで、ひとり何役もこなすのは当たり前だったというから驚きである(組合がうるさいハリウッドの現場なら、そんなことは許されもしないだろう)。勝手知ったるスタッフを集めた、こうした親密な映画制作の現場が、このタフな物語を支える独特のエネルギーと団結力をもたらしたことは想像に難くない。

『わたしたちの宣戦布告』
映画『わたしたちの宣戦布告』より

とはいえ、いったい何がここまでの成功を本作にもたらしたのだろうか。所詮、後からのこじつけにすぎないことを承知で書かして頂くなら、次のような要素が考えられる。

第一にはやはり、作品の持つパワーとクオリティだ。特にメロドラマになりがちな要素にユーモアを添えるのを忘れなかったこと。観客はときに息苦しさを覚えるストーリー展開のなかで、痛みからほっと解放される機会を与えられる。主人公のカップルが抱く、やみくもな確信と言ってもいい強固な楽観主義も、観る者に大いなる元気を与えてくれる。「なぜ、よりによって僕らの子が」「私たちなら、乗り越えられるからよ」。実際こうした発想の転換と、それを簡潔に表す気の効いたセリフは、ドンゼッリならではの才能に拠るものだ。これが彼女とエルカイム自身の実体験を元にしたストーリーだということも、作品の説得力を強める要素だろう。監督本人も語っているように、当事者だからこそ語れたこと、あるいはユーモラスに語ることができた領域があり、それがこの手の作品にありがちなリアリティ一辺倒の作風とは一線を画するものに仕立てている。そして何より、障害に立ち向かう若いカップルのラブ・ストーリーであるのは、万人に共感されやすい理由ではないか。試練を受けることで、それまではどこか危なっかしい夢物語のようであったふたりの絆が、代替不可能なものへと変化していく様は、清々しくもたくましい。

第ニには、こうした作品の中身や特徴が、メディアや口コミの力を借りて確実に観客に伝わったことが挙げられる。そうでなければこれだけのロングラン・ヒットには繋がらなかったに違いない。ついでに言えば、ヘヴィ級の中身とは裏腹のきらきらとポップで楽しげなポスターの絵柄も、公開当時大いに目を引き、(大量宣伝を展開していたわけでもないのに)効果を発揮していた。

小さな手作りのフランス映画が起した予期せぬ奇跡。それは本作のドラマ同様、我々の胸に鮮やかな感動をもたらしてくれる。

(劇場パンフレットより転載 文:佐藤久理子)



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映画『わたしたちの宣戦布告』
2012年9月15日(土)、Bunkamura ル・シネマ、シネ・リーブル梅田ほか全国順次上映

監督:ヴァレリー・ドンゼッリ
出演:ヴァレリー・ドンゼッリ、ジェレミー・エルカイム、セザール・デセック(アダム18ヶ月)、ガブリエル・エルカイム(アダム8歳)
2011年/フランス/100分/HD/カラー/シネマスコープ/ドルビーデジタル
配給:アップリンク
公式サイト


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