骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2012-11-23 15:25


「この二人には苦しみを乗り越えたからこその爽やかさがある」

ハンセン病に翻弄された夫婦の愛の物語『61ha 絆』野澤和之監督インタビュー
「この二人には苦しみを乗り越えたからこその爽やかさがある」
『61ha 絆』より

瀬戸内海の大島にあるハンセン病療養所で暮らす夫婦を描くドキュメンタリー『61ha絆(61ヘクタール きずな)』が11月24日(土)より渋谷アップリンクで公開される。「社会の周縁にいる人々を描き続けたい」とこれまで『ハルコ』(2004年)『マリアのへそ』(2007年)といった作品を手がけてきた野澤和之監督は今作で、ハンセン病を取り巻く社会的問題を追及するよりも、念願のカラオケ大会に出場を果たすまでの、二人のごく普通の日常生活を捉えることに注力した。


「カメラをまわす前の企画の段階で『島の愛の物語』というのが最初のタイトルだったんです。それまでも、ハンセン病の患者を追っていたのですが、どうしても悲惨な状況のうえ被害者論、悲劇論になってしまいがちで、それを突き抜けたいと思っていた。そこであの夫婦に出会ったことで、出会ったときに感じた〈乗り越えた愛〉をどう描くか、というのが最初のプロットでした。映画をひとつの映画空間としてカタルシスを感じて堪能してもらいたいので、ドキュメンタリーとしての問題提起だけで終わるのは僕の手法ではないのです」。


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映画『61ha 絆』の野澤和之監督

60年以上にわたり島で生活を続ける東條高さん(78歳)と康江さん(75歳)に初めて出会ったときのことを「話していると、取材や情報収集を忘れて、気持よくて、居心地が良かった」と野澤監督は語る。監督の最初のその清々しい気持ちは、7年を費やした制作を経て公開に至った現在でもなお、ゆるぎがない。


「テーマははじめから明確だったので闇雲には撮りませんでした。後半は資金が大変でしたが、文化庁の支援がとれたことは良かったです。そうはいうものの、日常を撮るというのは、お互い疲れるからたいへんでした。1ヵ月、1週間住みこめば効率はいいのですが、康江さんと高さんも家に1週間毎日撮影スタッフがいたら、いくら僕らが空気のような存在だったとしてもいやになってしまいますよ。やっぱりカメラがあると緊張するわけですから。そこは狙いを決めて、2泊3日、あるいは3泊4日したら1回東京に帰るようにしました。相手のことを考えてあげること、それがドキュメンタリー撮影のときに重要なことです」。


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『61ha 絆』より

「ハンセン病、そして療養所をめぐる歴史については、必要最低限のスーパーを入れました。入れようと思えばもっと入れられるけど、言えば言おうとするほど、テーマから離れるかなと思ったのです。難しい決断ですが、入れていたら、こういう作品にならなかった。
冒頭の康江さんのリハビリのシーンも、テレビのドキュメンタリーだったら、パラフィン療法だ、というふうに解説するんですが、それもしなかった。ひとつひとつ説明しないことにしたんです。この映画を観て興味を持ったら、調べてください、でいいと思った。康江さんたちは戦後間もなく入院していますが、日本の療養所は十分な薬を供給していない。もし康江さんたちにお金があったら施設を通して高い薬を買いますが、保険もきかないので、ほとんど買わないし飲まない。実際問題、療養生活といっても、特殊なんです。日本中の施設というのはそういうことばかりなんです。康江さんはそうした絶望や悲劇を全て乗り越えて、現実を肯定してきたのです」。


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『61ha 絆』より

「塩ふりて 食ぶる胡瓜の 青清し 生かされいる 今日の幸せ」 など、二人の日常に挟み込まれる康江さん自身の短歌には、彼女の人間性がにじみ出ている。そして食卓で談笑する場面や、カラオケ大会の舞台に登場する前の衣装合わせの場での会話、そして、高さんを応援する康江さんの佇まいなど、日常にあるささやかだけど貴重なドラマが積み重ねられる。その背後にある苦労はもちろん感じられるものの、その重さをはねのける二人の余裕とも感じられる態度が、この作品の印象を爽やかなものにしている。


「このハンセン病の夫婦を通して、普遍的なテーマを抽出したかった。それはドキュメンタリストとしての習性です。それは言葉では『愛』かもしれませんが、言ってしまえば陳腐になります。そのテーマは、高さんと康江さんの中にあるような気がする。あの夫婦っていいなぁと思う、それはなぜなんだろう、ということを観た方それぞれに聞きたいです。あれを愛というのか信仰というのか、僕もよく言葉にできない。でも、二人には何か乗り越えた力がありますよね。だからとても爽やかに見えるんでしょう」。


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『61ha 絆』より

「乗り越えるということは受け入れる、ということでもある。康江さんも『ハンセン病をめぐる事情のなかでこういう人がいたんだ、ということを若い世代に知ってもらいたい』ということで、撮影を許可してくれました。この作品は、仕事が辛い人や勉強が辛い人など、いま悩んでいる若い人に観てほしいんです。これから恋愛をし、結婚していく若い人に、夫婦ってこんなものなんだって知ってほしいんです。自分の親を見ても喧嘩ばかりして尊敬できなかったりするようないま、未来を思うときに、こんなすてきな夫婦像がもっと広まれば、もっとみんな結婚したくなるんじゃないでしょうか(笑)。
ハンセン病の問題を突き抜けて、ある人にとってはハンセン病が失業であり婚活であり、自分の悩みに置き換えられる。そうすればみんな幸せになれると思うのです」。

(取材・文:駒井憲嗣)



野澤和之 プロフィール

新潟県出身。立教大学文学部大学院修了 文化人類学専攻。記録・文化映画の助監督を経てテレビドキュメンタリーの世界へ。文化人類学を学んだ体験から文化・社会の周縁にいる人々を描いた作品が多い。在日1世の家族を描いたドキュメンタリー映画『ハルコ』は、全国公開され話題となった。その他の作品として、マニラの路上の子供たちを主人公にした『マリアのへそ』、両手両足のない中村久子女史を描いた『生きる力を求めて』がある。
http://kazuyukinozawa.web.fc2.com/




映画『61ha 絆』
2012年11月24日(土)より渋谷アップリンクにてロードショー

キャスト:東條康江、東條 高
監督・脚本:野澤和之
プロデューサー:中村孝
脚本協力:さらだたまこ
撮影:堀田泰寛(J.S.C.)
撮影技術協力:手島康裕
編集:石原肇
音楽:KAZZ
2011年/日本/カラー/16:9/ステレオ/97分
製作・配給:インタナシヨナル映画株式会社
(c)2011年「61ha絆」製作委員会
公式サイト:http://www.impc.jp/61ha/
公式twitter:https://twitter.com/61hakizuna
公式FACEBOOK:http://www.facebook.com/61hakizuna

▼『61ha絆』予告編



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