骰子の眼

cinema

東京都 新宿区

2012-10-18 23:00


虐げられた魂がふれあい、救いが見つかることもある。人生って捨てたものではない

パディ・コンシダイン監督による戸惑いながら生きる大人たちへの切なる思い『思秋期』クロスレビュー
虐げられた魂がふれあい、救いが見つかることもある。人生って捨てたものではない
映画『思秋期』より (C)CHANNEL FOUR TELEVISION/UK FILM COUNCIL/EM MEDIA/OPTIMUM RELEASING/WARP X/INFLAMMABLE FILMS 2010

一触即発の荒ぶる魂を抑えられない男。そしてチャリティ・ショップで働き彼と偶然出会い、温かい眼差しで見つめる女。互いに内面深くに闇を抱えたふたりの間に起こる細やかな感情の動きが丹念に描かれる。喪失感を携えながら、それでもポジティブに生きていこうとする両者の前に立ちはだかる容赦ない現実。ピーター・ミュランとオリビア・コールマンが演じる、パッと見、親子にも見えるくらいのふたりの心の慟哭には、胸が引き裂かれる思いだ。そして女の夫を演じるエディ・サーマンも、ジェントルな風貌だからこその不気味さが際立っている。この三つ巴の俳優陣の演技力には舌を巻くほかない。

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映画『思秋期』より (C)CHANNEL FOUR TELEVISION/UK FILM COUNCIL/EM MEDIA/OPTIMUM RELEASING/WARP X/INFLAMMABLE FILMS 2010

パディ・コンシダイン監督は、絶望的な状況だけを捉えるだけではない。グレイな色彩のなか、やり過ごしていくだけの毎日にふと訪れる小さな幸せを、登場人物たちと絶妙な距離感を持って捉えている。バーでのやりとりや、男の友人の葬式のシーンでの、ふつふつと沸き起こる気持ちのゆれをカメラに収める監督の視点には、たとえ非情な世の中であっても人間を信じきる力のようなものを感じる。随所に登場するキリスト教のモチーフは主な舞台となるチャリティ・ショップに由来するものだが、宗教は人を救済しないことをストーリーのなかで逆説的に証明してみせる。傷つくことを恐れずに交わしていく人間関係こそが、人を救うことができる。主人公のジョセフとアンナの間に芽生えるムードは、ラブシーンのないラブストーリー、と形容したい。

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映画『思秋期』より (C)CHANNEL FOUR TELEVISION/UK FILM COUNCIL/EM MEDIA/OPTIMUM RELEASING/WARP X/INFLAMMABLE FILMS 2010




映画『思秋期』
10月20日(土)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開

ジョセフ(ピーター・ミュラン)は、失業中の男やもめで飲んだくれ。キレやすいうえに、怒りの感情を抑えられず、酒を飲んでは周囲に因縁をつけて大暴れを繰り返す。自分ではどうにもならない衝動的な怒りと暴力。そんな日々に精神が消耗し、彼はもはや自己崩壊寸前に追い込まれていた。ある日、いつものようにいざこざを起こし、失意のどん底で駆け込んだチャリティ・ショップ。ジョセフは、その店で働く女性ハンナ(オリヴィア・コールマン)と出会う。明るく聡明な彼女の存在は自暴自棄なジョセフを癒し、やがて心を打ち溶かしていく。しかし、ハンナもまた人知れずある闇を抱えていた。それは、2人の人生に衝撃をもたらす事件へと発展する……。

脚本・監督:パディ・コンシダイン
出演:ピーターミュラン、オリヴィア・コールマン、エディ・マーサン、サミュエル・ボットモレイ、ネッド・デネヒー、ロビン・バトラー
製作:ディアミッド・スクリムショウ
撮影監督:エリック・アレクサンダー・ウィルソン
音楽:クリス・ボールドウィン、ダン・ベイカー
衣装デザイン:ランス・ミリガン
提供:新日本映画社
配給・宣伝:エスパース・サロウ
後援:ブリティッシュ・カウンシル
PG-12
2011年/イギリス/98分/カラー/35㎜/スコープサイズ/ドルビー
公式サイト:http://tyrannosaur-shisyuuki.com

▼『思秋期』予告編



レビュー(5)


  • pc01miwaさんのレビュー   2012-09-25 00:39

    『思秋期』クロスレビュー:痛々しい現実の中にある救い

    これは、痛々しい現実を、それから目を背けたりごまかしたりすることなしにそのまま描いた作品である。そのような映画というと、昨年鑑賞したナタリー・ポートマン主演「水曜日のエミリア」を思い出す。そちらは何となく救いがないまま終わってしまい、鑑賞によってエネ...  続きを読む

  • snow2012さんのレビュー   2012-09-26 13:19

    『思秋期』クロスレビュー:人生に救いはある

    ずしんと胃の中が重くなった。 暴力を受容しない、暴力への反発が猛烈に湧き出てくる。 同時に男の本性に怒りと暴力があり、男というものを恐れるに足る内容である。 暴力というものが、人間をどこまで恐怖に陥れるものか。 リーズの町を舞台に、日常生...  続きを読む

  • waseikobaさんのレビュー   2012-09-26 20:29

    『思秋期』クロスレビュー:乱暴老人の恋??

    いきなり、自分の犬を蹴殺す老人ジョゼフではじまります。 この老人乱暴者で怒りやすく、友だちがいません。 ただひとりの友だちは、癌でねこんでいます。 あと、近所の少年サムが彼が心を許すひとです。 この少年の母は、サムの父でない男ボッドとその犬の...  続きを読む

  • さいとうさんのレビュー   2012-09-29 03:30

    『思秋期』クロスレビュー:新しい映画の見方

    この映画の存在を知った時からちょっと気になっていたので、trailerを見てから行ったが、その印象では、かなり劇的な展開があるのかなぁなんて思っていた。実際見てみると…1シーン1シーンが淡々と進んでいく。主人公のジョセフやハンナにすごく肩入れして見て...  続きを読む

  • rose_chocolatさんのレビュー   2012-10-01 22:12

    『思秋期』クロスレビュー:心を癒すひと

    行き場のない怒りを抱えながら暮らする初老の男と、誰にも言えない悩みを抱える中年の女がある日出会う。 男は前妻をティラノサウルスと呼び、愛を伝えることが出来なかったことを悔やんで暴力的な振る舞いに逃げ、そして女は人知れず日々の苦しみにひたすら耐えて、...  続きを読む

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