骰子の眼

cinema

東京都 新宿区

2013-03-19 16:15


「イームズのデザインの本質はモダンではなく、“もてなしの精神”でした」

映画『ふたりのイームズ』5/11(土)公開!イームズ・デミトリオス氏インタビュー 
「イームズのデザインの本質はモダンではなく、“もてなしの精神”でした」
イームズ夫妻の孫で映像作家のイームズ・デミトリオス氏

1940〜1960年代、アメリカの近代主義から生まれたデザインの潮流“ミッド・センチュリー・モダニズム”の旗手、イームズ夫妻の素顔に迫ったドキュメンタリー映画『ふたりのイームズ:建築家チャールズと画家レイ』が、5月11日(土)から公開となる。1943年にロサンゼルスのワシントン通り901番地に構えた工房、通称“901”で、イームズ夫妻は45年間にわたり、20世紀のデザイン界に数多の金字塔を築いた。

本作は、チャールズとレイの死後、初めて公にされる二人の往復書簡や写真、膨大な量の作品群、当時“901”にいたスタッフたちや家族へのインタビューと、二人の過去の映像を通じて、知られざるイームズ夫妻の側面を辿る。イームズ夫妻の孫で現イームズ・オフィス代表のイームズ・デミトリオス氏は、本業が映像作家であり、彼が夫妻の死後に“901”を記録した短編『901: After 45 Years of Working』(1992年のサンダンス映画祭で上映された29分の作品)が本作にも一部挿入されている。

2012年12月7日~2013年1月15日に新宿のリビングデザインセンターOZONEで開催された“essential EAMES”展で来日したデミトリオス氏に、イームズ夫妻のデザイン哲学について聞いた。

EAMES_main_s
映画『ふたりのイームズ』より。チャールズ&レイ・イームズ夫妻。 ©2013 Eames Office, LLC.(eamesoffice.com)

「デザイナーの役目は、ゲストの期待に応える良いホストになること」が祖父チャールズ・イームズの口癖だった

──デミトリオスさんにとって、祖父母であるイームズ夫妻の仕事場だった901スタジオはどんな場所でしたか?

僕たちの一家はサンフランシスコに住んでいたので、家族でしょっちゅうチャールズとレイに会いにロスに行っていました。“901”ではいつも映画が上映されていたり、大勢のスタッフがいろんな作業をしていたり、展示会用の美しいモデルやイスがたくさんあったり、子供の目には“不思議の国のアリス”の世界のように映りました。僕が16歳のときにチャールズが亡くなって、その後レイはオフィスを縮小して、主に作品の保管作業と、本の執筆・デザインの仕事を中心に過ごしていました。僕は大学卒業後にロスに引っ越したので、レイの晩年も一緒に映画や芝居を見に行ったり、食事をしたりしていました。レイは、永遠に死なないのではないかと思えるほど本当にエネルギーあふれる人だったので、突然の死には非常に驚きました。

EAMES: The Architect and the Painter
映画『ふたりのイームズ』より。ロサンゼルスのワシントン通り901番地あったイームズ夫妻のオフィス、通称“901”の様子。©2013 Eames Office, LLC. (eamesoffice.com)

──レイさんが亡くなった後、901スタジオはどのようになっていったのでしょうか。

建物の耐震性に問題があったこともあり、レイの死後に閉鎖しました。スタジオにあった作品はレイが譲渡先を決めていたので、その手続きや移送作業を私の母(ルシア)が担当しました。家族で相談して、チャールズとレイのアイデアやコンセプトも含めて、すべてを後世に残していくために、イームズ・オフィスを存続させることにしました。901を売却してイームズ・ハウス[※雑誌『アーツ&アーキテクチャー』による“ケーススタディ・ハウス・プログラム”の一環として、1949年にサンタモニカの海岸沿いに建てられたイームズ夫婦の自邸]の税金の支払いに充てました。

今のイームズ・オフィスのミッションは、チャールズとレイの作品を保存すること、彼らのアイデアを伝えること、さらに彼らのアイデアを発展させることです。だから、たとえば今回のような展示を世界各地で行いますし、学校で“大きさ”の概念を学ぶためのツールとして、映画『パワーズ・オブ・テン』[※1977年に完成した、宇宙から素粒子へ、10の25乗メートル(約10億光年)から10分の1ずつスケールを変えて自然界を見せる教育映画]を使ってもらっています。それと、ハーマン・ミラー社が製造してくれているイームズの家具が、チャールズとレイが求めていたものになっているかチェックをするのも、僕たちの仕事です。

チャールズは常々、「デザイナーの役目とは、ゲストの期待に応える良いホストになることだ」と言っていました。ゲストとはつまり、イームズのイスに座る人のことを指します。われわれ残された家族の役目は、チャールズとレイがゲストに体験してほしいと望んだとおりのイスになっているかどうかを確認することです。デザインとは“スタイル”ではなく、問題を解決してより良い世界を築いていくものだ、というのが彼らの哲学でした。

EAMES: The Architect and the Painter
映画『ふたりのイームズ』より。『パワーズ・オブ・テン』について「イームズ夫妻は視聴覚の未来を予見していた。今、われわれが情報を受容する速度は、彼らの試みのように速い」と語る映画監督のポール・シュレーダー。©2013 Eames Office, LLC.(eamesoffice.com) ©First Run Features ©Quest Productions/Bread and Butter Films

もし、ふたりが21世紀の世界を生きていたら
iPhoneやiPadを面白がったはず

──チャールズとレイが亡くなって四半世紀以上経った今もなお、彼らのデザインが多くの人を惹きつける秘訣はどこにあると思いますか。

チャールズとレイの作品に、とても深みがあるからだと思います。その理由の1つは、彼らが手がけたジャンルの幅広さにあるでしょう。フランク・ロイド・ライトのように、本業の建築以外に家具を手がけるなどしたデザイナーも多くいますが、チャールズとレイはずば抜けていました。5~6つもの領域すべてにおいて、世界に貢献するような作品を生み出したのです。イスのみでも名声を得たでしょうが、イームズ・ハウスだけ、あるいは映画『パワーズ・オブ・テン』だけでも名を残したはずです。“ハウス・オブ・カード”[※イームズ夫妻がデザインした、積み木のように重ねられる玩具。1952年にタイグレッド社から発売されて以来、現在も続くロングセラー商品]にしても、おもちゃの世界で有名になっただろうし、“マスマティカ展”[※1961年にカルフォルニア科学センターの新棟開設にあたり、IBMからの依頼でイームズ夫妻がプロデュースした「マスマティカ展:数の世界…そしてその向こう(Mathematica: a world of numbers...and beyond)」]だけでも世界的な展示デザイナーになったでしょう。優れたグラフィックの仕事も言うまでもありません。

EAMES: The Architect and the Painter
同時期にデザインされた、曲線的なシェルサイド・チェアと、直線的なイームズ・ハウス。©2013 Eames Office, LLC.(eamesoffice.com) ©Quest Productions/Bread and Butter Films ©First Run Features

こうした幅広い領域の仕事を1つ1つ見ていくと、それらすべてにあてはまる共通点があるか気になるものですが、彼らの全仕事を貫く“イームズ・スタイル”のようなものはありません。チャールズとレイが問題にしたのは“見た目”ではなく、“いかに問題を解決するか”だったからです。たとえばイームズ・ハウスとシェルサイド・チェアは、ほぼ同じ時期、1949年前後にデザインされたものです。イームズ・ハウスが非常に直線的なのに対し、イスは曲線的で有機的です。「私たちのスタイルは直線的だから、イスにも直線を使おう」といった枠組みがまったくなかったのです。とにかく、そこにある課題をうまく解決することが第一で、スタイルがデザイナーの中心になってはならない、という考え方だったからこそ、今でも人の心を動かす力を持ち続けているのだと思います。

彼らの作品の中心には常に人間があり、“もてなしの心”(guest-host relationship)がありました。日本はタクシーに乗るときでも、食事のときでも、いつもお客さんを気にかけてくれる、もてなしに満ちた文化であり社会だと感じます。そして、日本だけではなく、たとえば砂漠にいて歩いていて誰かとすれ違ったら、「水を飲みますか?」と訊ねるような心遣いは、ユニバーサルなものだと思うのです。「レス・イズ・モア(Less Is More)」という哲学はデザインにおいて重要ではありますが、その哲学が先にきてしまうと、人間が後になってしまう。チャールズとレイはそういったデザインを求めてはいなかったのです。

──映画の終盤で、彼らのエキシビションがあまりにも複雑になり、大衆に受け入れられなかったことが描かれています。今はタッチパネルでいくつものレイヤーが出てくるiPhoneのようなテクノロジーがありますが、彼らが試みた何層ものレイヤーからなる展覧会は、時代的に早すぎたのでしょうか?

確かに映画に出てきた“フランクリンとジェファーソンの世界展”は、アメリカでは批判されましたが、それはリッチ過ぎるレイヤーに対してではなく、歴史中心の展覧会が美術館で行われたことに対する抵抗でした。ヨーロッパでの反応はとても良かったので、タイミングとしては早すぎはしなかったと思います。今回のこの展覧会はデザイン・センターで行われているわけですが、このように意外な会場で意外なコンテンツを見ることが出来るのは時代の流れですね。チャールズとレイはiPhoneやiPadをすごく面白がったはずです。それを使って、やはりもてなしの精神で、ユーザによりリッチな旅を提供したと思います。

Eames-TheArchitectAndThePainter7
映画『ふたりのイームズ』より。“フランクリンとジェファーソンの世界展”©2013 Eames Office, LLC.(eamesoffice.com)

チャールズとレイが、「PUSH AGAIN MACHINE(もう一度押す機械)」というものを造ったことがありました。展覧会場にボタンが設置されていて、押すと「これが何々のイスです」という説明が流れる。もっと知りたければ、もう一度押すと、さらに深い情報が入ってくる、という選択肢がある機械です。それはタッチパッド式のタブレットとよく似た考え方で、それを彼らは美術館に応用していたのだと言えます。チャールズとレイがなぜ画期的だったかというと、客をもてなすという精神をデザインの世界に置き換えたからなんですね。彼らはモダニストだとよく言われますが、私はそうではなく、とても人間思いな二人だったと思っています。

──映像作家としての作品づくりと、祖父母の仕事を紹介する2つのお仕事を、どのようなバランスでされているのですか。

時に自分が大河であることもあれば、小川であることもある、という例えがわかりやすいかもしれません。祖父母の仕事を紹介する面において、自分は小川だと思っています。自分自身のプロジェクトとしては、映画以外にも“カイマエクシアー”(Kcymaerxthaere)という、89カ所、19か国に及ぶ巨大なプロジェクトを手掛けています。世界各地でフィクションをブロンズの銘板などに記して、ストーリーを多次元で語るプロジェクトで、小説のページが色々な場所にあるようなしくみです。わかりづらいかもしれませんが、実は原始的な考え方で、たとえば読書をしているとき、目は文字を追っているけれども、頭の中に広がっているのは、その本に描かれている世界ですよね。砂漠の中で、あるいはどこか街の路地で、このようなパラレルワールドを体験できたら、世界を新しい目で見られるのではないかと思ったんです。このプロジェクトで3ヵ月前には北海道も訪れました。映像作家としての仕事は、イームズ・オフィス代表としての仕事とはまったく違いますが、2つをやることで多くの学びを得られますし、両方に関われることを幸運に思っています。

Kcymaerxthaere





デミトリオス氏のKcymaerxthaereプロジェクト。北海道新十津川町の風の美術館に設置された銘板。©2013 Kymaerica


(聞き手/浅井隆)



イームズ・デミトリオス Eames Demetrios

1962年サンフランシスコ生まれ。母親はチャールズの娘ルシア。映像作家、マルチメディアアーティスト、作家。ハーバード大学を卒業後、フリーランスで映像の仕事を請け負いながら、自身の映像作品を手がけ、1993年よりイームズ・オフィスのディレクターを務める。フィルム作品に『Mind Map』、『901: after 45 years of working』、『Powers of Time』他がある。著書『イームズ入門』(日本文教社出版刊)、『Wartime California』、『Changing Her Palette:Painting by Ray Eames』など。
公式サイト:http://www.eamesdemetrios.com/




Eames-TheArchitectAndThePainter7
©2011 Eames Office, LLC.(eamesoffice.com)

映画『ふたりのイームズ:建築家チャールズと画家レイ』
5月11日(土)渋谷アップリンク、シネマート六本木他全国順次公開

監督:ジェイソン・コーン、ビル・ジャージー
ナレーター:ジェームズ・フランコ
出演:ルシア・イームズ(チャールズの娘)、イームズ・デミトリオス(孫)、ポール・シュレイダー、リチャード・ソウル・ワーマン(建築家、グラフィックデザイナー、TED創設者)、ケビン・ローチ(建築家)、ジェニーン・オッペウォール(元イームズオフィス・デザイナー)、デボラ・サスマン(元イームズオフィス・デザイナー)、ゴードン・アシュビー(元イームズオフィス・デザイナー)
アメリカ/2011年/英語/カラー&モノクロ/HDCAM/84分
配給:アップリンク
宣伝:ビーズインターナショナル
協力:ハーマンミラージャパン

公式サイト:http://www.uplink.co.jp/eames/
公式twitter:https://twitter.com/EamesMovieJp

▼『ふたりのイームズ:建築家チャールズと画家レイ』予告編


レビュー(0)


コメント(0)