骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2014-07-24 00:00


これはノスタルジーではない!『VHSテープを巻き戻せ!』監督と宣伝スタッフの終わらない「VHS愛」

映像文化に革命をもたらしたVHSビデオの歴史を紐解くドキュメンタリー
これはノスタルジーではない!『VHSテープを巻き戻せ!』監督と宣伝スタッフの終わらない「VHS愛」
中野のレコミンツSIDE-Bにて、お気に入りのジャケを手にする『VHSテープを巻き戻せ!』のジョシュ・ジョンソン監督。レコミンツでも15年くらい前にはVHSの取り扱いがあった。

一般家庭での映像の記録、撮影を可能にし、映像文化に革命をもたらしたVHSビデオ。その登場から衰退まで、様々な転機をもたらしたムーブメントに立ち会った人々のインタビューからその歴史を振り返るドキュメンタリー『VHSテープを巻き戻せ!』が7月26日(土)より公開される。監督のジョシュ・ジョンソンが、今作のロードショー公開そして新宿シネマカリテで行われた『カリコレ/カリテ・ファンタスティック!シネマコレクション2014』での特別上映にあたり来日。パブリシストの加瀬修一さんが監督とのエピソードとともに、VHSテープへの思いを綴った。

ジョシュとビデオと、僕と東京

ジョシュ監督のインタビューは「この人!」という方々に各媒体で十分していただいたし、よくある滞在レポートなんてのも、いまさら面白くない。さて、どうしたものか……。

「これ、加瀬くんの映画だよね?」アップリンクの浅井社長からのそんな極上の殺し文句で『VHSテープを巻き戻せ!』の宣伝に参加した。気の置けないメンバーを組んでもらって、公開準備が始まったのが5月の半ば過ぎ。この2ヵ月間はもう宣伝というよりも、自分自身のこれまでを顧みる時間だった。まさに人生の「巻き戻し」ボタンが押された感じ。ちょっと記憶を巻き戻す。そんな話から始めよう。

東京・新宿。コマ劇場が無くなるなんて想像もつかない頃。歌舞伎町は強面と無国籍な人種が闊歩し、学生服のこどもがちょろちょろできるような空気はなかった。ハイジア脇の小道から大久保駅の線路沿いにかけては街娼が点々と並び、ホームレスが野良ネコと食料を争って大声を上げていた。バブルが弾けて世相はどんどん暗くなっていったが、街には異様なエネルギーが渦巻いていて、光と影のコントラストがいまよりハッキリ目に見えていた気がする。馳星周の「不夜城」が流行ったのもその頃だ。その中古ビデオショップは、西武新宿線に沿った道に面してあった。1階に狭いレジがあり、階段を数段上がった中2階で映画の中古VHS、地下でAVの中古VHSを販売していた。

当時の僕は名画座通いと中古VHSや古本にほとんどの生活費をつぎ込んでいるようなプー太郎だったので、趣味と実益を兼ねてと猥雑な街の臭いに誘われて、見かけたアルバイト募集にすぐに応募した。面接の内容はまるで覚えていないが、担当者Yの感じが悪かったことだけは覚えている。しかも入店して1週間で、AVビデオ専門の販売店に商売替えとなった。「売り上げを戻したら、また映画も置くから」と店長はいったが、それは二度とないことは僕でもわかった。映画のVHSは神保町の系列店へ運ばれていった。折しも「プレミアAV」なるものが誕生し、週刊誌で特集されるくらいにちょっとしたブームが起こっていた。

「プレミアAV」とは何か?もともとAVの多くはレンタル向けで、作品として「残す」という概念はなく、次から次へとリリースされ入荷してくる新作の為に、レンタル店では旧作を店頭からさげていく。それも追いつかなくなると、いまでは信じられないような話だが、店主がどんどん捨てていくのだ。消耗品として消費され消えていく運命。

「捨てるくらいなら売ってみるか」と販売が始まり、「本物が欲しい」と思っていた人間が飛びついた。やがてそこに市場が生まれ、商売が成立していく。欲しいという購入希望者数に比べ、現存しているVHSの絶対数が足りないのである。珍しいとなれば尚更手に入れたくなるのが人情。瞬く間に値段は吊り上ってプレミア化した。その中でも、特にAV黎明期の単体女優モノに高値が付いた。

前述の通りバブルは崩壊していたが、巷にはまだ若干の名残りもあって、お金を手に入れたかつてのビデオボーイたちが、まるで「初恋の人」との再会を喜ぶかのように、2万円、3万円、時には5万円も出して、小林ひとみ、菊池エリ、工藤ひとみ、中沢慶子、立原友香、松本まりな、前原祐子、木田彩水、林由美香and more、自分が好きだった女優のビデオを購入していった。AVの話だけで終わっちゃうな……。

地下に降りる階段沿いに、カモフラ程度に映画のVHSが置かれていた。中でも極めつけは、棚の最上段に飾られた『MISHIMA』の輸入版VHSだった。海賊版で観た人も多いと思うけど、これが当時10万円で売っていた。さらに驚くのが、年に1、2回売れるのだ!しかも決まってボーナス時期に!わかりやすい。いまではハイクオリティのDVDがクライテリオンから発売されているので、このVHSにはもうそんな価値はない。僕が持っているのは、後年別の店に数百円で売られているのを発見したものだ。

持ってきたVHSのジャケットを眺めながら、その日初めて会ったジョシュに、自己紹介も兼ねてそんな話をした。すると一緒に来ていたジョシュの友人で日本に住んで13年、ローデッド・フィルムズのジェイソンが、「あの西武新宿の通りにあった店ですか?ちょっと変な作りのところですよね?あそこ知ってますよ!」と言いだして、「ジョシュ、彼はあの店で働いていたそうだ!信じられるか!」、ジョシュ曰く「本当に?素晴らしい!運命としか思えない!」。

これ、嘘みたいだけどホントの話。ジョシュに「それで、いまそのお店はまだあるんですか?」と訊かれた。「残念だけど、もうずいぶん前に閉店したみたい。いまはホルモン屋だか焼き鳥屋だかになっています」そう答えながら、僕はもう随分思い出したこともなかった、あの店とあの頃の街の様子を鮮明に思い浮かべていた。


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『カリコレ!』の看板を背景に。映画はこのあと口コミでドンドン拡がっていく!

先行上映の時に観客から「とても面白かったです。ビデオマニアを面白おかしく追った訳でもなく、VHSの歴史を学術的に追っただけでもなく、非常にバランス良く描かれていて、知っている人も知らない人も楽しめる映画だと思いました」という感想があった。本当にそう思う。ジョシュは物静かなで、それでいてしっかりユーモアもある知的な人物だった。もし彼がエキセントリックに面白おかしく取り上げようとしたら、彼ら彼女らの協力は得られなかっただろう。単にノスタルジーだけだったら、ここまで若い観客の興味もひかない。

また「クラウドファンディングで集まった資金で、具体的にできたことは何ですか?」という質問には、「ありがとうございます。まずこの作品がクラウドファンディングを活用していたことをご存じだったということに感動しています。集まった資金は、日本への渡航費と撮影資金とさせていただきました。当初は国内の撮影だけで作品としては十分に完成していたのですが、どうしても日本で撮影をしたかったんです。日本で貴重なお話を伺い、たくさんの出会いがあったことで、作品に拡がりが生まれたと思っています。この企画に賛同してくれたみなさんに心から感謝しています」と答えている。

彼に具体的なビジョンや企画力、出会った人々との真摯な向き合い方がなければ、日本でこれだけの顔ぶれに取材することは不可能だったろう。それは出演してくださった方々が観に来てくれ、楽しかったとみなさんが喜んでくれたことで証明されている。3回の先行上映は、回を重ねるごとに口コミで動員が増えて、最終回では満席となった。奇しくも上映されたシネマカリテは、新宿にある。


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内容を丁寧に確認しながら答えるジョシュ監督。客席からは、活発に質問がとんだ。
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カリコレ!最終上映は満席!一体感が生まれる場内。通訳は井上緑さん。

ジョシュが「僕は『グレムリン』が大好きなんだけど、彼女は観たことがないんだ。いま一緒に住んでいるんだけど、彼女がこの映画を嫌いだったら、結婚はあきらめた方がいいかな?」なんて冗談交じりにいうから、「大丈夫。『グレムリン2』はハードルが上がるけど、1なら心配ない。最高のクリスマス・ムービーだよ」と答えた。「クリスマスに一緒に観ればいいんだよ。いいじゃない!」と通訳の井上さん。

滞在中一緒に過ごした時間は短かったが、「VHS」が好き、「映画」が好きという共通項で通じ合うものがある。それは取材をしてくださったみなさんしかり、コラボTシャツを制作してくれたコアチョコことハードコアチョコレートしかり。日本語ができないジョシュと英語ができない僕。2人になると言葉をさがしてなんとなくモジモジしはじめる。顔を見合わせて笑ったりする。なんだコレ、お互いヒゲ面なのに。


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東中野の「ハードコアチョコレート」で代表のMUNEさんと。『VHSテープを巻き戻せ!』とのコラボTシャツはショップと劇場で購入できる。
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友人に勧められたという中野ブロードウェイへ。劇画が好きだというジョシュ監督。フェイバリットは辰巳ヨシヒロ。手塚作品を映画にするなら『奇子』だという。

「この映画の制作や上映を通して、本当に出会うべくして出会ったとしかいえない人との出会いばかりです。日本のプロモーションに加瀬さんが参加してくれたのも、すばらしい巡り合わせだと思っています。ありがとう」とジョシュはいってくれた。僕は「こちらこそ。『VHSテープを巻き戻せ!』にかかわって、自分のこれまでの人生を振り返れたことは、本当に貴重で意味のある時間でした。ありがとう」と手を差し出した。出会いがあれば別れがくる。
「東京はどうだった?」、「とっても楽しかったよ」。また、会おう。

まくらが長すぎたことはご容赦を。『VHSテープを巻き戻せ!』への思いはチラシに込めた。
あとは観客のみなさんの「巻き戻し」ボタンを押せるかどうか。
僕は「巻き戻し」ボタンを押した。その後は?もちろん「再生」ボタンを押して、先に進む。

(文・写真:加瀬修一[『VHSテープを巻き戻せ!』宣伝])



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映画『VHSテープを巻き戻せ!』より © Imperial Poly Farm Productions

映画『VHSテープを巻き戻せ!』
7月26日(土)より渋谷アップリンクほかにて再生開始!

監督・脚本・原案:ジョシュ・ジョンソン
製作:キャロリー・ミッチェル
撮影・編集・音響:クリストファー・パルマー
エグゼクティブ・プロデューサー:フレディ・フィラーズ、パノス・コスマトス
出演:アトム・エゴヤン、ジェイソン・アイズナー、フランク・ヘネンロッター、ロイド・カウフマン、カサンドラ・ピーターソン、押井守、高橋洋、千葉善紀、加藤和夫、藤木TDC、中原翔子、いまおかしんじ、バクシーシ山下 ほか
協力:ローデッド・フィルムズ
配給・宣伝:UPLINK
宣伝:contrail
2013年/アメリカ/91分
© Imperial Poly Farm Productions

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▼映画『VHSテープを巻き戻せ!』予告編

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