骰子の眼

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東京都 渋谷区

2013-03-29 22:30


「映画学校に行くお金はなかったが、コレオグラファーとしての現場の経験が糧になった」

ファラー・カーン監督が語る、インド映画の金字塔『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』の作り方
「映画学校に行くお金はなかったが、コレオグラファーとしての現場の経験が糧になった」
『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』のファラー・カーン監督(写真:荒牧耕司)

インド映画のお家芸とも言える歌と踊りをふんだんに盛り込み、1970年代と2000年代というふたつの時代をまたいだ恋と友情を描き、国内外を問わず多くの映画ファンに深く愛されている『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』。日本公開に合わせ来日したファラー・カーン監督にこの作品について、主演を務めるインド映画界のスーパースター、シャー・ルク・カーンとの関係について、そしてインド映画業界の現在について聞いた。

10巻リールがあったとしたら、1巻ごとに見せ場を作るような演出法

── 輪廻をテーマにしたこの映画は、公開時にインドでどのように受け止められましたか?

もともとインド映画のなかで輪廻ものというジャンルがあって、10年に1度くらい作られていたので、あるかたちができていました。なので、インドの観客は輪廻ものには慣れていたんです。といっても、これまでの輪廻ものでは、ラブストーリーが多く、男女が愛しあっていたふたりが別れ別れにならなくてはいけなくて、でも生まれ変わって、次のステップに……という話が多かったんです。でも私の『恋する輪廻』は構造が違っていて、ラブストーリーの要素もありながら、もうひとつの要素として、前世で満たされなかったものを次の人生で満たしていこうというストーリーがあって、さらには復讐ものというエッセンスも加えた。その新しさが、観客にアピールしたのではないかと思います。

── 「インド国民全員が観た映画」だと言われていますが、本当なんでしょうか。

小さい町には映画館がないところもあるから、それはないでしょう。インドの人口は12億人ほどですので、その3割くらいの人は観たんじゃないかしら。

── 女性監督が復讐劇を手がけた、ということが興味深かったです。

インドでも女性監督が制作する映画はアートっぽくなってしまうという考え方がありますが、私の映画が大ヒットして、そういう考え方はなくなりました。インドにそれまでも女性監督はいたのですが、子どもができないとか、夫が逃げたというテーマを扱ったものばかりで、なかなかヒット作を生み出すことはなかったんです。私自身もチックフリック(女の子受けする映画)はあまり好きではありません。「自分に合ういい人はいないかしら」と男性を探す、といったプロットは、自分の価値観と合いませんし、それを面白いと思えないんです。 そこで私は最初の監督作『僕がいるから』で、アクションも盛り込み、今までの女性監督という固定概念を打ち破るエンターテインメント性のある映画を作りました。そしてこの『恋する輪廻』では、大好きなコメディやの要素を入れて、最初は悲しい愛の物語から、最後に復讐ものになっていく、という、単なるラブストーリーではない、豊かなドラマ性を築くことができたのではないかと思っています。

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映画『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』より (c) Eros International Ltd

── 映画業界という男性社会のなかでやりにくいと感じることはありますか?

逆に男性たちにストレスを与えてしまってだいじょうぶかなと思います(笑)。映画の社会では、仕事がちゃんとできている人であれば、男性でも女性でも差別はありません。

── コレオグラファーからキャリアをスタートさせた監督だからこそできた演出法というのはありますか?

私のようなケースはとてもめずらしいと思いますが、インドでもだんだんほかの技術者から監督になるというケースが出てきています。普通の映画のシーンがあれば自分の気持ちを伝えるのは台詞ですが、私の映画では台詞を少なくして、歌を歌いながら自分の気持ちを伝える、ということを見せたいのです。『恋する輪廻』は5年前に公開され、その後もインド映画のVFXは増えていますが、この映画のように、昔の映画と現在の俳優を共演させるようなエフェクトはまだ誰も撮っていません。

私は特に映画学校に行って勉強したわけではないですし、映画のコレオグラフィーをしていたときに、素晴らしい監督やカメラマンと仕事をすることができて、その毎日の経験が映画制作の糧になりました。私がいい、と思ったもの、映画業界で見て理解したものをそのまま伝えることできた作品だと思います。そして、例えばフィルムフェア賞のシーンのように、歌やドラマの盛り上がりであったり、10巻リールがあったとしたら、1巻ごとに見せ場を作るようにしました。

この映画がヒットして、インドでは70年代をベースにしたCMや、70年代の要素を入れた映画が増えました。そして「映画はまだ終わっていない」といった台詞が、普段の会話でも使わるくらい流行ったのです。

── これほどのクオリティのダンスシーンに驚きましたが、インドのダンサーは特別な訓練をしているのでしょうか。

ボリウッドのダンサーは世界でもっともトレーニングされていない人々です。ダンスユニオンがあって、ダンスへの興味があれば誰でもこのユニオンに参加することができます。そして、コレオグラファーがトレーニングするのです。

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映画『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』より (c) Eros International Ltd

輪廻をテーマにしているが、私はどの宗教にも属していない

── 今作はどのぐらいの予算がかけられたのでしょうか?

6年前の予算としては600万ドルだったので、ハリウッドの同様の作品と比べると10分の1程度です。いま作ったとしても1000万ドルくらいでしょうか。男性監督ならもっとかかったかもしれないですが、女性なのでお財布の紐が固いので(笑)、無駄遣いしないようにしていました。

とはいえ、70年代のセットを持ちあわせているスタジオがぜんぜんなかったので、いちから作らなければいけなかった。ムンバイの丘の上に、もともとはヘリの発着場だったフィルム・シティというところがあるのですが、そこにセットを作りました。70年代のスタジオを完全に再現しましたが、最終的には全部燃やしてしまわなかったのは残念ですね。

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映画『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』より (c) Eros International Ltd

── 輪廻といえばヒンドゥー教の根本にある考え方ですが、ご自身の宗教的背景を教えてください。

母親はパルシー(ゾロアスター)、父親はムスリム、夫はヒンドゥー、子供はヒンドゥーの神話にも触れていると同時にキリスト教についても学んでいます。そのように家族全員異なる宗教観を持っているので、私も特定の宗教を熱狂的に支持しているということははなく、どの宗教に属していないという意識があります。

── どのようなきっかけで監督を目指すようになったのでしょうか?

私の父はB級映画の監督をしていて、家のなかではもっぱら映画ことが話題になっていたので、環境的に映画が自分のまわりに常にたくさんあったのです。しかし父は映画制作で破産をしてしまいました。それでも自分は映画を作りたいという気持ちがあったので、映画学校に行くお金はなかったのですが、助監督として映画の世界に入ることになりました。

同時に、マイケル・ジャクソンの「スリラー」を見て、コレオグラファーになりたいと思うようになり、ダンスを勉強していました。『勝者アレキサンダー』という映画の撮影中、たままたまコレオグラファーが別の映画で来られない日があったので、自分が成り行きで振り付けをやってみないか、といわれ、振り付けを担当することになりました。なのでもともと監督になりたいとい目指していて、その後コレオグラファーになったのです。

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映画『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』より (c) Eros International Ltd

── それではインスピレーションの源は?

5歳から15歳までが70年代だったのですが、その頃に観た映画がとても大好きで、70年代映画の衣装やヘアスタイルなどが大きく活きています。今回の作品でも、70年台のスーパースター、ラジェシュ・カンナが実際に使っていた車を使ったりしました。70年代の舞台をするために、エキストラをたくさん呼んだり、ヘアメイクを使ったりしたのですが、実際に70年代に活躍していたものの、現在までの数十年あまり仕事をしてかなった人に声をかけて参加してもらったのは特別な体験でした。

── 『恋する輪廻』にはボリウッドの様々な要素が含まれていますが、ダンスやサスペンス、ラブストーリーだけでなく、もっと深い面、ボリウッドの映画産業の人々がいかに映画を愛しているか、そして、同じ映画産業の人々が家族のように繋がっている、というところが描かれていると感じました。

そうですね、その象徴的な「ディーワーナギー、ディーワーナギー」という曲のシーンでは、31人のスターに出てもらいました。みんな主演のシャー・ルク・カーンに敬意を払って出てくれたというのもあるのですが、彼らはギャラを要求することもなかった。あのシーンの撮影には6日間かかったんですが、ずっとパーティーのような雰囲気でした。普段の映画の撮影では、役者同士は忙しくてなかなかあんなかたちで会うことはできないので、みんな楽しんでくれました。とはいえ、どの人かは言わないですが、あの人とあの人がケンカしていたり、あの人とあの人は仲が悪い、といったいろいろな事情が重なっていたので、あんなシーンは二度と撮れないと思っています。その他のシーンでも、俳優だけでなく監督にもたくさん出演してもらいました。子供時代から映画業界を見てきたことで、映画業界の華やかな部分だけでなく、かなり暗い部分も知っていたんです。でも、あのシーンは映画業界のいい部分を撮ることができたのではないかと思っています。

シャー・ルクと私は映画に対する情熱を同じように持っている

── 主役のシャー・ルク・カーンについては、かねてから彼以外の役者は使わない、と公言されていますが、彼との信頼関係については?

他の役者を使わないとはいえ、『30人殺しのカーン』ではアクシャイ・クマールに出演してもらいました。一方で、シャー・ルクは他の監督の作品にもたくさん出演していますが、他のどの作品よりも私の作品と相性はいいのではないかと思います。監督としていろんな俳優を使うのがいい、という意見もありますが、私は人と人との相性が重要ではないかと思っています。これまで、他の俳優と仕事をして、少しがっかりするところもありますが、シャー・ルクに限ってはそんなことがありません。彼とはとても楽しく仕事ができるし、彼と協力すると、うまくいくことが多いのです。

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映画『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』より (c) Eros International Ltd

── シャー・ルクのどんなところを魅力に感じますか?

映画業界のキャリアのなかでいろいろな人を見てきましたが、シャー・ルクほど情熱を注いで仕事に臨む人は他にはいません。撮影現場に来ると、そのショットに全エネルギーを注いで、周りにもそのエネルギーを与える。全身全霊を捧げてくれます。私は現場でかなり過酷な要求もしますけれど、不満も言わずやります。顔に色を塗ったりするような他の人がいやがることや、体をヘリコプターに繋ぐようなアクション・シーンでも、やってほしいと言われたらやるし、シックスパックを作ってきて、と言ったら鍛えてきてくれる。撮影中だけでなく、完成後のプロモーションについても協力的です。ギャラをもらったらそれで終わりという俳優もなかにはいるのですが、彼は映画の宣伝にも一緒にがんばってくれる。こんな人は他にはいません。

私も映画に対して同じ気持ちで臨んでいるので、撮影にはとにかくふたりとも全力で臨んでいます。シャー・ルクと私は同じような映画に対する情熱を持っていて、例えばうまくいかないことがあっても、自分たちが力を注いでいることなので後悔はしません。ジョークも分かり合えるから、キツいことも言えるし、同じ時期に業界に入ったので、昔話も話したりする。ほんとうに彼とは気が合うんです。

自分が実現できることの規模が小さくなるなら、
ハリウッドではやりたくない

── 映画の世界ではデジタル化が急速に広まっていますが、インドではどのような状況でしょうか?

シネコンの75パーセントはデジタルになっているんじゃないかと思います。それに撮影のときも半分から60パーセントはデジタルで撮っている状況にあります。次の作品『Happy New Year』もデジタルで撮影しています。

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インタビューに答えるファラー・カーン監督

── ご自身としてはフィルムで撮るのとデジタルで撮るのではどちらが好きですか?

フィルムには〈マジック〉があるので、どちらかと言えばフィルムで撮るのが好きです。スタインベックで編集して、できあがったものを後から見て、作りなおす、と段階を踏んでいくのが好きなんです。かといって、業界自体がテクノロジーと密接に関わっているので、デジタル化について無視しているとその進歩についていけなくなってしまう。これからデジタルで撮るとしても、このテクノロジーを使って、いいものを撮れるように模索していかなくてはいけないと思います。

── 『Happy New Year』をデジタルで撮影する、というのは予算的な問題ですか?

そう、経済的な面もあって、今年の9月に撮影を始めて、来年には撮影終了予定なのですが、コダックが映画用フィルムの制作を止めたことなどで、ラボにもフィルムのストックがそれほどないので、フィルムがなくなってしまった場合のリスクを負うこともできません。VFXやCGの作業もありますし、フィルムで撮るとテレシネしなければいけない二重のプロセスが必要となりますが、デジタルであれば一回で済ませることができる。予算を詰めていくためにも、デジタルがする必要があります。とはいえ、モニターで観たものがそのまま映ることで、現場で俳優からいろいろと注文を言われてしまう、という問題もあるのですが(笑)。

── 先日、ムンバイにスティーヴン・スピルバーグが訪問したというのがニュースになりましたが、今後ボリウッドとハリウッドの関係はどのようになっていくでしょうか。

インドのリライアンス・エンタテインメンはスピルバーグ監督が創業したドリームワークスに資金提供しているので、そうした関係性は今後も続くでしょう。ボリウッドがこれからどの程度成長していくか、については、インドのVFXチームがハリウッドのために仕事をやっていますし、アイシュワリヤー・ラーイや他の監督が外に行って仕事をする、ということはあると思います。とはいえ、私たちインド人には歌とダンスというスタイルが必要なので、完全にハリウッド化していく、ということはないと思います。

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映画『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』より (c) Eros International Ltd

── ハリウッド進出については考えていますか?

私としては、ハリウッドの映画に部分的に参加することはあったとしても、ボリウッドで自分が実現できることの規模が小さくなるなら、ハリウッドでやりたいという特別な思いはありません。

── ボリウッドはアメリカにも進出して、世界的にボリウッドのダンスが注目されています。これまで数多くのダンサーを使っていたシーンでも、今はCGで増やしたりしていますが、そうした新しいダンスシーンについてなにかアイディアはありますか?

インドでは、1曲流行るとその映画が成功する、というくらい、歌と踊りが重要なのです。インドでは文化的に生活に密接していて、人が生まれるとき、亡くなるときにも歌や踊りがついてきます。そして現在では、アメリカだけでなく英国でも、ボリウッド映画だけを上映する映画館が増えていたり、世界的に大きな市場になっています。

MTVインディアがインドに入ってきたとき、コレオグラファーの多くがMTVインディアの振付を真似しました。振付だけではなく、MTV的なカット割りも真似するようになったのですが、そうしたことに私は興味はありません。私は、インドのダンスシーンは「何でも実現できる」というのが特徴だと思うのです。ヒップホップとヴァラタナティアムという古典舞踊、バレエ、サルサを融合させても成り立つ世界がインドのダンスシーンにはあるのです。そして、100人のダンサーを起用する、といっても、インドは人件費が安いので、後でVFXで加工するより安上がりなんです。

── インドの映画業界は現在、どんな映画がヒットする傾向にあるのでしょうか?

この3、4年で、昔ながらのインド映画が好まれることと、それまでだとヒットしなかった作品がヒットするようになっていて、両方の動きがあると思います。最近では『カハーニー』というサスペンス映画があって、それは歌は全く入っていないのですがヒットしました。

そして、どのような規模で作るかによって事情が違います。インドでは、ひとつの映画しか上映しない古い劇場にはお金のない人が行って、シネコンには中流やエリートの人たちが行きます。小規模の作品はシネコンでかけることで回収することが可能なのです。この『恋する輪廻』はシネコンと古い劇場の両方でかけることができたのです。

(取材・文・構成:駒井憲嗣)



ファラー・カーン プロフィール

1965年1月9日生まれ。父はアクション映画監督で、母の姉妹は脚本家ハニー・イーラーニー(ジャーヴェード・アクタルの前夫人で、監督のファルハーン・アクタルとゾーヤー・アクタルの母)と子役で有名だったデイジー・イーラーニーという一家に生まれる。両親の離婚後、聖ザビエル大学に通うかたわら、マイケル・ジャクソンの「スリラー」に影響されてダンスを始める。ダンス・グループ結成後、『勝者アレキサンダー』(1992年)の振り付けを当時のトップ女性舞踊監督サロージ・カーンの代役として担当。斬新な振り付けが評判を呼んで、以後人気舞踊監督となる。『ディル・セ 心から』(1998年)や香港映画『ウィンター・ソング』(2005年)など、これまでに担当した作品は約90本。2004年の『僕がいるから』で監督としてもデビュー、本作『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』、そして『30人殺しのカーン』(2011年)と3本の作品を世に出している。また、『シーリーンとファルハードの成功物語』(2012年)で女優としても本格的にデビュー。私生活では編集担当であり、監督でもあるシリーシュ・クンダルと2004年12月に結婚。ちょうど本作が公開された直後に、男の子と女の子2人の三つ子を出産した。次回作は、3たびシャー・ルク・カーンを迎える『Happy New Year』。




映画『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』
渋谷シネマライズにて公開中、シネマート心斎橋にて3月30日(土)より公開、ほか全国順次公開

監督:ファラー・カーン
撮影監督:V.マニカンダン
編集:シリーシュ・クンダル
美術:サーブ・シリル
作曲:ヴィシャール=シェーカル
作詞:ジャーヴェード・アクタル
衣裳デザイン:マニーシュ・マルホートラー(ディーピカー担当)、カラン・ジョーハル(シャー・ルク担当)
出演:シャー・ルク・カーン、ディーピカー・パードゥコーン、アルジュン・ラームパール、シュレーヤス・タラプデー
提供:アジア映画社、マクザム、パルコ
配給・宣伝:アップリンク
原題:Om Shanti Om
2007年/インド/169分/カラー/ヒンディー語/シネスコ

公式サイト:http://www.uplink.co.jp/oso/
公式twitter:https://twitter.com/oso_movie
公式FACEBOOK:http://www.facebook.com/OSO.jp

▼『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』予告編



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