骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2013-12-28 21:40


観客と建物がダンスをするような美しい映像はいかに撮られたか 『フォスター卿の建築術』監督インタビュー

1月3日公開『フォスター卿の建築術』建築家ノーマン・フォスターのドキュメンタリー
観客と建物がダンスをするような美しい映像はいかに撮られたか 『フォスター卿の建築術』監督インタビュー
ノーマン・フォスターを撮影中のノルベルト・ロペス・アマド(写真中央)とカルロス・カルカス(写真右)の両監督 ©Valentin Alvarez

「モダニズムのモーツァルト」と評され、ロンドンをガラスの街に変えた建築家ノーマン・フォスターのドキュメンタリー映画『フォスター卿の建築術』が1月3日(金)から公開になる。故スティーブ・ジョブズから依頼を受け、宇宙船型のアップル社新社屋を建設中であることでも話題のフォスターは、現在78歳。イギリスの労働者階級の家庭に生まれ、働きながらマンチェスター大学の建築科に通い、モダニズム全盛の米国イェール大学に奨学金を得て留学。以後、1970年代から現在に至るまで建築界の最前線を走ってきた。その革新性と洗練を兼ね備えた建築で、1999年には爵位を叙されている。国から国へと猛スピードで移動しつづけるフォスターを追い、建物を空撮や非凡なアングルで捉え観客を空に羽ばたかせるような映像に仕上げた監督二人が、フォスターとの秘話や撮影時の苦労などについて語る。



ノーマンほどパワフルで、情熱的で、創作にのめりこんでいる
人物に出会ったのは初めてだった


──映画ファンにとって、この映画の見どころはどこでしょうか? なぜ、建築家についてのドキュメンタリーなのですか?


ノルベルト・ロペス・アマド(以下アマド):前からずっと建築に興味があった。時代を超越する傑作としての建築を生み出す過程に隠された秘密を探りたいと思っていたんだ。ノーマン・フォスターの作品にはそういう部分があり、このドキュメンタリーは、50年後に観ても建築の陰にいる人物を観客に感じてもらえる映画だと思っている。

カルロス・カルカス(以下カルカス):僕は建築家ではないし、建築に詳しいわけでもない。“なぜ建築について考えなくてはならないか。自分にとってどんな意味があるのか”という観点からこの映画に携わった。そうした疑問に応える作品になったと思う。また、建築とは単に美しい建物を建てることではないし、知的な建物と凡庸な建物の間には違いがあって、それが人間の生活、特に大都市の暮らしに大きな影響を与える、ということを観客に伝えられたのではないかと思う。

──このドキュメンタリーのアイデアは、いつ、どのように生まれたのですか?


カルカス:アントニオ・サンス(製作総指揮にしてアイデアの生みの親)と僕は、10年以上にわたり、いろいろな仕事で組んできたのだが、彼と重ねた会話の中から、この企画は生まれた。2007年にノーマンはアガ・カーン建築賞を受賞した時、僕は受賞式の取材を依頼された。その日程が、ノーマンが開港前の北京空港を訪問する予定と重なった。それでクアラルンプールでの授賞式と、ノーマンの北京空港訪問の両方を撮影するよう頼まれた。それが具体的なきっかけになった。取材旅行中に、アートに詳しいノーマンの妻であるエレーナ・オチョア(本作プロデューサーでもある)が、企画のアイデアを理解し、良いドキュメンタリーになるだろうということを分かってくれた。

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ロンドン・シティホール
空撮によるロンドン市庁舎(写真上)とその内部(下)

──ドキュメンタリーの制作は完成図を見ずにパズルを仕上げるようなものです。今回、どのような準備をしたのか教えてください。


アマド:大変苦しく厳しい、時間のかかる創造のプロセスを経て、ノーマンがバックミンスター・フラーから学んだ“抑制こそ豊穣”という概念をそのまま、企画を体現するドキュメンタリーになった。

カルカス:大量の本から知識を仕入れると同時に、ノーマンや彼の仲間の建築家たちと共に長い時間を過ごすことを大切にした。企画がスタートした初日から2007年の取材旅行を終えるまでの間に、おのずとそうした時間は得られた。

北京空港訪問の際には、世界最大級の建物を造る建築家チームにかかるプレッシャーを肌で感じた。ターミナルに向かって車を走らせた時のことを今でもよく覚えている。タクシー乗り場や歩行路を示すラインはまだ引かれていなかったので、空港の前はがらんどうのようだった。車を寄せながら僕は、晴れ渡った北京の青い空を背景に、刀のような曲線を描く近未来的な巨大建物を見て思わず息をのんだ。火星に着陸して、失われたコロニーを発見したかのような気分になった。その瞬間、自分が並はずれた人々と時を分かち合っているのだと意識した。

企画のスタート直後は、最初のステップとして、ロンドンにあるノーマンのオフィスでしばらく時を過ごした。デザインの打ち合わせに同席し、インタビューもしたが、紙とペンでメモする代わりにカメラを使った。それが僕の思考と仕事の道具だから。使うかどうかわからないフッテージをたくさん撮ったけれど、撮影という行為そのものが、彼らを知り、彼らに自分を知ってもらうための手段だった。

──これまでにもドキュメンタリーや劇映画、テレビシリーズなどを作ってこられていますが、今回のドキュメンタリーには大きな違いがありましたか?


アマド:僕は特になかった。映像を作る時はいつも、その底に潜む感情を探ろうとするけれど、今回も同じだった。

カルカス:この映画の特徴は、移動し続ける人間を映すという作業だった点にある。ノーマンは膨大な距離を猛スピードで移動しつづけている。しかも彼は、やりたいことが山ほどあって、自分の姿を撮影されることに興味がなかった。ノーマンにとって、面白いものとはすなわちデザインであり、次のデザインがどうすればよりよくなるかという考えで頭はいっぱいなのだ。国から国へ、ついていけないほどのスピードで移動し、良い映像が撮れるのを待ったりしてくれない人間を追いかけるんだ。しかも、撮影対象はカメラを向けられないほうが心地よいに違いないのに、一緒に移動し続けなくてはいけない。そうした点は大変だったけれど、それでも彼は非常に好意的だった。

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南仏アヴェロン県に2004年に開通した全長2,460m、主塔343mの世界一高い橋であるミヨー橋

──人間と建物、撮るのはどちらが難しいでしょう?


アマド:建物の撮影はとても難しい。最初の建物を撮影する時、“誰も撮らなかったような方法で撮ってみよう”と考えた。僕らはまず建物を理解することから始めた。言葉なしでその建物を説明するように、そして各パーツを詳しく注意深く、愛でるように撮って、観客に感じるだけでなく理解してもらおうと試みた。

カルカス:僕はいつもカメラの陰で自分を消そうとして苦労する。ほとんど不可能なんだけれど。カメラがあれば自動的に、それがホームビデオであっても人間は変わる。自意識が生じるからだ。カメラが気になってしまった時点で終わりだ。俳優というのは、カメラが回った状態で演技をする訓練を受けた人々だ。彼らは立ち位置や、セリフを言うタイミングを心得ている。ドキュメンタリーでは、作り手がその点に責任を持たねばならない。正確な位置から、物事が起きる瞬間を捉えなくてはならない。リハーサルはなく、撮り直しはできない。だからこそドキュメンタリーの撮影は面白い。

──この映画は、建物を非凡なアングルで撮っており、非常に美しい映像に仕上がっています。建物のどんな部分を見せようとしたのでしょうか。どのような撮影テクニックを用いましたか?


アマド:それぞれの建物に対して、撮り方を変えるよう努めた。空撮にしたり、精神性に着目したりリスクに挑んだりした。建物を、葛藤を抱えたり美点を備えたりするキャラクターのように扱った。

カルカス:最初から分かっていたことだが、この映画には2つの異なる要素が必要だった。被写体が建物の部分は、機材を駆使し、手間暇をかけて映画的な撮影ができる。その一方で、人物の撮影は軽いフットワークで手早くこなさなくてはならない。ノーマンとの撮影の多くは、小さなHDカメラで撮った。そうしないと車内での撮影ができなかった。

建物の撮影については、ティト(アマド)が初期の段階で、物語を伝えるためには対象を選ばなくてはならないという認識をしていたと思う。彼は、“建物を愛でるように撮りたい、その詩的な本質を伝えたい”と言っていた。僕にしてみれば、動かぬ巨大建築物を映画にするなんて、恐ろしいことだった。ティトと撮影監督のバレンティン・アルバレスは素晴らしい仕事をしたと思う。観客と建物がダンスをするような作品を撮ったんだからね。観客を空に羽ばたかせたんだ。

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ニューヨーク・マンハッタンのハーストタワー。高層ビル建築に与えられる国際的な賞であるエンポリス・スカイスクレーパー賞受賞(2006年)。

──共に過ごした長い時間を経たあなたたちから見て、ノーマン・フォスターはどのような人物ですか?


アマド:彼は決してあきらめない人間だ。自分の求めるものを知っていて、作品に決して満足しない。リスクさえ恐れなければ、何事にも常に伸びしろがあると知っているからだ。

カルカス:ノーマンほどパワフルで、情熱的で、創作にのめり込んでいる人物には出会ったことがない。美を愛し、美を分かち合うことを好む人だ。よい建築家の作品は、居間に飾られる絵画とは違う。建物とは、その中で多くの人々が生活し、働く場であるし、その外観は皆の目に触れるものだ。彼は良い教師でもあると思う。知識を分かち合う術に長けている。裕福ではない家庭で育ち、働き、戦い、すべてを危険にさらしてキャリアを築いてきた人だ。共に働いたすべての人々にインスピレーションを与えてきたのではないだろうか。僕の映画作りも、彼と過ごした1年くらいの間に影響を受けたと思う。

──このドキュメンタリーで、ノーマン・フォスターのどのような面を強調しましたか?


アマド:ノーマンを映す鏡になりたかった。ファイナルカットを見たノーマンが“このドキュメンタリーは私だ”と言ってくれたのは最高の賛辞だったよ。誠実に映すように心を砕いたからね。

カルカス:ノーマンには多種多様な仕事をしてきた背景がある。そのすべてにおいて彼は多くの思考を重ねると同時に、心や魂を駆使してきた。その点を伝えたかった。

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©Valentin Alvarez


ノルベルト・ロペス・アマド

スペイン・ウレンセ出身。1989年から、スペインの通信社で記者として、湾岸戦争などの世界情勢を取材。その後、映画界に進出し、多くの長編ドキュメンタリーや短編劇映画を手がける。初の長編劇映画『Nos Miran』は商業的成功をおさめた。現在、スペインのテレビ界を代表する映像監督の1人である。

カルロス・カルカス

米国フロリダ州マイアミ生まれ、マドリード在住。ボストン大学コミュニケーション学部を卒業後、通信社でフリーのカメラマン及びプロデューサーとして働く。初の長編監督作『Old Man Bebo』(※ベボ・バルデスのドキュメンタリー)で2008年度トライベッカ映画祭の最優秀新人ドキュメンタリー監督賞を受賞。




映画『フォスター卿の建築術』
1月3日(金)渋谷アップリンクにて3週間限定公開

監督:ノルベルト・ロペス・アマド&カルロス・カルカス
出演:ノーマン・フォスター、バックミンスター・フラー、リチャード・ロジャース、リチャード・ロング、ボノ、蔡國強、他 (英/2010年/76分)
配給・宣伝:アップリンク

公式サイト:http://www.uplink.co.jp/foster/

東京:渋谷アップリンク
1月3日(金)より3週間限定公開
http://www.uplink.co.jp/movie/2013/19837

横浜:ブリリア ショートショート シアター
1月4日(土)~1月12日(日)
http://www.brillia-sst.jp/

大阪:シアターセブン
1月4日(土)~1月24日(金)
http://www.theater-seven.com/

京都:元・立誠小学校 特設シアター
1月18日(土)~
http://risseicinema.com/

愛知:名古屋シネマテーク
近日公開
http://cineaste.jp/

▼『フォスター卿の建築術』予告編


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