『マージナル=ジャカルタ・パンク』より © AYUMI NAKANISHI
インドネシアの首都ジャカルタにアジア最大のパンクシーンがあるということは、日本ではあまり知られていない。独裁政権で抑圧されたフラストレーション、そこから生まれた反逆精神。貧困層から生まれた壮絶なジャカルタ・パンクシーンを追い続けるフォトジャーナリスト中西あゆみ。彼女は7年間に渡りジャカルタ・パンクバンド「マージナル」を撮り続け、映画『マージナル=ジャカルタ・パンク』を発表した。スラムでの取材など危険をかえりみないストロングスタイルな撮影、ジャカルタに住みながら撮影する覚悟と粘り強さ、そうまで彼女をのめり込ませたジャカルタ・パンクとは、マージナルとはなんなのか。パンクを愛し、報道写真の可能性を信じるフォトジャーナリストが記録した壮絶なドキュメンタリー『マージナル=ジャカルタ・パンク』の中西監督に話を聞いた。
この作品は5月に上映の後、好評につき6月14日(土)より渋谷アップリンクにてレイトショー公開が決定。またアップリンク・ギャラリーにて写真展も開催されている。
ジャカルタにはパンクになる理由がある
──なぜジャカルタのパンクバンド「マージナル」を題材にしようと思ったのですか?
マージナルみたいな人たちがいるってことを知ってもらいたいというのがいちばん大きいですね。彼らはインドネシアの小さい村だけで終わる存在じゃないと思うんですよね。彼らがやってることって、自分たちでどう思っているか分からないですけど、世界共通で、人として大事だと思うことを体感して行動している。それをたまたま写真家の私がツールになって伝えられればいいなと思いました。
『マージナル=ジャカルタ・パンク』の中西あゆみ監督
──フォトジャーナリストになるきっかけはなんだったんですか?
アメリカでフォトジャーナリズムの学校に行き、卒業と同時にニューヨークの「タイム」誌のインターンになりました。その間、報道に携わりながら、ずっと好きだったパンクのライブ写真も撮っていたんですけど、「タイム」誌に入って、ジャーナリスト/戦場カメラマンのジェイムズ・ナクトウェイと出会い、非常に影響を受けました。私が「タイム」誌を辞めるきっかけにもなった人なんです。彼が「アシスタントにならないか?」って声をかけてくれて、彼のアシスタントをしばらくやっていたんですけど、それがやっぱりいちばん大きいですね。「タイム」誌とナクトウェイの存在がなければいまの私はないですね。
──ジャカルタに行くきっかけっていうのは何だったんですか?
2005年に初めてインドネシアに行ったんですけど、私のもうひとりの恩師でもある写真家のジョン・スタンマイヤーが当時バリ在住だったんですね。それで彼のワークショップに参加しに行ったんですよね。彼は私がパンクの写真を撮ってることを知っていて、彼からジャカルタにパンクシーンがあることを教えてもらって、興味を持ったのがきっかけで行きました。
──何もツテがない状態でジャカルタのパンクシーンを撮りに行ったんですか?
FUCK ON THE BEACHやVIVISICKといった日本のバンドが数ヶ月前にジャカルタでツアーをしていたというのが分かって、いろいろ当たってみたら現地に友人が居たので、そのツテを訪ねて、そこからいろいろ広がっていきました。ただ、マージナルには2007年まで会えなかったんですよね。
『マージナル=ジャカルタ・パンク』より © AYUMI NAKANISHI
──存在は知っていたんですか?
知ってました。もうすでに有名なバンドだったので、ただすごく閉鎖的なコミュニティなので。最初に知り合ったのが、わりと反マージナルのコミュニティだったので、派閥がいろいろあるんですよね。だから徐々にいろいろなプロセスを踏んで、ようやくマージナルを紹介してもらえました。
──ジャカルタ・パンクの数あるバンドの中からなぜマージナルを追いかけようと決めたんですか?
ジャカルタ・パンクにはたくさんコミュニティがあって、いろいろなバンドに出会って取材してきたんですが、いまいちピンと来ていないところがあって。彼らがパンクになる理由は分かるんです。貧困や地域間格差が問題となっている国だし。でも自分がもっと突き詰めたところまでいけるんじゃないかと思っていたんです。その頃に「ほんとにジャカルタ・パンクを知りたいならやっぱりマージナルに会わないとダメじゃない?」と言ってくれた人がいたんです。
──それは現地の方ですか?
はい。現地ですごく仲良くなったスキンヘッドの軍団がいるんですけど。その人たちがマージナルを紹介してくれて、初めてマイクと会って話してみたら、ものすごいことを言う人だったので、衝撃を受けて。
──いままで出会ってきたパンクの人たちとは違う印象だったんですか?
まったくもう、天地の差でした。人格者としてもそうですけど、こんなことを言う人たちがいるんだ!という衝撃を受けて。もしかしたらこの人たちに出会うために私はインドネシアに来たのかもしれないという勝手な使命感が生まれて、そこからですね。
彼らにとって自分たちの言語で伝えることが大事
──映画の中でも政府に反発する内容の歌を歌ってましたけれど、そういうメッセージの曲が多いんですか?
反政府と簡単に言いたくないんですけど、もともとは弾圧やスハルトの独裁時代に起こった事実を伝えるというところから、政府が民主化したいまも何も変わってないところがあって、さらにひどくなっている。10歳の子供たちがストリートで生きるような国は変えなきゃいけない、間違っていることを正しく理解してもらいたいという思いが根底にあるのだと思います。それは一般人だけじゃなくて、政府の人間にも分かってもらいたいというところがあると思いますね。
『マージナル=ジャカルタ・パンク』より © AYUMI NAKANISHI
──マージナルの音楽はアコースティック・ギターを用いたフォーキーな部分もあり、パンクとしては独特だと思うんですけど、これはジャカルタ・パンクの特徴なのですか?
いえ、ものすごく特殊なバンドだと思います。まずパンクのミュージシャンは英語で歌いたがるんですが、マージナルは全部インドネシア語です。それは、自分たちのメッセージを誰に伝えたいか、まず自分の友人であり家族であり、コミュニティの人たちであり、村の人たちであり、子供たちに伝えたいというところから始まっているからです。彼らがバンドを結成するきっかけになったのも、スハルトの時代に言論の自由が何もなくて、その中でいまの世の中が間違っているということをどうやってみんなに伝えていくか考えた時に、歌だったら伝わるんじゃないか、であれば歌詞は分かりやすくしなくちゃいけない。だから言葉をいかに分かりやすく、自分たちの言語で伝えるかが彼らにとって大事なんですよね。だから他のパンクスとはちょっと違うスタンスがあると思います。
映画の中でマージナルと子供たちが触れ合う場面が数多く登場する。子供たちにウクレレを教え、版画を教え、子どもたちのために演奏し、時にいっしょに歌いあう。刺青だらけの強面パンクスという外見からは想像がつかないほど、子供たちの未来を真剣に考えている。その根底にはリーダーのマイクの言ったこんな思想があるからだろう。「誰もが人間らしくお互いをリスペクトし合って平等に生きていける世の中を求めていて、それがみんなに平等にあることを求めている。そうあるべきだということをひとりでも多くの人に伝えていくために、いまやっていることを続けていきたいし、そのスピリットを忘れたくない。これまで一度たりともこの気持ちはブレたことがないし、これからもブレることはないと思う」。
──マージナルが伝えたいことと、中西さんがジャーナリストとして伝えたいこと、アプローチは違えどインドネシアの現状を伝えるという部分ではかなり似ている気がします。
かなりシンクロしてますね。それもあってすごく衝撃を受けました。1枚の写真で世界が変えられるということを、自分が報道を通して、「タイム」誌でもナクトウェイにもすごく教わってきた中で、私が自分だからできるのはパンクを撮ることしかなかったし、マージナルの言っていることがあまりにも説得力があったし、これを日本にだけでも持ってこれるのはもしかしたら自分かもしれないと思ったので。まずは自分の親や兄弟、友人からでも観てもらっていろいろな人に広がっていけばいいなという気持ちから、いまここまでたどり着いたというか。
──エンディングでもテロップが出ていますが、今回の上映の「2014年春版」から今後も継続して更新していくということですけど、観る側としては、それが中西さんが彼らを一生追い続けるという覚悟の表れなのかなと思います。なかなか日本に住んでいるとジャカルタのパンクシーンを知ることができない中で、中西さんを通じて現地のいまを知ることができる、やっぱり「いまを伝える」ということにすごく重きを置いているんですね。
そうですね。ジャーナリストとして、現実を伝えたいという気持ちがあるので、それはすごく大事にしてますね。去年映画を上映する機会をいただいて以来、ライブハウスとかいろいろな所で上映する機会をもらって、字幕とか映像も毎回更新して微調整を加えながら回を重ねてきて、今回アップリンクで上映したものは今年の映像も入っているんですよね。まだまだ途中だと思ってます。
(インタビュー・文:石井雅之)
アップリンク・ギャラリーにて、左より中西監督、マージナルのボブとリーダーのマイク
中西あゆみ プロフィール
写真家。フリーのフォトジャーナリストとして活動するかたわら、日本や米国などを渡り歩きパンクスの写真を撮り続けている。インドネシアのパンクシーンの存在を知り2005年に初めてジャカルタを訪問。以来、取材のため何度もインドネシアを訪れている。2007年に、バンド「マージナル」と出会い、衝撃を受けた。それ以降は、マージナルの活動を中心に、写真と映像両方でドキュメンタリーを製作している。取材と撮影に集中するため、2010年にジャカルタに移住した。
http://www.ayumi-nakanishi.com/
マージナル=ジャカルタ・パンク 2014年春版
Jakarta, Where PUNK Lives - MARJINAL
6月14日(土)より渋谷アップリンクにてレイトショー上映
監督:中西あゆみ
2014年/日本=インドネシア/60分
料金:一律1,500円(別途ドリンク代)
http://www.uplink.co.jp/movie/2014/25940
中西あゆみ写真展 マージナル=ジャカルタ・パンク
6月30日(月)まで渋谷アップリンク・ギャラリーにて開催
入場無料
http://www.uplink.co.jp/gallery/2014/25941