骰子の眼

cinema

東京都 千代田区

2013-03-21 19:33


「サイエントロジーの創始者にオーソン・ウェルズのイメージを加えて、欲望に突き動かされるキャラクターを作り上げた」

ポール・トーマス・アンダーソン監督が新作『ザ・マスター』のインスピレーションを語る
「サイエントロジーの創始者にオーソン・ウェルズのイメージを加えて、欲望に突き動かされるキャラクターを作り上げた」
映画『ザ・マスター』より (C)MMXII by Western Film Company LLC All Rights Reserved.

『マグノリア』(1999年)『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007年)など、群像劇や重厚な人間ドラマに定評のあるポール・トーマス・アンダーソン監督の5年ぶりとなる最新作『ザ・マスター』が3月23日(土)より公開される。第二次世界大戦末期を皮切りに、ある新興宗教団体をめぐる人間関係をストイックな演出、そしてホアキン・フェニックス、フィリップ・シーモア・ホフマンの巧みな演技により描き出している。監督は「まったく予想もつかない、エネルギーの固まりのような人間に魅了される」と、この物語のインスピレーションを受けたサイエントロジーの創始者L・ロン・ハバードについて語っている。

多くの死や破壊を目にした後の問い

── 見終わった後も、ずっと考え続けてしまう。そして考えれば考える程、映画自体が変化し続けるような、すばらしい映画でした。

ありがとう。とても嬉しい感想だ。すごい陳腐な言い方だから本当は嫌なんだけど、何かを終わらせようとしても決して終わる事はない。映画を作るとき、頑張って何かに到達しようとすればする程、状況は常に変化し続ける、とてもいい方向にね。我々は自分たちが探求しているものは何なのかということを、常に探し求めている。ホアキンは、とても独創的で、(次の行動が)全く予期できない俳優で、一緒に仕事をしていて、とてもエキサイティングでスリリングなんだ。その日の撮影現場にやってきて、想像もしていなかったような演技を見せてくれる。いろんな分野において、それぞれがいいものを作ろうと頑張って、それが達成できるというのは素晴らしい事だよ。今回は、作っていくうちにそれぞれのキャラクターにどんどん深みが出てきて、強くなったんだ。一般受けはしないかもしれないようなストーリー展開になったかもしれない。でもキャラクターたちがしっかり観客に伝わってくれていればいいと思っている。

僕は今作で、第二次世界大戦のアメリカで生まれた新しい家族形態の始まり、精神的なつながりを持つ新興宗教を描きたいと考えていた。ことの始まりをたどっていけば、善意が元にあったことが分かる。その火花が、人々の心を突き動かし、自分たち自身と、周りの世界を変えていくだろうと考えたんだ。大戦後、人は楽観的に将来を考えていたわけだけど、同時にその過去には、極めて多くの痛みや死があったんだ。大戦から帰還した僕の父は、その後の人生を不安感にさいなまれて過ごした。スピリチュアルなムーブメントや新しい宗教というのは、いつの時代にも起こり得るものだけど、特に戦争の後という時期が起こりやすい。多くの死や破壊を目にした後、人は“なぜこうなる?”とか“死んだらどこへ行くのか?”ということを考える。この2つは非常に重要な問いなんだ。

69th Venice Film Festival, Lido di Venezia, Italy 29/08 - 08/08/201269th Venice Film Festival, Lido di Venezia, Italy 29/08 - 08/08/2012
映画『ザ・マスター』のポール・トーマス・アンダーソン監督 (C)Kazuko Wakayama

── この映画は多くの点でサイエントロジーの創成期と類似点があります。どんな動機からこの物語を描こうと思いついたのですか。

僕の場合いつも言えることなんだが、映画を作ったあとでは最初に考えていた動機やアイディアを思い出すのは至難の技なんだ(笑)。脚本を書いている途中でどんどん変わっていく。たしかにサイエントロジーから多くのインスピレーションを受けたし、既に発表されているもの(創始者L・ロン・ハバードによるサイエントロジー協議本「ダイアネティックス」)を映画のソースとして参考にしたから、実際映画に出てくる家やその雰囲気も、とても似ている。でも僕は決してサイエントロジーに関しての映画を作ろうとしたのではない。始まりはふたりのキャラクターだった。ランカスターとフレディという性格の異なるキャラクターがいて、ある時点でふたりが出会う。ただそこからストーリーが転がっていくためには、たくさんの要素が必要だった。でも完成した映画を見てくれた人々の感想はみんな、フレディやマスターのことばかりだったんだ。何かしら物議を醸しだそうとか、刺激的なものを作ろうとしてなかったから。

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映画『ザ・マスター』より (C)MMXII by Western Film Company LLC All Rights Reserved.

── 前作『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』でも、宗教や信仰心、人知を超えた運命的なものが描かれていました。それはあなたがこうしたテーマに惹かれるからではないのでしょうか。

たしかにそういう要素はあるけれど、正直自分がそこに惹かれるからなのかはわからない。毎回映画を作るたびに、これまでに作ったことがないようなものを作ろうと思って脚本を書き始めるんだ。でも結果的に似たテーマになってしまう(笑)。フレディはとても衝動的なキャラクターで、人物像が固まるのも早かった。一方ランカスターの場合は、多くのリサーチをもとにしている。最初はL・ロン・ハバードのことを研究した。ハバードは素晴らしいキャラクターなんだ。生命力旺盛、エネルギーが満ち溢れていて、常にたくさんのアイディアを抱えている。でもそれはほんのスタート地点で、そこにオーソン・ウェルズのような桁外れな人物のイメージを加えて、欲望に突き動かされるキャラクターを作り上げた。僕は彼らみたいなまったく予想もつかない、エネルギーの固まりのような人間に魅了されるのだと思う。

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映画『ザ・マスター』より (C)MMXII by Western Film Company LLC All Rights Reserved.

── フレディとマスターの関係はとても興味深いですね。マスターは弱さもあります。フレディを操る一方で、彼の存在はマスターにとって徐々に大きなものになっていきます。

ふたりの関係はまさに愛憎まじったラブストーリーと言えると思う。または、父と息子という関係性もテーマになっていると思う。僕はランカスターを、彼が最初に本を出した頃からマスターとして有名になり成功するまで、5つのステップに分けて考えた。その過程でふたりの関係も変わっていく。この役はもともとフィル(フィリップ・シーモア・ホフマン)のために書いたから、彼からは多くの質問を受けたし、いろいろと話しあった。彼は本当に納得しないと演じてくれないんだ(笑)。

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映画『ザ・マスター』より (C)MMXII by Western Film Company LLC All Rights Reserved.

ホアキンとフィルの組み合わせは本当にパワフルで、
エキサイティングだ

── フレディ役の、ホアキン・フェニックスは、どのように決まったのでしょうか。

彼とは以前から一緒に仕事がしたいと思っていて、これまで何かしらの理由で実現することができなかった。だから今回引き受けてくれてとてもうれしいよ。実はフィルにフレディ役は誰が適役かを聞いてみたんだ。そしたら彼がとてもいい意味でこう言ったんだ、「ホアキンがいいと思う。僕にとって彼は怖い存在だから(笑)」。それで僕は確信したんだ。ホアキンとフィルの組み合わせは本当にパワフルで、エキサイティングだ。ふたりとも互いにとても尊敬し合っていた。

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映画『ザ・マスター』より (C)MMXII by Western Film Company LLC All Rights Reserved.

── ホアキンはこの役のためにずいぶん減量したそうですが、それが条件だったのでしょうか。

いや、とくに痩せろと言ったわけじゃない。彼には50年代に撮られたドキュメンタリーを観てもらい、そこに出てくるアルコール依存の人々を参考に役作りをしてもらった。それで彼が役作りのひとつとして減量してくれたんだ。ホアキンは食べるのが大好きだけど(笑)、撮影中はずいぶん摂食していた。彼の役への没頭ぶりは目を見張るものがあったよ。

── 50年代が舞台ですが、どこか現実から乖離した夢のような雰囲気もあります。どのようなものからインスパイアされましたか。

いろいろなものから影響を受けたよ。スタインベックの小説や、当時のヒッチコックなどの映画、ドキュメンタリーや写真集。そこにちょっとだけ、幻想的な雰囲気を加えた。

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映画『ザ・マスター』より (C)MMXII by Western Film Company LLC All Rights Reserved.

── 今回65mmのフィルムを使って撮影されたそうですが、なぜそこにこだわったのですか。

元々決めていたわけではないんだ。でもカメラを試してみて、実際に自分の目で見たときにすごいと思ったんだ。この映画、この時代に合っていると思ったんだ。『めまい』(1958年)や『北北西に進路を取れ』(1959年)のようなクラシックで鮮やかな色調にしたかった。いろいろと試し撮りをしたなかで、やはり65mmが一番適していると思ったんだ。あの時代の多くの作品は65mmで撮られていたから。

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映画『ザ・マスター』より (C)MMXII by Western Film Company LLC All Rights Reserved.

── 今作と前作『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』の映像スタイルは、斬新的だった初期の作品に比べてとてもクラシックな作りになっていると思いますが、それは斬新さや実験的要素を意識的に排除したのですか?

ほとんど純粋にストーリーに合った映像アプローチなんだけれども、同時に、新しい事にも挑戦したかった。それはとても大変な事だったけどね。カメラを定位置に置いて、正統的な手法で撮影することは(これまでと違って)大変だった。コンパクトかつアカデミックなセッティングで撮影する事がどれだけ難しいか。限りなくシンプルにそぎ落とすということがどれだけ大変か。でも新たなものを探求するハングリー精神だけは持っておきたいんだ。ホアキンのような俳優と画を作って行く場合、セットの部屋の中全てを把握しておかなくてはならない、なぜなら彼がどう動くかは全く予期できないから(笑)。彼が動いた方向に照明がなかったら、そこでやりなおしだし。全てが細かい手作業なんだ。例えば『ブギー・ナイツ』のような映画の場合、躍動感のあるストーリーに合わせた映像スタイルになるし、若い時はどうしても派手なスタイルを見せたがるものだからね(笑)。

── 音楽は前作に引き続きレディオヘッドのジョニー・グリーンウッドが担当していますね。今回はどのようにコラボレーションをしたのでしょうか。

最初はシンプルなアイディアを話し合った。たとえばちょっと牧歌的な感じの雰囲気や、ジャズっぽいものを混ぜたりしたいというような。その後半分ぐらい撮り終わったあとで彼にラッシュを見せて、またそこからイメージしたものを作ってもらった。そうやって9ヵ月のあいだやりとりを続けた。ジョニーは一度エンジンが掛かると簡単に30分ぐらいの長い曲を作ることができる。彼のプレイは本当にユニークだ。僕にとって彼の意見はとても重要で、その音楽に合わせて編集をした部分もあったよ。彼は素晴らしいコラボレーターだし、僕の映画のなかで大きな位置を占めるボイスなんだ。

(映画『ザ・マスター』プレスより)



ポール・トーマス・アンダーソン プロフィール

1970年生まれ。初期短編『Cigarettes & Coffee』をブラッシュアップした『ハードエイト』(1996年)で長編デビュー。1970年代の米ポルノ業界の内幕を描いた『ブギーナイツ』(1997年)がヒットしただけでなく、脚本賞ほかアカデミー賞3部門ノミネートされるなど賞レースに躍り出たことから一躍注目される存在となった。その後、トム・クルーズらを起用した『マグノリア』(1999年)でベルリン国際映画祭金熊賞を受賞したほか、アカデミー賞3部門ノミネート、『パンチドランク・ラブ』(2002年)ではカンヌ国際映画祭監督賞を受賞し、まだ若く寡作ながら一定の評価を得ることになる。さらに、ダニエル・デイ=ルイスが石油王を演じた『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007年)はベルリン国際映画祭監督賞受賞のほか、アカデミー賞の作品賞を含む8部門にノミネートされ最優秀男優賞と最優秀撮影賞を受賞、さらに全米映画批評家協会賞など多数の賞を受賞するなど、手掛けた作品のほとんどが各国の映画祭で賞レースに参戦している。本作でもベネチア国際映画祭監督賞を受賞したため、世界3大映画祭であるカンヌ・ベルリン・ベネチアにおいて全ての監督賞に輝いている稀有の監督となった。




映画『ザ・マスター』
3月22日(金)TOHOシネマズ シャンテ、新宿バルト9ほか全国ロードショー

監督・製作・脚本:ポール・トーマス・アンダーソン
出演:フィリップ・シーモア・ホフマン、ホアキン・フェニックス、エイミー・アダムス、ローラ・ダーン、アンビル・チルダース、ジェシー・プレモンス、ケヴィン・J・オコナー、クリストファー・エヴァン・ウェルチ
製作:ミーガン・エリソン、ジョアン・セラー、ダニエル・ルピ
撮影:ミハイ・マライメアJr.
音楽:ジョニー・グリーンウッド
配給:ファントム・フィルム
2012年/アメリカ/138分

公式サイト:http://themastermovie.jp/
公式twitter:https://twitter.com/themaster_movie
公式FACEBOOK:http://www.facebook.com/themastermovie.jp

▼『ザ・マスター』予告編


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