骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2012-11-07 01:16


『孤高のメス』大鐘稔彦氏が綴る映画『ミラクルツインズ』

「双子の姉妹の雄弁な語りによって肉親の情愛、男女の絆、さては人生の何たるかも深く考えさせてくれる」
『孤高のメス』大鐘稔彦氏が綴る映画『ミラクルツインズ』
映画『ミラクルツインズ』より

生まれながらにして嚢胞性線維症(Cystic Fibrosis 通称CF)という肺の難病もって生まれてきた日系双子姉妹のドキュメンタリー『ミラクルツインズ』 が11月10日(土)から渋谷アップリンクで公開される。今作はアナベルとイサベルの姉妹が辛い治療やセラピーを経て臓器移植により病気を乗り越え、自ら臓器移植の必要性をたくさんの人に伝えるため自ら支援活動を始め、多くの人たちに勇気と希望を与えていく過程を清々しく描いている。公開にあたり、医師であり医療漫画『メスよ輝け!!』の原作で知られる作家・大鐘稔彦氏に今作への思いを寄せていただいた。

命のリレー、究極の選択、
肺移植によって新たな生命を得た姉妹のものがたり
大鐘稔彦(医師・作家/兵庫県南あわじ市在住)

1986(昭和61)年の暮れ、私はピッツバーグのプレスビテリアンホスピタルに一週間逗留し、4例の肝移植を見学した。
第一例の患者は劇症肝炎(Fulminant Hepatitis 以下FH)で全身真っ黄黄、昏睡状態でオペ室に運ばれて来た。 それまで私はFHを二例経験していた。一人は20歳そこそこ、リンゴのようなホッペをした健康そのものの若いナースだったが、肝炎患者から採血した注射針を誤って自分の指に刺してしまったらしい。
もう一人は30代の理容師で、剃刀で傷つけた指から客のB型ウイルスが侵入したものとみなされた。当時では最新の治療法とみなされていた血漿(けっしょう)交換を夜を徹して行ったが救い得なかった。その頃、本邦では毎年3,000人程がFHにかかり、助かるのはせいぜい三人に一人と言われていた。
ピッツバーグの最初の患者が移植によって九死に一生を得たと知り、カルチャーショックを受けた私は、帰ってから早速肝移植にまつわる文献を読み漁った。何と、既に1960年代の後半に、ピッツバーグの総帥T・E・スターツルはCBA(先天性胆道閉鎖症)の小児に脳死者からの肝移植を行っていた。
(日本は米国に20年立ち遅れている!)
こう実感した私は、一刻も早くこの遅れを取り戻すべきだと考えた。

私は消化器を主とする外科手術に携わってきて、肝移植を究極のゴールと目していたから、これをテーマにしたシナリオを書き上げ、当初はコミックスの形で『メスよ輝け!!』と題して世に出した。しかし、コミックスは吹き出し(台詞)が限られており、ことに医学的な説明になるとどうしても舌足らずの感を拭い切れず、手術シーンもより詳細に書きたいと念じ、改めて小説『孤高のメス』を世に問うた。幸いコミックスに勝る多くの読者を得て、一昨年には映画化もされた。
映画のクライマックス──アイスボックスからレシピエント(ドナーから臓器を提供される人)の腹腔に移されたドナーの肝臓に患者の血液が流れ込んだ時、冷たく紫色がかった肝臓がボーッと赤く染まってくる──このリアルなシーンに多くの人が感動の言葉を寄せてくれた。“正に生命のリレーだ”と言って下さる人もいた。
1998年、米国に遅れること30年、本邦でもようやく脳死問題が解決し、臓器移植へのメドが立った。そして翌年、脳死者をドナーとする心臓移植と肝臓移植が成功した。更に2010年、改正臓器移植法が成立し、15歳未満の小児もドナーとなれる仕組みが出来上った。これによって今年、脳死判定を受けた男児から拡張型心筋症で余命いくばくもないとみなされた女児に心臓移植が施行され、成功を見ている。

前置きが少し長くなったが、ここで是非観て頂きたい映画がある。『ミラクルツインズ』。先天的な肺の難病を患った日系アメリカ人の双子の姉妹の物語である。
彼女達の病気は嚢胞性線維症(Cystic Fibrosis 以下CF)、気管支末端の肺胞がつぶれて嚢状(袋のような形)になるため痰がたまり、換気不全や感染症を併発、これを繰り返しているうちに次第に肺は硬くボロボロになって機能を失い、呼吸が出来なくなる。
姉妹は1972年、日本人の母親とドイツ人の父親のもとに生まれた一卵性双生児アナベルとイサベルで、生まれながらに同じCFを宿痾(しゅくあ)として負った。二人は現在、自分達を救ってくれた臓器移植の有難さを広く世に伝えたいと、世界各地に足を運んで自らの闘病生活を語り伝えている。『ミラクルツインズ』は彼女たちのこれまでの足跡を、生々しい映像と、二人の淡淡とした、しかし雄弁な語りによってつぶさに伝え、肉親の情愛、男女の絆、さては人生の何たるかも深く考えさせてくれる。

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イラストレーション:折原みと
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映画『ミラクルツインズ』より

他者の臓器をもらってまで生き延びることを潔しとしない人もあろう。生まれながらの宿痾はそれも宿命と甘受し、自然の成り行きに任せればよい、と考える向きもなくはないだろう。しかし、1960年代に世界で初めて心臓移植を手がけた南アフリカ連邦の外科医クリスチャン・バーナードは、レシピエントの心理をこんなたとえ話で表している。「ある男がライオンに追われて河岸にまで逃げ延びたが、見れば河にはワニが何頭もひしめいている。しかし、瞬時のためらいはあっても、彼は必ずや河に飛び込むだろう。そのままなら確実に、背後に迫ったライオンの餌食になる。河に飛び込んでもワニに食いつかれるかも知れないが、何とかかわして向こう岸にたどり着ける可能性がゼロではないからだ」。

かつて渉猟(しょうりょう)した肝移植の文献の中に、オランダのクロニンゲンのレポートがあったが、そのある件が印象的だった。曰く、「肝移植を待ち望む患者は、たとえ成功率が5パーセントだと聞かされても動じない。何故なら、それまで姑息的な治療や手術で散々いためつけられ苦しんできたからである。そして、そのままなら、ごく近い将来に死を迎える確立は100パーセントだからである」。

臓器移植は究極の選択肢であり希望であるが、圧倒的にドナー不足である。アメリカは銃社会でガンショットによる脳死者が多く出るものの、人口は日本の3倍であるから慢性的なドナー不足をかこっている。しかし、自国民のみならず、他国の移植希望者も受け容れている。この寛容さを思う時、せめて自国民のレシピエントには自国民のドナーによる移植が行われることを願わしめられる。
このドキュメントを観られた一人でも多くの方が、ドナーカードに署名して下さることを切望して止まない。

映画『ミラクルツインズ』劇場パンフレットより転載

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映画『ミラクルツインズ』より



大鐘稔彦 プロフィール

1943年、愛知県名古屋市生まれ。1968年、京都大学医学部卒業。母校の関連病院で産婦人科、麻酔科、外科を専攻。1977年、民間病院の院長を務める。1989年、 「日本の医療を考える会」を起会の傍ら、東京女子医大消化器センター、癌研病院、国立がんセンター、ピッツバーグ大学等に手術見学に赴く。「癌患者のゆりかごから墓場まで」をモットーに集学的癌治療を目指す病院を設立。リアルタイムでの手術公開や“エホバの証人”に対する無輸血手術70例を手がける。1989年、高山路爛名義にて原作を手がけた医療漫画『メスよ輝け!!』の連載がスタート(2010年に映画化)。今作は2005年、大鐘稔彦名義で『孤高のメス-外科医 当麻鉄彦』として小説化もされた。1999年、30年執ったメスを置き、淡路島の一公立の診療所に赴任。




映画『ミラクルツインズ』
2012年11月10日(土)より、渋谷アップリンクにてロードショー
第七藝術劇場ほか、全国順次公開

監督・プロデューサー:マーク・スモロウィッツ
プロデューサー: アンドリュー・バーンズ
出演:アナベル・マリコ・ステンツェル、イサベル・ユリコ・ステンツェル・バーンズ
原題:The Power of Two
配給:アップリンク
協力:社団法人臓器移植ネットワーク
2011年/アメリカ・日本/94分/英語・日本語
(c)Twin Triumph Productions, LLC
公式サイト:http://www.uplink.co.jp/miracletwins/
公式twitter:http://twitter.com/uplink_els
公式FACEBOOK:http://www.facebook.com/miracletwins.jp

▼『ミラクルツインズ』予告編





『ミラクル・ツインズ!―難病を乗り越えた双子の絆』
イサベル&アナベル・ステンツェル

ISBN:978-4000248570
価格:2,100円
版型:188×132ミリ
ページ:212ページ
発行:岩波書店


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