骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2012-09-12 21:09


笑うことをやめた女の子が他人を笑わせて生きて行こうと決意する物語

CINDIダブル受賞の熊坂出監督『リルウの冒険』ぴあフィルムフェスティバルで一夜限り上映
笑うことをやめた女の子が他人を笑わせて生きて行こうと決意する物語
『リルウの冒険』より

海外国際映画祭に数多くの受賞・招待作品を輩出している日本の映画祭といえば、「ぴあフィルムフェスティバル(PFF)」。日本映画監督の登竜門として知られ、これまで、園子温、橋口亮輔、矢口史靖、熊切和嘉、李相日、荻上直子、内田けんじなど、数多くの監督を輩出している。
今年も多くの入選作品が上映されるが、招待作品部門では、先月韓国で開催された第6回シネマ・デジタル・ソウル・フィルムフェスティバル(CINDI)で、日本人監督としては初めて、グランプリにあたる「レッドカメレオン賞」と国際批評家賞の「ブルーカメレオン賞」をダブル受賞した熊坂出監督の『リルウの冒険』が上映される。
熊坂監督は、2005年に自主映画『珈琲とミルク』がPFFに入選して審査員特別賞を含む3賞を受賞、2008年にはPFFスカラシップ作品『パーク アンド ラブホテル』で日本人監督として初めてベルリン国際映画祭の最優秀新人作品賞を受賞。
『リルウの冒険』は、熊坂監督が、脚本、撮影、製作も行った自主映画で、現実と非現実が交錯するパラレルワールドを描いた長編作品だ。現在のところ配給予定は未定で、劇場で上映される機会は、PFFでのみ!約5年ぶりの新作『リルウの冒険』、そして熊坂監督の古巣とも言えるPFFに関して、話を聞いた。

素人の子役と
ドキュメンタリー畑のスタッフ

──前作の『パーク アンド ラブホテル』でも思いましたが、子役の演技が即興なのかと思うくらいの自然さがありました。今回は子役の役者との距離感が、さらに近いですよね。

基本的に、脚本通りです。ただ、たとえば、喧嘩のシーンでは、ここで立ち止まって、バケツを蹴っ飛ばして、とか大雑把な動きの指示はしましたが、細かい芝居はつけていません。でも、あのシーンは、18テイクも撮ってるんですよ(笑)。

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『リルウの冒険』の熊坂出監督

テイクがかさんでしまったシーンは他にもあります。後半で、リルウとこころが、銀行やお金、兌換紙幣(編集部注:金貨や銀貨に交換することが前提とされた紙幣)のことについて会話をするシーンがあって、こころが台詞を何度も間違えてしまったんです。そのシーンでは、りりィさんが抜けで映っているので、ずっと、りりぃさんを(撮り直しに)つきあわせてしまって(笑)、監督として許されない行為だよなあって。普通なら「カットを割ってください」って、助監督に怒られると思います。で、OKテイクを撮れたのですが、結局、半分以上編集で切ってしまいました(苦笑)。

──子役の皆さんは、演技経験がないというのは本当ですか?

そうですね。でも、演技経験がない方が演出する僕としては楽です。僕がどんなに下手な演出をしても、「この人は監督だ」って僕をリスペクトして接してくれるし(苦笑)、とにかく、お芝居を作るということを良い意味で知らないから、その子にとって自分の経験値をそのまま持って来て笑ったり歩いたりするしかなくて、実生活で経験していない事は表現できない。演技経験がない子の方が、台詞や表情、行動は、複雑で豊かなままに自然と出せてしまうように思います。

──とは言っても、それを引き出すまでは大変だと思いますが……。監督が撮影監督もされているのが大きいのでしょうか?

どうでしょうか。ただ、今回の映画は、よく一緒に仕事をしているドキュメンタリースタッフと作った事がよかったように思います。演技経験のない子供は、一事が万事というか、今しか撮れないとか、もうちょっと粘れば撮れるとか、こちらの嗅覚や勘を試される局面が多い。去年から今年にかけて、仕事で2、3歳児を撮影する機会が多いのですが、2、3歳児は、こっちが「こういうふうに撮りたい」と話したところで何の効果もない(笑)。その子のお母さんやスタッフ達とある種共犯関係になって先回りしつつも、その子がどんなボリュームでしゃべるかわからないし、顔をどっちに向けるかもわからない。子供はすぐに飽きてしまうから1、2テイクしか撮れない。それをふまえて、録音した音が割れないように、笑顔がしっかり写るように、そして編集の事も考えつつ、撮影しなければいけない。よく失敗しますが(笑)、子供相手だと、そういう勘や読みが必要になってきます。『リルウの冒険』は、プロのドキュメンタリーのスタッフが集まって、動物的・野性的な子供たちの瞬間瞬間を切り取っていったので、うまくいったんだと思います。

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『リルウの冒険』より

──この作品を撮ることになった経緯を教えてください。

『リルウの冒険』はもともと、NHKの連続ドラマ企画として考えたものでした。第一話で、「自分は笑えなくなった」と思い込んだ小学生女子が、あるきっかけがあって、笑うことを本当に封印してしまう。その代わりに、他人を笑わせて生きて行こうと決意する。第2話以降、リルウは、訳あって笑えなくなってしまった人を探してはなんとか笑わせようとする。そういう流れで10話分の脚本を書きました。

NHKのとあるプロデューサーが気にしてくださって、連続ものは無理だけど2時間ドラマにしてはどうかと提案してくださったのですが、僕は、連続ドラマにしたかったんです。サザエさんやドラえもんみたいに。

それで、懇意にして頂いている別のプロデューサーと僕とでお金を出し合って、スポンサーが見つかるまでは、パーソナルワークとして撮っちゃおうということになって。1話は、何故、リルウが笑うことをやめて人を笑わせるようになったのかその背景が分かるだけで、この連続ドラマがどう面白く続くのかの保証や担保が見えない。リルウがどうやって人を笑わせようとして、失敗して、ハッピーエンドになるのか、そのプロトタイプが提示できないと、この連続ドラマの面白さはスポンサーに分かりようがないということで、第2話まで撮ろうということになったのです。

第1話の撮影が終わって、第2話の撮影初日、準主役の男の子が、お昼頃様子がおかしくなって。盲腸なのに末期がんだと勘違いして笑えなくなっちゃった男の子の役なのですが、妙に体調が悪い芝居をするというか、ゴホゴホ咳き込んだりぼーっとしたり、あまりに様子がおかしいので診察してもらったら、「インフルエンザです」と。本物の病院で撮影していて良かった(笑)。結局、完治するのに2週間かかると言われ、第2話は諦めて東京に帰ってきました。現場費もほとんど使いきってしまったし、どうしようって。第1話をつなげてプレビューした時に、結局、2時間にしよう、と(苦笑)。

──第2話以降はお蔵入りですか?続編の予定は?

みんな大きくなっちゃったし、無理ですね。連続物だと、途中から、登場人物が勝手に動き出すので、脚本を書いていて面白かったです。第4話くらいで、リルウは本当に笑わない子になってしまうんですね。すると、リルウが笑わなくなったことにお母さんが心配しだす。人間は笑わないとどうなるのかを調べて、人間は笑わないと駄目になるということがわかって、放任主義だったのにリルウにコミットメントするようになったり。第6話で、リルウは、他人を笑わせるんじゃなくて、本当はこころを救わなければならなかったんだ、と気づいて行動し始める、という展開でした。

──シリーズで観られないのは残念です。ところで、リルウの存在感が圧倒的ですが、彼女ありきで生まれた作品なのでしょうか?

そうです。リルウのお父さん役のユールさんと仕事をした時に、リルウと出会いました。「この子で何かしら撮れる!」と思いました。

日常性の破壊、
新しい価値観の提示

──CINDIでは、どんな反響がありましたか

映画祭でアテンドしてくれた韓国の学生さん達がいて、あまりアートフィルムみたいなものを観ない友達を連れて観にきてくれて「面白かった!」という言葉を聞いた時は、本当に嬉しかったです。批評家の方は、ゲームとか夢とか現実とかお金とか、そうしたものの対立構造が面白いとおっしゃっていました。

──そのあたりは、意識されていたんですか?

そうですね。ちょっと前から、“お金”というものにとても興味を持っています。兌換紙幣を止めてしまった後のお金って、クレジットカードとか電子マネーとか、どんどんバーチャルになってきてる気がします。お金と同じく、世の中に実体を持たないものが多くなって来ている気がしていて、そうしたものをキーイメージとして描きたかった。

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『リルウの冒険』より

──なぜお金なんですか?

やっぱり、「お金なんて」と言ってみたところで、結局、相当な場面でお金が必要だし、意識せずとも、お金が関係してくる部分って生活や人生の中で相当に圧倒的だと思うのです。その割には、お金についての知識を自分は持ち合わせていないと思ったのです。リルウの冒険でもお金を扱っていますが、この映画は、ゲームやお金や夢がテーマの映画ではありません。「テーマはお金です」というようなテレビ番組をいつか作りたい。

──お金もそうですし、テレビやマスコミやゲームなどあらゆるメディアが同列に出てきて、その背後にある“物語”って何なんだろうと、考えさせられました。インディーズらしい作品と言っていいのかわかりませんが、なんて言うか、とても冒険されていると思いました。

ありがとうございます。先程お話したNHKのプロデューサーに、昔、とある脚本を読んでもらった時、「日常性の破壊が足りない」と言われたことがあって、その言葉が今も息づいています。それってとても大事だよなと思います。人は自分の日常を壊して欲しいとどこかで思っていて、映画を見たり漫画を読んだりすると思うから。

──日常性の破壊って、新しい価値観や物の見方の提示ということですか?

まさにそういうことだと思います。プロはみんな考えていることだと思います。

唯一の道しるべだった
PFF

──2005年に『珈琲とミルク』がPFF入賞されて、2008年にPFFスカラシップで『パーク アンド ラブホテル』を撮られていますが、今振り返ってみて、熊坂監督にとってのPFFとは、どんな場所ですか?

スカラシップでは、すごくいい経験をさせてもらいました。
初の劇場長編映画だったし、3週間という長期の撮影も監督としては初めての経験で、とにかく大変でした。自分独自の、自主映画でやってきた手法が通じないことが多々ありました。でも、何かプロフェッショナルの定型の流儀があって、それに合わせなければならないという事では決してなかったように思います。要は、監督は、スタッフやキャストを突き動かす何か、言葉でもジェスチャーでも、匂いでも世界観でもオーラでもなんでもいいけれど、圧倒的な何かを2つくらい持っていないといけないと思いました。スカラシップ作品を撮り終わった時、人を動かすということ、人に動いてもらうということ、人間関係とかコミュニケーションとか、様々なことを考えました。

僕にとっては、日本映画界ってどうやって入って行けばいいのかまるでわからなかったから、PFFは、唯一の入り口だったんです。スカラシップが獲れれば、配給がついて作品は全国を回るし、いい興行成績を残せれば、商業映画監督への道が開ける。すごくいいシステムだと思います。プロデューサーの天野(眞弓)さんは、監督の意向を尊重しつつも、うまくハンドリングしてくれる肝っ玉お母さんだし、海外映画祭をついて回ってくださるディレクターの荒木(啓子)さんもまた、母なる巨人です。

僕のスカラシップ作品は、商業映画になりそこねた。商業的な部分を、もっと考えて撮ればよかったと思います。一般的に、自主映画よりも商業映画の方が多くの人の目にさらされるから、結果的に、映画が強くなるように思います。

──商業的な方向に、ご自分を置かないようにされているのかと思っていました。

いやいや、そんなことないです、商業映画、撮れるようになりたいです!(笑)
僕の失敗は少なくとも2つあると思います。ひとつは、商業映画として成立させられなかったこと。そして『パーク アンド ラブホテル』以外のほかの企画を持っていなかったこと。ベルリン(国際映画祭)で新人賞をいただいた時、大きなチャンスに恵まれたんです。業界の一線のプロデューサーに囲まれて食事をして、何か企画ありませんか、と。でも、手持ちの企画が無かった。風が来たら凧を飛ばす準備をしていなかったんです。そういえば、今回も韓国で出会ったプロデューサーからお話をいただいたんですよ。プロットを送らないといけないのに、もう4日間も経っていて、全然成長していません(苦笑)。

(取材・写真・文:鈴木沓子)



熊坂出(くまさか いづる) プロフィール

さいたま市出身。1998年立教大学文学部英米文学科卒業後、グラフィックデザイナーを経て、映像ディレクターに。2004年に制作した自主映画『珈琲とミルク』がぴあフィルムフェスティバル/PFFアワード2005で審査員特別賞、企画賞、クリエイティブ賞を受賞。第17回PFFスカラシップ作品『パーク アンド ラブホテル』が2008年ベルリン国際映画祭で最優秀新人作品賞を受賞。2012年、第6回シネマ・デジタル・ソウル映画祭映画祭で、日本人監督として初めてグランプリにあたるレッドカメレオン賞と、国際批評家賞であるブルーカメラマン賞をダブル受賞した。




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『リルウの冒険』
第34回PFFぴあフィルムフェスティバル
9月21日(金)18:30 大ホールにて上映

たった一人の友達、こころが消えた。「リルウ、ゆめをわすれないで。」ゆめ? だれがみたゆめ?「ふたつそろわないとほんとうの意味がわからない物語がある」と、こころは言った。何者かによって異世界に招き入れられたリルウ。そして、リルウの冒険が、今、はじまる。『パーク アンド ラブホテル』の熊坂 出監督待望の新作。
※当日は、英語字幕での上映。熊坂監督の登壇を予定

監督・脚本・撮影:熊坂 出
出演:ジャバテ璃瑠、仲村渠さえら、ユール・ジャバテ、泉川珠羅、りりィ(特別出演)
2012年/117分/HD/カラー

第34回PFFぴあフィルムフェスティバル
会期:2012年9月18日(火)~28日(金)(月曜休館)
会場:東京国立近代美術館フィルムセンター
公式サイト:http://pff.jp/34th/




▼『リルウの冒険』予告編



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