骰子の眼

music

2013-02-26 22:53


「彼女の詩を現実として感じることができた」パティ・スミス被災地仙台、念願の広島公演を富永よしえが追う

『ジャスト・キッズ』『無垢の予兆』2冊の書籍刊行とともに行われたジャパンツアー・フォトドキュメント
「彼女の詩を現実として感じることができた」パティ・スミス被災地仙台、念願の広島公演を富永よしえが追う
©yoshie tominaga

2012年、ニューアルバム『バンガ』そして初の自叙伝『ジャスト・キッズ』と詩集『無垢の予兆』をリリースしたパティ・スミスが、単独公演としては10年ぶりの日本ツアーを行った。2013年1月22日から1月31日まで全8公演、そのなかには震災後の仙台、そしてかねてから訪れたかったという広島公演が含まれていた。今回は、彼女を撮り続けてきた写真家・富永よしえによるレポートをお届けする。




この冬は全くといっていいほど寒いと思わなかった。なぜならパティ・スミスと彼女のバンドが日本にきてくれたからだった。昨年のクリスマスは日本語で出版された『ジャスト・キッズ』を読みふけり、『無垢の予兆』はツアーを同行させてもらっている間に詩を吟味しながら読ませていただいた。同行している最中には彼女の詩の場面がたびたび現実として感じることができ、ポートレートを撮影している時、ロバート・メイプルソープが撮ったパティのシャッターチャンスを感じることができる。私はロバートがパティを撮影した写真の数々が大好きだから、彼女のポートレートを撮影する時は夢心地である。と同時に、恐れ多いが、それをも追いつかねばというアーティストとしての使命感がある。だから、プレッシャーを持ち、心身燃やされる撮影はこの上ない喜びである。
偉大なアーティスト、パティ・スミスとロバート・メイプルソープに感謝と愛を込めて。

2013年1月22日/仙台 Rensa

webdice_image001
©yoshie tominaga

仙台から始まるツアー、それはパティが望んだことで、早朝に東京を発ち被災地に足を運び、祈りを捧げた。その後リハーサルと地元の取材を済ませ、募金を始める前に、ライブ会場に来場した福島県児童養護施設青葉学園の先生に寄付を行った。

webdice_image003
©yoshie tominaga

一息つく間もなく、ステージ直前のパティとメンバー。

webdice_image005
©yoshie tominaga

無二の親友、レニー・ケイ。40年以上彼がパティを支える寛容と守護は天使のようだ。 来日してくれるたびに、パティと同様レニーの姿を見るのは嬉しい。


2013年1月23、24日/渋谷AX、オーチャードホール

webdice_image004
©yoshie tominaga
webdice_image013
©yoshie tominaga

パティ・スミスとバンドにオフィシャル・フォトグラファーとしてシャッターを押さねばならない日だったが、ライブ中盤ほどで不覚にも涙が止まらなくなった。私だけではなくライブ中に泣いている人は何人も見かけながら、「夢ではない」と現実を感じるためシャッターを心魂込めて押し続けた。人生をたくましく生きぬいてきた、おおらかで真摯なパティの声は、心の扉の鍵をいつでも開けてしまう。パティとメンバーが奏でる音は人を喜ばせ、自身と向き合わせ、その人を目覚めさせている。

webdice_image009
©yoshie tominaga
webdice_image011
©yoshie tominaga

東日本大震災チャリティは、各コンサート会場で集められ、震災で親を亡くした子供たちがいる、福島の児童擁護施設・青葉学園へ直接渡される。写真は寄付をして抽選でドラムカバーが当ったファン。ドラムカバーにはメンバーのサイン、アルバムタイトル『BANGA』と『絆』と書かれている。チャリティの制作は全て、ツアーマネジャーのパートナーであり今回のツアーを支えてくれていた、ユキさんの手によるもの。

webdice_image015
©yoshie tominaga
webdice_image017
©yoshie tominaga

ファンからの贈り物、「パティ、東京に来てくれてありがとう」のメッセージ付きのケーキと黒沢明監督の『乱』のサントラ。


2013年1月30日/広島記念公園 広島クラブクアトロ

仙台から始まったひとつの旅が終わろうとしている。
パティをはじめとするメンバーがホテルから5分ほどの、広島平和記念公園に向かって歩いていく。そう、それは彼女が幼い頃にお父様に聞かされた、人間性を犯した大罪、原爆が落とされた広島だった。2002年にパティがフジロックのフィールド・オブ・ヘブンで朗読の前に「広島と長崎の原爆投下」、そして「先祖にかわって謝ります、深く謝ります」というその一言で私達の張りつめていた心は砕け散り、観衆の中からすすり声があちらこちらから聞こえるほどだった。アメリカの人からこんなにも真っすぐに謝られたことはなかったと思った。私はあの時ほど日本人であることを感じた時がなかった。
あれから10年が経ち「平和の道」と名付けられた通りに私達は立っていた、憐れみの念を持ち「正義」に辿り着いた瞬間だった。公園の奥、原爆ドームに着くとパティは慰霊碑にひざまずき頭を下げ、亡くなられたお父様の約束のお祈りを捧げた。その彼女の誠実な姿を見た時、2002年と同じく私の目から涙がこぼれ落ちた。

webdice_image019
©yoshie tominaga

以前の来日でお父様について話をしてくれたことを思い出した。「父は日本への懺悔の気持ち、日本の人達が町や人を失った後、立ち上がり、町を立て直し、さらに新しい文化を創ってきたことへの敬意を語った。人生はどんな試練があっても、自分を奮い立たせて生き続けなくてはならない。日本の人達の力は偉大で、私の人生の手本になっているのよ」。
日本という小さな島国で天災や人災の不安や恐怖を乗り越え生きていられるのは、勤勉な気質からだろうか、現在も東日本大震災での津波、原発爆発と地球規模の問題がまたもや課された。パティ・スミスは「日本人は、真実を世界中で話し合い、立ち上がり、〈平和の道〉を先導し進まなければならない」と、この来日の取材で言っていた。

webdice_image021
©yoshie tominaga

私にとってこの旅は、日本人としての生き方をあらためて考え、目覚めた過程だった。
パティといると「自分が何者か」と覚醒していく、アーティストというのはこのような人のことを言うのだなと心底思う。それは彼女が自己の人生に忠実で、それを臆せず話すからだろう。だからこそ、真実が永遠に光輝き、亡き夫フレッドともに作った 「People have the Power」という言葉は世界中の観衆の心に刻み込まれ、人々に伝わっているのだろう。これからもきっと永遠に。

webdice_image023
©yoshie tominaga
webdice_image025
©yoshie tominaga

新しい年が明けた間もない寒い季節の日本に、2冊の本の出版とツアーをした66歳のアーティスト、パティ・スミスの多大なエネルギーは私達を心身熱くし驚嘆させた。来日でたくさんの取材を受けていた話の中で一番に心に残ったのは、

「人生のもっとも美しい瞬間は耐えたとき、そしてその結果、そこからでられたときなんです」(webDICEより)。

それは青虫が蝶々の変貌を成し遂げた時の一瞬を彷彿させ、何時も試練に乗越えていけそうな心強い話だった。
そして同行させてもらった情景を思い出しながら、頭の中に言葉が浮び上がってきた。

 

バンザイ
バンザイ
書くのがよい
そして死ぬのが
千の祈りと
思い出が
土器深くにしまわれる
わたしたちはその壷を
棚から引っ張り出し
わたしたち自身の
別れの酒を飲む
そして王となるか
浮浪者となるか
葦はいまだ葉を鳴らし
心は今も鼻歌を歌う


──「書く者の歌」(『無垢の予兆』収録)より

広島のライブ終了後、5分程のホテルまでパティと私達は歩いて帰った。月光りのなか立ち止まり、夜空を見上げるパティ。ライカでシャッターを押した。写ろうが写ってなかろうが構わなかった、ただただシャッターを押したかった。それからパティは鼻歌を歌いながら歩き始めた。

(写真・文:富永よしえ)



富永よしえ プロフィール

1968年生まれ。2000年、ROCKET「Yoshie Tominaga Photograph Work」写真展、写真集出版。2002年、FUJI ROCK FESTIVALにパティ・スミスが出演した際、彼女から唯一撮影を許可される。2003年、PARCOギャラリー「Patti Smith」展参加。2008年、Undercover Paris Collection Documentary『The Shepherd『出版。2009年、THCギャラリー「Patti Smith / Scene of Life」展参加。2013年、 Blankey Jet City『break on through』出版。
http://www.femme-de.com/artists/tominagayoshie/index.html




【関連記事】
パティ・スミスとロバート・メイプルソープ、街に抱かれた「ただの子供」たちのイノセントな栄光
パティ・スミス初の自叙伝『ジャスト・キッズ』湯山玲子、小野島大、山崎まどか各氏によるブックレビュー(2012.12.30)
http://www.webdice.jp/dice/detail/3742/

原発事故の真実を明らかにすれば日本は変革をリードしていくことができる
初の自叙伝『ジャスト・キッズ』を刊行、来日したパティ・スミスが語る震災と原爆(2013.1.29)
http://www.webdice.jp/dice/detail/3774/

ロバートは10代で自分のアートを見出したけれど、私は66歳でいまだに探し続けています
『ジャスト・キッズ』『無垢の予兆』パティ・スミスインタビュー(2013.2.1)
http://www.webdice.jp/dice/detail/3778/




『ジャスト・キッズ』
著:パティ スミス

ニューヨークを舞台に
写真家ロバート・メイプルソープとの
出会いから別れまでの20年を綴った、
パティ・スミスによる青春回想録。

発売中
翻訳:にむらじゅんこ、小林 薫
ISBN:978-4309909707
価格:2,499円
版型:192×136ミリ
ページ:472ページ
発行:アップリンク
発売:河出書房新社


『無垢の予兆』パティ・スミス詩集

亡き夫や、弟妹たちなど、
愛する者たちへ向けた、
やわらかなまなざしに満ちた詩の数々。
1980年代から2007年までに書かれた28篇を収録。

発売中
翻訳:東 玲子
ISBN:978-4309909714
価格:2,000円
版型:218×138ミリ
ページ:160ページ
発行:アップリンク
発売:河出書房新社


★購入はジャケット写真をクリックしてください。Amazonにリンクされています。

アップリンク パティ・スミス 公式ページ http://www.uplink.co.jp/pattismith/




最新アルバム『バンガ』

発売中
12曲収録/歌詞・対訳付き
SICP-3562
2,520円(税込)
ソニー・ミュージックジャパン インターナショナル

★購入はジャケット写真をクリックしてください。Amazonにリンクされています。


レビュー(0)


コメント(0)