骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2013-01-17 22:41


イラクで今何が起きているのか、いいかげん気づいたらどうなのだ、とどやしつけられる思いだ

カンヌ国際映画祭批評家週間グランプリ『アルマジロ』池田香代子さんによるレビュー
イラクで今何が起きているのか、いいかげん気づいたらどうなのだ、とどやしつけられる思いだ
映画『アルマジロ』より

アフガニスタンの最前線基地に赴いたデンマーク軍の若い兵士たちを捉えたドキュメンタリー『アルマジロ』が1月19日(土)より公開される。国際平和活動(PSO)という名の下に派兵された彼らに7ヵ月密着撮影を敢行することにより、兵士たちが戦場で変化していく姿が臨場感に満ちた映像で描き出される。公開に先立ち、翻訳家の池田香代子さんによるレビューを掲載する。池田さんは1月30日(水)に渋谷アップリンク・ファクトリーで行われる公開記念トークイベントに出演が決定している。

あなたはこれを肯定するか、という静かな声
──池田香代子(翻訳家)

自分が何を観たのか、いまだに混乱している。

危険な戦場にドキュメンタリー映画の制作チームが入ることを許可するとは、デンマークという国は、その軍は、いったいどういう料簡なのだろう。

それは、部隊にとって途方もない負担だ。民間人である撮影クルーを守るという任務が加わるし、もしも負傷したら救出しなければならない。戦闘に必要な最小限の人員と装備以外は、兵士の危険を高める。つまりは足手まといだ。

混乱するのは、こうした制作事情が理解を超えるからだけではない。もちろん、作品そのものが信じられない内容だからだ。戦闘のありさまや兵士の本音もひとつひとつが目を疑い、耳を疑う体のものだが、なによりも、作品はジュネーブ条約に照らせば断罪されるかもしれない残虐行為が行われた戦闘を、たまたま記録してしまったのだ。

さらに驚くのは、当事者である兵士や、その戦闘について所見を述べる上官が、特定されないための配慮をされぬまま、作品に出ていることだ。そして、デンマークという国ではこれが公開されたという事実、さらにはヨーロッパ各国で公開され、カンヌで批評家週間グランプリをとったという事実だ。

そうしたことに驚くとは、恥ずかしいことに、わたしは日本の報道の自主規制に馴らされきっているようだ。さらには、ベトナム戦争で懲りて報道をコントロールするようになったアメリカのやり方が世界水準であるとする、こっけいな錯覚を起こしているようだ。作品の内容に立ち入る手前で、思想表現の自由とはこういうことだ、と見せつけられたことに、それをはたしてわたしたちはもっているのかという深刻な懐疑に、わたしはしたたかにうちのめされた。

このドキュメンタリーは、アフガニスタンに派遣されているISAF(国連支援部隊)への深甚な懐疑をよびさまさずにはいない。懐疑はそれにとどまらない。時間をさかのぼればコソボで、ISAFを国連軍やアメリカ中心の有志連合軍と敷衍すればイラクで、なにがあったのか、今なにが起きているのか、もういいかげん気づいたらどうなのだ、とどやしつけられる思いだ。

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映画『アルマジロ』より

家庭ではいい息子である若者が、経験や冒険を求めて軍に志願し、アフガニスタンにおもむく。戦場では、生と死が隣り合わせているだけではない。軍隊生活の大部分を占める退屈な日常と、敵と遭遇して味わう一瞬の興奮が隣り合わせてもいるのが、戦場なのだ。

味方の怪我には親身になる。戦死は厳粛に受け止める。けれど、自分の攻撃目標設定でアフガンの幼い女の子が怪我しても、はらわたを出して死んでも、しかたのないこととして、できるだけ深く考えないようにし、できるだけ早く忘れようとする。

アフガニスタンの人びとにまつわる兵士たちの言葉は、だんだんと荒んでいく。侮蔑をこめて言及するようになる。自分たちとは異なる存在とでも思わなければ、これまでしてきたことは容認できないし、これからも同じことをしていかなければならない以上、アフガンの貧しい村人たちを、自分たちと同じ人間と思うわけにはいかないのだ。村人にとけ込み、信頼を得ることが、作戦を進める上で重要だったにもかかわらず、またそれこそが作戦の目的であったにもかかわらず。

やさしい息子たちの目つきが、それこそ一シーンごとに変わっていく。これが、監督が俳優から引き出したすばらしい演技であるのなら、どれほど救われるだろう。たとえそれが、過酷な戦場の現実を踏まえていても、フィクションという緩衝材ごしなら、冷静を保ちながら鑑賞もできれば、賞賛もできるだろう。けれどあいにく、これはドキュメンタリーなのだ。若者たちがけだものじみていくのは、演技ではない。生身の若者たちが、人間性を逸脱してゆく過程を記録されてしまったのだ。

もちろんそれは、一過性の出来事だ。けれど、一過性であっても記憶には残る。強烈に残る。そのような記憶とそれからの人生、どのようにつきあっていくのか。そうした記憶をもつ人を、社会はどのようにもてなしていくのか。なによりアフガンの人びとにとって、ヨーロッパ人がやってきて目の前で家族を殺したり自分を傷つけていった、その記憶はどうなっていくのか。その人にとり、社会にとり。

戦争とはそういうことなのだ。長くて数十分の戦闘が、ある人からは命や家族を奪い、ある人には一生消えない記憶となり、ある社会には数世代かけても克服できるかどうかの傷となる。

Afghanistan - Helmand Province. Forward Operating Base (FOB) Armadillo. Danish Team 7.
映画『アルマジロ』より

古代ローマの剣闘士の中には、栄誉の引退を許されたあとも、競技の興奮が忘れられず、コロセウムに帰っていく者が少なくなかったという。この作品の中心となった若者たちも全員が、アフガンに戻ったか、軍事会社に入ったか、再度の派遣を望んでいるという。ラストに投げつけられたそうした後日談からは、それが戦争というもののようだが、あなたはこれを肯定するか、という作者の静かな声が聞こえてきそうだ。

映像素材は現実から採られたものではあっても、作品を作品たらしめている編集はフィクションのそれと大差ない。とはいえ、アメリカ映画のような、筋や人物の心理を示唆するたぐいの親切な文法はそこにはない。あくまでもわたしたちの神経をずたずたにし、ほんろうし、戦争の恐怖につきあわせようとする。近年、現代の戦争にまつわる映画が数多く作られてきたが、わたしにとってはこれをしのぐものは、今のところ、ない。

(映画『アルマジロ』劇場用パンフレットより転載)



池田香代子 プロフィール

1948年、東京生まれ。2001年9月11日、アメリカで起こった大惨事。
それを機にアメリカがアフガニスタンに侵攻したことを受けて、『世界がもし100人の村だったら』を出版し、人々の“平和を願う”意識を呼び起こし、ベストセラーとなる。その印税で「100人村基金」を立ち上げ、NGOや日本国内の難民申請者の支援を行っている。1955年に核兵器廃絶と世界平和の構築を目指して発足された、世界平和アピール七人委員会のメンバーも務める。
ほか、著作に『哲学のしずく』(河出書房新社)、『11の約束 えほん教育基本法』(ほるぷ出版)があり、主な訳書にゴルデル『ソフィーの世界』(NHK出版)、ケストナー『エーミールと探偵たち』(岩波書店)、フランクル『夜と霧』(みすず書房)、などがある。98年、ピリンチ『猫たちの森』(早川書房)で第1回日独翻訳賞を受賞。

 


映画『アルマジロ』
2013年1月19日(土)より渋谷アップリンク新宿K's cinema銀座シネパトス
ほか全国順次公開

監督・脚本:ヤヌス・メッツ
撮影:ラース・スクリー
編集:ペア・キルケゴール
プロデューサー:ロニー・フリチョフ、サラ・ストックマン
製作:フリチョフ・フィルム
デンマーク/2010年/デンマーク語、英語/カラー/35mm/105分

公式サイト:http://www.uplink.co.jp/armadillo/
公式twitter:https://twitter.com/armadillo_jp
公式FACEBOOK:http://www.facebook.com/armadillo.jp

トーク付き上映決定!
1月22日(火)19:30 ゲスト:伊勢崎賢治さん(東京外国語大学大学院教授)
1月30日(水)19:30 ゲスト:池田香代子さん(翻訳家)
ご予約は下記より
http://www.uplink.co.jp/event/2013/6641

▼映画『アルマジロ』予告編



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