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2013-11-20 16:38


特定秘密保護法が通過したら「再稼働反対」以前に原発の情報自体発信できなくなる

『(株)貧困大国アメリカ』堤未果氏に聞く、日本が全体主義に陥らないために必要なこと
特定秘密保護法が通過したら「再稼働反対」以前に原発の情報自体発信できなくなる
『(株)貧困大国アメリカ』の堤未果氏

現代社会における1パーセントの富裕層である大企業と残された99パーセントとの二極化をレポートし続けてきたジャーナリストの堤未果氏。2012年の『政府は必ず嘘をつく─アメリカの「失われた10年」が私たちに警告すること』に続き上梓した『(株)貧困大国アメリカ』は、グローバリゼーションが押し寄せる私たちの食卓を主題に、豊富な資料と取材をもとに、アメリカの現状や1パーセントに対抗する各地の人々の運動が記されている。堤氏にこの著作、そして映画『世界が食べられなくなる日』で描かれる多国籍企業の構造、さらに現在衆議院通過が目前とされ、最も緊急の問題となっている特定秘密保護法案について聞いた。

アメリカは新自由主義の先に来るものを体現している

──『(株)貧困大国アメリカ』というタイトルについて伺います。株式会社は株主の利益を追及する組織ですが、この場合、誰が株主なのでしょうか?

この場合は多国籍企業を中心に、投資家、銀行家などの1パーセントと呼ばれる層ですね。

── (株)貧困大国アメリカは法令遵守をしない、ブラック企業に相当するのでしょうか?

逆です。(株)貧困大国アメリカは企業が国家を合法的に手に入れたモデルケースです。

── 取材をされていくなかで、時代とともに変わっていっていくことを感じましたか?

はい、三部作を通してものすごい勢いで世界の枠組みが変わっていく実感がありました。
『ルポ・貧困大国アメリカ』はブッシュ政管家の新自由主義、『ルポ・貧困大国アメリカⅡ』 ではオバマ政権下の全体主義、そして今度の完結編である『(株)貧困大国アメリカ』では、司法、行政、立法府、憲法など法治国家の持つチェックアンドバランスの機能を超越した存在にのまれてゆく国家の姿がモチーフになっています。
考えてみたら、資本主義が進化していった先に、新自由主義があり、その先に来るものを世界のどこよりも早く体現しているのがアメリカなんです。ですからこれはアメリカだけの話ではなくて、時代の変化のなかで進んでいくなかのひとつのフェーズとして、韓国でもインドでも欧州でも南米でも、世界中に拡大しつつありますね。

── 『世界が食べられなくなる日』の感想はいかがでしたか?

さすがフランス映画、そのまま直球だなと感心しました。『フード・インク』のロバート・ケナー監督と去年の今ごろ京都で食事をしていた時に、「原発とGM(遺伝子組み換え作物)の構造は同じだね」という話で盛り上がったのを思い出しました。国を挙げての安全神話、低線量、微量で長期間摂取し続けた際の人体に与える影響について長期の実験がされていない(させてもらえない)事。動くお金が巨額すぎて、業界によってマスコミや政府、学者が抑えられている現状……共通点がとても多いのです。
『世界が食べられなくなる日』の中でも、同じ指摘がされていましたが、現象だけでなく構造をとらえる事の重要性を改めて確信しました。

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映画『世界が食べられなくなる日』より

── ジャン=ポール・ジョー監督は、最初の『未来の食卓』(2008年)でオーガニックの給食をフランスの田舎町で始める話を撮って、次の『セヴァンの地球のなおし方』(2010年)でセヴァン・スズキを軸にして、彼女が1992年のリオの環境サミットでのスピーチの時と18年後の現在も世界が何も変わっていないということを描いた。そして今作で福島原発事故とGMの問題を、別々に撮ろうかと最初は言っていたのですが、根は一緒、人間がコントロールできないテクノロジーだから、しかも訴訟しても因果関係を非常に特定しにくい。この『世界が食べられなくなる日』がヒットするのがいい時代とは思わないけれど、みなさん興味を持って観に来て下さっています。

嬉しいですよね。今も日本全国で講演をすると、マスコミ情報を鵜呑みにしていまだにTPPは農業の話だと思い込んでいる方がとても多いです。日本は世界でも大手マスコミの情報をそのまま信頼する率が高い国。先日も「マスコミ鵜呑み度で世界一位」と言う調査結果が出ていました。マスコミの偏った報道は、多角的議論を出来なくさせます。
例えば「強い農業」や「JA利権解体」などのフレーズは出ても、その論理の中で「では中小零細農業はどうなるのか?」「食の多様性は?」という角度からの議論はなかなか深まりづらい。また、「農業」はどうしても農家の人の話で消費者には遠いイメージを持たれがちですが、「世界が食べられなくなる日」をみて、日常の中で身近な「食卓」からTPPを考える人が増えてゆくことは、とても大きな意味があると思いました。

原発と遺伝子組み換え食品はアカデミズムからも世論が形成される

── この本を読んで知ったのですが、セラリーニ博士の研究が発表された『Food And Chemical Toxicology』誌は、担当者が交代になったそうですね。

あっという間でした。『Nature』誌に遺伝子組み換え食品の安全性に問題があるという論文が掲載された時、編集長には即「非科学的だ」という批判文が大量に送られてきて一度下ろさざるをえなかったのです。『Nature』誌は査定が厳しいことを誇りにしている雑誌ですが、放射性物質と同様遺伝子組み換え食品も長期の実験がされておらず、科学的データがない中で「非科学的だ」と言われてしまうとなかなか反論できません。例えば遺伝子組み換え食品を食べ続けてがんになりました、と言っても、他にも喫煙や遺伝など原因があれば特定は難しい。福島第一原発からの放射性物質で癌が急増するリスクを海外から警告されても、日本人の死因の1位は既にがん。因果関係を証明出来なければ、裁判を起こしても勝つのは難しいと言われています。権威ある『Nature』誌ですら、押し切れませんでした。

── メディアにもアカデミックな専門誌にも当たり前のようにバイオ関連企業の手が入っているということですか?

ええ、研究者や編集者の過去の経歴を調べればそれがわかります。
この映画が明らかにしているように、巨額のお金が動く業界の構造はみなよく似ています。原発や食品、医薬品……他にもたくさんありますね。
アカデミズムの世界を抑えることも大変効果的です。例えば311前まで、日本でも多くの人が「内部被曝」や「汚染水」などの言葉すら聞いたこともなかった。原発事故の後テレビに沢山の学者が出てきて「プルトニウムは食べても大丈夫です」などと言った時も、多くの国民は疑わなかった。そこにはもともと難しい専門分野であることと、学者が嘘を言うわけないという2つの思い込みがありました。マスコミは嘘をつくだろう、と疑う人は増えてきましたが、「~科学研究所」とか「日本~学会」という名前は東大神話と一緒で、いまも一定の効果がある。人間はイメージを皮膚感覚でとらえる生き物です、その方が楽ですから。だから大きな利権を守るには、そこを押さえる事が最も効率的なのです。

マスコミにはカウンターがありますが、アカデミズムの世界では学会で発表した論文が認められて初めてステイタスとして承認される。発表させてもらえなければ、どんなにいい論文を書いても地位も権威も得るのは難しい。その構造に侵入してゆく戦略です。
発表された研究結果は国民に信用され、そのまま世論に反映されてゆきます。世論の形成はマスコミだけではなく、アカデミズムからも出来るという典型的な例が原発と遺伝子組み換え食品でしょう。

── (株)貧困大国アメリカはブラック企業ではないということですね。

はい。そこが怖いのです。独裁者が理不尽に暴走しているのであれば、その独裁者をおろすなり力を奪えばいい。でももう、そういう昔のような単純な構図は通用しなくなっている。企業のアキレス腱の一つは訴訟ですよね。訴訟するとお金も時間も取られるし、何より大事な企業イメージが落ちる。イメージが落ちると、商品が売れなくなり利益が下がる。利益が下がると、株主を怒らせる。では訴訟を回避する一番の方法は何か。法律をいじって合法にしてしまえばいいわけです。その権限を持つのは立法府の政治家だけですから彼らを合法的に押さえればいい。すごくシステマティックです。だからブッシュは暗黒の8年の中で、人ではなく司法そのものをいじった。そのことを国民が見落とした結果何が起きたか。反イラク戦争、反格差紛争だったのが、途中から市民運動に煽られて「反ブッシュ運動」にすり替わってしまったんです。「特定の悪役」ではなく政治や政策決定プロセスそのものの歪みをみなければいけなかったのに、ブッシュ憎しになってしまったのです。
だからブッシュからオバマになったら、国民は安心して政治から目を離し、オバマ政権下でブッシュ時代の悪法が次々に強化されていく事にも気がつかなかった。その結果が今のアメリカです。

── この本でALEC(米国立法交流評議会/州議会にかけられる前に議員と企業が草稿中のモデル法案を検討する)が法をお金で買う、そんなことができるんだと知りました。

実はあの事実も30年間まったく出てこなかった、すごいスクープだと思います。アメリカでもこの内部告発文書を受け取った女性が一生懸命発信しようとしていますが大手マスコミは沈黙しており、国民はほとんど知らないですね。

── しかも青天井に献金していいということになった。

2010年のあの最高裁判決で、この『(株)貧困大国アメリカ』は完成形になりました。
でも今言ったように、国会での審議も法改正も、裁判所の判決も、マスコミもまともに報じないし国民は日常の中で全く関心を持たない。だから実現したのです。
日本だってそもそも献金の上限などあってないようなもの、政党支部を作ってしまえばいくらでも献金額は上げられます。それから原発で言えば、当然業界は民主・自民の両方をバックアップしていますし。311の後「民主党だったら再稼働しないのか」と国民が淡い期待を抱いたものの、ちゃんとしましたよね。
企業の力がここまで巨大化した結果、二大政党もまた幻想になったのです。

私たちの相手は国籍のない1パーセント

── 日本が全体主義に陥らないためにはどうしたらいいでしょうか。

アメリカは愛国者法で全体国家になってしまいましたが、私が今日本で非常に危機感を持っているのは今度の国会に提出される「特定秘密保護法案」です。
TPPで原発再稼働されてしまう大変だ!と言う人がいますが、それ以前に「特定秘密保護法」が通過したらもう原発の情報自体発信できなくなるかもしれない。もう一つ同時に進められている安倍政権の「国家戦略特区構想」も要注意ですね。これが実施されればTPP後の環境が前倒しで整備されてしまうでしょう。私たちは分かりやすくて敵と味方がはっきりしている象徴的なものに気を取られますが、それしか見なければいつのまにか別のもので包囲されている事に気づけなくなるので注意しなければなりません。多くの場合危険な法律は、いくつも同時進行で進むからです。

── 野党側が1パーセントに対向する論理を作らない限り、変えられないですよね。

野党が変わるのを待つよりも、私たち自身がまず、対峙している相手が今の与党でなく国籍のない1パーセントだと思うところからスタートですね。敵が自民党政権じゃなく、アメリカでもなく、1パーセントの多国籍企業や投資家、銀行家だと気づいた時、法律や省庁の動きの方に目がいくでしょう。そして「選挙が最後の砦」だと思わなくなります。法改正にとって大事なのは選挙の後だからです。後はいかに分裂を回避するか。1パーセント側は目的が揃っているのでがっちり団結していますから。選挙が終わっても、異なる党の支持者同士対立や批判をせず、「支持政党は違っても、あなたの支持する先生に真実を伝えて下さいね、例えば秘密保全法については慎重に検討を」と伝える。出来るだけ多くの議員に真実を手渡してゆく事が大事です。選挙が終わった後は、彼らが私たちの代理として法律に関わる採決の際に貴重な一票を投じるのですから。

1パーセントと99パーセントが綱引きをしていて、真ん中に政治がある。この綱を離してしまったら最後、全部取られてしまうでしょう。けれど実は99パーセント側で綱を引く人数が、国境を越えて今どんどん増えている事が希望でしょう。世界を帝国化する「多国籍企業のグローバリゼーション」だけではありません。多様性と共に人間らしく生きる事を目指す「個」のグローバリゼーションも、確かに存在するのです。

(2013年7月10日、南青山にて 取材・文:浅井隆 構成:駒井憲嗣)



堤未果 プロフィール

ジャーナリスト、東京都生まれ。ニューヨーク州立大学国際関係論学科修士号所得。国連、アムネスティ・インターナショナル・NY支局員を経て、米国野村證券に勤務中、9・11同時多発テロに遭遇。以後、ジャーナリストとして各種メディアで発言、執筆・講演活動を続ける。著書に『報道が教えてくれないアメリカ弱者革命』(海鳴社)で日本ジャーナリスト会議黒田清新人賞、『ルポ 貧困大国アメリカ』(岩波新書)で日本エッセイストクラブ賞+新書大賞2008、『ルポ 貧困大国アメリカ II』(岩波新書) 『政府は必ず嘘をつく』(角川SSC新書)『(株)貧困大国アメリカ』など他多数。J-Wave Jam the World 水曜日パーソナリティ。
http://mikatsutsumi.org/




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『政府は必ず嘘をつく─アメリカの「失われた10年」が私たちに警告すること』堤未果インタビュー(2012-04-18)
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「モンサントの遺伝子組み換え食品に毒性の疑い」ルモンド紙報じる(2012-10-01)
http://www.webdice.jp/dice/detail/3664/

市民の声によりモンサント保護法の破棄がアメリカ上院で決定(2013-09-29)
http://www.webdice.jp/dice/detail/3992/




堤 未果『(株)貧困大国アメリカ』
(岩波新書)

ISBN:978-4004314301
価格:798円
版型:172 x 106ミリ
発行:岩波書店
発売中


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映画『世界が食べられなくなる日』

2009年、フランスである動物実験が極秘に開始された。それはラットのエサに遺伝子組み換えトウモロコシ、農薬(ラウンドアップ)を、いくつかの組み合わせで混ぜて与えた長期実験だった。分子生物学者のジル=エリック・セラリーニ教授が行ったこの世界で初めての実験は、2012年9月に専門誌に発表され、フランスをはじめ世界中に大きな波紋を投げかけた。『未来の食卓』『セヴァンの地球のなおし方』のジャン=ポール・ジョー監督が、遺伝子組み換え作物と原発の危険性に迫るドキュメンタリー。

監督:ジャン=ポール・ジョー
製作:ベアトリス・カミュラ・ジョー
ナレーション:フィリップ・トレトン
パーカッション:ドゥドゥ・ニジャエ・ローズ
原題:Tous Cobayes?
2012年/フランス/118分
配給:アップリンク

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▼『世界が食べられなくなる日』予告編


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